合わせ鏡 ~シーズン2 番外編~

ブライトさん

第1話 ~大樹の声~

教室の窓から見えるヒマラヤスギ。

中学校の僕の最初のお友達。

カーテンの隙間に見えたヒマラヤ杉の払われた枝のあとが笑っているように見えた。


「ただのシミュラクラだ」


なんて、つぶやきつつも、見れば見るほど顔にみえてくる。


植物には思念や感情などないと思っていた。

いつも聞こえてくるのは、ザァーっていう砂嵐。

ただ、それがとても心地よかった。


大きな石油ストーブからのぬくもりがじわじわと眠気を誘う。

先生の声もただの心地よいBGM。


何かの麻酔にかけられたかのように、徐々に砂嵐の音が止み、視界が萎んで時間がゆっくりと流れている。


いつもと違う感覚が伝わってきた。

それはやがて、言葉となって僕の頭を刺激する。


我らは、理を知り、風を読む。

風を読んで、枝葉を伸ばす。

風が吹き、枝葉を揺らす。

枝葉の揺らぎは、我らの言葉。

我らの言葉は理を語る。


この世の理。

この世は混沌。


無とは無限。

無限とは無。


空虚と密実の間の小さな渦。

渦は集まり、流れを生む。

流れは、やがて、渦の間で循環する。

循環する流れはまた渦を生む。


循環は、空間、時間、力の源。

循環は、もの、命、思念の源。


やがて渦は散り、流が止まり、循環は混沌に帰す。

渦もまたやがて混沌に帰す。


流れも渦も。

あるようでない。

ないようである。


この世の理。

この世は混沌。


回りの木々からも言葉が聞こえた。

そんなような気がした。


「僕たちの言葉、聞こえる人、いたね」

「あれから、何千回も春が来たね」

「理のはなし」

「したね」

「うん、したね」

「流れたね」

「つよくなったね」

「つよい流れは、どこまでも広がったね」

「たくさんの生き物にとどいたね」

「つながったね」

「たくさんの生き物とつながったね」

「よかったね」

「よかったよね」


「ガンっ」


突然、何かで頭を叩かれたような衝撃が走った。


「なーに、外見てボォーとしてんだ」

「最後の授業だぞー、ちゃんと聴けー」


それは、先生が振り下ろした分厚い国語の教科書だった。


気が付けば、中学3年生の3学期。

身長は160㎝を超えた。

進学も決まり、あとはまた、春を待つばかりだ。

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