〈I love you .〉
スパゲッちぃー
第1話
昼休み、僕は好きな先輩と2人で学校の屋上にいる。
そんな折、先輩は僕に【催眠術】をかけたいらしい。
でも、僕は【催眠術】なんて微塵も信じていない。
「そんな変なの当てになりませんよ?」
「連れないな〜やってみないと分からないよ〜〜」
先輩はむっとした声で言い、ぷくっと頬をふくらして、いかにも不機嫌ですといった表情をする。そんな可愛い表情、反則でしょ。
「…はい、良いですよ」
熱を持ち始めている自分の顔を少し隠す様に、僕は頭に手を当てて、仕方ないなという風に振る舞う。
正直、先輩を狙っている人は多い。
先輩と同じ部活に入っているという共通点が無かったら、きっと今みたいに話す事だってないのだろう。
……だけど、だからといって先輩の前では恥ずかしそうな表情は見せたくなかった。
見せたら、一生揶揄われそうな気がするから。
「やったぁ!じゃあ始めるね!」
先輩は子供のような笑顔を浮かべながら近づいてきた。
「じゃーあー。始めるよ〜? 私の眼を集中して見て? 君は今すぐ眠たくな〜る‼︎」
「――っ⁉︎」
先輩の綺麗な瞳が視界を埋め尽くし、僕の鼓動はドンドン早くなっていく。
「どう? 眠くなってきた?」
「……え、あ。べ、別に何も起こりませんでしたよ?」
「あれ〜? おかしいなぁ〜?」
そう口にしながら、目の前で不思議そうに首を傾げる先輩を見ていると、次第に緊張が解けていく。
「プッ。ククク」
「え〜。何で笑うの〜?」
「いや、催眠術って振り子みたいなのをじっと見せてかけるものじゃないですか?」
「そっかぁ〜。なら、今度は振り子でもう1回しようかな〜?」
「振り子でも効き目あるわけないですよ、デタラメ先輩!」
「先輩にそんなこと言ったら駄目でしょ?」
そう言うと両指で×を作って僕の口を押さえつけてくる。
先輩はこういうスキンシップを抵抗なく自然にやってのける。
本当にあざといなと思う。
「ほら、早くお弁当、食べましょうよ!!」
「う〜ん。私は満足してないんだからねぇ〜!!」
先輩はそう言いながら弁当の中の卵焼きをいくつか僕の口が一杯になるまで詰め込んできた。
「そ、そんな向きにならなくても…」
「だって悔しいじゃない!さっきので、私負けたみたいだもん」
「勝ち負けとかあるんですね」
〈(指令)look at me 〉
それから2人でお弁当を食べ始めた。
僕は先輩のぱくぱく食べる姿をちらちら見る。
先輩って本当に首とか華奢で背もすらりとしているなぁ。
愛嬌があって、隙間から見える瞳はくっきりしていて少しあどけない。
その中でも可愛らしさを助長するお団子ヘア。
あーー好き!
「ねぇ、後輩君。顔赤いよ?」
先輩の言葉で心臓が強く飛び跳ねた。
唐突な発言で恥ずかしさのあまり沸騰してしまいそうだ。
「私の方をさっきからチラチラ見ているようだけど、どうしたのかな?」
「べ、別に、」
僕は誤魔化すようにしてピーマンを勢いよく食べた。
「もう、可愛いなぁ、後輩君!」
先輩はそう言いながら僕の髪をくしゃくしゃしてくる。
「揶揄ってもいい事ないですよ!」
そう言っておきながら、揶揄われた事に少し喜ぶ自分にもどかしさを感じる。
******
お弁当を食べ終えて、先輩と別れた。
「じゃ、バイバイ!」
「はーい!」
〈(指令)throw chairs〉
僕は胸を踊らせながら今日も楽しく過ごし、夜、ぐっすり眠ると思っていた…
ー キーンコーンカーンコーン! ー
5hの授業が始まった。
「ここ、テストに出るぞ!」
僕は授業が途中でつまらなくなり、教室の外を眺めた。
電柱で数羽のすずめが陽の光を浴びながら鳴いている。
昔、すずめやめじろと一緒に自由に空を飛び回れたらとか考えてたなぁ。
そんな事を考えているうちに、徐々に睡魔に取り憑かれていき・・僕の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
すると、ある時点で脳がぐらついて目が覚め、視界が歪んだ。
ーードゴォン!!ーー
室内を衝撃音が木霊していった。
大きな音で意識を取り戻した時はもう遅かった。
僕は空席の椅子3つを黒板に投げつけていた。
「キャーー!!」
女子の叫び声が響き渡る。
唖然と見つめる目、スマホを片手にニヤニヤして僕を嘲る目などが一斉に視界に飛び込んでくる。
違う。違うんだ。
椅子を投げようなんて1mmも思っていない。
頭が真っ白になる。
「あっ…」
ー声が出ない。何でこうなった?
起きている状況を呑み込めず、鞄を取って教室を飛び出して、階段を駆け足で降りた。
靴を履き替え、学校を後にした。
何してるんだ?お前なんで、、心臓がいがぐりで押し潰されるみたいに痛みがずっとする中、何とか家まで帰った。
その夜はあの時の事が頭から離れず、全く寝付く事ができなかった。
*******
それから1ヶ月が過ぎ去った。
梅雨に入り、空は僕の心境を愚直に映し出して、雨を降らせ続けた。
それでも僕の暴走は止まらなかった。
突発的に壁を蹴ったり、本を破いたり。
「一緒に帰ろうよ」
先輩が何度か僕を心配した目で一緒に帰ろうと誘ってくれた。
「…」
僕はその度に先輩を無視してそそくさと立ち去った。
今の僕は先輩と目を合わせる事すらできなくなっていた。
帰り道、水たまりをわざと踏んだり。あぁ、何やってんだ。
家に着き、むしゃくしゃした気持ちであてもなくスマホのメールアプリを開いた。
クラスメイトとのトーク画面に「おもろw」という言葉と某SNSのリンクが送られていた。
またいつもの変な動画だと思って開いた瞬間、僕は絶望の奈落に落とされた。
それは教室で暴走する僕の盗撮動画のリンクだった。
返信には「草ww」「ワロタww」が溢れており、俗に言う万バズが起きていた。
「え……」
SNS媒体のプラットフォームに人は群れ、何気なく押したいいねの山がある人を孤立化させる事がある。
それが僕になるなんて、今まで他人事のように思っていたのに…
俺は自分を包む全てが打ち砕かれたような感覚に浸された。
「はっ、はっ、はっ!」
過呼吸になり、吐き気に襲われ、倒れ込んでしまった。
走ってもいないのに汗が頬をつたり、ぽたぽた地面に落ちた。
「あああああああ!!!」
怒りの反動で、家の花瓶を叩き割った。
ーーーバリィィーン!ーーー
床に無数の粉々になったガラス破片が散らばっていく。
醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。!!!
僕は咄嗟に割れた花瓶の破片を強く握り潰した。
掌から血が滲み出し、爪まで朱く染まってゆく。
それでも身体は言う事を聞かずに歯を噛みしめた。
奥歯から鉄の味がする。
僕は腕だけで前のドアへ這いつくばって進む。
「くそぅ、どうして、どうしてっ!!」
クラスメイトが侮蔑した表情を向けた光景がフラッシュバックしてくる。
何故こうなる。何故こんな事に。
ただ僕は、この前までのあの日々が続いて欲しいだけなのに。
分からない。分からない。孤独で、もう自ら生きる階段を下りたいくらい、苦しい。
どうすれば、この呪いから逃れられるの。
その夜も寝た心地がせず、寝て起きてを繰り返した。
********
次の日は、今までの梅雨が嘘と思わせるくらいの晴天で、辺りの家を瓦屋根を力強く照らしていた。
僕の心は蝉の抜け殻の様ににすっからかんになっていた。
それでも大好きな先輩の前だけでは明るく振る舞おうと自分に言い聞かせた。
少し意地悪だけど、百合みたいに純粋なあの笑顔を、ずっと、ずっと守りたい気持ちがやっぱりあったからだ。
いつも通りの通学路で、晴れの日を待ってましたかのようにすずめが鳴くのが耳に入ってくる。
途中の道で先輩とばったり会った。
もう1ヶ月もまともに話していないんだと今更ながらに気付いた。
「おはようございます。この前は…無視してごめんなさい!」
「別に良いよ、先に行ってて。私は飲み物買ってから追いかけるよ」
そう言うと先輩は自販機のある逆方向の道に歩いて行った。
〈(指令)run over〉
僕が交差点を渡ろうとした時、向こうからトラックが走ってくるのが見えた。
ーあ、ヤバイ。早く渡ろう…え?なんで?
交差点の真ん中で急に身体が動かなくなり、僕は・・・。
ー ガァン!バァン!!!! ー
**********
ーピーポーパーポー!!ー
「同級生がトラックに轢かれたってよ…」
「その子、ここ最近 授業中に突然椅子投げたりしてたらしいよ」
「え〜そんなん絶対病んで、自殺したでしょ」
「闇深いなぁーー」
**************
ー 1週間後の交差点と1つのAI。ー
「後輩君の愛しの、先輩です。少し前、催眠術かけたの覚えてる?」
「催眠の本当の目的は一時的に後輩君の脳を眠らせることなの」
「実は、私、AIでね、特殊な目を持つの。目から放つ光線で、脳を眠らせて、行動を私の思い通りに指令できる!もちろん一時的だから脳を起こしたり覚ましたり、私が適宜に変えられるの、凄いでしょ?」
「私に惚れ直す、椅子を突然投げる、トラックが来たのに交差点の真ん中で止まる。
全て私が指令した事。後輩君に今までしてきた事は全部え・ん・ぎ!」
ー 1つのAIは喜びを隠せずに、ただ喋り続ける。ー
「人は本当に脆い。その人の望む事を叶えてあげたら、従順な駒になる」
「私の感情プログラムのままに身体も心も荒れ狂って、もう正気でいられずに、生きる事を苦と思うようになる」
「そして…私に恋する 」
ー AIの侵食は日に日に深刻化していっている。
その初めの代償が運命の歯車によって何の罪もない1人の少年の死で支払われた。この不条理な死を世界はまだ知らない。ー
「あは、あはは、あはははははは!バイバイ。これでゆっくり眠れるね、後輩君!さあ、次は誰の脳で遊ぼうかな〜!」
ー 1つのAIは満面の笑顔でそう言い、立ち去った。交差点の脇にはユリの花束が添えられている。ー
ー《I love you . 》ー
少年は死ぬその時まで純粋な想いを抱いていた。
〈I love you .〉 スパゲッちぃー @20060928
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