46話 店仕舞い

 国が賞金を懸けるモンスターを倒せば、リンは5億もの金と性転換ポーションを得られる。


「いやいやおかしいだろ。何でそうなるんだ? だって強化イベントだとか言ってたじゃん。全然関係あるようには見えないけど。だって性別に強さって関係ないじゃん。俺が男に戻ったら強くなるとか、そういう感じなの? あり得ないじゃん。そんなのおかしいじゃん………」


 早口でおでんをつっつき、酒で流し込む。大慌てのリンは大瓶を空にした。まだまだ続きそうな様子を眺めている二名は、それを肴に一杯やっている。


「なんだか損しちゃいました。真面目にやってたわたしがバカみたいです」

「真面目だけじゃ、世の中やってけないからねぇ。おー今度はどこの酒だ?」

「自家製ですよ。というか、うちのメニューは材料から手作りです。酒類はお裾分けしてもらうこともありますが」

「マジか。ノラちゃんってば凄いんだなー。頭撫でたいからこっちきてよぉー」


 シロの舌をも唸らす酒や料理の数々。これらは悠久を生きる神が全力で取り組んだ結果だ。掛けられる時間も、努力の質も、何もかもが常人とは違う。


「これは素晴らしいですね~……」

「おーおー甘えんぼさんなんだ。いっぱいスリスリしてあげるからねぇー?」


 親譲りの独創性と天性の才を持つノラちゃんは、酔っ払いに絡まれてへにゃっていた。


「お、お母さまは、いつもリンにこんなことを……? なぜです、これで落ちない人はいませんよ。わたしは人ではありませんが」

「それ持ちネタにするつもりなん? まあ……いやほんとそうなんだよ。リンってば頭逝っちゃっててさ、どーもこうもねえよ」

「ええ、そうでしょうとも、そうでしょうとも。さりもありなんです。あっ、抱き締めてもらってもいいですか~」


 正しい素直さも遺伝しており、リンに驚愕の視線を送っている。そこで顔を上げていたリンと顔を見合わせた。


「よく見たらシロそっくりだな……」

「あ、はい。お母さまの要素を使わせてもらってますから」

「……さらっと怖いこと言うなよ。ほら、客が注文してんぞ。行った行った」


 大人が子供に抱き着いている光景は珍しくないだろうが、子供が大人の頭を撫でていたら変かもしれない。


 冷静になったリンは、落ち着いて話を進める。これが最後の一杯と決めてちびちび飲み始めた。


「んでさ、俺の話を聞いてたのか? 全然そんな風には見えなかったけど?」

「はい。ちゃんと聞いてましたよ。その上で、報酬を取り換えることはできません」


 深いため息をついて、リンはこの話をなかった事にしようとする。その前に、続きをノラちゃんが話していく。


「リン。その身に起きた不幸は知っています。しかし、こちらに悪気はございません。そう難しく考えないでください」

「人が楽しく飲んでたのに、いきなり雰囲気重くしないでくれ。ため息をついたのが悪かったか……。まあなんだ、俺が言いたいのはそんなんじゃなくて」


 ここで過去は関係ない。相手がモンスターを創ってばら撒こうが、人を蘇らせていようが、今は関係ない。それが原因で今があろうと、この話では関係ない。


 髪をいじっているリンに、ノラちゃんが新しいおしぼりを渡す。


「だいぶボロボロですね。こちらをどうぞ」

「ああ、ありがとう。……そっちもな」


 真っ白な割烹着は、乾いた血が擦れて悲惨なことになっていた。「これは部屋に飾らせていただきます」と言って、ノラちゃんが指を鳴らす。食事を提供するに相応しい恰好に戻ったのを見て、リンは乾いた笑いを禁じ得なかった。


「リン。ひとりで悩んでてもしょうがねえだろ。受けるか受けないかは、相手の話を全部聞いてからにしろよ」


 神の言動をスルーしたシロが、話を戻しながらたしなめる。リンは軽く頷いておく。


 以前の自分なら、今頃は席を立っていたかもしれない。ただのスラムのガキなら。今の自分は探索者だ。目的の為に利益を追求して、恩返しもしなければならない身だ。


「はい。この報酬をどう使おうが自由、ということです。ご自分で使用して頂いても、他人に売り払って頂いても」

「それで、か。5億に追加の金もプラスされる訳ね。それは分かったけど、……自分で使ったらどうなる? 例えばほら、男と女の身体的な差で、体つきって意味で強くなったり?」


 できるだけ動揺を抑えたつもりだったが、顔にも言葉にも思いっ切り表れてしまっていた。シロはそっぽ向いて笑いを誤魔化し、ノラちゃんはどう答えるか困っている。


「……いえ、お母さまを見ていればご存じでしょうが、そういった要素はありませんね。身体的な特徴というと、筋肉の付き方などは男っぽくなりますし、骨格に関してもそうですが。なんて言えばいいんでしょうか……」


 総合力を高める上で、肉体は重要だ。筋肉が付けば、柔軟性が高まれば、それだけ強くなれるのは当然だ。しかし、リンやシロのような常軌を逸した存在に、常人のトレーニングは効率が悪いだけだ。


 無いとは言わないが、誤差を積み重ねる程度になってしまう。そういう意味では、リンが男でも女でも強さなど変動しない。


「んんっ? いやおかしくない? 自分で言っておいて、なんで骨格とか筋肉の話が? だって俺が……。そうだったのか……!」


 違和感。なぜ自分がそんな事を口走ったのか。違和感は、無意識を意識させる。衝撃が走ったような気付きは、脳裏に答えを浮かばせた。


「そうです。あなたは、これを飲まされたんですよ。外科的な手段では影響を及ぼされていません」

「おいおいヤベェな崩壊前。誰も彼もが変態じゃねえか! 倫理観が終わってる! 転生者が歪んでるのも無理ないよ!」


 リンが飛び上がって主語大きく非難した。一応の反論を試みるシロとノラちゃん。歪んでいるのは事実だが、それとは違う話だ。


「……ちげぇよ。それは崩壊後の産物であって、前じゃねえんだ。んな高度なもん、普通の人間に創れるワケねえだろ。それに、皆が使うほど終わっちゃいねぇよ」

「まあ、これはお遊びのアイテムですから。身長をいじったり、顔を変えたり、若返ったり。いろいろ用途に合わせて、本来は楽しく使って頂くものなのです」


 勢いを失ったリンは大人しく席に着く。どこか釈然としない心持ちだが、情報端末で性転換ポーションの値段を調べてみる。


「これが億からかよ。オークションの最高落札価格は7億ロッドって、そんなにいいものなのか……?」

「普段の相場は1~3ですかね。その時はよほどの事情があったのでしょう。神にも知り得ないことですが」


 吐き捨てるように言ったリンがショックを受けた。自分の悩みは、赤の他人にとっては渇望されるものなのだ。そんなのは知ったこっちゃないが、頭を抱えるのには十分な理由となった。


 無痛で、ただ飲み干すだけで、手術を伴わない故の安全。同じ物を用意すれば、いつでも戻れる。お手軽な手段は大金の価値がある。


「加えて、探索者レベルにも十分な影響があるでしょう。このポーションは難易度の高いエリアに精製されますので、希少性の価値があります。買取額、共に売値が高いのはそのためです」


 探索者レベルの上昇にはいろいろな要因がある。だが一番は、どれだけ有用な物を人類にもたらしたかだ。モンスターを倒すだけの退治屋とは違い、真に有能な探索者は痕跡収集に勤しむ。


 言わば、未知の発見を生きがいとする者だ。


 普通は億万の金が手に入れば人生安泰。一生を遊んで暮らせる。それでも危険なエリアに挑み続けるのは趣味であり、頭がイカれた集団に他ならないからだ。


 エリアにも入らずに、巡回依頼で毎日のようにお茶を濁す者とは精神構造からして違う。大成を極めるには、たいそうイカれてなくてはならない。


「そして。強くなるのに一番重要なのは、モンスターを倒すことです」

「そりゃ実戦経験とかって意味ではそうだろうけど、金より重要だったのか?」

「はい。モンスターを倒せば、相手の強さに応じた経験値を得られます。それが重要なんです」


 理解が及ばない領域の話になり、リンは困った。実戦経験を積むといった、単純な話ではないだろう。それ以上の何かがあるという事だ。すぐさま頭脳担当に投げる。


「モンスターってのは内に胞子を溜めこんでる。それが死ねば、解放された胞子は還ってく。還る途中で倒した奴の中に入り込む。そうすっと、受け取った奴は強くなる。それが人間でも、モンスターでも変わらない。単純な話だ」


 そう単純な話ではないが、概要はこんなもんだろう。


「でも俺はそれで死にかけたんだろ? なんか危ないんじゃ……」

「何事にも程度があるからな。むりやり入れられたら、そらヤバイことになるよ」

「そこらの調整は難しいのでしょう。あまり緩いと、意味がなくなりますから」


 一瞬。あら、と思ったノラちゃんだが、リンは気付いた様子を見せなかった。シロがその頭を撫でまくるという一石二鳥を見せていたのだ。


「それでこんなバカになっちまったんだ! うおおおおっ! 俺は悲しいぞ、明日はつきっきりで見てやるからな!」


 疲労困憊に加えて酒が回った頭。リンはもう限界を超えている。


「この話……うけさせて、もらうよ……」


 突っ伏しながらもそう言って、なんだか締まらない幕切れだった。





 取り残された二名は世間話をする。といっても、まともな内容ではなかった。


「この店は客に混ぜもん出すのか。もしかして、それが商売繫盛の秘訣だったりすんの」

「ふふっ。お疲れのようでしたので、ちょっとしたサービスですよ~。お母さまも要りますか?」


 リンが飲んでいた最後の一杯には、催眠薬が入っていた。シロは余裕で気付いていたが、リンには無理だった。こういった経験の差はまだまだ埋まらないだろう。


「心配ねえよ。こんなの問題ねえから。てか、出してから言うなっての」


 満身創痍の不良少女がドレス姿の女に変わる。偶然にも、対面で割烹着を纏う女将とそっくりの顔だった。


「おっと、つまらないもん見せちまったかな?」

「いいえ。千年ほど毎朝見ていますが、飽きたことはありません」


 ずっとおでん屋台を出してるヤツは面構えが違った。こんなわがままは他にいないだろう。リンとどっちがマシか判断つかなかったが、かわいい子供には違いない。


(自分の顔なのが嫌だけど。いやでも、こうして見るとマジで美人だなー。あれ? 比べてみたら胸のデカさが違う!? 絶対あっちの方がおっきくなってんじゃん。……そうかパッド入れてんだ! なんてヤツ……!)


 毎日毎日。10年以上経っても変わらない割烹美人は、都市の怪談話にもってこいだ。いったいどう誤魔化しているのか、謎の一端が掴めた気がする。


「……この都市にはあいつがいるだろ。見つかったらまずいだろうが」

「それはお母さまのご都合でしょう。会われないんですか? お友達の方なら上位区域にいらっしゃいますよ」


 混ぜ物入りのグラスを飲み干し、今度は入っていない酒を受け取ってお猪口に注ぐ。カンカンに熱されて湯気を放つ酒は匂いだって最高だ。そのうち酒蔵に忍び込んで、全て奪取しなければならない。


「っは、相変わらず高いとこが好きなんだな、バカと煙は同類で間違いないね。にしても、あいつが弟子を取るなんてさ……」


 初対面。通じない言葉で勝負を挑んで来たライは、どう見てもただのバカだった。自分の国の辞典という言葉すら知らなそうだった。


 あまりのバカさ加減に、油断して一回死んだ。それが――


「人は変わりますよ。わたしが見てきた中で、変わらなかった人はいません。その、無念の死を遂げた方のことは、わかりかねますが」

「気に止むことはねえよ。探索者やってんなら、覚悟してねえ奴はいねえから。そいつらも戦って死ねたなら本望だろうよ」


 それだけ言ったシロは、穏やかに微笑んで見せた。


「普段からそれなら、流石のリンでも落ちるのでは? 雑な煽りはやめればいいじゃないですか。特に最初の方は酷すぎましたよ」

「いやいやノラちゃん。っふ、本気で惚れられても困るだろーがよ。俺も抑えるのが大変なんだぞ?」

「それこそまさかです。ついでに、リンはお母さまのこと、そんなに好きじゃないでしょう?」


 気にしてる事を言われ、テーブルに突っ伏してめそめそ泣き出した。


「知ってるよそんなん……わざわざ言わなくていいじゃん……。だって、リンは俺のこと、嘘吐きの最低野郎って思ってんだぞ? 知ってるよそんなん。何でこうなったのかって言われたらさ、めーさましたら知らない場所で、記憶だけ曖昧な状態なんだぞ? そりゃ精神状態もヤバくなるじゃん、仕方ないじゃん………」


 親をガチ泣きさせてしまい、どうすればいいかわからないノラちゃん。こんなのは千年生きていても起きたことがなかった。それはそうと、いろいろ疑問が解消されて納得がいく。


「リンにでたらめ話してたのは、それが原因だったのですか。発破をかけるにしても、ちょっと悪質だったと思いますが……」


 あの夜シロが話した事は、ほとんどが作り話だった。事実も含まれている故に後始末が難しい。しかも精神状態が危ういリンに、実はとか言えなかった。


 今なら大丈夫そうだが、怖いものは怖い。


「でもおまえだって親指立ててたじゃん……。あれ俺忘れてないからな。お、お、いけんの? とか思っちゃったりして、全然気が付かなかったんだよー」

「あれはそういう意味じゃありませんでしたよ。ただの賑やかしです。あんな雰囲気で、わたしも困っていたんです。ちょっと空気を入れ替えてやろうかな、と」


 ため息をついて顔を見合わせる。どうやら自分達は、やってしまったようだ。まあ結果だけみれば、上手く軌道修正できた方だろう。そう結論付けて話を打ち切った。


 鬱に鬱を掛けても、きっと躁になるだけだ。そんな状況でリンのようにイカれたガキを見れば、誰だっておかしくもなるだろう。


「わたしがお母さまを保護する予定だったのですが。なんだか、大変なことになってしまいましたね」

「もっと早くこいよー……。いや待て、てかリンの方が優先……ごめん。それは話が違った」

「いえ……いいのです。助けるというのなら、ずっとその前です。お母さま、実は怒っていますか……?」


 重苦しい雰囲気までは消し飛ばせない。やってしまったものは、言ってしまったものは、二度と取り消せない。


 それでも上書きする事は出来る。シロは笑って、


「俺は人に、自分ができやしねぇことは言わないんだよ」

「そうですか……。わたしは人ではありませんが、お母さまはどうなのですか?」


 そういう生き方を決めたのだ。正しいとか正しくないとか関係ない。わがままでも、リンに復讐なんて道は歩ませたくない。


「嘘だって吐く悪い大人だからな、ポジショントークは得意なんだ。お姫様だったし、数千年続くシノノメを創った参謀だったし、ここじゃあレベル1000の探索者だ。んで親でもある。じゃあまたな、あんま思いつめんなよー」


 リンを背負ったシロは、心底楽しげにその場を後にする。ちょっと上を向いても、朝日しか見えなかった。


「はい。ツケにしておくので、また会いましょう」


 店仕舞いの時間は、とっくに過ぎていた。

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かじったリンゴの木の下で~この最高の世界に行ってきます~ ここから粉雪 @konayuki0113

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