第3話

 ご新規の客はカウンター席に座った。ひとつ飛ばして、私の隣。

 深くかぶった帽子から夏の空を思い出すような色の髪が見える。こんなに鮮やかな空色にするならブリーチを3回ぐらいしないといけないと思うけど、髪質が艶々してるから、トリートメントもばっちりされてるのかも。

 お隣にアイスティーとスコーンのセットが運ばれてくる。入って来る時に注文してたのかな。席に着いてから店員さんと話してる姿を見ていないし。

「俺に何か用?」

「え、あ、す、すみません」

 視線に気付かれてた! そりゃさっきからガン見してるから気付いちゃうかぁ……。

 お隣さんは帽子を脱いで、こっちを見た。

 青い瞳だ。とても綺麗なんだけど、底がわからないくらいに深い海を思い出すような色。透き通っているのに、底が無いような不思議な雰囲気。目に吸い込まれそうなくらいに惹きつけられる。

 更に、肌が白い。まるで陶磁器のように滑らかでいて、白い。生気を感じられないというか、作り物なんじゃないか、ってくらい。

「……あなた、何か物を創る人? 例えば、絵を描いたり、物語を紡いだり、そういう作品を作る人?」

「は、はい! そうです! よくわかりましたね!」

「見えたから、それ」

 声からして男の人だと思う。彼は細くて長い指先を私の隣に向けた。タブレット端末を指している。

 この人を主人公にしたほうが物語が面白そう。生気が感じられないってのも個性として良いかも。キャラがたつって意味でも。容姿もまるでお人形のように整っていて、もしもファンアートを描いてもらえるなら、眼福だと思う。だけど、彼をどう描写するか考えないと……。

「例えばの話。あなたが思い描いたことがそのまま現実に起こるとしたら、どうする?」

「え?」

「想像したものが、創造される。世界を構築する神となれるならば、どうする? 俺は、想像した世界が創造されるとどうなるかを知りたい。教えて」

 私がボツにした作品の書き出しと同じだ。

 想像した世界が創造される。もしかして、私の作品の読者……? もしくは、別の人が書いたものを読んだ人? どっちにしても、この人は今、私に何を求めてる?

「すみません。どういう意味かさっぱり……」

「ああ。もう少し知能レベルを合わせる必要があったか。まず、俺の名前を教えたほうが良いかもしれない。人間は見知らぬ誰かに心を開こうと思わないはずだ。聞いてくれ。俺の名前は景壱けいいち。あなたの名前は知ってる。作家名は小鳥遊たかなしうさぎ。本名は、鈴木すずきまりん

「どうして私のことを!?」

「個人情報はリアルタイムで流すものやない。覚えておくと良い。この世には善人ばかりではない」

 何この人、私のストーカー……?

 だとしたら逃げないと。でも、足がすくんで動けない。店員だってこっちを見ようともしない。

「俺はあなたのストーカーではない。つい3分前に会ったばかり。だけど3分あれば俺には不足ない。さて、話を戻そうか。あなたが想像したものが創造されるとしよう。例えば、あそこの店員があなた好みの顔になる」

「そんなこと」

「想像してごらん」

 下手に刺激するのも恐ろしいから、言うとおりにしておこう。

 さっきの店員が私好みのイケメンになるとは思えない。だけど、もしも変わるとしたら、水曜日の深夜ドラマの主演の子のような容姿に――……。

「へえ、あれがあなたの好みか」

「ど、どうして変わったの?」

「想像したことが創造される。俺はそれでどうなるかを知りたい。あなたの時間が許す限り、あなたは世界を想像で創造することができる」

 何を言ってるかさっぱりわからない。けど、本当に店員の顔が私の好きなドラマの主演の顔とそっくりになった。声はそのままだから、声も変われば良いのに。そう思っていると声も変わった。

 想像したものが、創造されていく!

「あなたが想像したことが創造されるってわかった? じゃあ、俺はしばらく様子見させてもらおかな。せいぜい長生きして」

「待って! あなたはけっきょく何者ですか!?」

 いつの間にか食事を終えていた景壱の腕を掴む。体温が全く感じられない。冷たい。陶器の人形を触ったかのように、自分の熱が奪われていく感覚がする。

 その瞬間、さぁーっと全身の熱が下がっていく。寒い。なにこれ。寒い。

「変なことは考えないほうが良い。あなたが想像したことは、創造される。ま、今回は知らなかっただろうから、戻してあげよう」

 額を指先でトン、と突かれた瞬間に体温が戻って来る感覚がした。

 もしかして、私が思ったことが全て反映される……?

「あまり効果が強くても短命になりそう。少し変えておくか。それで、あなたのさっきの質問やけれど、俺は俗に『神様』と呼ばれる種族の者。それでは、次の雨の日に」

「え、ま、待ってくださいよ!」

 私の声を無視して彼はさっさとお会計を済まし、店を出た。私がすぐに後を追っても姿は何処にも見えなかった。まるで消えたかのように。

 私は席に戻り、タブレット端末に向きなおす。薄い液晶画面には、書いた覚えの無い文字が入力されていた。


 想像してください。

 あなたの想像したことが、創造され、世界を創ります。あなたが世界の創造主です。

 これからあなたの想像した創造の世界が始まります。

 時間の使い過ぎに注意して、どうぞ良い世界を。


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