第二章 トライアングル

新たな日常

 軍に入隊して2ヶ月。


 朝5時。鶏の鳴き声と共に弥々は起床。

 その後身だしなみを整えて玲香と共に食堂へ向かう。


「リディアおはよう」

「リディアさんおはよう」

「おはようございます。ヒサミさんレイカさん」


 弥々達は、給食のおばちゃん西洋バージョンの方が作ってくれたガッツリな朝食を食べることで1日が始まる。


「よし全員揃ったな!では全員ランニング開始!」


 ここ魔物討伐軍……略して討伐軍の基地では基本1日丸々訓練である。

 まだ弥々達は初任務についていないが、基本10人隊規模で見回りなど定期的に間引きを行い、領内の村などからの要請に応じて臨時で派遣される。これが基本的に軍のお仕事。


 ついでに言えば、魔物というのは年がら年中いつでも出るので普通の兵士なんぞろくに訓練しないのに、魔物討伐軍の軍人は常に訓練を積まなければならない。何故なら弱いと死ぬから。


 そういうわけで、軍内の訓練は厳しい物になりとりわけ此処ではかなり厳しい。何故なら


「お前らぁ!そんなもんか!もっともっと本気でやれ!そんなんだから男連中に舐められるんだぞ!」


 鬼教官こと女性騎士No.2ことアリアがいるからである。


「結構きついなぁ」

「ヒサミィ!お前は重り倍だ!」

「ええ!?何でですか!」

「男だろ!文句言うな!」

「性差別だ!」


 と、文句言いながらも元々の倍の重しを背負ってしっかり走り出すヒサミ。


(俺絶対アリアさんに目つけられてるよ……試験の時ちょっと遊んだのが行けなかったかぁ。でも、そろそろ許して欲しいんだけどなー)


 内心文句たらたらであるが、表面上は黙々と課せられたハードワークをこなして行く。

 それを見ている女性軍人さん達はと言うと――


「あーヒサミくん可哀想に」

「アリア隊長、気に入った隊員を徹底的に扱くからねぇ」

「最初は何で男がって思ってたけど、訓練は真面目だし普段は面白いし結構いい子だよね」

「そうそう。それに嫌な目で見てこないしねー」

「違う違う。私たちが薄着でうろついてる時は全力で目逸らしてるんだよ」

「なにそれ可愛いー。今度見てみよっと」

「リディアちゃん。後でお水持っていってあげな?好感度アップのチャンスだよ!」


「お前らも重し倍だ!無駄口叩かないでとっとと走れ!」


 意外とアリアによって課せられる通常以上の訓練によって好感度が上がり、女性の花園に馴染みはじめていた。

 もっとも――


(クッ!ヒサミのやつ余裕な顔をクズさねぇ……もうちょっと増やすか、重り)


 ――本人にその自覚は無さそうだが。


「あー。やばい疲れたー。アリアさん鬼畜ー」

「ヒサミさん。これ、お水です」

「お、ありがとう。リディア」


 朝っぱらから5Kmを重り付きで走らされた弥々はゴロリと寝転がって休んでいると、リディアが水を渡しにきてくれていた。


「いやー、慣れてきたけど辛いな。やっぱ軍人ってすごいわ」

「アリア隊長が厳しいだけだと思いますよ?」

「それでも、だよ」


 そのまま雑談に興じる両者。けれどもそんな幸せな時間は長くは続かない。そういうのは魔王様が壊すと相場が決まっているのだ。


「ヒサミ!私と組み手だ!早く来い!他の奴らも二人組で組み手を開始!」

「えぇー!アリアさんと組み手は嫌なんですけど」

「ああ!?文句あるなら偉くなれ!軍は絶対的な縦社会だからな!」


 そうなのだ。軍は縦社会。作戦実行中に上官の指示に従わない人間がいては困るので仕方がないのだが、


(組み手で負けかけたのが悔しかったからって、今までやって無かった組み手の訓練を入れるのは流石になしだろ。しかも毎回俺だけボロボロに……横暴だ。)


 ここだけは不満だった。

 そも、魔物という人外を相手にする時点で素手の訓練は行わない。何故なら実戦で使わないから。

 何故使わないのか?というと、そも人間が武器を使うのはその方が強いから。武器の方が硬いし、鋭いし、長い。そのアドバンテージをわざわざ命の取り合いの場で捨てるなどあり得ないのだ。

 ただ――


「ハッ!」

「フ、シュ――!」


 弥々以外はかなり真剣にやっていた。


(やっぱりいい訓練になる。体の動かし方が上手くなるし、剣を持った時間合いが広くなるから精神的に余裕ができる)


 弥々は気づいていないが、アリアだって流石に意味もなく訓練を増やしたりはしない。

 徒手空拳の訓練をしておくと、武器を持った時素手の時よりも間合いを大きくとれるので精神的に楽になるのだ。そして精神的に楽になるということは、自身の最大スペックを発揮しやすいということにつながる。


(あと武器を無くした時の備えとか、人型の魔物だったら相手によっては素手で打ち取れるからとかな!)


 プラスでそういう目的もあったりする。


「よし!ヒサミ、ラストスパートだ!」

「格闘にラストスパートなんてないんですけど!?」

「てりゃあ!」


(マズッ!?)


 ギリギリで馬鹿げたスピードとパワーで振るわれる拳を捌いていたというのに、更にギアが上がったことで弥々は焦った。


「フ――ッ!!!」

「カ、ハッ!?」


 一閃。目にも止まらぬ貫手突きがアリアの水月に突き刺さりダウン。

 これで組み手は終了。ただ、これは弥々も予想外だったようで目を丸くしていた。


「…あ、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。大丈夫、だ………ふぅ」


 腹を抑えて苦悶の表情を浮かべるアリアに慌てて駆け寄る弥々。

 ただ、少し休んだら治ったのか10秒ほどで顔を和らげ立ち上がり、体を伸ばして体のチェックを始めた。


「……問題ないな」

「よかった」

「あ?何が良かった、だ。ヒサミお前本気出してなかったな?」


(あ、バレた。ごめん玲香、リディア、俺はもうここまでだ)


 弥々、その様子は悲壮である。アリアはこと戦闘において妥協を許さないのだ。


「本気ならずっと出してました!ただ、さっきのはあれっす……火事場の馬鹿力です!」

「んな言い訳通用するかァ!大体な、あんな……」

「……?どうしました?」

「いや、何でもねぇ。とにかく真面目に訓練はやれよ」

「?了解しました!」


 何故か何の前触れもなく矛を納めたアリアに引っかかりを覚えたが、とりあえず折檻を回避できたことを喜ぶことにした。








 ……実は、だが。フローレス千人長の勘違いした弥々達の素性は、百人長及び一部の十人長に知らされている。だが、それは逆にいえば機密扱いであるということでもあり――


(アレがあいつの一族独自の拳法、か?……この私が、一瞬とはいえ恐怖を感じるってどんな技術だよ)


 故にその呟きは誰も耳にすることなく闇に溶けて消えていった。


 §


「んじゃ、午後の訓練始めるぞ!」


 昼食を食べ終わり、ちょっとしたくつろぎタイムに入る二人。そこにアリアの大声が響いた。


「お、もうか。リディアいこうぜ」

「はい!……あ、弥々さん。今日は魔法の日なので……」

「あ、そっか。じゃ、また夕食で」

「はい。夕食で」


 弥々はこの後剣の訓練があるのだが、魔法も使えるリディアは別行動である。

 ちなみに、魔法が使えて、身体能力も上がる存在はレアなのだとか。基本的に魔力を持っていれば身体能力は上がらないし、その逆もまた然りである。ちなみにリディアのような人間を魔法戦士オメテオトルと呼ぶ。


 その後午後の訓練では何故か最近アリア以外の人間に鍛えられている。その相手は――


「剣が7度傾いている。修正しろ」

「そのぐらいよくないですか?」

「やれ」

(横暴だ……)


 ザックさんである。

 弥々が入隊して2週間とちょっとが経った頃、突然ザックはミーティアの100人隊にやってきて「弥々は俺が鍛えよう」と言い放ったのだ。もちろんこれにはアリアが激怒した。自分が面倒を見ているから問題ない。お前は自分の部下でも見てろ!と。しかし「剣なら俺の方が強い。それにお前の剣は雑だからな。もうヒサミに追いつかれつつあるだろ」と、簡単に論破された。それを見た弥々は心の中でとてもガッカリしたものだ。だってハーレム状態の新兵を鍛えにくる幹部……イジメ確定じゃんと思ったのだ。

 そしてまだ新兵である弥々に断るなどという権限はなく、そのままザックの細かすぎる指導を受けていた。

 ただ――


「アリア隊長ーどこいくんですかぁ?」

「訓練」

「ヒサミくんに追い抜かれちゃったの悔しぃんだー」

「……まだ、負けてない」

「でもそれってぇ、力の差でしょ?ヒサミくんも経験積んだら追いつかれちゃうねぇ」

「ミリィ。お前付き合え」

「え、ちょっと待って、私馬鹿力の相手したくな――」


 ザックの訓練は本物だった。

 剣など握ったことのなかった弥々が、たった二ヶ月でアリアを超え、身体能力差を覆してあと少しという所まで迫っているのだから……まぁ、アリアも魔法戦士オメテオトルなので本気を出されたら普通に虐殺されるのだが。



 そして夜。一人寂しくザックに課せられた素振り10000万をこなしていると。


「よくやってるわね。私だったらやめてるわよ」

「玲香か…まぁ、俺もやりたくはないけど強くなるには必要だからな」

「ふーん。あ、私魔術師認定受かったわよ」

「へぇ、魔術師認定……は?受かった!?」

「ええ」


「魔術師認定」それは魔法使いたちの階級である。

 階級なんて物がある理由は魔力を持つ者は貴重かつ、危険であるためである。

 そしてその階級は


【魔法使い】(総称)


 ひよこ(魔力を持つが魔法は使えない)

 ↓

 魔法師(素人)

 ↓

 魔術師(中堅) ◉玲香

 ↓

 魔導師(高位)

 ↓

 賢者(上澄み)

 ↓

 七賢者(トップ)


 とランク付けされているのだ。


 そして、玲香はたった二ヶ月で中堅どころまで実力を伸ばしたというのだ。そら当然弥々も驚く。


「はー……俺も早く追いつかなきゃだなー」

「?どちらかというと私が追いかける方だと思うのだけれど?」

「「……?」」


 二人して首を傾げ合う。


「いや、俺の方が弱いに決まってるじゃん。玲香達魔法使いは、魔法戦士オメテオトルと“違って”炎だろが水だろうが“何でも”使えるんだし」

「でもその代わり身体能力は一般人レベルよ?近づかれたら即終了だもの」


 お互いに正論をぶつける。少し弥々の方が優勢のような気もするが、どちらも間違ってはいないため話は平行線で進みそうである。


「ま、どっちが強くてもいいわ。力を手に入れたってことが大事なんだもの」


 だから玲香が先に引いた。一応空気は読めるのだ。


「そだな……俺はこれ続けるけど玲香はどうする?」

「そうね……先に帰るわ」

「りょーかい。また明日」

「ええ。また明日」


 そう言って別れる二人。遠ざかっていく玲香の背を見送っていた弥々――だが、

(あ、忘れてた)

 唐突にあることを思い出してその背に呼びかける。


「玲香ー。リディアが会えなくて寂しがってたぞー。会いに行ってやれよー」

「……わかったわー!」


 魔法と槍。リディアがお互いに学ぶ物が違うため時間が合わずあまり玲香と会えていない、と愚痴をこぼしていたのを思い出したのだ。その話を聞いた時、自分はよく時間外に玲香と会っていたがリディアは違ったのか、と意外に思った物である。


 そして翌日朝。玲香と楽しそうに談笑するリディアを見て安心するのだった。

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三人が送る異世界生活〜異世界をリアルに、少しの幸運を添えて〜 晶洞 晶 @idukisouma

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