シアター
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前半 曰く付き映画館
この国の大都会と言ったらどこだろうか? トーキョー、オオサカ、キョート、コウベ……どこもかしこも歴史的建造物を除けばビルがずらっと並ぶ眩しい街だ。僕が住んでいるここ、ナゴヤもそれは変わらない。僕はここに生まれここで育ったことに誇りを持っている。全国的に学力が落ち続ける中、唯一学力が上がり続けている都市だからだ。その中でも僕はトップだ。今は早死にしてしまった両親の分アルバイトをしながら全国トップクラスのナゴヤアルティメット学園に通っている。もちろん誰もが僕のことを尊敬し、教師たちだって下手したら僕より頭が悪いかもしれない。
そんな完璧な僕だけど、困ったことがある。そう、心霊現象だ。僕はそういった物が大好きで仕方ない。オバケが出る廃ビルがあると聞けば立ち入り禁止のロープをちぎって中で走り回るし、公園で祀られている仏様の仏像を破壊すると怒った仏様が災いをもたらすと言うから破壊してお寺のお坊さんに本気の説教をされたこともある。それのせいで危うく僕の勝ち組ルートが台無しになるところだった。でも、なんとかなった。もう反省はしている。こういう類の物を楽しむときは、人に迷惑をかけないようにしようって。つまり今の僕は、祖父母はもちろん、両親も兄弟もいない。親戚に顔を合わせる時間などなかったから親戚との関係も皆無。唯一いるとすれば……
「じゃあなクロマル。行ってくるよ」
僕は飼い猫のクロマルの頭を撫でる。クロマルは目を閉じたまま喜んでいるように見えた。今日は最近話題のあそこに行くつもりだ。学園の人たちから聞いた噂で、【名も無き映画館】というのがある。僕も当然そいつらより前から知っている。同級生が言うには「曰く付き」だとか「中に入ると戻れない」だとか言うが、そんな物をこの僕が恐れるとでも思っているのだろうか。今の僕は無敵だ。自分の身さえ守れれば良い。クロマルは家の中だから大丈夫だ。オバケ対策に塩を家の四隅に置いてある。鍵を閉めたのを確認すると、僕はナゴヤの中心街に足を運んだ。
ナゴヤの中心街は、朝昼晩平日土日祝関係なく人が行き交う。どこも同じだが、僕はナゴヤは特に多いと感じる。なんせ中心だ。このニッポン国の中心なんだから、あらゆる物が集まる場所。ここは僕がいるのに最も適した場所。僕はいつかはここのビルのどれかを手に入れ、最上階でワイングラスを片手に座りながら外を眺める生活をするのだろう。その頃にはきっとこの特異な趣味も消えて、平穏に過ごせるに違いない。
映画館は地下街に出来たらしい。なんでも前にあったサン婦人科クリニックとかいうネーミングセンスのカケラもないアホが考えたような変な病院がどこか別の場所に移って空いていたらしい。ネーミングセンスがない上に患者の負担も考えられないだなんて、とんだゴミ医者だな。僕は医者にはならないが、とてもそんな無責任な医者にはなりたくないなと心から思った。
と、そんなアホの話をしていても仕方がない。僕の目的は映画館だ。ちょうどこんなたわけた思考が終わった頃、電車はナゴヤの中心街に停車した。僕は誰も目にくれず、真っ直ぐに映画館へと向かった。
今日は学園が休み。バイトも有給。まさに自分のためだけに使える日。この日を逃す手はない。名も無き映画館……フフ、楽しみだ。インターネットで調べてみても画像すら出てこず、名前が無いことと底辺のブロガーや動画投稿者(中には社会の流れに便乗したクソガキ向け動画ばっかりアップロードしてるアホもいたが)の考察だけだ。僕から言わせるなら、どいつもこいつも考えが浅すぎる。どれだけスピリチュアルな物に触れてこなかったかがわかるにわかっぷりだった。酷いやつだと、ホラーゲームのあのキャラクターが実際に現れるとか、昔の妖怪の類が潜んでいるとかがあった。馬鹿馬鹿しい。実際見てもいないのによく言えるなと思う(実際行ったなら、写真や動画の一つ出せば良いのに全員ひよって文章だけ)。
はあ、今日は馬鹿なことばかり考えてしまう。一体どうしたのだろうか? 社会への不満という不満が溢れてくる。自分の好きなことに集中しなければならない。そうしてこの世に生を受けた人間は自分を保っているのだ。僕はそれが気に入らない。なぜならそんな自分すら保てない者たちと一緒くたにされたくないならだ。しかしそうなってしまうのは人間として生まれた以上しょうがないとして受け入れている。
ようやく映画館の前にたどり着いた。途中何度も何度も負け組どもから止められたが、僕は気にしなかった。なんせ僕にはこれがあるから。
シャキーン
ナイフだ。今朝電車に乗る前にスーパーで購入した。出てくるのはどうせヤクザとかだろう。僕がそいつらを皆殺しにして、手柄を上げるのだ。ヤクザを殺すことは社会貢献になるし、特別でスピリチュアルな物に触れる権利くらいはもらえるかもしれない。僕の考えている作戦は中学生が授業中まどろみの中妄想する【テロリストが学校に入ってきたら】とはレベルが違う。あらゆる攻撃を想定して、対策済みだ。拳はどこから来ても避け、後隙にナイフで攻撃する。銃弾はナイフではじく。たまーに任侠ものである日本刀だって対策してある。あんな自分の未来のことを何も考えずただただ言われるがまま僕を目指す者か負け組になるやつらとは違う。僕の作戦は、あまりにも完成されすぎている。さあヤクザども、この僕がお前らを皆殺しにしてやる。
……とは言ったものの、今の、誰にも見られてないよな? 普通に犯罪だぞ、アレ。危なかった。ここがもし人が賑わう場所だったら僕は殺人鬼になるしかなかった。でもそれは合理的だが、倫理的には最低も良いところ。そもそもつけあがりすぎだ。中にヤクザが入ってると決めつけるのはまだ早い。入ってからでないと判断はできない。ともかく入ってみよう。
中に入ると、僕が想像していた【〇〇】と何かが筆で書かれた物が額縁に入れて飾ってありなおかつソファーに組長が座っている……なんて光景ではなく、本当にただの映画館であった。いや、まだ正確に映画館とは断定できないが、少なくとも入口はそんな感じである。人の気配がしないが、最近は技術の発達でロボットか機械が仕事しているのかもしれない。とりあえずかなり狭い映画館であるため、部屋数が少なく、探索は簡単そうだ。しかし、どのシアターも扉が閉めっぱなしだ。受付の人間もいなかったし、やはりここは……恐る恐る、1番目の部屋のドアノブを握る。作戦を考えてきたとはいえ、やはりいざ実行に移すとなると少し緊張するものだ。これまでもいくら対策を積んでも試験で緊張しなかったことなどない。それと同等だろう。ナイフの入ったポケットに手を突っ込み、ドアノブを回し、扉を引いて中へ入った。
中には椅子が一つ。その上後ろに映写機、椅子の前に映像を映すための白い壁があった。小さいとはいえ本当に映画館だったとは。ポケットから手を出し、とりあえず隅っこに立っていた女性に話しかけた。
「こんにちは。僕はここに映画を観にきたのですが、何を上映してるのですか」
「この館内は4つの部屋があります。それぞれ別の映画を観てもらう形になります。お金は必要ありません。無料で楽しんでくださいませ」
「タダより怖いものはないな。後で高額請求でもして、払えなかったらお前の元締めでも呼ぶのか」
「はて、元締めとは? 私はただ一人でここに映画を観にくる方を待ち続けていただけですよ」
「馬鹿言うなよ。何も食わずに生きていけるはずがない。ここでずっと待ってたのは嘘だ。少しは動いただろ」
「あら……私はてっきり、あなたがあのオカルトオタクだと思ったのですが、もう目が衰えてきてしまったのですかね」
その言葉を聞いたとき、僕はまさかと思ってこう尋ねた。
「まさかお前は、オバケか」
すると女性は首を縦に振った。どうやら意外にも本命だったようだ。このオバケはどうしてやろうか。悪魔みたいに瓶に詰めて油で揚げ殺すか……それにはデカすぎる。オレより少し小さいくらいだ。では、この前田舎の村で見つけたからかさオバケみたいにバラバラにしてやろうか……四肢をバラすのか? 幽霊だからってやって良いこと悪いことはあるぞ……とりあえず、この女オバケをどうするかは後で決めよう。まずは映画を観せてもらおう。塩を身体に塗りたくっているから、どんなに強い霊でも何とかなるだろう。オレは椅子に座った。
「お客さま、上映される映画の概要はご覧になられましたか」
「え? そんなのあったかな」
「暗くてよく見えなかったかもしれませんね……とりあえずこれから上映するのは【賢すぎる少年犯罪者】です。この映画館では表の世界では上映されていない闇に葬られた教育上とてつもなく悪い映画が上映されます。お客さまは学生ですが、その年齢なら変に影響を受けたりはしないでしょう。安心して観せられます」
「なぜオレが学生なこととかオカルトに心酔してるのを知ってるんだ」
「オバケの世界ではあなたは有名人ですよ? 悪魔を揚げたり、大悪魔を召喚するためにナイフを常備してるやばい人だって」
「それは名誉なのか不名誉なのか……まあ良いや。面白くなさそうだけど観させてもらうよ。コーラとかポップコーンとかがあったら買うよ」
「いえ、映画に集中してもらうため、そう言った物は用意しておりません。どうしても集中力が切れたら映画を止めますので、休憩してください」
(まるでオレのためだけに造られた映画館だな……結局の目的はいつになったらわかることやら)
少しして、映画は始まった。デカデカと表示される【賢すぎる少年犯罪者】。賢すぎるは明朝体、少年はひらがなでポップ調、犯罪者はスプラッター調のフォントだ。観るからに悪趣味。これは傑作だな。絶対面白くない。サブスクで星がつけられる映画ではないとか罵られてそうだ。
『舞台はトーキョー。この街にとある天才少年がいました。少年の名前は
悲しい人生だな。親に利用されるためだけに生まれてきただなんて……。オレの両親はとても優しかった。いつも優しく、悪いことはキチンと叱ってくれる、親の鑑だ。しかし世の中こういう家庭があってもおかしくない。今の時代投資を子どもにするというのはいささかリスクが高すぎる気もするが。まあ時代背景もロクに描写されていないこの段階で決めつけるのは良くないか。続きを観よう。
『未知琉は赤ん坊の頃から警察官になるためいわゆる英才教育を受けました。会話ができるようになった時点で漢字の習得、加減乗除の習得、猿人から始まる人類史、生物物理化学地学に分裂する前の理科、支障なく会話できるレベルの英語、主にこの五つがしつけの要でした。初めはこんなの耐えられないと嘆いた未知琉ですが、両親はそれを許しませんでした。嘆く未知琉に時折暴力を振るうことさえありました。当然幼稚園などには通わず、父親が家庭教師を招いて自宅で勉強をしていました。
ある日、未知琉は家庭教師に助けを求めました。僕は今とてもつらいです。外の子どもたちみたいにボール遊びしたり、インターネットを使って動画を観たりしたいです。ゲーム機を使ってテレビゲームもしたいです。でも、僕はずっとこんなことを繰り返して、もう慣れたと自分でも思っていたはずなのに、つらくてつらくて……。家庭教師は未知琉に
未知琉の両親は天才と言うほどではありませんでしたが、将来の天才殺人犯を生み出した二人なだけあってそこそこ賢く、日常生活でついてもおかしくないあざばかりつけていたのです。暴力を振られたとき未知琉は声を必死に堪えていたためその点でも罪を犯していないだろうと判断されてしまったのです。
未知琉の怪我がとりあえず完治したタイミングで、両親は新たな家庭教師を呼びました。その家庭教師は今までのインテリメガネとは違いゴリゴリの体育会系。弱音を吐けばビンタ、問題を間違えればゲンコツ、家庭教師の作る定期テストの点数が100点じゃなければ少ない分だけ金的。これにより未知琉は精神を病み、呪いに手を出します。毎日願うのは両親と家庭教師に自分の苦しみを少しでも味わわせてやりたいというものでした。両親に唯一許されている午後の1時間の外出権。その中で両親と家庭教師に災いを呼び寄せるであろうものを必死で探しました。
そしてついにそれを見つけました。未知琉はそれを利用して両親と家庭教師に復讐を誓ったのです。しかし、その様子を持ち主に見られ、両親を連れて来い、でなければ警察を呼ぶ、と言われてしまいました。世間体(今の未知琉一家が社会からどう見られているかどうかは今までのことを見ればわかるが)を気にする未知琉は仕方なく両親に事情を説明。持ち主とともに謝りました。それ以来両親はそんなにまで苦しんでいた未知琉という子を目の当たりにし、今まで自分たちのやってきたとても理不尽なことに対して深く詫びました。未知琉の祖父母だって同じやり方で殺されていたのだとしたら、自分たちは殺したいほど憎い者どもと同じではないか、と。未知琉は許しました。両親が本当かと頭を上げたとき、未知琉が持っていた物は、包丁でした。
まずは両親の目から。何が起こったのかわからず(正確にはわかりたくなく)混乱する両親に未知琉は追撃を加えます』
おお、ここから反撃開始か。でも両親はまだ善意でやっていたことだからな。完全に悪意を持っていた家庭教師がどうなるか気になるところだ。
『未知琉は次に両親の喉元を切りました。声と目を潰された両親は、手を振り回しなんとか抵抗を試みますが、未知琉は妙に慣れた手つきで両親を次々と弱らせていきます自分にあざをつけた場所と同じ場所に切り傷をつけ続け、両親は出血がひどく既に逝きそうになっている。未知琉は最後に一言、こう言って両親にトドメを刺しました。もう僕は、僕じゃないんだ。自由だ。お前らなんかが言うクズをどうにかするより、自分の人生は自分で決めるものだ。お前らなんか、死んじゃえ。これを両親はどこまで聞いてか、息を引き取った。未知琉はとりあえず殺した両親を服を乱雑に放り出し空にしたタンスにしまいました。それは、未知琉が齢九歳のときに起こした初めての殺人でした。夜中の零時。家庭教師が来るまでに未知琉は部屋の片付けと自分の禊落としを済ませ、次のターゲット、家庭教師を待ち構えました』
お、楽しみにしてたやつだ。幸いオレにはグロ耐性がある。バラした死体の切れ目とかは流石に苦手だが、包丁でそこまでやるのは難しい、あるいは不可能だろう。そうすると問題は出血だが、これに関しては得意な方だ。むしろ、嫌なやつからは血が出ていた方が愉快なくらいだ。さあ、早く家庭教師を殺してくれ、未知琉くん。
『夜明け。家庭教師はいつも朝九時にやってくる。普通の学校と同じくらいの時間、未知琉は勉強させられていました。五十分、五十五分……。その時間さえ未知琉は永遠のように感じたようです。五十九分五十九秒その瞬間まで精神統一を忘れませんでした。そしていよいよインターホンが鳴り、乱暴に玄関扉を開け家庭教師が中へ入ってきました。いつも通り、茶を用意し、座布団に正座。家庭教師は何も言わずに茶を飲み干し、早速教材を出すよう未知琉に命じました。そこで未知琉が取った行動は……』
「はい、ストップです」
どうなるだろうかと楽しみにしていたところに水をさされる。映写機を止めて、女オバケがこちらへ向かってきた。
「映画は楽しんでいただけているでしょうか」
「今からが良いところなんじゃないか。止めないでくれよ。まったく……オバケはどうやら人のもてなし方というものを知らないようだな」
「それがここの決まりです。郷に入れば郷に従え……そう誰かに教わりませんでしたか」
「決まりってなんだ? なんかするのか」
「お客さまには今から問題に答えていただきます。正解ならそのまま映画の続きを観られます。間違っていたら、呪い殺されます」
「サラッととんでもないことを言うもんだ。良いだろう。受けて立つ」
こんなところで簡単に死ねるか。オレは逸材だ。千年に一度の天才と言っても過言ではない。この国三番目の逸材が呪殺など、そんな人生の締め方はよろしくない。というわけだ。ささっと答えてやろう。
「早く問題の内容を言ってくれ。続きが観たい」
「では、お客さまには名探偵になってもらいますぅ。未知琉くんはこの後どうやって家庭教師を殺すでしょうか? 一、ナイフで殺す。二、拘束し、拷問のかぎりを尽くしてから衰弱死させる。三、何もしない」
「三だ。今確認できるうちでは何もしていないはずだからな」
「本当にそれでよろしいのですか? 自分の命に関わることですので、もっと慎重に「揺さぶりは効かねぇよ。さっさと続きを観せてくれ」
「……承知しました」
女は悔しそうに映写機をまた動かし始めた。結果は──
『未知琉が取った行動は、特にありませんでした。もう既に家庭教師は未知琉に殺されているのです。しかし愚かにも家庭教師はまだ気づきません。家庭教師が不調を訴え始めたのはその五分後でした。あと一分遅かったらビンタが飛んでくるところでしたが、未知琉はそこまで計算していました。暴力はもはやルーティンだったのです。家庭教師が未知琉のしたことに気づいた頃には全てが遅く、そのまま死への一直線。家庭教師は一矢報いようと未知琉に襲いかかりますが、何かに目覚めてしまった未知琉に攻撃は当たりません。まして自分は苦しみの中。最期にはバタンと倒れ、悔やみごとをツラツラたれてから死んでいきました。未知琉の復讐は、終わりを告げました』
ふう、終わりか。席を立とうとすると、誰か(多分あの女)に両肩が押しつけられ、無理やり座らされた。
「まだ、終わっていません」
「え……? もう復讐は終わっただろ? これ以上何を……」
オレが再び映像に目を向けると、Cパートが始まっていた。
『「おや、君、また私の大切なものを盗もうと言うのかい」「いいえ、僕は……」ガサ……「あなたも殺しに来ただけです」』
へー。これはたまげた。あの人まで手にかけるのか。しかし、呪いのかかった物をたくさん持ってる人なんか殺してしまったらどうなるんだろう。オレはその疑問を晴らす術がないため、仕方なくスマホで調べた。しかし、出てくるのはどれもこれもオカルトの世界では常識中の常識ばかり。オレが知りたいのはそんなことじゃないのに。わざわざ調べようとしたオレが馬鹿だった。餅は餅屋。オレ自身が何より詳しいんだから深く考えればわかるはずだ。しかし、考察しようとするオレに女は冷たく告げる。
「お客さま、この部屋の上映は以上です。向かいの二番の部屋に入ってください。そこで上映されるのはまたホラーチックでバイオレンスなものです。是非お楽しみくださいませ」
言葉は柔らかいが、最初に会ったときから違和感がある。この女の喋り方はやはり冷たい。まるでオレを恨んでいるかのようだ。オレは今までの人生で恨まれることをした覚えは(この女には)無いし、今後も(この女に)恨まれることはしないだろう。もしかしたらオバケの親族なり同族なりを殺したことはあるかもしれないけど。自分の親族が死んだからって八つ当たりするなよな、まったく……。オレの両親なんか……はぁ、アホくさい。次の映画を観よう。この女よりはマシな案内人がいるはずだ。
オレは椅子から立ち上がり、扉を開け部屋から出る前にこう言ってやった。
「お前の言葉の節々からオレに対する不満を感じた。客が来ないからって、賓客に八つ当たりするな。バカ」
女は黙って頭を深々と下げていた。しかしその顔は怒りで歪んでいたに違いない。フフフ、言い負かしてやった。さて、こんなやつほっといて早く次の映画を観よう。しかし、一々違う映画を観るのに部屋を変える必要があるのか。なかなかめんどくさいな。少し不満に思いつつも、映画を観たい欲が勝ったため、二番の部屋の前まで歩いた。ここの部屋の案内人はあいつと違ってもっと良い人だと嬉しい。オレは映画の内容と案内人への期待に胸を膨らませ、二番の部屋の扉を開けた。
中に入ると、構造は最初に入った部屋(1って書いてあったから、一番の部屋だったのかな)と部屋の感じは同じだった。しかし、角に立っている案内人はやはり全く違うやつだった。今度は恐らく三十代半ばの人間に見えるやつだった。きっとこいつもオバケなんだろう。そう思って訊くまでもないが、訊いた。
「すみません。次の映画はこちらと案内されたのですが、あなたもオバケですか」
「そうさな。俺もオバケや。あんちゃんの三十代半ばってのは当たりや。おりゃあ三十四歳のときに死んでからずーっとこの姿のまんまや。せめて
「は、はあ……」
このおっさん、どこ出身なのかよくわからん方言の使い方するな。そのうちだがやとかおみゃーとか言い出してもおかしくないぞ。今やナゴヤ弁なんかナゴヤの人間ですら言うほど使わないから、全ナゴヤ民が喋るべきナゴヤ弁を全て代弁してもらおう。
って、個性が強すぎてそこにばかり集中してしまった。そんなことよりオレは上映される映画を観るために一言断ってから椅子に座った。しかしさっきの映画のせいでお尻が痛い。椅子でも座ってると痛くなってくる。これでまだ三回分残ってるのか。気が滅入るな……。
「あんちゃん、ケツ痛ないか? 痛いってんならこれからごっつふかふかの座布団ケツに敷けばええで、いつでも言うてな」
「よ、良くわかったな……ありがとう。ありがたくもらうよ」
「それが良いそれが良い。わてらの仕事はお客さまに映画を楽しんでもらうことやけん、わっせー働くんや。ほな上映始まるまでに持ってくるけぇおとなしく座って待っといてな」
そうして男は映写機のスイッチを入れるとそのまま座布団を取りに行った。映画が始まる一分くらい前(それまではコマーシャルが流れていた。色々な心霊スポットが紹介されていたが、どれも全て肝試し済みだ。オバケお墨付きの心霊スポット、期待してたんだけどな)、男は座布団を何枚を重ねて持ってきた。
「おっさん、一つでいいよ……」
「馬鹿こけ。映画でおもろい部分があったらお前さんに座布団追加するんや。映写機の光が隠れん程度までな」
「なんでオレが……」
「なんせ少しでも機嫌を損ねることがあれば殺されても文句は言えんからな。ご機嫌取りはどの世界でもすることなんよ」
男はどうやら良くわかっているようだ。そうだ。オレはオバケとか悪魔とかを殺してしまえるんだから、死んでるからって調子に乗ってる馬鹿幽霊なんぞ瞬殺だ。その点この男はとても賢い。だが、この信念を館内で共有できればあの女もどうにかできるだろうに、そこまでの力はないということか。館長に会ったら提案するか。そう簡単には会えないたろうけど。
ようやく映画が始まった。タイトルは【コアトルによる完璧なキルショー】……だっさ。
「あはは! だっせぇー笑。な? お前もそう思わんか」
「えぇ、とてつもなくダサい。まず、コアトルは安直すぎるし、キルショーって英語できない人間がテキトーに考えた造語だろ。アホらしい……本当に面白いのか? これ」
「ほれ、座布団追加するから一回降りな」
ちょっと背が高くなった。そんな気分にさせる座布団追加。タイトルからしてこれである。最後にはどうなってしまうのか……ちゃんと椅子から降りられるだろうか……。とにかく続きだ。タイトルだけで決めつけるのは良くない。明らかにおかしいのは除いて。
「あかん、続きだ続き。巻きで行こう巻きで。あ、映画やなくて動きの方な。はは!」
「……」
(ようやく映画に集中したか……。これで俺が殺されるリスクも減ったと言うもんだ。変人を演じると変人になると言うが、自分はまだきっとそうはなっていないはず。少しの理性は、大事に使わないといけないな)
映画を観つつ横目でチラチラと男を確認したが、明らかに顔が違う。本性があるな、これは。オレは警戒を怠らず映画鑑賞を続けることにした。
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