第15話 追放されて当然の主人公 下

 朝9時。

 冒険者ギルドの前にある、とある喫茶店。

 注文のオーダーが上級魔術の詠唱なみに難しいということが特色のこの店に、一つのパーティーが集結した。


「よし、じゃあ揃ったから行くか」


 そう言ったのは、昨夜ツァイスと舌戦を繰り広げたあの男だ。


「待ってください」


 そしてその男の出鼻をくじくのは当然、ツァイス。


「この人たち、名前なんでしたっけ?」


「……はぁ!?」


 集まって早々、あんまりな発言をするツァイスに、男は驚きを通り越してあきれてしまった。


「お前、メンバーの名前も分からずに一緒に冒険してたのかよ。

 ……まぁいい。

 右から〇△×□、♨︎♨︎♨︎♨︎、☆彡☆彡、( ゜Д゜)_旦~~だ。

 ちゃんと覚えとけよ!」


「……え? あれ?

 もういっかい言ってもらっていいですか?」


「だから、〇△×□、♨︎♨︎♨︎♨︎、☆彡☆彡、( ゜Д゜)_旦~~だっつってんだろ!」


「なんか、聞き取れないんですけど。

 あ、もしかしたらアレかもしれません。

 ボク、自分の人生にあんまり関係ない人が相手だと、脳が勝手に認識を拒否することがあるんですよね」


「……はあぁぁ!?

 お前はこいつらを、小説に出てくるモブキャラとでも思ってんのか!?

 こいつらにもちゃんと、命があり、生活があるんだよ!

 ちゃんと覚えやがれ!

 いいか、もう一度言うから耳のかっぽじって聞けよ!

 〇△×□、♨︎♨︎♨︎♨︎、☆彡☆彡、( ゜Д゜)_旦~~だ!」


「すみません、無理みたいです」



 ―――――



 で、ダンジョンに来た。


「じゃあ、テストを始める。

 お前の行動に対してパーティーメンバーが評価するから、そのつもりでな」


「わかりました!」


「ちょうどあそこにスライムがいる。あいつを倒してみろ」


「了解です!」


 ツァイスはスライムへと向かって突進した。


「うらぁっ!」


 そしてスライムを素手でつかんだ!


「そりゃあっ!」


 流れるように、スライムを鍋へと放り込む!


「はいさぁ!」


 そのまま蓋をして、カセットコンロに火を着けた。

 ツァイスはこちらを振り返り、にっこりと微笑んで言った。


「少々お待ちくださいね!」


「……ギィィッ! ギィィィィッ!!」


 鍋の中から、誰も聞いたことのない声が聞こえる。

 発声器官などないはずの生き物が、命を削られる苦しみによって絞り出す声。

 例を挙げるなら、台所に出現する黒い虫が、洗剤をかけられた時に出すような声。


「うるさいんだよ、下等生物の分際で。

 おとなしくしてろ。

 ……あ、皆さんもうすぐに出来上がりますからね!

 楽しみにしててくださいね!」


「ギィィィィッ!! ギィィィィィィィッ!!!」


 鍋から聞こえる声は少しずつ音量を増し、ひときわ大きくなった後、徐々に途切れていった。


 ツァイスは蓋を開けて調味料のようなものを加え、高らかに叫んだ。


「お待たせしました! 完成です!

 どうぞ召し上がってください!」


 トポポポ、と青色の液体をコップに次ぎ分けていく。


「スライムのスープです!

 この新鮮な色が食欲をそそりますね!

 味付けは最小限で、素材の風味を活かしてます!

 さぁ、誰か二人は目玉入りですよ!

 早い者勝ちです!

 早くしないと目玉入りが取られちゃいますよ!

 ほらほら遠慮なさらずに!」


 満足げに、鍋の前で呼び込みするツァイス。

 しかし誰一人として、そばに寄る者はいなかった。




 ―――――




「……気を取り直して次だ。

 今度はちょっと難しい魔物だぞ。

 あそこにいるハーピー (きれいな女の人の腕が翼になったような魔物! その歌声は聴く者を魅了する!) を倒すんだ」


「わかりました!オラァァ!」


 ツァイスは雄たけびを上げて、ハーピーに突進した!

 ハーピーがそれに気づく!

 激しい攻防!

 すったもんだの末、ツァイスはハーピーを倒した!


「……よしっ!

 それではちょっとお待ちくださいね!」


 ツァイスはおもむろに、倒したハーピーの羽をむしり始めた。


「待って、それだけはやめて」


 パーティーメンバーの一人が、祈るような声でつぶやく。

 しかし、ツァイスの耳にそれが届くことはなかった。


「こんなこともあろうかと、大きめのフライパンを持ってきてよかったなぁ。

 皆さんちゃんと見といてくださいね!

 ボクがきっちり、このパーティーのお役に立てるんだってところ!」




 30分後。


「お待たせしました!

 さぁどうぞ!

 今度はさっきと違って量がたくさんありますからね!

 心配しなくても大丈夫ですよ!」


 あまりのグロさに、全員が途中から目をそらしていた。

 嬉々として作業を続けるツァイスを見ないようにしていたら、気づけば目の前に巨大な皿とそれを覆うクローシュ (料理を冷まさないための蓋のこと) が置かれていた。


「ツァイス。……これはなんだ?」


 男が聞いた。


「やだなぁ、見ててくれたんだから分かるでしょう!

 ……あ、さては様式美にこだわりたいということですか?

 確かに皿の名を謳い上げるのはシェフの務めですね。

 その発想は粋だと思います!

 いいでしょう!」


 ツァイスは達成感にあふれた顔でクローシュを取り去った。


「ハーピーの手羽先です!

 どうぞご賞味あれ!」


 メンバーの一人が吐いた。




 ―――――




「……さて、本日のお前のテスト結果を発表する」


「待ってました!」


 ウキウキと、ツァイスは男の前に座った。


「不合格」


「は?」


「不合格」


「な、なんでですか!?」


「当たり前だろうがこのボケ!

 一から十までグロすぎんだよ!

 いつも酷いが、今日のは特にトラウマもんだ!

 人型の魔物を食わそうとすんじゃねえ!」


「そんなぁ!

 皆さんのお役に立とうとして、今日は特に張り切ってがんばったのに!」


「お前の張り切りは全く一切これっぽっちも、パーティーに求められてねえんだよぉぉぉ!」


 よぉぉぉ、よぉぉぉ、よぉぉぉ。

 男の魂の叫びは、ダンジョンの奥へとこだました。


「とにかくお前はもうクビ!

 てかマジでもうお前と関わりたくない!

 頼むからおとなしく追放されてくれ!」


「えー」


 ツァイスが不満げにつぶやいた。

 ……その時!


 ズズズズズズッ! と、大きな地響きが鳴った。


「!?

 なんだこれは!?

 ダンジョンの様子がおかしい。

 何が起こってるんだ!?」


 男がキョロキョロと辺りを見回す。

 すると大きな影が、遠くからこちらへと迫ってきた。


「うおっ!

 あれはここのボスのゴブリンロードじゃねえか!

 なんでボス部屋を離れてこんなところに!?

 みんな構えろ!

 手ごわいぞ!」


 男の指示でおのおのが武器を握る。

 ゴブリンロードが目の前まで迫った。

 武器を構え、迎撃態勢をとる。

 そしてゴブリンロードは……走り去っていった。


「……あれ?」


 一体何が起こったのか。

 メンバー全員があっけにとられ、去っていくゴブリンロードの背中を見つめた。


 訪れた静寂。

 しかしそれを引き裂くかのように。

 ズシン、ズシンと、背後から音が聞こえてきた。


「な、なんだ?」


 男がそちらを振り返る。

 そこには、圧倒的な存在感を放つ、巨大なモンスターがいた。


「ば……ば、ば、ばば馬鹿な!

 こんなやつがここにいるはずがねえ!

 何かの間違いだろ!?」


 男は驚愕のあまり、腰を抜かしそうになる。

 ツァイスがそれを見ながら言った。


「誰なんですか?」


「ゴ、ゴブリンエンペラーだ!

 ゴブリンロードより2ランク上の魔物!

 こんなのがいるなら、ここはAランクダンジョンに認定されるはずなのに!

 畜生! ギルドのやつら、ちゃんと仕事しろよ!」


 ゴブリンエンペラーはゆっくりと、自分を見つめる小さい生き物達を睥睨する。


「ゴミどもが。

 少し目を離すと涌いて出てきおる。

 どれ、腹の足しにするとしようか」


 ゴブリンエンペラーはおぞましい声を出し、こちらへと近づいてきた。

 それを見て、ツァイスが言う。


「……ボクに策があります」


「何だと!?

 状況を打開できそうか!?」


「ええ、おそらくは」


「やってみろ!」


「了解です!」


 ツァイスはカバンから、何かの装置を取り出した。

 床に置き、ボタンを押すと、大きなホログラムが現れる。


「おい、そこの間抜けなゴブリン! こいつを見ろ!」


 そこにはなんと、縛られたメスのゴブリンと、それを囲うガタイのいい男たちが映し出された!

 男たちは「へっへっへっ」と悪人ヅラで舌舐めずりし。

 メスゴブリンは、「クッ、殺セ!」と叫んでいる。


 それを見たゴブリンエンペラーは、驚いたように硬直した。


「おい、ゴブリン!

 どうだ!

 お前の同胞のかわいいメスゴブリンだ!

 こいつをこのむくつけき男たちに襲わせてやる!」


「バ、バカな!

 あ、あれは、我が娘ではないか!

 ……貴様、許さんぞ!」


「ははは! これは好都合!

 ダンジョンで拾ったメスゴブリンが、まさか貴様の娘とはな!

 さらに趣味で撮ってる映画が、こんな役に立つとは!

 クライマックスが今日撮影でよかった!

 やれ! 男ども!」


 半裸の男たちが、メスゴブリンへと群がる!


「やめろぉぉぉ!」


 ゴブリンエンペラーの絶叫が響き渡る!


「はっはっはっは!」


 高笑いするツァイス!

 腕を組み、満足そうに画面を見つめる!

 ……しかししばらくして、画面の様子がおかしいことに気づいた。


「なんだこれは!

 どうなっている!?」


 ツァイスが叫ぶ。

 それに答えるように、画面内の男がこちらに向かって言った。


「ツァイスさん、すみませーん!

 誰もゴブリンを襲いたがりませーん!」


「何を言っている!

 なんのために高い金を払ったと思ってるんだ!

 ちゃんと採用面接で、マジのやつだと言っておいただろう!

 やれ!」


「無理でしたー! すみませーん!

 演技はできても、誰も臨戦体制に入れませーん!

 代金はお返ししますんで、勘弁してくださーい!」


 そこで映像は途切れた。


 誰も言葉を発さない。

 魔物と冒険者がダンジョンで遭遇しているとは思えない静けさが、その場を包む。


「……おい、貴様。

 この後自分がどうなるか、わかっているか?」


 沈黙を破ったのは、ゴブリンエンペラーだった。


「えーと、まだ娘さんの身柄はこちらにあるので、人質として機能すると思いますが、どうでしょうか?」


「否だ。

 私は娘の命よりも、誇りを重んじる。

 ここで貴様を殺さぬ方が、遥かに罪深い。

 他のゴミどもも当然、絶対に逃がさんぞ。

 一人残らず、殺戮してやろう」


 ゴブリンエンペラーは、その巨躯で扱うにふさわしい大戦斧を掲げた。


「終わった……」


 男が絶望に染まる。

 なんであんな馬鹿の策にGOを出してしまったんだ。

 命の危機を前にして、冷静な判断ができなくなってしまったせいだ。

 あいつがやることなんて、ろくでもないことに決まってるのに。


 出会った段階なら、一目散に逃げればまだ生還の目があった。

 やつはこちらにそれほど興味もなかっただろう。

 最悪自分を犠牲にすれば、他のメンバーは助かったかもしれないのに。


 だがもうだめだ。

 ツァイスの策(死ね)のせいで、最大級のヘイトをパーティー全員がもらってしまった。

 Aランクダンジョンのボスに本気で追われて、逃げ切れるはずがない。

 ああ、クソみたいな最期だ。


 振り返ってパーティーメンバーを見る。

 みんな、同じような表情をしていた。

 クソみたいな最期を嘆く表情だ。

 すまねえ。守ってやれなかった。

 すまねえ。


 今にも斧が振り下ろされ、全員が肉塊へと変わろうかという時。


「しかたがないなぁ」


 ツァイスのとぼけた声が、その場に響いた。


「――えいっ!」


 掛け声とともに、ツァイスの身体が消える。


「!?」


 ゴブリンエンペラーが驚いて目を見開く。

 その表情のまま。

 ゴブリンエンペラーの首は、ゴロゴロと地面を転がった。


 首と泣き別れになった胴体が、ぐらりと揺れる。

 ドシャッ!と大きな音がして、大量の土埃をあがった。


「……ああもう、刃こぼれしちゃった。

 高かったのになぁ」


 そう愚痴りながら。

 土煙の中から、何事もなかったかのようにツァイスが現れた。

 メンバー全員、微動だにできずに彼を見つめる。

 ハッと我に返り、男が聞いた。


「……お前、そんなに強かったの?」


「え?

 まぁ、これくらいはできますよ。

 自分の人生ですからね!

 頑張って鍛えるのは当然じゃないですか!」


「そ、そうか……」


 男は、自分を恥じた。


 自分にはツァイスほどの強さはない。

 ツァイスがいなければ、全員が殺されていた。

 ツァイスに命を救われたのだ。


「すまん、助かった」


 自然と口から出た。

 心からの感謝だった。

 やはりコイツをパーティーにいれてもいいかもしれない。

 そんな考えが頭をよぎる。


「いえいえ、別に大したことはしてないですよ。

 ……ただ、ふと気になったんですが」


「なんだ?」


 男が素直に尋ねると。

 頭を掻きながら、ツァイスが言う。


「すみません、あなたの名前ってなんでしたっけ?」


「……はあ!?

 これだけ一緒にいたのに、まだ覚えてなかったのかよ!

 ダメ!

 いくら強くても、やっぱダメ!

 今日のことは礼を言うが、さすがにパーティーとしてはやっていけない!

 お前は追放だ!」


「わかりました。パーティーの継続はあきらめましょう。

 で、名前は?」


 男が深呼吸して言う。


「俺の名前は、\( ;∀;)/だよ!」


「……やっぱりあなたも、モブだったんですね!」





 了


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こんな追放ものはイヤだ!~出オチ短編集~ @nyaooon

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