第十四話 ハイドリヒの苦悩
ハイドリヒ視点
1939年 9月 17日 ドイツ帝国 首都 ベルリン 陸海空中央作戦本部
私はここに来る時はいつもイラついている、毎度毎度海軍の馬鹿共の後始末をするために呼び出されるからだ。最近では英国の排他的経済水域内で商船を狩っていたU-ボートが日本海軍に撃沈された時、最新鋭空母の設計図や建造計画書が日本に盗まれた時、海軍航空隊のエースが何者かに暗殺された時。毎回反吐が出るほどの言い訳を並べ、最終的には隠蔽しろ、取り戻せ、報復しろと自分達の責任を棚に上げ命令だけしてくる。全く無能の集まりだ。
思えばここのところ呼び出されるのはいつも日本がらみだ。暗殺騒ぎも証拠は一切ないがどうせ日本の仕業だろう。そうだ、いつもいつも、そして現在進行形で私の計画を邪魔するのは決まって大日本帝国のサル共だ。
心の中で愚痴をこぼしつつ車を降り、陸海空中央作戦本部の左端、海軍側入り口へ向かう。
陸海空軍が共同で使っているこの建物は地上5階地下10階建てのベルリン市内最大の軍事施設だ。陸海空に個別の入り口があり、建物を綺麗に三等分している。もちろん中に入れば簡単に各軍のエリアに入る事の出来る通路はあるが特定のエリアや部屋は特別許可証なしには入る事は出来ない。各軍の幹部、大将以上の将軍は皆特別許可証を持っているが私は違う。我が暗部情報局への立ち入りを全軍禁止にする代わりに私は特別許可証を持てない事になっているからだ。暗部情報局をセーフハウス、総統閣下の隠れ場所として確保するためには致し方ないと割り切ったが、まさかここで面倒な形で帰ってくるとは。。。
特別許可証が無い私は入り口で局員に大将以上の幹部に取り次いでもらい、一時的に特別許可証を発行してもらう必要がある。普段は私を呼び出した幹部が事前に手配しすでに発行されている場合が多いが今回は私が呼び出されたわけでも、事前に話を通しているわけではない。まず大将以上の幹部が今作戦本部に居るかすらわからない、最悪の場合誰かが帰って来るまで待たなくてはならないかもしれない。
そんな事を考えながらも私はいつもの受付嬢に話しかける。他の受付嬢とは違いこいつは多少話が分かる。加えて私が毎回特別許可証を発行し作戦本部へ何度も入っている事を知っている、他の受付嬢に一から話をするよりよっぽど楽だろう。
「こんばんは、エリカ嬢。レーダー元帥は今こちらにいらっしゃるかな?デーニッツ提督でも構わないのだが。急ぎ、重要な情報を共有しておこうと思ってね。」
なるべく冷静を装いつつ受付嬢のエリカに話をする。なるべく、なるべくいつも通りに。
「こんばんは、ハイドリヒ局長。局長の方から起こしとは珍しいですね。今確認して参りますので、少々お時間をいただけますか?」
「ああ、構わないとも。」
エリカ嬢が受付の裏へ入ったのを見届け、振り返る。後ろには自宅前から車に乗ってきた私の数少ない信頼厚い部下、ルードルフが控えていた。
「ルードルフ、お前は空軍本部へ行け。誰でもいい、話の分かる奴がいるか確認してこい。そして確認次第すぐにこちらへ戻ってこい。いいか、お前の第一目標は特別許可証を取ってくることではなく、誰がいるか確認することだ。それと、絶対に私の名前は出すな、必要ならルーデンドルフ将軍から確認してこいと言われたと言え。」
「は!!」
ルードルフにだけ聞こえる声で短く命令を伝え、受付の方へ振り返る。なるべく普通に、いつも通りを心掛けながら今いるのがデーニッツである事を願う。レーダーの老い耄れでは説得するのに時間がかかりすぎる。
空軍の方にはゲーリング殿がいるのが一番だがどうなるか。。。空軍作戦本部への入り口は陸軍の入り口を挟んだ建物の逆側、少し距離がある事を考えるとルードルフが急いで戻ってきたとしても間に合うかどうかも問題だ。
「お待たせいたしました、ハイドリヒ局長。ただいま作戦本部にはデーニッツ提督だけおいでのようです。お呼いいたしますか?」
よし!!レーダーの死にぞこないではなかった!!いかん、なるべく普通に、いつも通りに。
「ああ、エリカ嬢、呼んできてくれるかな?」
エリカ嬢が内線でデーニッツを呼び出して二分程度たった頃、デーニッツより先にルードルフが帰ってきた。息を上げつつも警備兵に敬礼を忘れないこいつの律義さは折り紙付きだ。
「空軍本部に詰めているのはゲーリング元帥とミルヒ大将であるようです」
手で口元を隠しつつ私に耳打ちで報告を終えたルードルフは大きく息を吸い呼吸を整え始めた。
空軍本部にゲーリング殿がいるのは最高に好都合だ。アフリカ沖に現れた日本の大艦隊の詳細な情報をゲーリング殿から報告させる事で私の話の信憑性が増すだろう。人は話している本人よりも他人からもたらされた情報を無意識に信じ込む生き物だ。私と話している間、突如ゲーリング殿から同じ情報提供があれば、デーニッツ提督なら簡単に説得できるだろう。
事の流れを頭の中で組み立てつつデーニッツ提督を待つ。まあ待つと言っても一分もしないうちにデーニッツ提督は降りてきた、ルードルフがほんの少し遅れていれば危ういところだった。
「ハイドリヒ殿、ご足労痛み入ります。ハイドリヒ殿自らお見えとは相当な事態なのでしょうな?」
「こちらこそ、突然のお呼び出しに応じていただき感謝します。ここではなんです、さっそく中に入りましょう。」
デーニッツ提督といつも通りの軽い挨拶を交わし特別許可証を発行してもらう。本当ならばデーニッツ提督と一緒なのだから特別許可証はいらないとへりくつを通したいがルードルフが単独行動できるように特別許可証は絶対に必要だ。
「お前は私がデーニッツ提督と中で話始めたら人払いを装いゲーリング殿を読んで来い。なるべく状況を簡潔に説明しつつも急げ。」
「はい、了解しました、長官。」
ルードルフにゲーリング殿を呼ばせに行く手筈も整え、後はなるべくデーニッツ提督を説得し場を整えるだけだが。。。久しぶりに緊張してきたな。私が彼を説得できるか否かでこれからの計画がすべてご破算になるかが決まると言って良いだろう。
デーニッツ提督の後を追い速足で彼の事務室へ向かう。提督は海軍の潜水艦隊最高責任者とあって事務室はかなり広く、常時二から三名の警備兵も配置されている。
そんな事務室の中央に腰掛け私はルードルフに目線を送り彼を退室させる。私の正面に座ったデーニッツ提督はこれだけで何をしたいか察してくれるだろう。
「ほう、ハイドリヒ殿の側近中の側近を退室させるほど重要な話ですか。ならば君たちも退室したまえ。警備は扉の外でするように。」
やはりデーニッツ提督は頭が切れる。レーダーのゴミくずとは天と地以上の差だ。
「人払い感謝します。では単刀直入に申し上げますがアフリカ沖を目指し航行中の第5艦隊を呼び戻して頂きたい。」
デーニッツ提督は驚いた表情を浮かべつつも真剣に聞き返して来た。
「理由は?」
「はい。アフリカ沖で大日本帝国の大艦隊を捕捉、その数は第五艦隊を倍以上凌駕する大艦隊であります。よって、今のクリーグスマリーネにとっては貴重な残存戦力である第五艦隊を直ちに避難させ、生き残らせるべきと考えています。所詮アフリカ領はアフリカ領であり、本土周辺の海域が丸裸になっては本末転倒でしょう?」
この情報にまたも驚きを一瞬見せたがすぐに自分の思考に専念したのか目線を下げ真顔に戻る。
さあ、どうする?デーニッツ提督。
「それはできません、ハイドリヒ殿。いくらあなた方が情報収集の専門家であり数多の有益な情報を我々にもたらしてくれたとは言え今回ばかりは疑わざる負えない。君が先にもたらした黒川烈の情報から我々海軍は各個撃破は確実と判断し第五艦隊を出撃させた。我々は君を信用したからこその出撃であり、君のもたらしてくれた倍以上の戦力と言うのはこちらからすれば好都合なのだよ。倍以上の敵艦隊を各個撃破出来る機会を逃したくはない。」
「それは少し違います、デーニッツ殿。日本艦隊は四つに艦隊を分けるのではなく一つの大艦隊として行動しています。このままでは各個撃破ではなく、本格的な艦隊決戦へと突入します。U-ボートが付近に居れば話は別ですがかの国がどれほど艦隊決戦に強いかはデーニッツ殿もご存知のはず、どうか第五艦隊を呼び戻してください。」
「どれだけ説得されようとこの判断は覆せません、ハイドリヒ殿。確かに日本艦隊は今は艦隊行動をとっているかもしれませんが後ほど艦隊を分けないとは決まっておりません。まずもってアフリカ沖とは正確にはどこですか?敵艦隊の正確な位置すらつかめていないならなぜアフリカ沖と断言できるのですか?」
良し、話が良い方向に進んでいる。ここらでゲーリング殿が入ってきて頂ければ最適なのですが。。。
「正確な位置は私からお伝えしましょう。」
その声と共にゲーリング殿がルードルフと部下二名を引き連れて部屋に入ってきた。若干汗をかいている所を見るに大急ぎできてくれたのだろう。大変ありがたい、後で私の秘蔵のワインでも持っていくか。
驚いた顔をしているデーニッツ提督を若干無視しつつゲーリング殿は私の隣に腰掛けた。そして彼が引き連れてきた部下二人が我々が座るソファーの間にあるテーブルにアフリカ沖合の海図を広げた
「先に連絡を受けた私が直接命じ、偵察機に索敵させたところ、ハイドリヒ殿から報告があった日本艦隊を捕捉。構成は最低でも超大型戦艦4隻、超大型空母2隻、戦艦20隻、正規空母20隻、その他補助艦を含めると200隻に上る大艦隊だと思われます。が、日本艦隊を発見した偵察機はそのあと撃墜されたようで現在の位置はわかりません。最終確認が取れている位置はここです。」
そこでゲーリング殿は地図を指さす、マダガスカル島の南、どちらかと言うと英領南アフリカに近い位置であった。
「この位置から考えて日本艦隊は我々のマダガスカル大レーダー基地を迂回するためにインド洋のフランス領ケルゲレン諸島方から英領南アフリカに一度入港、補給を受け今出撃したといったところでしょう。ハイドリヒ殿がかの艦隊の情報を入手できたのも、南アフリカに潜入させていた諜報員の情報と考えるとつじつまが合います。」
ゲーリング殿の説明は完璧と言って良いだろう。まあ情報の出どころは南アフリカではなく今話に出たケルゲレン諸島の諜報員なのだが、そんな細かいところは良いだろ。ここはゲーリング殿の推理に合わせ驚いた表情でもしておこう。
「さすがゲーリング殿。私の部下からの断片的な情報で情報源まで特定されるとは。流石は我がルフトバッフェを背負う元帥閣下です。」
そこで私はデーニッツ提督を向き直り捕捉情報を説明していく。ゲーリング殿が話している間に彼の部下二人が地図上に並べた駒を使い、さらにデーニッツ提督を説得していく。
「第五艦隊はインド洋寄りのここ、対する日本艦隊はこの位置で敵の偵察機の探索圏内に早くて今日中に入ってしまいます。先ほどのゲーリング殿の情報から考えて我が方の戦力差は三倍近くになりました。加えて、この位置からではアフリカ大陸の航空基地からの援護はなく、マダガスカル島に待機している航空機だけで対応するほかありません。最後に、付近にU-ボートはおらず第五艦隊を援護し、合流できる艦隊は居ません。つまり、海上戦力では最低でも三倍、さらに航空戦力、最悪の場合潜水艦隊の数ですら負けているこの状況でこれ以上第五艦隊を接近させるのは危険です。今引き返せばスエズ運河までは追いつかれずにすむでしょうが、悩んでいるうちに日本艦隊がスエズ運河、もしくはアデン湾などを封鎖した場合第五艦隊は補給も援護もなく袋のネズミとなります。これが暗部情報局の見解です。よって、第五艦隊を引き上げさせていただきたい。」
私はデーニッツ提督を見つめる、これ以上かける言葉はない。
「わかりました。お二人がそれだけ調べ、私もあなた方の情報を聞いたところ同じ意見だと言わざる負えません。第五艦隊は引き上げさせましょう。」
彼の返答に私は久々に笑顔を漏らした。やはり彼は聡い男だった。
が、デーニッツ提督の言葉はそれだけではなかった。
「ただし、かの日本艦隊は脅威である事に違いありません。もし彼らをのばらしにしたことでアフリカ領を危険にさらす事があれば。ハイドリヒ殿、貴殿にはそれなりの責を負って頂きますよ?」
話の続きを聞き、私はデーニッツに対する評価を下方修正した。こんな状況でも派閥争いとは緊張感がないのではないか?一度演習魚雷に括りつけて標的艦に撃ってみれば良いだろう。まあ私としてはこの程度の方が操りやすくて助かるがな。
「ええ、それは構いませんとも。その程度の攻め、我が帝国の貴重な海上戦力が保全された事に比べればおつりがいくらあっても足りません。」
笑顔でそう答え、私はゲーリング殿を交えデーニッツ提督とその後も少々無駄話をしてから退室した。一つため息をつき、ゲーリング殿を誘って歩き出す。出口の方ではなく、空軍本部の方へ。
「それにしても、大変助かりました、ゲーリング殿。タイミングは完璧、話の内容も私が考えていたものよりも洗礼されており説得力がありました。まさしく、圧巻と言って良いでしょう。」
「世辞はいい。だがこれでクリーグスマリーネは命拾い、猊下に敗戦国を献上する危険も回避された。全く君の部下から話を聞いたときはどうなることかと肝が冷えたわ。どうだ、このまま一杯やらんか?」
ゲーリング殿の誘いは正直嬉しく思う。彼は私と同じ信念を、目的を、そして記憶を持って行動している、心許せる数少ない人間の一人だ。だが、今は仕事も溜まっているしゲーリング殿も暇ではないだろう。
「お誘いは嬉しく思いますが私は。。。」
「お受けになればよろしいではないでしょうか?」
私がゲーリング殿へと返事を返す前にルードルフが割って入ってきた。ルードルフは上官の話を遮る事はけしてない。もしかしたらこれが初めてかもしれない。
「長官は最近根を詰めすぎておいででした。多少の息抜きも必要かと。特に今夜は一仕事終えられ、祝杯を上げるのにも丁度良い日。ぜひゲーリング元帥閣下のお誘いをお受けください。」
ルードルフは私が見たこともないほど綺麗で不気味な笑顔で私に告げた。そして私が彼を叱り飛ばすよりも早く。彼をかばうためか、ただ単に先走っただけかゲーリング殿が口を開く。
「では決まりだな。ハンス!!私の家からシャトーを何でもいいから持ってこい。それに合う食事も手配しろ!今夜はお前たちも飲むと言い!!ハッハッハ!」
その高笑いと共に、私はゲーリング殿に肩を組まれる形で深い夜へといざなわれた。
明日の朝、日本の所為で二日酔いとは違う頭痛に悩まされるとも知らずに。
七つの島と四つの大陸 和製英国紳士 @waseieikokushinshi
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