第9話 大団円(見えざるもの)
事件が解決していくという時は、見えていなかったものが急に見えてきたり、急な展開が襲ってくることで、それまであっていなかった辻褄が合ってくることによって、一つの歯車の狂いが正常になると、繋がっていなかったことが連結してくるという発想に繋がっていくものだと、考えてもいいだろう。
今回の事件も、急転直下によって、それまで見えていなかったことが見えてきて。逆にいえば、関係のなかったこと、関係がないというわけではないが、大きな論点ではないということまでも、重大なことだと考えてしまって。話をややこしくしていたのかも知れないということも、実際にあったりしていた。
急転直下というのは、小説でいうところの、
「起承転結の転にあたる部分だ」
ということで、どのような形に事件が収まっていくかということは最初から決まっていたことであり、そのトンネルの入り口に立てるか立てないかということが、犯罪捜査においての、クライマックスなのではないかと思うのだった。
今度の事件はまさにその発想を地で行っているようなものであり、
「何が幸いするか分からない」
と言ってもいいだろう。
この事件とは関係のないところで、一つの事件が起こった。
「実は知り合いが失踪したんです」
と言って、K警察署に駆け込んできた男性がいて、彼が捜索願を出したいというのだが、彼は利害関係者でも、家族でもなかった。
警察というところは、家族であったり、後見人や看護者なふぉの親族や、雇用人などのような利害関係者でなければ、ただ面識があるというだけの他人では、個人的な人探しの依頼は受理されないものだった。
「どなたか、その方の親族はおられないんですか?」
と言われたが、
「親族の方は、皆さん今は遠くにおられるので、すぐには出てこれません。身近に祖母がいたのですが、お亡くなりになっていて、捜索願をすぐに出せる人はおりません」
ということだった。
この捜索願を出しにきた人間が、偶然署で、桜井刑事を見かけなければ、この話はただの失踪事件として片づけられたかも知れないが、ちょうど、捜査に向かおうとして、署から出かけようと、署の玄関に向かおうとした桜井刑事は、受付で揉めている人を見て、その人物の顔を確認した。
「あれ? あなたは」
と言って、近づいてみると、そこにいるのは、今回の事件の第一発見者であった山崎だった。
実はこの山崎も今回の捜査で、再度確認を取るべき相手だという意識はあった。何と言っても、今回の事件を一連の殺人事件だと考えると、事件関係者と思われる人の中で生きている貴重な存在が、この山崎だったからである。
早速、山崎を見つけた桜井刑事が声を掛けると、山崎も今までのやるせない気持ちだったのが、桜井刑事を見かけたことで気分的にホッとしたのだろう。安心した表情になっているのが、一目瞭然で分かったのだ。
「この間は、失礼しました」
と、冷静さを取り戻した山崎がそう言って、桜井刑事に頭を下げた。
――この男、冷静なのか。それとも、取り乱すと我を忘れるのか、どちらともいえないような気がするな――
と桜井刑事は感じた。
第一発見者になった時は、思ったよりも、冷静な感じがした。
確かに、ただの第一発見者なのだが、普通死体を発見すれば、気が動転して、何をどうしていいのか分からず、不安と恐怖だけが募ってくるものだと認識していたが、どうもそれ以上にこの男が落ち着いていたことに、違和感があったのだ。
――以前にも、何か似たような気持ちになったことがあったのだろうか?
という思いだった。
「今日はどうされたんですか?」
と言って桜井刑事が訊ねると、
「実は友人が行方不明になって、それで捜索願を出そうと来てみたんですが、近親者でないと捜索願は受け取ってくれないということなんです」
と、いかにも困ったという顔で、山崎は訴えた。
この話に対して、
――この人も、騒がしい人だ――
とばかりに苦笑いしそうな気分になったが、すぐにそれが不謹慎であることを感じると、
――あの時は、偶然死体を見つけたのだろうが、今回は彼にとっての本当の事件であろうから、彼にとっては大変なことだ。笑うなんて失礼なことだ――
と考えた。
だが、考え方によると、彼が何らかの形で事件に関わっていないというわけでもないだろうから、この友達の失踪というのも、ひょっとすると事件に関係のあることなのかも知れない。
「その方はどういう人なんですか?」
と聞かれた山崎は、
「私の学生時代の頃からの友人で、川村と言います。私がこうやって警察まで来たのには、もちろん、心配の種があるからなんです」
と言って、カバンの中から一通の手紙を差し出した。
「読んでよろしいんですか?」
と断ったうえで山崎は頷いたので、桜井刑事は封筒から便箋を出して。中身を読んだ。
「こ、これは」
と呟くように桜井刑事がいうと、
「ええ、そうです。遺書です」
と山崎はいうではないか。
「その手書きが私の家に届いたんですが、それを見てビックリして、少し心当たりを探してみたんですが、まったく行きそうなところには立ち寄っていません。家族にも連絡を取りましたが、帰ってきていないという。家族はもし出てくるとしても一日がかりになりそうな遠くなので、今のところ連絡を取っただけなんですが、何しろ他に立ち寄りそうなところはないというくらいに、彼は友達も少なかったんです。それを思うと、余計にこの遺書が気になって、一通り当たった後で警察に来てみると、親類や家族以外では、捜索願を受け取れないというじゃないですか。それで今こうやって捜索を訴えていたわけです」
と彼は涙を流しているようだった。
「そうですね。警察は事件性がないと、なかなか受理もしてくれないですね。でも、この手紙の感じでは、何とも言えないですね。分かりました。私が少し話してみあしょう」
と言って、桜井刑事は、受付に話をしていた。
少ししてから、戻ってきて、
「受理はしてもらえるようになりました。遺書というものがあるわけだし、私の方からお願いもしてみました。事件性が大いにあると言っておきましたので、捜査をしてくれると思います」
と言った。
桜井刑事の方で、
「自分が扱っている事件の関係者のことなので、事件性は大いにあるんですよ。ひょっとすると我々も捜査の対象になるかも知れない人ですので、行方が分からないということは困るんです」
と言ったのだ。
この言葉、しかも桜井刑事からということで、説得力はあった。
しかも、その後、
「門倉警部の方からも、お願いすることになると思いますよ」
といえば、さすがに彼らも受理しないわけにはいかなかったようだ。
それだけ、門倉警部という名前は、K警察署では、署長の次にインパクトのある名前だったようだ。
山崎に対しても、事情を聴かなければいけないと思っていたこともあって、せっかく相手が警察署まで来てくれているのだから、捜索願をさっさと通して、こちらの質問に答えてもらおうと思ったのが、この友人の失踪という事件。これも今度の連続殺人に、何かの関係があるのではないかと思った桜井は、捜索願を出すという状況をいち早く片付けて、聞き取りの時間を割くことにした。
第一発見者というのもさることながら、失踪した友人という人間の話も、放っておけないというだけではなく、今回の事件に何らかのかかわりがあるように思えてならなかったのだ。
一番の理由が、山崎の態度が、死体の第一発見者として対面した時と、今回とではまるで別人のような態度を取ったからだ。
あの時は冷静な部分が前面にあり、初めてのことで気が動転しているようには見えなかったが、今回は明らかに感情が出ている。分かりやすい男のように見えるが、何を考えているのか分からないという曖昧な部分も感じさせた。
そう感じた時、
――この男は何かを隠している――
と直感した。
「それで、自殺をしようとしていることに何か心当たりはあるんですか?」
と聞かれた山崎は、
「実は、彼は少し精神的に情緒不安定だったんです。元々の原因は、彼の祖母に当たる人が詐欺に引っかかって、お金を騙し取られたんです。それから、おばあさんはショックで寝込んでしまって、結局そのまま、死んでしまったんですよ。それが五年前のことになります」
という話を聞いて、
「それは、災難でしたね」
と桜井刑事がいうと、
「そのおばあちゃんが貯めているお金というのは、川村のために積み立てていたものだったんです。身寄りのない川村をおばあちゃんが一人で育てていて、きっとおばあちゃんにとっては、生きがいだったんでしょうね。それなのに、詐欺グループの連中はそんな事情など知る由もなく、まるで身ぐるみを剥ぐように、おばあちゃんから生きがいを取り上げたんです。川村は最初、そんなことになっているなんて知りませんでした。おばあちゃんが自分のために貯蓄してくれていることも知らなかったんですね。だから、おばあちゃんが死んだ後にそれが、おばあちゃんの遺品の中にあった日記から見つかって、川村は相当ショックを受けていました。自分のためにしてくれていたのを知ったのが、死んだ後だったからですね。生きているうちなら、もっともっと孝行できたのにってですね。それを聞いて僕も彼の気持ちもおばあちゃんの気持ちもどっちも分かるから、ここまで川村を支えてきました。でも、彼はきっとここで一つの区切りをつけたいんだと思います。最初は彼が死にたいのであれば、それも仕方がないかと思ったんですが、次第に、自分の存在も彼が生きていてこそと思うようになって、こうやって警察に捜索願を出しに来たわけです。それにしても、本当に警察というのは、いつであっても、杓子定規のことしかしないんですね」
と山崎は言った。
「その詐欺事件に関しては、警察で捜査はしてくれなかったんですか?」
と聞かれた山崎は。
「捜査ですか? そんなもん、本当に表面の体裁を整えるだけのことしかせずに、結局、証拠がないとかで、犯人たちを基礎どころか、逮捕もしてくれませんでしたよ。家宅捜索すらしない、あの時に、警察なんて、しょせんそんなものだって感じたんですよね」
と言って、いかにも警察というものが、汚いかということを言おうとしないかということを感じさせる言い分だった。
それを聞いて、さすがに桜井も何も言えなかった。ただ、気になったのは、
「彼の自殺の原因としては、その時のことからなんですか?」
と聞くと、
「いいえ、だけど、それが引き金になったのは間違いのないことです。何といっても、彼のモットーは、逃げないことだって言っていましたからね」
と、山崎は言ったが、それを聞いた桜井は何か違和感があった。
――自殺をしようとしている人間の、モットーが逃げないことというのは、どういうことなのだろう? 話が矛盾しているではないか――
と感じたのだ。
今の山崎は動揺している。この間の冷静さとはまったく違っていて、あの時の冷静さを見ていることから、彼が少しでも取り乱すと、すぐに内に籠ってしまうのではないかと思ったのだ。
ということは、この男が言っていることは、見えているのは、川村のことだけで、まわり全体を見ていないので、きっと今は川村の気持ちを代弁しているかのように感じているのだろう。
だからこそ、自分のことのように考えていながら、自分を見失ってしまったことで、余計に、自分が川村になったかのように錯覚し、言わなくてもいいことを言ってしまったのではないかと思った。
そう思うと、桜井刑事の中で、
――この人たちは、自分たちが今回の一連の殺人事件に関係しているということを、自分で告白しているような気がする――
と感じたのだ。
自殺というので、デモンストレーションだとは思わない。きっとこの遺書も間違いのないものなのだろう。そして、川村という男が律義なのも分かった気がした。今時、遺書を送りつけてくるというのもおかしな気がしたからだ。メールというのもおかしいのだろうが、しかもこの遺書には細かいことは何も書かれていなかった。理由もなければ、自分の気持ちも書かれていない。これをどう解釈すればいいのだろうか?
それらのことを踏まえて再度捜査をするといろいろなことが分かってきた。
捜査の中で、一つのことを調査してくると、見えてくるものがあったのだ。それを調べてきたのは隅田刑事で、彼が気になっていたのは、第二と第三の殺人に、決定的な動機がある人間がいるのに、その人のアリバイが完全であるということであった。
「第二の殺人の桜庭に感じては、彼を殺したいと思っているのが、実は第三の被害者である進藤だった。
桜庭は過去の犯罪を進藤に嗅ぎつけられて、脅迫していたという。殺された進藤の部屋を覗くと、脅迫に使ったと思われる内容が、押収したパソコンから見つかったという。
「じゃあ、やつは気が小さいというのは、芝居だったというのか?」
と言われて、
「いいえ、そうじゃないと思います。彼は気が小さいから、かなり綿密に計画を立てたのではないかと思うんです。彼は結構頭がよかった。その頭の良さを彼は自分で過信していたのではないでしょうか? だから自分が殺されるということには、まったく気づいていんかった。そして、今度は、進藤に対して動機がある人間ですが、これは川村だったんです。川村はその時には完全なアリバイがあったのですが、これを考えた時、少し奇抜なアイデアかと思ったんですが、交換殺人ではないかと思ったんです」
といきなり、小説のようなワードが出てきたことで、さすがに他の面々はビックリした。
「交換殺人なんて、一番成功しにくい犯罪はないか。何と言っても、最初に刊行を犯した人間が不利になるでしょう? 相手が自分の殺したい相手を殺してくれたんだから
というと、
「それはあくまでも、犯人がそれぞれに単独の場合に言えることであって、それぞれの動機がある人間を操っているやつがいるとすれば?」
と言い出した。
「そうなんです。この犯罪の特徴は裏で操っていた人間がいるということなんですよ。まず一つ気になったのは、今回、山崎という第一発見者の男が、捜索願を出しに署に来たということだったんです。しかも、まるで桜井刑事に見つかろうとするかのようなタイミングでですね。それで、この事件には、計画された何かがあると思ったんですよ。あまりにも偶然というのが重なりすぎているような気がしたからですね」
と隅田刑事は言った。
「じゃあ、桜庭を殺したのと、進藤を殺したのは別の人間だというのかい?」
と柏木刑事に言われた隅田刑事は、
「ええ、そうです。まず桜庭を殺したのは、僕は川村だと思っているんです。彼には桜庭を殺す動機はないからですね。だけど、彼には進藤を殺す動機はありありなんです。だから、川村がこの犯行に加担したのは、進藤は確実にお前にアリバイを作ったうえで殺すからと言われたんでしょう。だから、何のゆかりもない桜庭を殺害した」
と隅田は言った。
「だけど、もしそうだとしても、進藤を確実に誰かが殺してくれるとは思っていないでしょう? 誰にやらせたというんだい?」
というと、
「それはきっと、行方不明になっている川村にやらせたんでしょうね。きっと川村には桜庭を殺す動機があったのかも知れない。これは私の想像なんですが、この事件には、もう一つ、表に出ていない犯罪があると思うんです。そして、これが、本当の、いや、表に出せる犯罪の動機だと思っているんです?」
と隅田刑事は言ったが、それを聞いて、桜井刑事を始めとして、皆頭を抱えていた。
「それは一体どういう犯罪なんだね?」
と桜井刑事が聞くと、
「ここで出てくるのが、例の山崎が言っていた、川村のおばあちゃんが引っかかったという詐欺事件。それに、桜庭と一緒に関わっていたやつがいるんだ。本当はそいつの殺害が一番で、次が桜庭だったのさ。桜庭だけが死体で発見されれば、事件は二人を結び付けないでしょう? しかも最初に眞島という関係のない人物を殺しておいて、さらに、第二、第三の犯罪が交換殺人などという複雑なものであれば、警察もそれらずべてのややこしく絡み合った、らせん階段が二つに捻じれたような犯罪に気づくわけもない。犯人はそう思ったんでしょうね」
とまるですべてを見透かしているように、隅田刑事は言った。
「よく分からないな。一体、その犯罪とは何で、犯人は誰だというんだい?」
と聞かれた隅田刑事は、
「本当の犯人は、山崎ではないかと思うんです。これは、最初に犯行を考えていた川村の存在があって、川村を焚きつけることで、事件にしようと思った。そして、この見えていない犯罪というのは、第二の桜庭の殺害と、第三の進藤の犯罪の間に入っていると思います」
と聞かれた隅田は、
「どうしてそこだと思うんだい?」
「たぶん、川村は、桜庭を殺すことを戸惑っていたんじゃないでしょうか? でも、進藤の事件の前に、本当に殺したいやつを殺害しておいて。その犯罪を闇に葬ることができるような連中ですから、今度は自分が殺されて、そこかに埋められればどうしようもないですよね? 警察からはいくらアリバイがあるとはいえ、桜庭殺害を疑われ、犯人たちから、殺人をしないと、お前を殺すというデモンストレーションをされたんだから、もう進藤を子留守しかない。だから、この犯行は、この場所でしかダメだったわけで、それが、本来の殺害の動機を達成させるためと、川村への脅迫という意味で、一石二鳥だったわけですよ」
と隅田刑事は言った。
「なるほど、面白い推理だね」
と、桜井刑事は言った。
「ということは、本当の犯人は山崎で、一番の動機を持っていて、利用されてしまったのが、川村だということだね?」
と柏木刑事が言った。
「僕はそう思っています」
「じゃあ、山崎の本当の動機はなんだったんだろう?」
と聞かれて、
「桜庭の殺害だと思います。山崎は、二年前に付き合っていた女性が自殺しているらしいんですが、それは、誰かに暴行されたからだと言います。その相手が、桜庭と、桜庭とつるんでいた眞島だったんですね。そして、彼女の自殺は、暴行からすぐではなかったと言います。実は彼女は暴行され、妊娠してしまったんだそうです。もちろん、暴行による妊娠です。そのために、彼女は自殺をした。実は彼女は、看護婦だったんですが、やつらに復讐するため、病院から密かに青酸カリを盗んだそうです。それを自殺したあと、彼女の遺書が山崎に郵送で送られてきて、事情を知ったそうです」
「じゃあ、山崎が川村の遺書が郵送で来たと言ったのは、その模倣だったわけなんだね?」
ええ、そういうことになります。しかも、彼は一人でも犯行を実行しようと思っていたんだが、そこで共犯になりそうな川村を見つけた。そこで利用したわけでしょうね」
「その川村を殺したのは?」
「きっと臆病風に吹かれたんじゃないですか? 山崎にとって川村は一番の問題でした。何とか計画の中で、やつを仲間に引き入れたが、犯行がバレるのも、彼からかも知れない。最初から殺すつもりだったのかも知れないですね」
と、隅田刑事は言った。
「後の細かいところは、後からの捜査で分かってくるんだろうな
と桜井刑事がいうと、
「そうなると思います。今回の事件の特徴は、まったく表に見えていない犯行を犯すために、埋もれている殺害にまで至る勇気のなかったおのを、引きずりだして、自分の犯罪に利用したということ。そこに、変則ではあるけど、交換殺人のようなトリックと言えばいいのか、トリックとしては脆弱だけど、成功すれば、これ以上完全犯罪に近いものはないというものを使っていることですね。だから、この犯罪は大胆でなければ成立しません。そんな中に、よくあの気の弱い川村を引き入れたのかが疑問なんですけどね。でも、川村がいないと成立しない犯罪でもあるわけで、それだけに、余計に大胆だったのかも知れないと思うんです」
と隅田刑事は言った。
「なるほど、そういうことか、よし、それを踏まえてまた捜査を続けていこう」
tいうことになり、捜査がいろいろと続けられてきたが、捜査内容は、大方、隅田刑事のいう通りであった。
問題は、目に見えていない犯罪の証拠であるが、それは、川村の部屋の中にあった。
失踪していて、彼が疑われることもないという犯人の勝手な思い込みから、犯行の痕跡は、川村の部屋に残っていた。
もちろん、捜索願を出した山崎が調べられ、山崎は観念したのか、犯行をべらべらと話始めた。
「今回の犯行の動機は、彼女が死んだ時、警察が親身になって捜査してくれなかったことさ。おかげで、彼女は自殺になったことで俺の復讐は却ってやりやすくなった。俺には動機がないからな」
と、嘯いていた。
さらに、
「この犯行において、よくある殺人事件などでは、犯人とすれば、犯行を行ったことで、誰が得をするか? ということがよく言われるんだが、この犯行において、誰も得をする人物はいないということさ。すべてが損をする中で、誰が一番の動機があるかということだが、犯罪としては複雑ではないが、入り食っている犯罪は、なかなか暴露されにくいかも知れない。だけど、一つ、何かその一つのきっかけを見つけると、簡単に犯行が暴露されるかも知れない。まるで諸刃の件のような気がするんだ。そういう意味では、第三の犯罪が明るみに出ると、終わりかも知れないな」
と、山崎は言っていた。
本当は殺さなくてもいい人を殺してしまったというのは気が引けるが、自分以外で殺したい人がいるということでの代理殺人のようなものが、結構あるということは、それだけ平穏に見える世の中も、一歩間違えると、
「誰でも、一人や二人、殺したい」
と思っている人がいるということだろう。
そういう意味で、実に恐ろしい世の中になったものだ。そのうちに、誰を殺しても後悔も自責の念もマヒしまうかのような人が出てくるかも知れない。
今回の犯人である山崎もその一人かも知れない。
「彼女の仇敵をうつ」
という大義名分はあり、確かに最初は彼女の仇を取るという意味で邁進していたのかも知れないが、そのうちに、
「俺は人を殺すことに対して、何んら嫌な思いはしなくなるのかも知れない」
と感じていたかも知れない。
人が死のうがどうしようが、自分の欲望を満たすことになるのであれば、それはそれでもいいのだという思いは、人を殺すことに一切の罪悪を感じない。まるで、
「戦争だから」
という思いの元、大量虐殺を行うかのようである。
「人を殺すころだけを目的にした殺人マシン」
いつの間にか、そんな風になっていったのが、山崎だったのかも知れない。
彼は捕まれば、簡単に観念して、ペラペラと犯行を供述し始めた。
「俺って、路傍の石だったのにな」
と、山崎は言った。
それはまるで自分の犯行を鼓舞しているかのようだった……。
( 完 )
「路傍の石」なる殺人マシン 森本 晃次 @kakku
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