第17話 あの海を

「ふう! 今年の夏は一段と暑いね! 不肖、わたくしめがこのうちわにて、お姫様に風をお届けしましょう。ぱたぱた、ぱたぱた」


《明里が眠りについてから、二度目の夏が来た。明里のご両親と一緒に、お見舞いに来た時はできる限り話しかけたり、僕らが好きな尾岡れきさんの音楽を聞かせたり……できる事を続けよう。いつ明里が目を覚ましてもいいように準備をしよう。暗い顔はなし、なし!》



(やっぱり、死んじゃったっていうのと違う気がする。何か、たまに遠くで誰かの声が聞こえてるような……それに、私が気力をなくすのはダメだ。生きてるって信じよう。楽しい事を考えていこう)


(初めてのクリスマスの時、周りの女子の注目を浴びる秋君にヤキモチ焼いたっけ。秋君を見ちゃダメえ、とかやきもきして、秋君の隣にいるの、ホントに私でいいの? って。でも、どんな時でも秋君は私を、私だけを見てくれていた。好きでいてくれた)


(怒られてもいい。嫌われてても、諦めない。目が覚めたら、また秋君の傍にいれるように……頑張る)



「紅葉の写真を持ってきたよ! 今日もれきさんの音楽を流しながら、明里の傍にいてもいい?」


《最近、体に熱が籠っている気がする時。もしかしたら、残していた片方の腎臓も手術しないといけなくなるかもしれないって前に言われたし……明里が目覚めるまで、僕は生きていられるのかと思うと……》


「いい曲だね。また一緒にカラオケで歌いたいねえ」


《……神様。僕は望み過ぎですか? 本当ならもう死んでいたかもしれない僕に、命を分け与えてくれた…大好きな明里と共に生きたい、というのは望み過ぎですか? 僕が諦めたら、明里は目を覚ましてくれますか?》



(なんだろう。最近、痛かったり苦しかったりはないけど、何かに飲み込まれそうな……イヤな感じがする。まだ秋君に会えてないのに。諦めたくない。もう二度と、諦めたくない!)


(神様……私は望みすぎですか? 本当ならあの駅で死んでいたかもしれない私が命を助けられて、秋君の本当の気持ちを知ることができた)


(それなのに秋君と残りの人生を生きていきたいって……またそんな欲張りな事を考えてるから……いけないんでしょうか)



《僕は、明里の事が大好きです。愛しています。もし許されるなら一分一秒でも長く、明里と生きていきたいんです。もう、離れたくない……です。二度と……離れたくないです。明里は、僕の太陽なんです。僕の、太陽なんです!!》


《でも、もし……それが叶わぬ事だと言うなら》


《それが無理だと言うのなら》


《たったひとつだけ、お願いがあります》


《この願いに全てを捧げます》


《もう一度、明里とあの海に行きたいです》



(私、このまま……死にたくない。私に寄り添ってくれて、お日様みたいに私を照らしてくれた秋君に会いたい。また秋君の彼女にしてほしい。秋君と残りの人生をすごしたい。秋君のお嫁さんになりたい》


(……それが、夢でした)


(本当に、わがままでよくばりでごめんなさい)


(だけど……もし全部叶わないなら、ひとつだけ……ひとつだけお願いがあります)


(秋君と生きていく望みがかなわないなら、このお願いと、私の全てを引きかえてください)


(秋君とあの海に行きたい……です)



《僕達が大好きな》



(私達のお気に入りの)



《あの輝く海を》



(キラキラのあの海を)



《また……》



(また……)












 二人で。













「あの……幸せが、いっぱい……ふ、くぅ。馬鹿! 明里の前で泣くな。まだ弱音を吐くな!」


「…………ぅ」


「諦めな……え?!!」


「……………………………ぁ、ぁ」


「あ……明里?! 明里! 明里!!」


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