第7話 前川進ノ介が何をしたのか
絵を破られた事件は福永さんが、
『自分の描いたわけではない絵を宿題として出してしまう前に、前川が止めた』
ということで解決し、これで終わりだと思っていた。
「前川くんと話がしたい」
だから日曜日をはさんで、風邪から立ち直った渉が言い出した時に友希は首を傾げた。
「絵のことで? あれはもう解決しただろ」
このまま終わってもいいけど、念のため確認したいと渉は言う。
声をかけるのは、やっぱり僕だったけど。
昼休みに、外へ出ようとする前川を呼び止めた。
今日も相変わらず暑い。
僕たちは大きな影のある、太陽をさえぎる建物の裏にまわった。蝉がうるさいぐらい鳴いている。
木の枝を揺らし、ときおり吹く風が気持ちよかった。葉が重なり合う音がすると、影も揺れる。合間に見える空は、深く青かった。
「福永から聞いた。お前ら、もうわかったんだろ。自分じゃなくて姉ちゃんが描いた絵を持ってきたけど、やっぱり出したらマズいと思ったって。あいつがそれをうじうじ迷ってたから、俺がやぶったってこと」
もう話すこと無いだろと言う。
最初の一言目が出ない渉を僕はつつく。聞きたいことあるんだろ。
「……話せたら、でいいんだけど、本当のことを知っていた方が、また何かあった時、僕らも手助けが出来るかもしれない」
本当のこと?
渉は今さら何を言うのだ。
「本当に仲がいい姉妹なら、福永さんがあんなに悩むとは、僕には思えなかった」
目を合わせない渉が静かに、吐き出すように言う。
「悩んで、でも絵を学校まで持ってきたことは、転勤で転校だらけの僕の家みたいに……何か家の事情があるのかもしれない」
前川は足元の土を蹴っている。
「お姉さんと仲がいいから絵を描いてくれたんだろ?」
理解できない僕が、間に入ってしまう。
「福永の姉ちゃんって怖すぎんだよ」
前川のつま先が、地面に浅いへこみを作りながら言う。
「俺、家が近いから。小っちゃい頃福永姉妹と、うちの兄弟で結構遊んでてさ。あの姉ちゃんが一番年上だったから、手下みたいな感じでさ」
知らない細い道に入ってみたり、人の家のチャイムを鳴らしてみたり、虫を捕まえてポストにいれてみたり、小さないたずらとか遊びをしたという。
「その頃から福永姉は強くってさ。言うこと聞かないと引っぱたくし、大声出してガミガミおっかないから、こっちは遊びたくもなかったんだけど。公園とか道で会っちゃうんだよ」
「じゃあ、あの絵はお姉さんが勝手に描いて、福永さんに持ってけって命令したってこと?」
「そんな感じだと思う。絵を描きたい気分とかだったんじゃない。あの人変だから」
「そんなに怖いの?」
聞くと、前川が顔をしかめた。
「昔さ、アパートの駐車場に子猫がいたんだよ。まだ歩き方もよちよちしてるようなの。可愛かったな。簡単に抱えられる弱っちいやつ」
そこで言葉を切った。
「それで福永姉がさ、面白いこと思いついたって。一度家に戻って、ビニール袋に子猫入れて」
風が吹いて校庭で遊ぶ誰かの、ボールとってと叫ぶ声が遠く聞こえる。
「連れて歩くの楽なように、そうやったのかなって最初思った。でもふわふわだったから、俺が抱っこしたかったなとか思って。で、橋の近くの公園あるじゃん」
「すべり台とブランコしかないとこ?」
そう、と前川は言って憂鬱そうに続けた。
「あの公園の池にさ、猫が出れないように袋の口をしばって、そのまま落とした」
絶句した。
「袋が動いたり、だんだん沈むのみて面白がってた。あの顔思い出すと、すげぇぞっとする。うちの兄弟だって、喧嘩するけど。あの姉妹それとちょっと違うんだよ。逆らったら、あいつ何するかわかんない。俺、いまだにあの池には行きたくない」
前川は地面を見たままだった。
そんな姉と一緒に、福永さんは住んでいるのか。福永さん自身は本当に普通に見えるのに。
「わかった」
短くそういったのは、渉の声だった。
「福永姉は高校生になったら寮のある学校行くんだって。だから鈴花それまで我慢するって。たぶんさ、牧村もあの家が変なこと少し気づいてると思う」
前川はそう言って、僕らを見た。
まるで反応が知りたいみたいに。頼むよと言っているみたいだった。
◆
今度こそ、本当に事情がわかって終わったんだなと思った。
それなのに、なぜか渉がまだ浮かない顔をして下校時間の廊下を歩いている。
「なんだよ。まだ何かあるのかよ」
下駄箱から靴を取り出し、足を入れながら言う。入り口を出るまで無言でついてきた渉が「実は」とようやく口を開く。
「一つ、君にみんなの代表として、僕の謝罪を受け入れて欲しい」
「は?」
見上げる顔がまず謝っていないが。その上、渉は息継ぎもせず一気に話を始めた。
「福永さんが放課後誰かの絵に水をかけようとしていたのは涼子先生が前川くんの家に絵を破ったことを伝えると言って、それにショックを受けた福永さんが追い詰められた結果なんだけど、先生に前川くんの家に電話する話を福永さんに言ってみてほしいと実は僕が頼んだんだ」
「うん、早すぎて長すぎてなんだって」
「先生としては何があったかよくわからないし、福永さんと前川くん両方とも喧嘩ででももめてる雰囲気でもなかったから様子を見てたわけだけど、僕のたのみに最終的には協力してくれたわけだ。先生には詳しいことはぼやかすけど明日にでももう少し納得できるように話してみるつもりではいる」
「聞かせる気と、あやまる気はあるのか。そもそも福永さんにあやまるべき内容では」
「僕だって追いつめた後ろめたさがある」
まあ結果的に、二人とも悪くないことがわかって良かったのだが。
それがあるから、渉は福永さんに言えないぐらい後ろめたいが、かといってそんなに反省もしていないのだろう。
「すまないと思っている証拠に、僕の家でプリンアラモードを出してもらおう」
渉が作るわけでは無いし、またそんな豪華なものを出してもらっていいのだろうか。
この頃、色々食べさせて貰ってるけど、そろそろ母さんに気づかれたら何か言われる頃だ。
とはいえ、僕はプリンに生クリームとさくらんぼが好きだ。
本来なら福永さんと前川が食べるのが相応しいのではないかと思う。それが今ではなかったとしても。
ガラスの器で揺れるプリンを食べながら渉とその話をしてみよう。
「わかった。プリンアラモードを受け取ろう」
僕と渉はふかく頷いて、まだ暑さの残る高宮食堂に続く道へ足をすすめた。
6年2組 福永鈴花の絵はどうして破られた? 森沢 @morisawa202305
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