45話 神様の依頼

 地面に描かれた星空が、空と平行に世界を彩った。亀裂が入り、ガラスのように砕けて光りの粒となって消える。


「これが遊び用かよ……」

「他のついでに創った試作品だからな」


 唖然とした声でリンが崩れ落ちる。シロが抱きかかえて優しく頭を撫でた。暫くすると、気絶したリンを背負って歩き出す。


「リンに惚れられるなんて、嫉妬しちまうよ。じゃあまたな、それまで死ぬなよ!」


 リンとの約束もある。ここで野暮な真似はやめた。


 シロが振り返らずに手を振って、悶えているモンスターに別れを告げる。結果は引き分けだが、リンは十分すぎるほどに頑張った。初めて自分だけの全力を絞り切った。


 それが堪らなく嬉しくて不気味な様子でニヤニヤしていると、急に真面目な顔になって酒を飲み始める。


「まったくさ……。職務怠慢だっての、ちゃんと家に帰しておけよなぁー」


 あのモンスターはシロにも見覚えがあった。通りでこんな場所にいる筈だと思ったが、最後には自分を棚に上げて帰路に着いた。





 エリアから出てフィールドを歩いていると、リンが眼を覚ましていた。


 小さい背の上で揺られながら昔を思い出す。今まで奥底に仕舞っていた記憶が蘇り、頭の中の霧が晴れたような気分だった。


「なあシロ。ちょっと歩かないか。ほら、せっかくだしさ」

「もう少しデートを楽しみたいか? それなら仕方ないな」


 リンは笑顔で応えて背中から降りた。ふたり手を繋ぎ道を外れて歩く。小高い丘の頂上で寝転がると、都市に近付いたら見えない満点の星空を眺めた。


「キレイだなー。今も昔と変わらないか? こんな物まで用意するくらいだもんな」

「ああ、変わってねぇ。もっとよく見える場所があるんだ。いつか紹介してやる」


 夜の冷たくて澄んだ空気を吸い込み、心地よい疲労に身を任せて瞼を閉じた。


「今日はもう最高だったよ。そうだあのモンスター、どうなったのかな」

「生きてたよ。でも初見にしてはよくやった。今度しっかりした使い方を教えてやる」

「そっか生きてたか! はっはっは……! 本当によかった。でも手を抜くのは悪かったから、そこは仕方ないな!」


 今さっき殺そうとした相手の生を喜び、リンは笑って見せた。シロは不思議な顔をするが、リンには何があってもおかしくないと思い直して続きを促す。


「なんだなんだ、もしかして知り合いだったりしたの? っふ、……なわ――」

「――そうなんだよ。毛玉ちゃんって、名前付けてたんだ。まさかモンスターだったなんてさ、いやー大きくなったなぁ」


 まさかと言ったシロは、事前に覚悟してても吹き出しそうになった。ほんとに人間だよな? と懐疑的な視線を送る。知ってか知らずか、リンは昔を懐かしんでいく。


「ああ、前は手の平に乗るくらい小さかったんだぞ? いつも頭に乗せてた。そうか、あの大きさだと乗せられないな」

「へ、へー。まあいいじゃん! 友達は多い方がいいからな! だろっ!?」

「友達か……。もう一度、遊びたかっただけなのかも。とにかく生きててよかった! 突然居なくなっちゃって、それきりだったから」


 一番古い記憶。気付けばスラム街に突っ立って、目の前には言葉を解す賢い毛玉。首筋を舐められたのは、そこでの思い出だった。


 半年ほど一緒に生活していたら、ある朝には毛玉が消えていた。スラムを走り回って探していると、そこで出会ったのが――


「帰ろうか。腹へったし、やっぱ食べてこう」


 立ち上がってシロに手を伸ばす。


「おっ、ノリがいいねぇー。酒も飲んでくんだろ?」

「そりゃ朝まで飲み明かしだ! ……でもこんな格好で入れてくれる店があるのかな?」

「心配ねえよっ! いい探索者は病院より酒場に行くんだ、こんなん気にすんなって!」


 子供ふたりの恰好は、戦場から帰ってきたにふさわしいものだった。土と血で汚れた服に肌まで傷だらけ。お互い満身創痍の状態で、気にせず肩を組んで歩き出す。


 あと少しで都市までたどり着く時、ふいに声を掛けられる。


「こんばんは~。いい夜ですね、屋台を出すのにぴったりです。そうは思いませんか、お母さま」


 都市の中心にそびえ立つ三本の柱を背景に、一柱の神が立っていた。


「どしたの、なにか用? そっちから来るなんて珍しい。明日は何が降るのさ、おでん?」

「そんな言い方はよくないと思います。家族に会うのに理由が要りますか? 悲しいですよ」


 軽いジャブで様子見を試みたシロが押し負ける。偽りない気持ちは痛いほど刺さった。事態を呑み込めないリンは間抜けに口を開けている。暫くして、出汁の匂いに気付いて腹を鳴らす。


「あの、ごめん。大事な話の際中に……」

「いいえ~、ただの世間話ですよ。それにしても、ふふっ。お腹が減っているなら、まずは食べていってください。きっとリン好みの味付けですから、美味しいですよ」

「えっ、なんで俺の名前を。それに味付けって……? まだ初対面だと思うんだけど……」


 驚いた顔をするリン。だがそこに、警戒といったような感情は生まれなかった。相手がシロの家族であるという内容に加え、もう人間不信から脱却していた。相手は人間ではないが。


「わたし、神様ですから。知らないことは少ないですよ?」


 ふたりは顔を見合わせて、


「「じゃあ、取り合えず一杯……」」


 おでん屋台の席に着いた。





 駆けつけ一杯。グラスに注がれた冷を一気飲みする。


「うっま! なにこれどこの酒!? あーあといっぱいね!」

「お母さま。今度はお金、払ってくださいね。天罰しちゃいますよ~?」

「うおっち……! やってから言うな!」


 だらしないのんべえに、美人女将が微笑んだ。頬に張り付けられた熱々のこんにゃく、もとい天罰を受けたシロは、大慌てで冷たくした手を当てる。ただ治すのではない、傷んだ皮膚を構築しなおした。


「この親不孝もんが、それくらいの扱いでいんだよお前は。てかなんだそのこんにゃく、こんにゃくは空を飛ばねえだろ!? 絶対食べていいもんじゃねえだろうが!」


 こんな些細な一瞬で高等技術のオンパレードだ。見るものが見れば驚愕の一言だろう。


「シロ。いくら家族間だからって、相手も商売だろ? 金は払わなくちゃ。そうか、家族ってそういうもんなの?」

「……おいリン。なーに普通に馴染んでんだよ、もっといろいろあるだろ? こう、疑問だって、質問とかしたいだろ?」


 空を飛ぶこんにゃくを見ても、リンには感想が少なかった。まあ神だし、といった感じで流した。それより、無銭飲食したであろうシロに釘を刺しておく。そんなシロは頬肘を付きながら呆れ顔になる。


「いいじゃないですか~。はいどうぞ、オススメ盛り合わせです」

「ありがとう。じゃあいただきます」


 たまご、こんぶ、ちくわ、ゴボ天、厚揚げ。これだけ合わせて千ロッドという破格。しかも味は神様が保障してくれる。


「うっ、旨い! 感動だ俺は。やっぱり神様なんだなぁ……」

「まあ嬉しいです! からしも付けてみてくださいね! ピリッと爽やか、味をリセットして楽しめますから!」

「……。幸せそうでよかったよ。……あーほんとにうまいな! これもいっぱい!」


 シロが望んでいた光景が、そこにはあった。ただ一時にすぎないが、今は全力で楽しんだ。


 夜も更け、飲み食いを楽しんだふたりと一柱は本題に入った。満ち足りた食事で腹を鳴らす事もなく、酒が回った頭で舌もよく回る。


「では、改めて自己紹介しましょう。わたし、この世界で神様やらせてもらってます。ノラちゃん、とお呼びください」

「俺はリン。探索者やってます。えー、種族は人間? 実は……その目的、なんだけど……」

「俺はシロ。親不孝の馬鹿な娘を持って、毎日大変で苦労してる人間。リンと一緒で、目的はお前を叩きのめすこと」


 家族会議は和やかな雰囲気で開始された。


「はい。頑張ってくださいね。それで、今日はそのことでお話がありまして」

「ちょっと待ってくれ。あっさり流すけど、妨害とかはしないのか? なんか拍子抜けっていうか、なんて言うか」


 敵対の目的をあっさり告げたシロに瞬きをした。それに頷きひとつで返したノラちゃんに、流石のリンでも待ったをかける。


 人差し指を口元に当てるノラちゃんが「はあ、何でわたしが?」と言って聞き返す。代わりにシロが笑って答えた。


「リン。崩壊からどんだけ経ってると思ってんだ、ノラちゃんはその前から生きてるんだぞ? 本気だされてたら、今頃は人類滅亡してるよ」

「おや? やはりお母さま……まあいいでしょう。納得していただけましたか? わたしに妨害といった、嫌がらせをする理由はありません」


 事情を把握したリンが胸を撫でおろす。ちょっとした行き違いらしく、本気で殺し合いするほどの喧嘩ではなさそうだと。


「よかった。あんまり深刻な問題じゃないんだな、気まずかったんだよ。ああ、遮っちゃってごめん」


 二名が呆気に取られる。さっきあんなにいい表情で飲み食いしておいて? とは、どっちも言えなかった。それはそうと、リンの状態はかなり良好らしい。流石お母さまと、ノラちゃんが微笑みながら話す。


「いいんですよ。まあ詳しい事情はお母さまから聞いてください。あと、ちゃんと深刻な問題だと思いますよ? 意地悪はしませんが、それでモンスターがいなくなるわけではないですし。先程も大変だったのではないですか?」


 人類が長い時間を掛ても、最前線と呼ばれる場所はほとんど変わっていない。ふたりはそこを超えて、最果てまで乗り込まなくてはならないのだ。さっきのモンスターで苦戦するようでは夢のまた夢だ。


「ちなみに、わたしもモンスターに襲われます。そこは平等ですね」

「んんっ? 作ってる張本人なのに、襲われちゃうの?」

「……あーそっか。じゃあそろそろ本題を聞かせてくれ。ノラちゃん」


 ただの偽名だと思っていたが、間違いを正したシロが額に手を当てる。とんでもない事で、それすら見抜けなかった自身に嫌悪を抱いた。子供を見間違えるなんて、今更だが最低すぎる親だ。


「では本題を。ずばり、強化イベントです!」


 訳が分からないふたりに、咳払いして続ける。


「ちょっと訓練して強くなった程度で、無謀をされても困るんですよ。確実に殺されますからね。そこでわたしです。探索者さんなら知っていますよね? この都市近辺に賞金首が出没していると」


 全然知らなかったふたりは探索者失格か。今度はため息をついたノラちゃんが最初から説明する。


「なぜ知らないんです……? いいですか………」


 現在、都市の物流や治安を脅かす重大な要因が存在している。賞金首に認定されたモンスターは莫大な報酬をもたらすと同時に、挑んだ者達に多くの死をもたらす。一発逆転のハイ&ローだ。


 巨大カマキリ――カマイタチ  巨大ゴーレム――鋼鉄要塞  巨大機械鳥――フェニックス  巨大ワニ――顎の怪物


 これがノライラ都市が認定している賞金首の一覧だ。どれも活性化で生まれた個体で、コロニケから湧きだしたものだ。


「ダッサ。この都市にまともな広報はいねぇみたいだな。んだよ顎って、確かに顎だけどさ」

「擁護するのならば、分かり易さとお祭り感を優先したのでしょう。なにせ本当に賞金を懸けているのは、シノノメですから」


 顎の怪物で何が悪いのか。カッコイイとは言わずに、リンは黙っておいた。


「へー。国が賞金を担保してんのか、活性化って……いつの話だった? ならもう狩られてんだろ」

「……いえ、まだ一体も。だからこその本題です。なぜ国が肩代わりしているのかは、ちゃんと調べておいてくださいね?」


 それだけ伝えて話を進める。家族に会うのに理由は要らない。つまらない本題は、さっさとなくしておきたかった。


「要は、賞金首を倒してきて貰いたいのです。どれか一体だけでもいいので」


 賞金首を倒す。それ自体は問題じゃない。シロならば余裕で、一度に全員を相手しても蹴散らせる。だがそれは、何の制約も掛かっていなければの話だ。そもそも乗る気がしない。何でそんな面倒な、というのが本音だ。


 しかしこれは、自分に持ち込まれた話ではない。シロはそう思って足を組み直した。あとは追加の酒を飲んで成り行きに任せる。


「でもこれ、一体でも5億とか書いてあるけど。そんなもの倒せるのか」

「シケてんなー。そこは10だろ、まさか見栄も張れないほど財政難なのかな?」


 リンの端末を覗き込むシロは、友達が守った国の落ちぶれ具合を笑ってやった。


 それだけの賞金が懸かっている。それだけの金で死を望まれているのに、生き残り続けている者達を倒せるとは思えない。リンの懸念はそこにあったが、シロは別のところに興味があった。


「確かに。国庫からなら、10では足りない額を出したでしょうね。ですが国の威信を賭けている、という意味で違いはありませんし、5億は十分に大金ですよ。誰にも倒されないなら、額も上がっていくでしょう」

「……なるほど。まあいいや、んで何でそんな依頼を? 自分で倒してくりゃいいじゃん」


 納得を得て冗談交じりにからかったシロに、本当に嫌な顔をするノラちゃん。


「わたしを何だと思っているのですか。ただのおでん屋ですから。戦いなんて、恐ろしい真似はごめんです。頭がおかしいのと一緒にしないでくださいね、お母さま」

「おーこわ、強すぎて誰とも戦いにならないってさ。それで、リンはどうしたいんだ? なんと神様からご指名の依頼だってよ、光栄だねぇー」


 リンには話の内容が理解出来ていなかった。それでも、やるべき事は分かっている。頭を撫でられながら、するべき話をする。


「わざわざ依頼って言うんだから、報酬はこの5億だけじゃない。って認識でいいのか?」

「はい。そう取ってもらって構いません。そしてこれが、お約束する品です」


 神様の掌から現れたのは、中身が無色透明の小瓶。


「ぶっーー! おいおいノラちゃん、それはヤバいって! あーヤバ、マジ腹痛い。ックク、アッハッハッハ………!」

「お母さま汚いですよ……。もうっ。笑わないであげてください。これは本当に深刻な問題でしょう?」


 事態を呑み込めないリンに、大笑いするシロが教えてやる。


「そりゃあ性転換ポーションだよっ! お前が失くしたもんを生やしてくれるらしいぞ!? よかったなぁリン!」


 意味が分かって、どうしようもなく頭を抱えるリンだった。

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