第11話 惰性
「君さぁ、私が君と惰性で幼馴染やっているって、思っているでしょ?」
放課後、一緒に帰っていた時、ミサキに俺はいきなりそう言われた。
俺は予想外の言葉に、何も言えずにその場で停止してしまった。
「……思っているって言ったら?」
「フフッ。いや、いいよ。思っているって顔に書いてあるし」
「なっ……! そ、そんなことは……」
俺が動揺していると、嬉しそうにミサキはこちらに近付いてくる。
「いや、いいんだよ。別に怒ってないから。正直に言って」
ミサキは笑顔のままだった。俺は少し迷ったが……正直に言うことにした。
「……ミサキが学校でいろんな人と話している時、なんで俺なんかとまだ付き合いを続けてくれているのかわからなくて……だから、それは、幼馴染っていう関係性だから……その……仕方なく続けているんだろうな、って……」
まるで怒られている子供のように俺は情けなく理由を説明した。ミサキは笑顔のままで俺の話を聞いている。
そして、しばらく黙ったままであったが、急に俺の方にさらに顔を近づける。
「この前の約束のこと、覚えているって言ったよね?」
「え……。あ、あぁ。ミサキ以外の女子と話さないってヤツ? だから、そもそも俺はミサキ以外に話す女子なんて――」
「うん。それでいいんだよ」
ミサキはそう言って急に真顔になった。
「私はね、本当は嫌なんだよ」
「え……。な、何が?」
「君以外の人間と会話することだよ。嫌に決まっているじゃないか。本当は君とだけずっと話していたいんだよ」
「え、えぇ……。そ、そうなの?」
「うん。簡単にいえば、君とだけ話していたい気持ちがとても強いんだ。だから、私は敢えて君と話さないようにしている。だって、もし、私が君とだけ話したい欲求に素直になったら、私はたぶん学校で完全に変人扱いされるからね」
そう言って、ミサキは少しだけ、俺から距離を取る。
「君のことを強く意識しすぎない方法を私なりに考えた結果……君とは付かず離れずの関係性でいることが大事だってわかったんだ」
そう言われて俺は今までのことを思い出す。付かず離れず……確かに、学校では話さないのに、朝は起こしに来るし、登下校は一緒……この謎の距離感は敢えてそうしていたということなのか。
「そんな折に……君の様子がおかしかったから、最近は少し距離感を近づけてみたんだ」
「あ、あぁ……。だから、一緒に出かけたのか」
「うん。でも、逆に君は、私にとって自分が邪魔なんじゃないか、なんて言ってきたから……ちょっと頭に来たってわけ」
「あ……。なるほど」
俺はそこまで聞いてミサキの行動の理由、そして、これまでの俺との付き合い方が全て理解できた。
「……まぁ、そういうわけだから、確かに君が感じているように、私は敢えて、惰性で君と幼馴染という関係性をやっている、と言えるかもね」
「ミサキ……。その……ごめん」
「なんで謝るのさ。私が勝手にやっていることだよ。それで、君がどう感じても、それは仕方のないことだし」
と、ミサキはすべて説明をし終わったかのごとく、満足げな笑顔を浮かべる。
「少なくとも、今は、私は君とは惰性的な幼馴染のままでいいかな、って思っているけど、君はどう?」
「え……。お、俺は……」
自分でもわかっている。ミサキが惰性的な幼馴染を続けている原因は……俺がはっきりしないからだ。
「お、俺は――」
と、俺が先を続けようとした矢先、ミサキが制止するようにストップの動作をする。
「駄目だよ。この惰性的な関係を打開したいなら、君の方からアクションを起こしてほしいな。この流れでは、駄目」
「あ、あぁ……。ごめん……」
……俺はますます自分が情けなくなった。だが、それはつまり、俺がまだ、この惰性的な幼馴染の関係を打開するにふさわしい人間ではないのだろう。
「まぁ、いつまでも、ずっと、惰性的な君の幼馴染でいたいけど……そうでいられないかもしれない」
「え……。それは……なんで?」
「ん~? 私があの男子と何を話していたか、君、気になっているんでしょ?」
「え……。ま、まぁ……」
俺がそう言うとミサキはニンマリと微笑む。
「いやぁ~。私、結構モテるんだよね。これで告白断るのも何回目かなぁ~」
ミサキがさも嬉しそうにそう言う。俺は一瞬だけ驚いたが……ショックは受けなかった。
「あれ……。あんまりショックじゃない?」
「……いや。ミサキは……可愛いから」
俺は思わず思ったことをそのまま言ってしまった。と、ミサキを見ると、頬が少し紅くなっていた。
「は、はぁ!? き、君、いきなり、な、何言っているわけ!? ま、まったく……変なところで思い切りがいいというか、なんというか……」
「え? だ、駄目だった?」
「当たり前でしょ! あのね! 私と君は惰性的な幼馴染でいなきゃいけないのであって――」
「あ」
と、そこまで言うミサキの言葉を遮って、俺はポケットからあるものを取り出す。
「え……。な、何、それ……」
「ほら。この前、通り過ぎた駄菓子屋。あそこで小さい頃、よく買っていたでしょ? 思い出したんだよ」
そう言って俺はミサキに小さなチョコを差し出す。ミサキは目を丸くして俺のことを見る。
「か、買ってきてくれたの?」
「うん。なんというか……お詫び、みたいな感じかな?」
俺が苦笑いすると、ミサキはさらに頬を紅くして、恥ずかしそうな顔をする。
「だ、駄目だから! 私と君は惰性的な関係の幼馴染じゃないと駄目だから!」
「え……。ちょっと、ミサキ……」
「とにかく! 当面はこのままの関係のままだから!」
俺は1人残されて、改めて考えてみる。
なるほど……どうやら、俺たちは同じことを考えていたようだ。
俺はミサキのことが好きすぎる。だから、おそらく自分の気持ちに素直になってしまうと、それこそ、ストーカーのごとく、ミサキの迷惑になるだろう。
だからこそ、俺はどうしようもない自分としてミサキと、距離を作って、惰性的な関係を続けてきた……と言えるのかもしれない。
「……俺たち、似た者同士なのかもな」
俺が思わず笑いながらそう言うと、ミサキはまた、少し頬を紅くする。
「まぁ……。似た者同士の幼馴染ってことで、これからも、惰性的に付き合ってあげるから」
こうして、俺とミサキは、それからしばらくの間、惰性的な幼馴染の関係を続けることになった。
それから先俺たちの関係がどうなったのかは……また、別の関係の話である。
惰性的な幼馴染 味噌わさび @NNMM
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