第22話 動き出す計画っ!幸福怪人ハピネスの脅威!

 奏が家を出てすぐ、母は奏を追いかけた。追いかけてどうするつもりだったのかとか、そもそも追いかけるまでに思考停止していた時間が長すぎるとか、いろいろとツッコミどころはあったけれども、行動としては間違いなく追いかけた。


 そして、家から出た時点で奏がどこに行ったのかわからないことに気がついて、自力での捜索をあきらめる。母は、それなりに広い町で、どこに行ったのかもわからない娘を一人で見つけられるとは考えなかったのだ。


 一人でできると思わなかったから、すぐに文明の利器に頼る。奏にいつも離さないように言っている、管理局支給の携帯電話。管理局職員の職権を使ってその位置情報を取得し、それが自分の家を示していること、奏が少し前に座っていた場所に、携帯電話があることを確認する。


 親として、管理局の局員として、母は携帯電話を忘れた奏に対していくつか小言を言いたくなったが、今はそんなことよりも優先するべきことがある。今度は管理局支給のものではなく、自分たちが買い与えている方の携帯に電話をかけてみて、着信音が奏の部屋から聞こえたことですぐに切る。


 全く想定していなかった事態に、母は焦っていた。奏が飛び出でることも予想外だし、携帯のひとつも持たない衝動的な行動も予想外だし、自分がここまで焦っていることも予想外だ。焦りに焦って、仕事中の父に電話をかけて、一度落ち着くようにと窘められる。


 ひっひっふーと深呼吸をして、かろうじて事情を説明できるくらいに落ち着いた母が、父に対して今の状況を説明する。奏と話をしていたこと、魔法少女のことに口を出したこと、そして奏が家を飛び出して、そのまま連絡もつかなくなってしまったこと。


 一通り話を聞いた父は、落ち着くためにしばらく待っているように伝え、そのまま仕事を早退する。管理局の局員として、魔法少女が家出をしたのであれば放っておくわけにはいかない。まあ、この両親は子煩悩なので、もし奏が魔法少女でなくても同じことをしただろうが。


 家に帰り、一度状況を整理しなおし、出した結論はきっと何もせずとも帰ってくるだろうというもの。あまり学力が高くない奏ではあるが、家を飛び出て心配されないと考えるわけがない。ほとぼりが冷める頃、または他の誰かが間に入ってくれるようになれば、ちゃんと帰ってくるだろう。そう思われるくらいには、奏は両親から信頼されていた。


 けれども、戻ってくると思っていても、心配なものは心配である。戻ってくるだろうから大丈夫か、テレビでも見ながら待ってよう!なんてなるのであれば、最初から早退なんてしない。


 二人で手分けして奏を探し、心当たりのある場所を虱潰しにする。奏が帰ってくるまで待つことは出来なかった。心配して探しているから、帰ったら連絡をするようにと書置きだけ残して、そのまま探し続ける。


 けれどその頃にはもう、奏は連れていかれた後だった。地上のどこを探しても見つけることが出来ない娘を、いつまでも探し続ける両親。そんな両親を止めたのは、父の元にかかってきた一本の電話だ。


「もしもし、お父さん?手紙見て電話したの」


 やっと奏が帰ってきて、手紙に気付いてくれたのかと期待して電話に出た父。けれど、その向こうから聞こえてきたものは、奏の声ではない。


「奏がいなくなったの、伽羅も心配。伽羅も探しに行きたい」


 電話の主は、伽羅だった。一人遠くまで歩いてお買い物に行って、みんなにお土産を見せようと思っていたら誰もいない家が待っていた伽羅だ。自分が知らないところで大切な姉が家出をして、両親が探し回っていた。そんなことがあったのに、連絡のひとつも貰えなかった伽羅だ。


 ちょっと思うところがあって、自己主張が激しくなった伽羅を落ち着かせるために、父は一度帰ることを選ぶ。まだ子供が出歩いても問題ない時間とはいえ、このまま探すとなると年頃の少女をひとりで歩かせるわけにはいかない。母にも一度家に戻るように伝えて、途中で合流して帰る。


 二人が家に帰ると、仲間はずれにされて凹んでいた伽羅が待っていた。むすっとしながら、何か言いたげな目でじっとり見てくる伽羅に対して、両親は罪悪感を刺激された。


「伽羅も、奏のことが心配。奏は大切な家族だし、大好きなお姉ちゃんだから。奏がいないのに、一人で待っているなんて嫌」


 いやいやと頭を振りながら、だから自分も探しに行くのだと主張する伽羅。父と母にも、伽羅の気持ちは十分に理解ができる。自分たちが逆の立場だったらどう思うのかなんて、考えるまでもないからだ。


 けれどそれと同時に、伽羅をひとりで歩かせるわけにはいかないのもまた、明確な事実だ。そして、伽羅とともに行動するとなると、探す際に邪魔になるのも間違いない。


 合理的に考えて、伽羅は置いていくべきなのだ。伽羅の内心を慮ることなく、置いていく。そうすることが一番正しいことであり……


「それに、伽羅なら奏の場所がわかる。奏の場所はわからなくても、タイコンの場所がわかる」


 両親の思考が、伽羅の言葉で止まる。即矛盾しているように聞こえる言葉だが、伽羅が伝えたかったことはわかる。


「……わすれてた……」


 魔法少女一人につき一体着いているパートナー妖精は、いつでも魔法少女の元に駆けつけることが出来る。そして、魔法少女の前に居ない時は、妖精界と呼ばれる場所にいる。


 管理局の局員なら、誰でも知っていることだ。そしてその妖精界で、妖精たちがコミュニケーションを取れることも、元魔法少女である母はよく知っていた。


 つまり、探し回るまでもなく、伽羅の力を借りればよかったのだ。いや、伽羅でなくとも、魔法少女の力を借りれば、奏がどこにいるのか、無事なのか、どうしているのかを知ることは出来た。奏自身が望めば居場所は知らせてもらえないけれど、無事でいることの確認と、こちらの状況を伝えることくらいは、いつでもできたのだ。


 それを思い出せなかったのは、それだけ焦っていたからだ。母は言わずもがな、落ち着いていたように見えた父だって、その実大した違いはない。同じように慌てていて、同じように焦っていた。


 いくら自分で家を出たとはいえ、奏ならもうとっくに帰ってきているはずだった。奏の性格的に、そうじゃないとおかしかった。それなのに、父と母はまだ管理局にもその事を伝えていなかったのだ。もしわかっていれば、局員たちがほぼ全ての仕事をほっぽり出して取り掛かるくらいの大ごとのはずなのに、それを伝えてすらいなかった。


 その事実だけでも、どれだけ両親が慌てていたのかがわかる。そしてそれだけ慌てていた代償は、慌てていたせいで手遅れになった事実は、手遅れになってから初めて届くのだ。



 突然、伽羅の持つ携帯電話からけたたましい着信音が響く。それと同時に鳴ったのは、奏が置きっぱなしにしていた管理局支給の携帯と、両親のポケットの中。


 普段聞く音とは異なるものだった。災害が起きた時のものでもなく、秘密結社が出た時のものでもなく、ただ緊急事態なことだけは確かな音。


 その音が何を示しているのか、伽羅は知らなかった。習った覚えはあるけれど、小さなおつむの中には留めておけなかったのだ。けれど、両親の表情を見れば、それがただ事でないことだけはわかった。


「伽羅さん、奏のことは心配だけど、どうやらそれどころじゃないみたいだ。一度、急いで管理局に向かおう」


 奏なら、何かあったら自分で変身するはずだと伽羅に言い聞かせながら、父は準備を進める。両親の元に入った連絡は、休暇中だろうが睡眠中だろうが関係なく、文字通り可能な限り急いで集まるようにというもの。何かしらの未知の脅威が現れた知らせ。


 その要請にしたがって、一緒に管理局に向かった3人は、普段とは違って父も司令室に向かう。いつもであれば所属部署が違うことを理由に、すぐに別れる父は、局員から何かを耳打ちされて一緒に移動した。珍しいこともあるのだな、と少し嬉しくなっている伽羅は、その表情が強ばっていることに気が付かない。


「お待ちしておりました。集まっていただいた理由ですが、秘密結社オメラスより、の脅威を確認。内部通報により明らかになった情報によると、対象の名前は幸福怪人ハピネスとの事ですが……」


 休みで状況を把握できていなかった母の代わりに、二井が何かしらの資料を確認しながら説明を始める。怪人の話を始めたところでなにやら言い淀んで、母に急かされて覚悟を決めたようにモニターを切替える。


「……ご覧の通り、怪人ハピネスの容姿は奏さん、エンパシー・シンフォニーに酷似しています。そしてイタズラの線を潰すために向かった即応部隊が一班、近寄ったきりまともな返答を返さなくなりました」


 そのモニターに映っていたのは、紛れもなく奏だった。家を飛び出したまま戻ってこなくなっていた、どこを探しても見つかることのなかった奏であった。


「現状、怪人ハピネスに動きはありません。出現位置であるオメラスの建物跡から動かず、目を閉じています。周辺の被害はオメラスの建物の崩壊及び、周辺1kmに存在する人間の行動停止。ドローンによる偵察の結果、生命活動には異常がない模様です」


 モニターに映されたものは、恍惚とした表情のまま動きを停めた人。穏やかな表情のまま追突する運転手。火事に対処するために駆けつけた消防隊が、呆然としたまま動かなくなり、そのまま火に包まれる姿。


 そのどれもが、正気とは思えないものだ。そしてその中心にいるのが、奏にしか見えない怪人ハピネス。状況証拠の全てが、この惨状の原因を示していた。


「大変シュポッ!シンフォニーがおかしくなったって、タイコンが教えてくれたシュポッ!」


 まだ何かを話そうとしている二井の言葉を遮るように、伽羅のポケットから飛び出てきた安っぽい緑色のライター、ライターンが叫ぶ。その内容は、その場にいた誰もがどこかで考えていて、けれども受け入れ難かったことだ。


「シンフォニーが、大変シュポッ!大変なことになっちゃったシュポッ!」


 たいへん!たいへん!と叫ぶだけで、何も具体的なことは言わないライターン。普通であれば、もっと詳しく説明するようにと思うものだが、今この場にいるものにとっては別だ。何かを知っているライターンから伝えられることを、真実を、聞きたくなかった。聞く前であれば僅かに残っていた可能性が、完全に失われてしまうから。


「シンフォニーが、改造されちゃったシュポッ!怪人ハピネスになっちゃったシュポッ!」


 けれどそんな悪あがきをしても、現実はすぐに迫ってくる。何かを知っている妖精は断片的な情報を伝えてくるし、ある程度の脳みそが詰まっていれば、そこから推測するのは難くない。




 そうして、一通りの情報が出てくるのと、その正確性を確認するために二日がかかった。魔法少女という貴重な戦力を、不確定な状況で消費することはできないから、伽羅と病み上がりの縁呪はずっと待っているしかできなかった。


 その間に判明した事実は、いくつかある。例えば、怪人ハピネスが生命活動を見せていること。呼吸している様子が見られ、けれども何も食べずに、動かずにいること。オメラスからの要求などは、特にもたらされていないこと。そして何より、ハピネスを中心とした力場、踏み込めば正気を失ってしまうその空間が、少しずつ拡大していること。


「また、強い“運命”を宿していれば、受ける影響は最小限であることも確認できた。具体的には、魔法少女や元魔法少女、あるいは魔法少女になれるだけの才能を持つものであれば、あの中に入っても正気を保っていられるだろう」


 他の人にはよく分からない資料を確認しながら、みんなの前で話すのは魔法についての権威、ユウキだ。どこから導き出したのか、常人には理解できない理屈で物事を語る。


「僕の見立てでは、あの個体、怪人ハピネスは未完成だ。一週間も放置しておけば、何かしらの変化があるだろう。自壊するか、完成するかまではさすがにわからないけどね」


 僕らに残された選択肢は二つ、とユウキは指を二本立てる。


「一つは、このままケセラセラの精神で見守ること。あの体が持てばより驚異を振りまくようになって、持たなければ何もなかったことになる。どちらにしても、あの体は管理局から離れることになるだろうね。もう一つは、無理やりにでも変化を止めること。上手く行けば魔法少女エンパシー・シンフォニーは助けられて、上手くいかなければさらに魔法少女を損失することになるだろう」


 あくまで予想だけどね。と、まるで見てきたかのように可能性を提示するユウキは、決めるのは自分の仕事ではないと言ってその場を後にする。


 残されたのは、大切な人を奪われて、取り戻せるかもしれないと一筋の光明を見せられた者たち。そんなものたちが何を選ぶかなんて、明らかだった。

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可逆式TS魔法少女おじさんは魔法少女を恨んでいる エテンジオール @jun61500002

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