第14話 女の修行

スーベリアです。私は今走っています。全力で走っているつもりですが、おそらく歩いているくらいの速度しか出ていないと思います。なんか出ちゃいそうです。というか、実は2回出ちゃいました。女子としてつらい。

人間ってずっと全力で走ることはできないことを学びました。

「よし、時間だ!」

教官の声が響き渡り、やっと止まることが許された私は、ぶっ倒れました。ごふっ。


「というわけで、冒険者になる準備をしようじゃないか。」

早朝から、冒険者ギルドの訓練所に集められた私たちに、バーナードさんはそう言いました。

「いいか、お前たちはビューハルトというお荷物を抱えて冒険者になるんだ。その状況では認めてもらえないんなら、お前たちなら大丈夫だと思ってもらえるくらい仕上げてから冒険者になればいい。別にすぐに働かなきゃ生きていけない環境にお前たちはいるわけじゃない。たっぷり準備に時間をかけりゃいいじゃねえか。」

「それってどれくらい準備すりゃいいんだ?」

「さあなぁ、明確なものはねぇ。ビューハルトの母ちゃんが頷くところまでだ。お前たちパーティの完成形を見せて、これなら大丈夫って思わせてやれよ。普通のパーティは、当然そこまでの準備なんかしねぇ。ある程度訓練したら、あとは実戦で成長していくもんだ。でもお前たちは普通じゃない。それなら普通じゃない準備をすればいいんだよ。」

私たちは、お互い顔を見合わせてうなづきました。

「そのとおりだと思います。でも、具体的はどんなことをすればいいんでしょうか?」

私が聞くと、バーナードさんはニヤリと笑います。

「体力、筋力、スキル。今お前たちが持っているものを全て最高レベルまで高めた上で、お前たちパーティの戦闘スタイルを確立させるんだよ。俺も仕事があるから付きっきりってわけにはいかねぇが、やるべきことは随時指導してやる。もちろん、俺は指導の専門家じゃねぇし、うまくいくかはわからなぇ。だけどよ、何もやらずに諦めるよりゃマシだろ?」

「僕…僕たちのために、そこまで考えていただき、ありがとうございます。」

「まぁ、せがれとそのダチのことだ。普段あまりかまってやれない罪滅ぼしだと思ってくれ。んじゃ、早速始めていこう。まず、お前らが最初に身につけるべきなのは、やばい時に逃げるための脚力と体力だ。これは、男も女も関係ねぇ。緊急時にその場を離脱するんだ、ゆっくり長く走るんじゃねぇ。短時間で安全圏まで走り抜けられる脚力と体力を手に入れろ。」

「なるほど。親父、んじゃあ、とりあえず訓練所一周ダッシュを10本くらいやりゃいいか?」

「今から半刻、俺が止めるまで全力で走り続けろ。頭を空っぽにしてともかく走り続けるんだ。ゲロ吐いてもすぐに走りを再開しろ。バカになって走り続ける訓練、名付けてバカっ走りだ。それから、今後訓練中は俺のことは教官と呼べ。それじゃあ始めるぜ!」


こひゅー、こひゅー、倒れ込んだまま見渡せば、訓練所のまちまちのところにみんな倒れています。人生で最も過酷な半刻だったことは間違いありません。頭が酸素を欲していて、うまくものを考えることができません。

「集合だ!いつまでも寝てんじゃねぇ、魔獣を相手にしてたら、今お前ら全員死んでるぞ!」

再び教官の声が響き渡り、私はなんとか立ち上がり強化のところまで辿り着きます。

「いいか、これからは訓練の最初の半刻はこのバカっ走りだ。とりあえずはそれぞれが全力で走り切れるようになることを目指せ。それができるようになったら、この中で1番遅いやつに合わせて全員が離れずに走れるようになれ。バラバラに逃げても意味がないからな。そして、その1番早い奴が速くなればなるほど、パーティの逃走速度は上がるってわけだ。」

ぜぇ、ぜぇ、1番遅い…私だ。ぜぇ、ぜぇ、私がもっと早く走れるようにやれば、ぜぇ、ぜぇ、走れるようになれば、ぜぇ、ぜぇ、なればなんだっけ?思考回路が麻痺して、まさにおバカになっちゃうバカっ走り。恐ろしい訓練です。

「さて、準備運動は終わりだ。ここからは男2人と、魔法使い2人は分かれて訓練をしてもらう。魔法使い組には特別講師を招いている。もう少ししたら来るだろう。」

ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・ぜぇ・・・ふぅ。やっと私の息が整い始めたころ、冒険者ギルドの建物から歩いてくる人がいました。ん、あれ?あれれれ?

「は?」「え…!」

「か、母さん!?」

「専門家に習った方が、効率がいいからな。」

「リーバス・アバンディよ。これでも元冒険者、風魔法の使い手なの。スーベリア、コラル、ビシバシしごくつもりだから覚悟しなさい。ちなみに訓練中あたしのことは、教官と呼ぶように。分かったかしら。」

えーっと、リーバスさんが反対してるから、私たちこんなことしてるわけで、などと思いながら呆然としてしまいました。

「返事は!」

「は、はひぃ!教官!」

私は大きな声だ返事を、コラルはビシッと敬礼をしました。


「と。張り切ってはみたけど、最初は基本をレクチャーしていこうと思うわ。まず、2人には実際に魔法を放って見せてもらいたいの。基本的なことは神殿で教わったでしょ?」

「はい、教わりました。」

「じゃあ、あそこにある木の枝に魔法を放ってみてくれる?まず、スーベリアちゃんから。」

「はい。」

私は、少し離れた場所に置かれた木の枝に意識を集中します。そして掌を枝に向けて魔法を放ちます。

「神の雷!」

私が魔法を放つと、木の枝に雷が降り注ぎ、粉々になりました。

「すごい威力ね。じゃあ次はコラルちゃん。」

コラルはこくっとうなずくと、先にある木の枝に向けて手をかざします。すると、首筋にある聖印が輝き、コラルの手から風が巻き起こって、木の枝の方に放たれたと思うと、枝がバラバラに刻まれました。

「え、ちょっとまって、コラルちゃん。なんで無詠唱で魔法放ててるの?」

聞かれたコラルちゃんは、はてと首をかしげます。

「無口キャラだからじゃないでしょうか…。」

「無詠唱で魔法を唱えるって聞いたことないんだけど…。1番規格外なのってコラルちゃんなのかな…。まぁ、とりあえず置いておきましょう。2人がしっかり魔法を放てることは分かったわ。ここで質問なんだけど、魔法のいいところってどこだと思う。」

「えっと、遠くから攻撃できるから、安全なところでしょうか。」

「そうね。では、遠くから攻撃って、何が難しいと思う?」

私たちが答えに迷っていると、教官は木の枝を持って離れて行きました。

「じゃあ、まずスーベリアちゃんから、さっきと同じように木の枝に魔法を放ってくれる?」

「分かりました。」

あれ、でもこれじゃ教官直撃しちゃうけど、いいのかな?なんて思っていると、教官は持っていた枝をおもむろにほっぽり投げました。木の枝はすぐに地面に落ちて転がって止まりました。

「神の雷!」

私の雷を受けて、木の枝が粉々になります。

「こらこら、そうじゃなくて枝が地面に転がる前に魔法を当てて欲しいのよ。じゃ、もう一度。」

また、教官が枝を投げたので、慌てて魔法を放ったけど、もちろん当たりませんでした。

「そ、そっか、動いてるものに遠くから魔法を当てるって、すっごく難しいんだ。」

「そういうこと。あなたたちが対峙することになる魔獣は、ずっと止まっているなんてことはない。時には高速度で動いている相手に魔法をぶつけなきゃいけない。ましてや、前衛がいるならその動きにも気をつけなきゃいけない。あなたたちにはこれから当面の間、2人で交互に攻撃役を変えながら、投げた枝に魔法を当てる訓練をしてもらうわ。一回も外すことがなくなるまでね。」


それから、私とコラルは交互に飛んでる木の枝に魔法を放ち続けました、この日結局一度もうまく当てられることはなく、やがて私はぶっ倒れました。魔力枯渇というものを起こしたみたいです。

「あら、魔力切れね。戦闘中なら命取りだけど、ここは安全だし、魔力枯渇を起こすと魔力の器が大きくなるらしいから、どんどん魔力、枯らしちゃいなよ。」

いえいえ、めちゃくちゃ頭痛いし、気持ちも悪いし、またなんか出ちゃいそうなんですけど…。つらい…。ついでに走った影響で足もバキバキで。これから、毎日これなんだ…結構地獄じゃん!

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