第11話   受け取る


アシュバールの町長のコバルトさんは、カールした口髭を撫でながら話し始めた。

「皆様、ご歓談中失礼いたします」

部屋中がどっと沸いた。


「コバルトさん酔っ払った?」

「お酒が入ると町長らしくなるよね」


「ウホン!静粛に」

コバルトさんは咳払いをして仕切り直す。

「えー・・・なんだったかな、忘れてしまったではないか!そうそう!早速ですが、我々の見識を深めるため、ガイアの世界を覗いてみようと思います。スイ」

「はい」

コバルトさんの一声で、スイは町の人々を庭に案内した。


庭には椅子がいたるところに置いてあり、みんな好きな所に腰をかけ、私は中央付近の椅子に案内され、椅子に座る。


「スイ」

「はい」

スイは胸からグネグネ曲がる光のコードを出すと、全員に繋げた。


コバルトさんだけ立っていた。

「カノンさん、今からガイアの様子を映し出します。あなたには、お辛い場面もあるかもしれませんが、その時は心の中で拒否すれば映像は消えます。私達はガイアに憧れていますが、行くことができません」


コバルトさんは、胸よりも高い位置で、ゆっくりと手を動かしながら丁寧に話している。


「ですので、せめてカノンさんを通じて、あなたたちの世界を体験させて下さい。カノンさん、ここアシュバールに来て驚いたことは何ですか?」


「はい。えーと、犯罪がないことです。アンナさんは、個人個人が満足していて、調和が取れているから、ここではそんなことはありえないと言っていました。どういうことでしょうか?」


「ふむ。スイ、映像を見せてくれ」


町の人々の頭上に、立体映像が鮮明に映し出された。


「「格差社会・貧困・餓鬼」」


3D映像は動きながら貧しさが生じさせる闇を見せた。

「うわー」「うそー」「ヒャー」

庭に驚きの声が上がる。


「これは・・・どうしてこうなっとる?ガイアは今こうなっとるのか?」

「じいさん、ちょっと静かにしてくれ」


「「階級制度・不平等・高齢化・少子化」」次々と映像は変化していく。


町の人々の顔は苦悶の表情になっていた。


「窮屈じゃわい・・・お互いに敬う気持ちを育めば階級などいらんじゃろ?」

「じいさん、しーー!!」


「「気候変動・温暖化・環境問題・戦争、そして核兵器」」


「そんな!」「うおー」「まさか!」「・・・」

一つ映像が切り替わる度に、人々は椅子からのけぞったり顔を手で覆う。

最後には皆、無言になっていた。


「・・・流石、試練の星・・・」

「ガイアがかわいそう」

「どっ、どうして侵略するんじゃ!?挙げ句の果てには戦争じゃと!?」

「じいさん落ち着けよ。お茶のみな」

次々と映し出される地球規模の問題群に辺りは騒然としていた。


私は、小学校の頃から、学校や広告などでこれらの問題に関して度々目にしていた。

今も問題は、何一つ解決されていないように思えた。

私はいたたまれなくなり、俯く。


「ああ、スイ、もう十分だろう。すみませんカノンさん。辛い場面をお見せしてしまった。ですが、誇りを持って下さい。先ほども言いましたが私達はガイアに行くことができないのです」


養鶏所のおじいさんは、湯飲みを手に持ち、一息つく。

「カノンさんとやら、地球の人々は何を求めているんじゃろうか?」


「平和です」


「わしには違う物を求めているように見えるわい」

「お金や名声でしょうか?」


「スイ」

「はい」

スイは目を閉じて再び3D映像を浮かび上がらせた。


          *


綺麗な女性が慌ただしく家事をしていた。


朝ご飯とお弁当を作ると、洗濯物を外に出し、食器を洗い、身支度を始めた。

化粧っ気は無く、櫛で髪を3回梳かした後、手際よく紺のゴムで髪をまとめる。


鏡の自分を見つめない。


「行くわよ」

女性は、急ぎ足で子供達と家を出る。


(あの中学生、七美だ・・・)


女性は白衣に着替え真面目に懸命に仕事をしている。

患者や同僚へも丁寧に接し、周囲への気遣いも欠かさない。


(七美のママ・・・)


七美のママは、スーパーに寄り帰宅すると、家事を一通り行う。

気がついたら夜の10時前になっていて、初めて椅子に座ると浅い呼吸を整えた。


休日には、子供達の部活の遠征試合に付き添い、腕を振り回して応援している。

ある休日には「今日はおじいちゃんの家に行って様子見てくるからね」と言って出かけていた。


毎日毎日、育児と、仕事と、親の支援を繰り返していた。


「母さん明日は来なくて良いから、少しゆっくりしてていいよ」

「何で?颯太がせっかく試合出るのに。行くから」


「ママ、今日は私が夜ご飯作っとくよ」

「いいから、いいから、勉強してなさい」


(あっ卵が切れてた。七美は卵焼き好きだし買いに行かないと。颯太はチキン南蛮)

(2人が幸せならママも嬉しいの)

(ママはいいから、ママは大丈夫、ママは・・・ママは・・・)


「ママ、明日誕生日でしょ?何食べたい?私作ってあげる」

「ママの誕生日なんかいいから」

その日、七美が学校から帰宅すると、夜勤明けの七美のママは、台所に立っていた。


「ママ?ただいま。誕生日くらい私が作るって言ったでしょ?座ってて」

「七美?おかえり・・・」

「あのね七美。自分に料理を作ろうと思ったんだけど、ママ・・・何が好きだったっけ?・・・なんか、分からなくなっちゃった」

振り返った七美のママは、儚く微笑んでいた。

七美のママの何かが、消えてしまいそうだった。

七美はショックを受けたように凍りついている。


颯太が帰宅し、七美から事情を聞いた颯太は、部屋を飛び出した。

ダイニングテーブルで頭を抱えて座る七美のママに、颯太と七美は声をかけた。

「ふざけんなよ」

「颯太?」

「もう遠征来なくていいから。風呂は俺が沸かすし、ゴミも俺が捨てる」

「夜ご飯とお弁当は私が作るよ」

「えっ?どうして?」

「そんなことも分からなくなったのかよ。ママはいいから、ママは大丈夫だからってうるせーよ!」

「少しは受け取って」


「・・・受け取る?・・・だって、2人が幸せならそれでいいから・・・」


「幸せは人からもらうものじゃないから!自分で幸せにするの!ママが元気だと私達も嬉しいの。だからお手伝いさせて」



           *

スイは映像を切った。












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月と魔法とあまつちの大樹 あおぞらいちか @paru8978

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