後半 シアターの正体

『皆さまはケツァルコアトルという神をご存知だろうか。ケツァルコアトルとは、アステカ神話の文化神・農耕神である。また、風の神とも考えられた。ケツアルカトル、ケツァールコウアトルとも呼ばれる。マヤ文明ではククルカンという名で崇拝されていた』

「……ぷっ」

「お、笑うてもうたな。ほな座布団追加や。なんくるないさ。降りられんようにはせんさ」

「どこから引っ張ってきたか丸わかりの文章、笑うしかないだろ。仮にも映画なんだから専門家つけるとかの金はなかったのかよ」

「おいおい、ここは曰く付きのキチ……イカレた映画の集まる映画館ぞ? 両方の公式に許可を取らず、怪獣に鹿を踏み殺させる映画も上映されてないだけで流通してる世の中だかんな。このくらいの雑さは当然っちゃ当然やわ」

「うん……これ、相当長くなるんじゃないか? 猫の面倒を見ないといけないんだ。あまり長居はできない」

「なんくるないさー。この映画は30分しかねぇ。だから時間に関しては大丈夫だっちゃ。あとの二つがちょっと長い分うちの映画は馬鹿に短ぇんよ。だから、ちったあ俺の娯楽に付き合え、な? 良いだろ」

「一度乗りかかった船だ。仕方ない」


 男は再び映写機のスイッチを入れた。


『そんなケツァルコアトルの生まれ変わりと思われる日本人、古跡こあとがこの物語の主人公だ。彼には素敵な彼女がいた。一生を誓ったパートナー。しかし古跡は彼女を殺してしまうのだ。なぜ殺すに至ったか、殺してしまったあとはどうなったのか、それをご覧いただこう──』

「……」

「? ツッコミどころ満載だったろ? 何ボサっとしてんねん早うツッコミぶちかましたりゃー」

「……続きを観せろ」

「チッ、つまらん奴だ。ちょっと遊んでやったらすぐこれだよ。ここのしきたり守られん言うなら死んでもらう」

「死ぬのは……おっさんの方だけどな」

「ふん。その華奢な身体でどう殺すのだ。当然フェアにタイマンの殴り合いだぞ」

「もう、殺してる。お前がそれに気づいたとき、強制的に地獄送りだ。お前らみたいなのは現実に存在して良い存在じゃないんだ」

「は? へ? も、もう死んでる? どこどこどこ、なになになに」


 オレは黙って映写機のスイッチを入れ直し、一人映画鑑賞を再開した。ナイフを使っての勝負は禁止となると、弱そうな身体のオレでは正規の方法では勝てないだろう。だから、本当はヤクザに使うつもりだった、足止めに使うつもりだった消火器。恐らくこのオバケは燃え盛る人魂がベースだ。きっと消火してしまえば良いんだ。オレは映画を作業用に流しながらこっそり消火器を取り出し、男に噴射した。結果は……どうやら、効果的面らしい。これがあって良かった。


「ぐ、グォォォォ! やめろ! やめてくれ! 俺はまだこの世に未練があるんだ! 遺して逝った息子がぁぁぁ……」

「そうか。地獄からは見えないのか」

「知らぬ知らぬ! とにかく地獄行きは嫌だ! 地獄行きは嫌だ!」

「良いじゃないか。そのエセ方言で鬼でも笑かしてやれば多少は転生する時間も短縮されるんじゃないか? まあ、地獄の業火に焼かれるのは変わらないがな。ははは!」

『古跡は彼女を殺した。理由は(消火器の音で聴こえない)である。その後は、死体を食べて処理。骨は家庭にある犬の墓に埋めた。翌日、腹を壊した古跡は彼女の親族から問い詰められたがシラを切った。骨の場所がまずいと思った古跡は親族が帰って周りに誰もいないことを確認した後、骨を砕いて食べた。どうやら不味かったようで、香辛料をとてつもなくかけていた。この古跡の作戦は結局成功し、時効(生存確率が絶望的な為、猶予はたったの一年であった)成立。完全犯罪が成された瞬間である。この日ばかりは古跡の趣味の──』


 どうやら男は完全に除霊(で、良いのか?)できたようだ。映画はクソほど面白くないからもう消した。ふと、男がいたところを見ると何かが落ちていた。


「これは、懐中時計だな……こういうのって紳士服着てる執事さんとかが持ってるもんなんじゃないか? あんなどこにでもいそうな普通のおっさんが持つものでは──」


 ふと、蓋を見てみるとイニシャルが彫ってあった。


 N.K.


「これ、もしかして父さんの……今のってもしかして……うっ!(なんだ、この感覚は……脳みそがかき乱される!)」


 オレは頭に両手を当て、その場に倒れ込んだ。N.K.はオレの父【からす庭鳥にわとり】と同じイニシャルだ。それを見てなぜだかオレはこうなった。ナニかがおかしい。まるで、オレが過去に何かしたかのような罪悪感が襲ってくる。でも、オレが犯した罪なんて、坊主さんに怒られたあの件と幽霊や悪魔をおもちゃにしたことだけのはずだ。こんな苦しみを味わわさせられるいわれはない。幽霊や悪魔を倒すのは人間社会にとって善であるはずではないか。では、この痛みは一体……

 とりあえず痛みが治まったオレは平静を装って三番の部屋に向かった。あいつの断末魔はすごくデカかった。間違いなく三番四番にも届いている。ただでは済まないだろう。一応、除霊グッズはフル装備しておこう。態度の悪い女、エセ方言のおっさんの次は誰だろう。

 三番の部屋に入ると、やはり一番二番と同じレイアウト。同じ位置にオバケ(多分)。違うのはオバケの種類だけだ。今度はスキンヘッドのオバケだ。マンガで見るような逆三角形のグラサンをかけている。服装も典型的ヤンキーの服。さぞかしみやびな喋り方をするのだろうと思って話しかけてみた。


「すみません、映画を観たいのですが」

「若造よ、よくお聞きなされ……悪いことは言わない。ここの映画を観終わったら四番目の部屋に寄らずに帰るのだ」

「へー、どうして? ……ってそれより、あんた見た目と喋り方にギャップめちゃくちゃあるな。もっとこう、ヤンキーらしい喋り方とか……」

「あのような悲鳴を聴いたあとに演技なぞしても無駄なのはわかっておる。最初から素で行くことにした。少しでもきみの機嫌を損ねればあんな声をあげるような除霊のされ方をされるんじゃあな」

「それは良い心構えだと思う。それなら当然、前の二人、というか二体のオバケみたいにくだらん茶番は挟まないよな」

「そうだな……。決まりというものがある。それは守らねばならない。前の前の女性【未知子みちこ】と前の男性【孔雀くじゃく偽面にせつら】も、決まりを守ってあのようなことをしていたのだ」


 二体の名前を聴いた途端、オレの全身からありえない量の汗が噴出する。顔は滝のように汗が流れ、髪の先からも滴る。服も大雨に見舞われたかのようにビショビショだ。なんだ。一体そいつらの名前がなんだって言うんだ。オレはナニを焦っているんだ……オレはナニを恐れているんだ。オレは……オレハ……現実に戻ってきたのは時間にして十秒。体感は三時間くらいあった。


「お前……何か隠してるだろ。その二人の名前を聴いたら急にあんな状態になった。ああなることわかってただろ」

「なかなか鋭いな。確かにワシ【薩婆訶そわか】はお前が苦しむことをわかって敢えて名前を出した」

薩婆訶そわか……」


 ダメだ。これ以上奴の雰囲気に呑まれてはいけない。さっさと本題に入って終わらせてしまおう。


「映画を観せてくれ。あと、お前がオレにする決まりを教えてくれ」

「じゃあ、ここに座るが良い。決まりは【映画に出てくるワードに耐えて次の部屋あるいはこの映画館から脱出できるか】だ。ワシの揺さぶりで既にあんな状態になっていたお前が耐えられるとは思えないがな。しかし、ワシはお前に恨みがあるのだ。すまないな」

「お前の親族でも殺してしまったか? それなら謝るよ」

「いいや、【お前に殺された】んだ」


 ……は? オレが殺し? しかも、人を……? いやいやいや、そんなことしたことないだろ。こいつ何言ってやがる。ふざけるな。除霊ころしてやる……!


摩訶般若波羅蜜多心経まかはんにゃはらみたしんぎょう……観自在菩薩行深波羅蜜多時かんじざいぼさつぎょうじんはらみたじ……」

「そうか。それがお前の除霊か。ナイフで荒々しくバラバラにしてしまうスタイルだと聞いたのだが、その程度か」

「……羯諦ぎゃーてー羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶般若心経ぎゃーてーはらぎゃーてーはらそうぎゃーてーぼじそわかはんにゃしんぎょう

「まるで話にならない。もっと若造というのはパワフルな者だと思っていたのだがな」

般若心経これの効果を知らないってことはヤンキーのフリをした坊さんではないってことだな。それは好都合だ。さあ、映画を上映してくれ」

(む……何かワシの身にしたのだろうか。しかし身体はなんともない。般若心経の効果……待て。あいつ【般若心経】と言ったか? むむむ……)

「どうした? 早く上映しろよ。それとも……オレにちまったのか? それならオレが自分で動かしてやる」


 オレが立ち上がると、何かを思い出したかのようにヤンキーは慌てだす。オレから逃げ、部屋の隅まで着いた。ナイフを取り出し、ヤンキーの頭部にそのままザクッと一撃。縦線を入れてやった。間髪入れずに二回目。次はナイフを傾け、十字架になるように再びザクッと。その傷を受けたヤンキーは部屋の中を走り回り、最終的にはオレだけでも巻き込んで死んでやろうかと思ったのか、決死の体当たりをかましてきた。それを避けると同時に、ヤンキーは映写機に頭をぶつけ、そのままこの世から消えた。般若心経と聴いてあれだけ動揺する……。本当は間違いなく坊さんだったのだろう。しかし坊さんだった記憶は一時的に消えていた。坊さんのオバケなら真っ先に止めることなのに……一人だけ、般若心経を知らなくてもおかしくない坊さんを知っている。を思い出したオレは、今までの人生で自分に隠していたナニかを引き出されるような、そんな感覚を覚えた。いわゆる多重人格というやつだろう。しかし、意識だけは繋がっている。あのヤンキー……というより坊さんをこの世から消すかどうか最後まで自分の中の自分と討論し続けていたのだ。今回はたまたま強い人格に当たって良かったな、オレ。ソレはオレに与えられた使命。オレが生まれ落ちた理由はソレのため。人間誰しも願望を親に持たれて生まれるものだ。それが行き過ぎてこうじゃないと勘当だ! って言ってしまう奴が現れていつしかこの国は腐敗した。いや、世界が、と言うべきか。しかし、オレには明確に使命があるのだ。天啓とも言うべきか、さっきの坊さんのおかげで忘れていた、いや、忘れ記憶が蘇った。救世主の人格が再びオレの身体に生まれたのだ。そうだ。オレはこいつから何もかもを奪って逃げ出したんだ。そのせいで才能だけあるバカになってしまっていた。中学生の妄想する、もしも学校の教室にテロリストが入ってきたら、というのとなんら変わりはない。違うことと言えば、中にオレがいてセーブが効くことだろうか。

 映写機は坊さんの体当たりで完全に壊れている。タイトルの部分だけ、自分で読んだ。【呪具坊主】。間違いない。あの坊さんは、オレが小さいときに呪具に触れて呪いの力で両親を殺そうとしたときにオレを怒鳴ったクズだ。思えば未知琉くんとは何か親近感を感じずにはいられなかった。未知琉くんと同じ人生だ。両親を殺した完璧犯罪者という点では。しかしオレは未知琉くんではない。

 じゃあ、古跡か? いいや、これも違う。確かにオレは彼女を殺した。オレの趣味には付き合ってられないというあのクズのぼやきが逆鱗げきりんに触れたんだ。しょうがない。彼女の名前は【満智子みちこ】だ。ここまで一致していると恐ろしい。あの男もオレの父だろう(なんで名前が変わってるのかはわからないが)。そして坊さんの薩婆訶そわかはあの坊さんだったんだろうな。じゃあ、最後はオレの母か? 救世主としての使命を思い出したオレを、止められるものなら止めてみろ。例え親でも容赦はしない。だって痛みを感じないオバケなんだから……

 四番目の部屋の前に立つ。この部屋には入るなと薩婆訶は言っていた。あいつの言う通りなら、まだオレは戻れる。オレはオレとして真っ当に生きることができる。だが、その人生は果たして正しいのだろうか? 常に秀才でありながらエリート街道を直進して、良い妻を持ち良い家庭を築く。そして子は孫を連れてきて、全員に看取られながら死んでいく。本来なら誰もが妬むほど羨ましい人生だろう。しかし、この扉を開けてしまえば、オレは、成功した人生という点では変わらないがその他のことが大きく変わる。しかし、天啓を遂行するにはこれを開けるしかない。いる神と見えない神、どちらを信じるのかという単純な話だ。だからこそ、決められない。手をかけていたドアノブから手を離す。そして、四番目の部屋の壁を背もたれにその場に座り込んだ。腕を組み、うんと考えた。

 気づかなかったが、よく見ると一番の部屋と三番の部屋の間に時計があった。家に帰らねばならない時間が二十一時。家に帰るというよりは、ここの地下街が二十一時に閉まるというだけの話だ。現時刻は十八時。あと三時間は余裕がある。しかし、それをここに入るかどうか決める時間にするのはもったいない。時間はもっと有効活用しなければならない。今日は無駄な時間を過ごしすぎた。明日でも四番目の部屋に入るのは遅くないだろう。映画館から出ようと思ったそのとき、やはりナニかに突き動かされた。


 ハイレ、ヨンバンメノヘヤニ……

 ハタセ、キサマニアタエラレタシメイ……

 スベテハタメ……


「……行か……なきゃ……」


 使命と言えどまだハッキリと理解していたわけではなかった。だが今脳内に流れた声でオレは全てを察した。きっと映画にそのことが描かれていて、その通りに行動すれば良いのだ。オレはただただ周りの人間は皆可哀想な人間だと思っていた。しかし、違う。違うのである。殺されても文句を言えない理由があるのだ。そのために我が一族は──


「すみません! 映画を観せてください!」


 四番目の部屋の扉を乱暴に開け、隅にいるであろう案内人に対し見る前から話しかけた。が、そこにいたのは、猫だった。


「へ……?」

「にゃーお」

(待て待て……つまりこいつは、クロマルということだな。そして上映されるのはなんだ?)

「にゃお?」

「あー……クロマル、お前はやっぱりオレを恨んでるか? でも、あれはしょうがないことだったんだよ。許してくれ」

(ソレハ、コンゴノキミノコウドウシダイダヨ)

「オレは何をすれば良い? いや、なんとなくはわかってる。でも、誰かに背中を押してもらわないとできないことだ。そんなこと……。お前にオレが言えたことではないけど」

(フン、ワタシニアタエラレタハ、キミヲミチビクコトダ。オノゾミドオリ、ミセテヤル。ソシテイマナニヲスベキカスベテオシエテヤル)


 クロマルが映写機のスイッチをつけたから、オレは慌てて椅子に座る。これ以上頭の中をつまらないオレにしてはならない。高二病の馬鹿より救世主。思えばどちらが良いかは明白だろう。良い妻を持つ? オレのこの顔じゃ無理だ。良い家庭を築く? オレがいる家庭なんかどうなるか想像は容易い。みんなに看取られながら死ぬ? オレはそうやって死ぬのではない。オレはのだ。オレは、不老不死になるべき存在だ。そして、オレの祖父母の罪をオレが代わって償わねばならない。オレの祖父母が犯した罪、オレがやるべきこと、全てが入っているであろう映画、タイトルは


 【不死鳥フェニックスの使命】


 オレの名前はからす不死鳥ふぇにっくす。名前などどうでも良かったのだろう。両親はこんなふざけた名前をつけやがった。これのせいで成績トップのオレはいじめの対象だった。呪いが使えるようになってからはそんなことはなくなったが。初めは面白かった。オレに最初に腕を消された奴の顔は今でも脳裏に焼き付いている。オレは、あんなことで満足して良い人間ではない。政府にとってオレの存在と祖父母の存在は不都合だったのだろう。だが残念だったな。オレがたまたまオカルト好きで、ここにたどり着いてしまった。世の中の人間全員が隠したかったものがここにあるんだ。


『訳あって天涯孤独の人生を歩んできたフェニックス。ある日、道端で段ボールの中に入った猫を見つけた。箱には【吾輩は猫である。よく人に懐くぞ】とあった。フェニックスは怒った。怒り狂った。捨てるのさえ言語道断のクズ行為なのに、その上文章まで調子に乗っている。フェニックスは正義感から猫を拾い、譲渡会にて事情を話して出してもらえることになった。

 ある日、譲渡会に来たいかにも成金というババアが現れた。そのババアは「ここにいる子全員あたしがもらうわ」と言った。譲渡会メンバーはフェニックス含め困惑したが、金持ちになら任せられるだろう。そう思いどの猫もババアの後ろについていた黒服どもが回収していった。フェニックスは別れの寂しさとクロマルと名付けた猫の安寧を願う気持ちで胸がいっぱいだった。

 その日の深夜だった。あのババアが中継に映っていた。一体何事かとフェニックスはそのニュースを食い入るように観る。すると、部屋の中に潜入したカメラ(警察の目を掻い潜った一般人が公共の電波をジャックして生放送を始めたのだ)が捉えたのは、フェニックスが一時間近く外に出られないほどトイレの中でゲロを吐き続けるほどのえげつないものだった。これは不死鳥ふぇにっくすくんに観せるためだけに作られた映画だからこれ以上の説明は不要だろう。早く使命を知りたくて知りたいのではないか』


 オレのためだけの映画か。なんか上級国民にでもなった気分だな。そもそも元の人生でもそうなっていただろうけど。保存してあるものでリアルタイムに流れているものではないことは重々承知の上で、こんなことをやってみる。子どもじみているが、救世主は少年少女の心も理解してやらねばならない。その立場に立つというのもありだろう。


「ああ、とても知りたい。オレが! 救世主になる方法を! そして! 使命を果たしたあと、オレはどうなるのか!」

(アイカワラズイタイヤツダナ。キュウセイシュトシテノキオクガヨミガエッテモヨミガエラナクテモベースハオナジカ)

『よく言った! 教えよう。想像は既についていると思うが、今までお前が観た映画は全てお前の人生そのものだ。なんら偽りはない。お前は両親、彼女、坊主を殺している。そして間接的に猫を一匹殺している。それで良いのだ。あとは地下街に闊歩する人間たちをにえにするだけだ。地下街で大量殺人、しかも完全犯罪を成し遂げられるかはお前の腕次第だ。そして、救世主となれたら、まずはナゴヤを拠点に勢力を広げていけ。お前だけの力でこの国くらいは簡単に征服できるはずだ。その次は軍事力の低い国から侵略しろ。お前はこの国を守らねばならないから、救うべき者たちを上手く使役しろ。そうして世界中を手中に治めたとき、お前は救世主としての役目を終え、天に昇る。お前の祖父母は救世主様の御神体を破壊した愚かな人間だ。そいつらの孫が救世主になるなど本来はあり得ない。きっと、呪いだろう。どうする? 聞くだけ聞いてやらないのも別に選択肢としてはあるから、好きな方を選ぶと良い』


 映画が終わった。


(サアふぇにっくす、ドウスル)

「……征服だとか侵略だとか、救世主は何を目的にそれをするんだろう。救世と言うのは、人を助けるためにあるんじゃないのか? 確かに平和というのは多大なる犠牲の上に初めてできるものではあるけど、仮にそれで世界が救われたとして、一体オレが天に昇ったあとの世界はどうなるんだ」

(マタオロカモノガふぇにっくすノゴシンタイヲハカイシ、フタタビノロイガナニモノカニカケラレルダロウ。ソレマデハ、ビックリスルホドヘイワダ。アラソイハタエ、ナニカノタメニナニカガギセイニナルヒツヨウガナクナル。ソウセカイヲツクリナオシテモ、マタレキシハクリカエス。ソノタメニモゴシンタイハハルカチチュウニウメテシマエ。コノホシノドマンナカマデ。ソウスレバ、オマエハハレテコノフハイシタセカイヲスクエタボーナスガモラエルゾ)

「なんか詳しいなクロマル。お前がこの映画館で一番役立ったし、会えて嬉しかったし、何より……首から下を久しぶりに見られた。ありがとう」


 オレはクロマルの頭……はいつも撫でてるから、代わりに背中を撫でてやった。目を開いたまま真顔を崩さないクロマル。そういえばクロマルはツンデレだったな。可愛い。すると、クロマルの身体が突然光りだした(元からきらめいてはいたが)。


「ど、どうしたクロマル。オレまずいことしちゃったのか」

(ヤクメハオワッタ。コノヨニミレンハナイ。アノババアモネコキチノニイチャンニコロサレテジゴクニイルシナ。イイカふぇにっくす。キュウセイシュニナッタアトハオバケヲテンゴクニオクルカジゴクニオクルカハヨクカンガエルンダゾ。ソレジャア、タッシャデナ)

「待っ、待ってくれ! まだオレはお前に何もしてやれてない! せめてオレが世界を救うところまで見届けてくれよ……」

(テンゴクカラミテイルサ。アンシンシナ。イツデモミマモッテイルカラナ。ソレジャア、タッシャニクラセヨ! サヨナラ! サヨナラ!)

「クロマルぅー!」


 抱きしめていたクロマルのオバケは消え去った。首輪だけを残して。名前の彫ってあるものの裏に【ウマクツカエ】と書いてあった。なるほど。


「そうしたら、あいつも処理しておかないとな」


 一番目の部屋の女も地獄に送ってやらねばならない。救世主になってからでも良いが、戦争になってここがシェルターになったらこのスペースが邪魔になってしまうから、先に地獄送りにすることにした。救世主としての自覚があるオレは、どんなことでもそつなくこなす。ただ、ただ一人の人間【からす不死鳥ふぇにっくす】としての除霊はこれが最後だろう。冥土の土産にそれを自慢できるな。あの女……みちこだったか。オレの趣味に付き合ってオバケになってもメイド服を着ていてくれたから、その点は感謝だな。

 一番目の部屋に入ったオレは、早急に事を進める。


「女、ほれ」

「これは……」

「般若心経だ。今のオレには必要ない。さて……」


 みちこが般若心経を読んで神頼みをしているところをナイフで刺した。そして、そのまま全身を切り、オバケながら青い血を流しながら地獄へ行った。青い血を浴びたオレが次に浴びる血は、果たして赤色だろうか。動物は基本赤色の血が流れているというが、クズには別の色の血が流れているという。まあ、それはどうでもいいことか。とりあえず殺して殺して殺しまくったら、クロマルが落としたこの首輪を使うとしよう。首輪の効果は呪具にたくさん触れてきたオレならわかる。流石のオレでも人混みで大量殺人なぞしようものならすぐにお縄だろう。だが、きっとこの首輪は……

 使えるものは粗悪品じゃなければ使い潰す。古代の哲学者がなぜ今の時代に持論を遺せているか考えれば、天才が道具を使うことに対して非難する者はいないだろう。


「さて…人が一番多い場所、中央部へ行こうか」



『えー速報です。たった今、ナゴヤの地下街にてナイフを持った男が次々と人々を殺傷しました。犯人は警察官が駆けつけた頃に突然姿を消したということです。繰り返しま──』


 ピッ


 晴れてオレは救世主になった。だが、まだ贄が少ないのか、警察に銃を向けられて怯えて逃げてしまった。だが、首輪はまだ一つある……しかし、もう成仏した奴の遺体を飾っているのも少々馬鹿げていると思った。だから、クロマルの頭はマンションの庭に夜な夜な埋めた。救世主としてこの世界を救っていく段になっても、この地域だけは攻撃しないよう気をつけないとな。さあ、次はどこでやってやろうか。


 五年後──


「諸君! ついに世界は永遠の安寧に包まれることとなった! ワタシは先に天へ昇り、このことを先代の救世主に報告する! 諸君は限らない幸せをたっぷり味わうと良い! では、さらばだ!」


 不死鳥ふぇにっくす様、バンザーイ!

 不死鳥ふぇにっくす様、バンザーイ!

 不死鳥ふぇにっくす様、バンザーイ!

 不死鳥ふぇにっくす様、バンザー……


 あぁ、これでようやくオレも天へ昇ることができる。クロマルは元気にしてるだろうか。早くクロマルに会いたい。そのまま天へと昇っていくと、身体の浮上が止まった。

 天国、という割にはやけに暗い場所にたどり着いた。ここは一体……そう考えていると、いきなり外から衝撃が来たかのような感触がした。


「フフフ、ホントウニテンゴクトカジゴクトカアルノヲシンジテイタノカシラ」

「地獄送りだぁ? おみゃーが地獄送りや。クソが。早う地獄行け。永遠に焼かれ続けろ。あ、もしかしたらエセ方言を使えばちったぁ罰が軽ぅなるかもな、なんて! はっはっは!」

「若造、なかなか強かったが、最後はあっけないものだな。お前は、お前を恨む全ての者たちに攻撃されて死ぬのだ」

「そう。あなたはそれだけのことをしたのです。今は私たち四人だけですが、これからゾロゾロやってくると思うので覚悟してくださいね」

「そ、そんな……クロマルまでオレを恨んでたなんて……(だがこの状況は、まるでオレの祖父母が御神体を攻撃した状況に非常に似ている……オレが救われる手段、それは……)。そうやって何度もオレに八つ当たりしてきた……ってことだな」

「「「「!? 反応が違う!」」」」

「もう、この罰を受け入れることにしよう……悪かったな。でも、もうこの世界ではオレはいないからな。お前たちはどう頑張っても憂さ晴らしはできない。ここで負の連鎖は断ち切られるんだ……もう、時間、か」

「こ、こうなったら意地でも怒らせて……!」


 もう遅い。既にひび割れた御神体はそのままパックリ割れて、それと同時にオレは灼熱地獄に落ちていった。

 マグマに浸かると、閻魔大王らしき者が出迎えてくれた。


「ようやく、罪を受け入れたか」

「……はい」

「これでまた狂った世界を一つ消すことができたな。さあ、早く上がってこい。お前にはまだ仕事がある」

「仕事……ですか」

「お前のその力は、どうか他の狂ってしまった世界を救ってほしい。そして、本当の意味での救世主になってくれないか」

「……人殺しはもうしませんよ。いつ恨まれるかわかりませんから」

「わかっておる。さあ、そんなぬるま湯なんかに浸かってないで上がってこい」


 こうしてオレは、本当の意味での救世主になるため、閻魔大王の下で働くことになった。下の名前も不死鳥ふぇにっくすから天狗てんぐに変えてもらった。そしてオレは、今も地獄から狂った世界を一つでも多く救うため、罪を償うため、駆りだされているのだ。

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