真・終章

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「霧隠生徒会長は居るかっ!」

 俺は生徒会室を開け放つと、開口一番、そう言い放った。

 部屋を一瞥すると、一番奥の机で、一人の女子生徒が笑っている。その生徒の容貌は優れており、なびく髪は絹のように美しい。両の瞳はエメラルドを思わせる輝きと力強さがあった。学園の掲示物に貼られていた写真で見た外見と一致する。彼女がこの雨晦明学園の現生徒会長だ。

「どうしたんだい? ノックもなしに。一体私に、何のようかな?」

「とぼけるな。既に人払いも済ませている癖に、どの口でそんな事を言っている」

 俺の言葉どおり、生徒会室には霧隠以外の姿が見えない。俺の方も、今日は桜に同席は遠慮してもらっていた。

 俺が開け放った扉が、反動で閉まる。それを待っていたかのように、霧隠はさもおかしそうに笑った。

「おいおい、いかに不知火家現当主のお孫様でも、あまりに無礼なふるまいじゃないかい?」

「俺の周りでうろちょろしていたやつが、礼儀を語るな」

 そう言いながら、俺は霧隠に近づいていく。

「貴様が桜に接触した辺りから、桜にはあいつが見聞きしたことは全て俺に報告するように言ってある。結果、お前が『ゆめ』と名乗って彩にも接触している事もわかっているんだ」

「おいおい、確かに私の名前は霧隠 由人(きりがくれ ゆめ)だけど、名前だけで私を疑っているっていうのかい? 私の名前を語っている、別人という可能性も大いにありえるだろ?」

「確かに、俺が桜から聞いた『ゆめ』という人物と貴様の容姿は、似ても似つかないものだ」

「だったら、君の勘違いではないのかい?」

「いいや、『ゆめ』と霧隠生徒会長は、同一人物だ」

 周りで生徒会に関わったと思われる人物たちについて、俺と桜の知り得る内容で、一度整理してみよう。

 整理する観点は、『人物』『関わった生徒会メンバー』『関係性』の三つだ。

 

 人物:関わった生徒会メンバー:関係性

 桜 :『ゆめ』       :『ゆめ』から桜が、部室の仲裁を依頼される

 彩 :不明(仮に甲と呼称) :甲から彩へ、卒業旅行先の解決を依頼される

 彩 :不明(仮に甲と呼称) :彩から甲へ、旧校舎解体の延長工作を依頼する

 大藤:不明(仮に乙と呼称) :乙と大藤の関係性は不明

 昇 :不明(仮に丙と呼称) :丙から昇へ、旧校舎の解体工事が依頼される

 

「まず最初に、『ゆめ』が桜と接触。部室の揉め事が俺に持ち込まれ、それは解決された」

「あれを解決したのは君だったんだね。私としても困っていたんだ。礼を言うよ」

「とぼけるな、と言ったはずだが? 二つ目は、俺たち一年生の修学旅行の行き先で揉めた件だ。これは生徒会の、仮に甲と呼ぶとして、甲が彩に解決を依頼した。まぁ、彩の事だから、色々と遊んでいた部分もあったのかもしれんがな」

「……ふーん、それで?」

 猫のように笑う霧隠に向かって、俺は口を開く。

「修学旅行の件も、無事解決した。だが、その解決方法は、彩から甲ではなく、俺は桜の知り合いの生徒会のメンバー、つまり『ゆめ』から生徒会へ伝えたのだ。つまり、『ゆめ』の発言は甲を通さなくても生徒会に受け入れられる。その事から、生徒会内での力関係は、『ゆめ』と甲が等しいか、『ゆめ』の方が甲より発言力が大きい、という事になる」

 つまり、こういう事になる。

 

 桜 :『ゆめ』 (生徒会内での発言力は『甲』と同じか、それより大きい)

 彩 :甲    (生徒会内での発言力は『ゆめ』と同じか、それ未満)

 

「でも、『ゆめ』がその甲の部下だったら、どうなのかな? それなら、『ゆめ』から甲、甲から生徒会の順で報告されるから、その関係が成り立たないと思うんだけど?」

「あまり急ぐな。説明してやる」

 まるでショーケースの中のおもちゃを見るような子供の目をしている霧隠に、俺は言葉を紡ぎ出す。

「俺は彩に、旧校舎解体を延期するための工作を頼んだ。そして、それは実行された。つまり甲は工作を工事現場で行える人物、あるいはそれを指示できる人物という事になる」

 

 彩 :甲    (生徒会内での発言力は『ゆめ』と同じか、それ未満。旧校舎の工事を延長するための工作を現場で行えた、あるいは工作を指示できた)

 

「また、解体工事が中断した日、桜が『ゆめ』の存在を目撃している。あの日、生徒会メンバーは記録を撮るために四人現場にいたから、昇とも関係していたわけだ。更に、その四人は自分たちが工作した記録が残らないように動いている。この四人は、丙、丁、戊、己とでもしておこう。そして、丙を『ゆめ』だとしよう」

 

 桜 :『ゆめ』 (生徒会内での発言力は『甲』と同じか、それより大きい。旧校舎の工事を延長するための工作をするため、現場にいた)

 昇 :丙    (『ゆめ』と同一人物)

 昇 :丁、戊、己(『ゆめ』以外の生徒会のメンバーで、旧校舎の工事を延長するための工作をするため、現場にいた)

 

 俺は小さく、頭を振る。

「わからないのは、解体工事を進める立場のお前が、それを延期する工作を自ら行ったのか? という事だが――」

「ちょっと待ってよ。何で自然に私が丙の扱いになっているのかな? それに、甲だって、丁、戊、己の誰かと同一人物の可能性だってあるんじゃない?」

「それはない」

 現状、わかっていることのおさらいをしておこう。

 

 桜 :『ゆめ』 (生徒会内での発言力は『甲』と同じか、それより大きい。旧校舎の工事を延長するための工作をするため、現場にいた)

 彩 :甲    (生徒会内での発言力は『ゆめ』と同じか、それ未満。旧校舎の工事を延長するための工作を現場で行えた、あるいは工作を指示できた)

 昇 :丙    (『ゆめ』と同一人物)

 昇 :丁、戊、己(『ゆめ』以外の生徒会のメンバーで、旧校舎の工事を延長するための工作をするため、現場にいた)

 

 この前提で、俺は霧隠に言い放つ。

「血糊だよ」

「血糊?」

「延長する工作でも、流石に学園から血が出てきたのであれば、旧校舎を管理していた生徒会が警察に通報しているだろう? だが、未だ警察の介入はない。つまり、生徒会のトップが現場に出て、他のメンバーに口外しないようにしているのだ。そう、現場だ。工事現場に自ら直接乗り込んでいるやつが、他の件について遠くから眺めているような性格をしているはずがない」

 部室の仲裁に関係した生徒会のメンバーは誰だ?

 卒業旅行先の問題を持ってきた生徒会のメンバーは誰だ?

 旧校舎解体の延長工作を依頼された生徒会のメンバーは誰だ?

 旧校舎の解体工事に関係していた生徒会のメンバーは誰だ?

「『ゆめ』だ。生徒会長のお前が、全ての件に関与しているんだ」

 大藤に対しても、おそらく俺を頼るように、何かしらの接触をしているのだろう。

 俺は霧隠を睨みつける。

「貴様、変装までして、一体何が目的なんだ?」

「ふふっ」

 霧隠の表情が、蕩けるような笑みになった。彼女が立ち上がり、俺の方に近寄ってくる。

「君のことが、知りたかったんだよ」

「何?」

「『狢の肝抜き事件』」

 その言葉に、俺の眉が深く刻まれる。

「何故、貴様がそれを知っている?」

「私の師匠みたいな人が、教えてくれたのさ」

「師匠?」

「佐野豊房」

 その名前に、俺の鼓動が一瞬だけ跳ねる。

「お前、佐野さんの関係者なのか?」

「まぁね。だから、君がどれだけ仁義を大切にするのかも、どれだけ苛烈に周りを傷つけれるのかも知っているつもりだよ。だから、それがこの学園にマイナスになるような事があるなら、私は君を排除するつもりだったんだ」

 その言葉を聞いて、ふむ、と俺は小さく頷いた。

「それで、俺を見ていた結果は?」

 そう言った俺の言葉を聞いて、霧隠は真面目な表情を浮かべ、こう言った。

「保留」

「保留?」

「君、スタンスが分かりづらいんだよねぇ」

 霧隠は、だらけたように机に腰を下ろす。

「君は、ぱっと見、スーパーヒーローみたいなんだよ。弱者の味方、正義の味方、って感じでさぁ。いつも落とし所、妥協点を探しているから、強者に偏った結論は出さないんだよ、君は」

 必要なら土下座もしちゃうしねぇ、と霧隠は言う。そんな彼女に向かって、俺は疑問を口にした。

「それで、何故保留なのだ? スーパーヒーローとまで言っておいて、俺がこの学園に仇なす存在になり得る、と?」

「だって君、もっと弱い人が現れたら、今味方をしている弱い人が不利になる結論でも、妥協出来ると思ったら、そこを目指すでしょう? つまり、味方だった人の敵になるんだよ」

 その言葉に、俺は満足そうに頷いた。

「なるほど。ヒーロー(正義)であり、ヴィラン(悪)でもある。俺の在り方の落とし所、妥協点として、悪くない」

「……そういう所も、わからないんだよなぁ」

 まいったなぁ、と言って、霧隠は机の上に寝転がる。だらけた猫のようになりながら、彼女は俺に向かってこう言った。

「ま、君の周りの人に無断でちょっかい出すのは、もう止めるよ。でもその代わり、私の変装のことは誰にも話さないでね?」

 たまにあの格好で学園の見回りをしているんだ、と霧隠は言った。俺はふむ、とつぶやくと――

「二流上等、一流重畳」

 そう言って、俺は生徒会室を出ていこうとする。

 がばっ、と衣擦れの音が聞こえるぐらい勢いよく霧隠が、体を起こした。

「私が君に無断でちょっかいをかけるのはいいの?」

「そこが、落とし所だろうだろう」

 多少じゃれてやるぐらいなら、妥協していやる。そう言って俺は、今度こそ生徒会室を後にした。生徒会室から笑い声が聞こえてきた気がしたが、もう俺はそこに興味を失っていた。

 霧隠に悪意がないと判明したことに、俺は満足していたからだ。

 廊下を歩きながら、こう思う。

 ……害がないのであれば、放置していても構わんだろう。

 保留と言われたが、霧隠からは敵だとは言われていない。ならば今後、彼女と協力する道も、共存する道もあり得るだろう。

 ……選択肢が多ければ多いほど、妥協はしやすいからな。

 それが、俺の選んだ生き方だ。

 息苦しくなく、満足できる幸せを求める。

 佐野さんの名前を久々に聞いたので、俺は俺自身に問いかけた。

 ……お前は今、幸せか?

 その問いに、俺以外の人はどの様に答えるだろう? そしてその答えは、どんな根拠を元にしているのだろう?

 俺の答えは、もちろん決まっている。

 その答えの根拠も、もう決まっている。

 俺は今、幸せだ。

 何故なら俺は。

 不知火帝一は、妥協する。

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