第33話 ラブコメは知らない。
「朱鳥!」
「一条!」
ぶつかり合うナイフと刀。
激しくぶつかり合った反動で身体を痛める。
すでにこの女子寮に残っているのは俺だけだ。
ヘルメットもガスマスクも外れ、俺の素朴な顔だけが見てとれる。
朱鳥は肉迫すると、蹴りを入れる。
その衝撃で俺は意識を失った。
「どうする?」
「どうしようか?」
ざわつく声に俺は重たくなった瞼を開けて、周囲に視線を投げかける。
春夏秋冬の四人がこちらに気がつく。
「朱鳥さん!」
その声は奥の部屋にいた朱鳥にかけられる。
そこには凜とした雰囲気で、クールな朱鳥がいた。
後ろには純粋天然無垢な夏音と、小悪魔で快活な芽紅がいる。
「で。お主に言い訳はあるか?」
鋭い眼光で俺の心臓をえぐる朱鳥。
「……ない。俺という犠牲が生まれれば、男子どもも素直に女子に従うだろう」
「っ!? 馬鹿なのか! キミは!」
言葉に詰まったように吐き出す朱鳥。
「彼らはやり方を間違えているのかもしれない。努力する方向性を間違えているのかもしれない。でも俺は彼らを見捨てることができなかった。これで終わりにしてくれ」
俺を追放し、退学にすればいい。
それで男子寮も、女子寮も救われる。
「何を馬鹿な。女子がそんなに賢いと本気で思っているのか!?」
「違うのか?」
「~~~~っ!」
今度こそ、言葉に詰まる朱鳥。
「あのね。女子だって間違えることはあるし、好きになる人を選べないんですよ?」
夏音が胸の前でギュッと両手を堅く握る。
「どんなに変態でも、どんなにかっこ悪くても。添い遂げる気持ちも、恋に落ちることも止められないのよ。わたしはあなたよ。あなたはわたしなのよ」
俺がお前で、お前が俺?
「何が言いたい……」
「あなたも苦しんでいる。みんなもっと自由になりたいのに」
悲しそうに目を伏せる夏音。
独特の感性から発せられる言葉はなんだか、俺の心に突き刺さり、気持ちを重くする。
「わたし、自分の気持ちに嘘つけません」
夏音が歩み寄り、俺の手を握ってくる。
「好きです。付き合ってください!」
「「「は?」」」
「ええ――――っ!」
芽紅が目を丸くして叫ぶ。そこにいた全員が同じ気持ちでいっぱいだろう。
「どうする? 一条君」
朱鳥は冷や汗を掻きながら事の顛末を見送ろうとしている。
「いや、俺は、ええっと」
「返事はすぐにでなくていいです。卒業まで考えて頂ければ」
「そ、そうか……」
告白されて思った。
俺はけっこうチョロい奴なのかもしれない。
そっと触れた温もりが、白くすべすべな肌が、手に残り未だに忘れさせてはくれない。
細かった。折れそうなくらいに。
女性の腕ってこんなに細いんだと知った。
「夏音ちゃんのバカ!」
なぜか涙目になりながらも抗議する芽紅。
おっとBLの匂いがするぞ。
「一条くんは半家くんのことが好きだよね!」
必死になる芽紅。
「いや、ええ……」
困惑を口にすると朱鳥が怒ったように割って入ってくる。
「妾は認めぬぞ。貴様と夏音が結ばれるなど!」
いきり立った顔に転じる朱鳥。
「俺はどうすればいいんだ!」
困惑していると秋が声をかけてくる。
「でもこの人、あーしたちの敵っしょ?」
「あー。デスヨネ」
俺は諦めたように目を細める。
「心配いらない。こいつは頭がいいがバカだ」
「矛盾しちゃっているね」
冬がツッコミ。
「頭いいならこんな馬鹿なことしないっしょ」
秋がジト目を向けてくる。
俺ってなんて馬鹿だったんだ。
一人で朱鳥を抑え込もうなどと。
「あーまた朱鳥さんのこと見ている!」
春が大きな声を上げてこちらを睨む。
「悪いのかよ」
「お、お主は妾をどうしたいんじゃ!」
「なんにも言ってねーだろ!」
「
冷たく冷徹な表情を浮かべる夏。
「悪かった」
俺がそうつぶやくと、目を丸くする春夏秋冬の四人。
すっと目を細める朱鳥と芽紅。
夏音は頭にはてなマークを浮かべている。
「一条さんにだって事情があると思うのです」
夏音が静かな、だがしっかりとした声音で確かめるように唇を震わせる。
わかっている。
俺が女湯を覗きに、いや女子寮を侵略しにきたのだ。
そんなの嫌われて当然だ。
夏音の哀れみに似た視線を外し、天涯孤独だったキリストの絵が描かれた天井を見やる。
埒外に俺が馬鹿にされているようで虚しかったが、気は紛れた。
何より、夏音の指すような視線がいたたまれなかった。
俺は悪いことをしたんだ。
そのバツは受ける必要がある。
極刑か、あるいは奴隷か。
なんであれ、悪を裁くのはいつの時代も正義だ。
ここにいる正義は優しすぎる。眩しすぎる。
自分から牢屋に飛び込みたくなる思いだ。
自責の念に囚われ、俺は身動き一つできない。
そんな固く重い空気を割いたのは就寝のベルだ。
だがそれと同時に大きな爆発音と衝撃が女子寮を襲う。
☆★☆
「終わった。リーダーは捕まり、オレらの逃げ道を確保してくれた」
ハゲが虚しくも惨敗したと告げる。
顔をしかめてモニターに視線を移す。
未だに起動しているドローンによるハッキング。
その中で一条と思しき影が椅子に巻きつけられる姿が一部始終見てとれた。
メガネも、ハゲも、ゴリラでさえも、暗雲たる重いでモニターを睨む。
「で、どうする。副隊長さま?」
嫌みたらしく言うハント。
「救出作戦など、無理だ」
ハゲは落ち込んだように机に突っ伏す。
この人員では一条のカリスマ性のないハゲにはとうてい不可能に思えた。
「でも、僕らのリーダーです。見捨てるなどできません」
メガネがきりっとした顔でハゲに楯突く。
「はっ。じゃあ、てめーに何ができるんだよ!」
「そ、それは……」
言葉に窮するメガネ。
「やっぱり何もできねーじゃねーかよ!」
「いえ、GⅢがあります」
メガネは思い切った顔でハゲを真正面に見据える。
「オメー、本気か?」
「はい!」
力強く頷くメガネ。
《GⅢ、発進位置へリフトアップ》
《実践である。繰り返す。実践である》
メカニック担当のものがGⅢを見下ろし、地下から這い上がる、その巨体を見据えた。
神話に語られる《ユニコーン》に似た機械。
額からは一本の角が生えており、背中には対物ミサイルとレーザーガンが装備されている。
装甲はダイキャストの三重スリット構造になっており、排気量が二千トンのエンジンを積んである。
最高に不安定な乗り物。
否、全自動運転が可能な機械。
悪魔の象徴。
純血の象徴。
機体を遠隔操作で動かすと、GⅢはゆっくりと動き出す。
排気ユニットからは白煙が吐き出され、一歩進むごとに地面が陥没する。
四肢に搭載されたジェットエンジンが火を吹き、空高く舞い上がる。
が、着地の精度は悪く、女子寮のすぐそばにほぼ落下に近いかたちで落ちる。
「何やってんだよ。ボケ」
ハゲがそういうと、乗っていたクルーは全員女子寮に侵入する。
ジェットエンジンから沸き立つ青い炎は未だに周囲を押し流し、もくもくと煙を上げている。
エンジンが止まると同時、駆動系が動き出し、女子寮の屋根に首をもたげる。
その質量兵器と化したGⅢは角のドリルを動かし、女子寮を破壊していく。
《死人を出したいのですか!》
一人の女子が声を荒げてこちらを見ている。
不愉快な声で、こちらを否定してくる。
そんな嫌な奴には犠牲になってもらう。
ハゲは操作し、GⅢの、その《ユニコーン》に似た口先を女子に向ける。
食む。
加えられた女子は必死で抵抗するが、かなうはずもない。
全長六メールはあるこのGⅢ。
たかが一生徒にどうこうできるはずもない。
制服姿の褐色肌の彼女は意外にも強気な表情を見せる。
「あんたたち、全員、地獄に落ちろ!」
「誰が落ちるって?」
ハゲは《ユニコーン》の首を回転させてスカートを重力に任せることにした。
恥じらいから、真っ赤にした褐色肌の彼女。
しかも、制服の隙間から見える日焼けあとがたまらん。
ぐへへへとよだれを垂らすハゲ。
★☆★
俺は爆発音のあとにきた衝撃に耐えて、外を見渡す。
すると、入口を蹴破る音とともに発煙筒が投げ込まれる。
発煙筒からもくもくと吹き出す煙が周囲を覆う。
「なに!?」
朱鳥を始め、その場にいた全員が驚きの表情で入口を見やる。
直後、耳をつんざく音が響く。
閃光弾。
領内の電気が落ち、身動きが取れない状況で俺は椅子ごと、何者かに持ち去られていく。
ちなみに俺の耳が回復するまで一時間、かかった。
途中からは椅子のロープが切り落とされ、走ることを要求される。
ハゲが乗っているGⅢがみるみるうちに溶けていく。
ハゲに脱出の合図を送ると、ハゲはにやりと笑みをこぼし、降りてくる。
俺たちは必死で五キロ先にある男子寮に向かう。
(僕たちやりましたよ!)
(成功だな。一条、また一緒にバカやろうぜ?)
メガネとハゲが合流し、その後ろからゴリラ、ハントがやってくる。
(楽しかったな。この二ヶ月)
(やる男だと思っていた)
淡々と語るハントはひぃひぃ言いながらもついてくる。
夜空にGⅢのミサイルが花火のごとく、うちあがる。
爆散したミサイルはオレンジ色の花を宙に浮かべる。
まるで祝砲だな。
ハントが追ってくる女子どもに一発御見舞する。
「青春って弾丸よも早いかもな」
ぼそっとつぶやいた俺の言葉は銃声にかき消されっる。
俺たちはまだラブコメを知らない。
~完~
青春は弾丸よりも早く 夕日ゆうや @PT03wing
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