ひーちゃんのすこやか

ア‼️

第1話

 ぼくの趣味は釣りだ。

 ステーションは閑散としていて、待ち時間なしで始められる。昔は特殊資材や海の向こうの情報集めなんかに使われていたけれど、今となっては前時代的。ぼくみたいな変わり者が趣味で使う程度のものになっている。

 古めかしい箱型の搭乗機は中々に気に入っていた。中央に鎮座するポッド、その中に満ちた高濃度のリアークに身体を浸らせれば、自動的に思考リンクが始まる。これでマシンのアームを自分の脚と同じように扱えるわけだ。

 釣り遊び衰退の原因はそれこそ星の数ほどあるけれど、一番は、こんなもの使わなくたってデブリを集める方法がいくらでもあるから。そもそも自分が搭乗しないと動かせないっていうのが良くないらしい。ぼくはこうやって、自ら海に飛び出して釣りをするのが好きなんだけどな。みんなメンドウが嫌いなんだ。

 海は随分静かになってしまったように思う。磁場に引っかかるものもすっかり減ってしまった。一説によると、ぼくたちが釣り上げた獲物は海の向こう側で生きている別の星物が作ったものも多く混ざっていて、そちら側の文明に変化があったからだって。

 もし、みんなが海にいくのがメンドウになって、それでこんなに静かになってしまったんだとしたら、ぼくはそれを“サミシイ”と思う。

 “サミシイ”はチキュウで生きているニンゲンという星物に備わった感情システムの一つらしい。その知識を得た時、ぼくは自分にも“サミシイ”があるという感覚が、根拠もないのに確かにあった。だから、正しい場所を探して回った。

 “サミシイ”は、海の中にあった。広い広い海の中。今まであったはずの無秩序な賑やかさが徐々に失われていくのをずっと見ていた。

 ぼくはサミシイを好きになれない。サミシイは痛みに似た信号を生み出しているから。殺傷能力はないみたいだけれど、頻繁に感受し続ければ生命活動の妨げになりかねない。たぶん、危険だ。

 サミシイじゃない感情を求めているのに、それでもサミシイの広がる空間に性懲りも無く足を運ぶ。これは矛盾だ。きっとぼくはおかしい。だけどやめられない。どうしてもやめられない。


 ――あ、

 ぼくたちの規格とは違う搭乗機だ。前に見たのとも違う形をしている。すごく小さくて、アームを伸ばせば簡単に引き寄せられた。

 久しぶりの獲物に胸が高まる。見知らぬ搭乗機の中には、往々にして何か入っているものだ。一番よくあるのは死体だけど、もしまだ発見されていない星物の死体が入っていたりしたら大発見だ! そんなこと、早々ないけどね。

 ステーションに戻り、獲物を安置してから降り立つ。生身で見ても、やっぱり搭乗機にしては小さい。

 解体は慎重に行う必要がある。中に入っているものが壊れてしまったら悲しいからだ。薄っぺらい外壁をそうっと剥がせば、赤や黄色の粒が飛び出してきて。中にはいくつかの死体が入っていた。

 ぼくの身長の半分くらいしかない身体。頭部が丸くて、脚は上部に二本、下部に二本。

 これは、ニンゲンかな?

 脚の先で巻き取って降ろしてあげる。検分するのには邪魔だから、どいてもらおう。ニンゲンのサンプルなんてずっと前に掃いて捨てるほど手に入れてるから、ほんとうはすぐに焼いてしまえばいいのだけど、ぼくはなんとなくそうしていない。これもやっぱり変だって言われる。

 細々とした機械は繊細そうだけど、やっていることは無駄が多いんだって。というのも、ニンゲンは海で暮らせない星物だから、生命維持のために必要なものが多すぎて、搭乗機を動かすためのシステムの他にもうんと色々なことを考えなければいけなかったらしい。ぼくたちが海で必要なものはリアークの中に全部入っているけれど、ニンゲンにはリアークのようなものが無かったんだろう。

 そうして解体を続けていると、見覚えのない部品があることに気付いた。

 それは、とってもとっても小さなポッドのようで。他に触った何よりも、ぼくたちの文明に近い物体に見えた。

 ぼくが触ってしまったからか、奇妙な音を立てて蓋が開く。

 もくもくと立ち込める煙。目を凝らして見れば、中には、ぼくの身長の半分くらいしかない身体。頭部が丸くて、脚は上部に二本、下部に二本。だけど、眼球は飛び出していないし、不自然に膨らんだり、変色してもいない。


 ――壊れてないニンゲンだ。


 資料で見た正しい形のニンゲンは、ずっと前に捕獲に成功したのをデータベース化したもので、確かこんな感じの見た目だった。

 初めて見た。本物の、壊れてないニンゲン。

 自分の目が爛々と輝いているのが見なくても分かる。

 ニンゲン。いつか手に入れられたらと夢に見ていた、憧れのペットだったんだ!

 薄い皮膜に覆われていて、柔らかくて、温かくて、すごく脆い。感受性豊かで、繊細すぎるせいでストレスにも弱い。ぼくたちとは似ても似つかない文明の中で生きている、歴史の浅い星物だって書いてあった。飼育はかなり難しいみたいだけど、いつか今日みたいな日が来るんじゃないかと思って、ぼくはニンゲンについてたくさん勉強していたから。きっと大丈夫。上手く育てられる!

 壊れていないニンゲンを、慎重に慎重に抱き上げる。目は閉じたままで、意識はないみたいだ。もしかしたら、損傷がないだけで死んでいるかもしれないけど、それならそれでいい。部屋に飾っておくことにしよう。

 ぼくは後片付けも忘れてステーションを飛び出した。このニンゲンがすこやかに過ごせるように、準備しなければいけないものがたくさんある。みんなにも自慢したいし、やることがいっぱいだ。

 浮き足立って絡みそうになる脚をせかせかと動かして、ぼくは中央研究所への道を急いだ。

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