46.俺と私

番外編05です。

年末の恋人同士のイベントと言えばクリスマスですが

それだけじゃなく、睦巳の変化もあります。

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──睦巳 View


文化祭も終わり、12月に入った。


前々から始めていた料理の勉強と練習は順調に進み、やっと弁当を作れる程度にはなった。

明日から駿の弁当を作って驚かせてやろうと思い、お母さんから駿のお母さんに根回しをお願いするとお母さんは駿のお母さんにスマホでうれしそうに話していた。


「睦巳がどうしても駿くんのお弁当作りたいって聞かなくて!そんなわけで、明日からのお弁当は睦巳が愛妻弁当を準備しますから、よろしくお願いします」


確かに最初に駿のお弁当作れるようになりたいって、言ったけど、それは言わなくて良いよね?

それに明日"から"って、毎日作るって事!?

それは……覚悟を決めて頑張らないと。


それからお母さんたちは長々と話し続けていた。

仲が良さそうでなにより。


その日の夜から準備をして、冷蔵庫に。

そして当日朝、いつもより1時間早く起きて自分と駿のお弁当を作り始める。


お弁当と言えば定番のハンバーグとウィンナーは入れたい、卵焼きにきんぴらに人参やブロッコリーも。

ハンバーグは昨日から仕込んでいた手作りだ、手作りといえば卵焼きも。

この辺を美味しいとか喜んでくれると凄く作り甲斐が出て嬉しいんだけど。

ああでも、残さず食べてくれたら、それが一番かなあ、なんて。


駿が美味しそうに食べる姿を想像してニヤニヤしてしまう。早くお昼にならないかなあ。

は!いけないいけない、妄想に浸ってないでちゃんと作らないと。


よし、おかずは全部揃えた!後はお弁当箱に入れるだけだ。

そして今になって気付いた、駿がいつもお昼はどれだけ食べるのか知らないんだ。

休日なら分かるけど、運動部系の男子高校生のお昼ごはんってかなり量を食べるのでは?

この弁当箱だと少し小さいような気がしてきた、どうしよう。


「お母さーん!もっと大きいお弁当箱無いー?」

「んー……大きい弁当箱ねぇ…あ!確か此処に……あったあった、これで良い?」

「うん!これだけあれば大丈夫だと思う、ありがと」


四角くてサイズが2倍近く大きくなった弁当箱が出てきた。

おかずを多めに作っておいて良かった、自分の分と合わせてもギリギリ足りそうだ。


弁当箱に詰めていくと自分とのサイズ差に驚く、こんなに食べるのか、と。

カバンに入れて準備は万端、ヤバい、ニヤニヤが止まらない。


そんなこんなで駿が迎えに来た。



「おはよー!」

「ん、おはよう」


挨拶を交わし、一緒に歩き始める。


「どうしたんだ?今日はやけにニコニコしてるけど」

「え?そう?そうかなー、顔に出ちゃってるかー」

「なんか良い事でも合ったのか?」

「そうだなー、あ、そうだ!駿は今日お弁当?」

「あー、いや母さんが今日はお弁当無しだってさ、だから途中でコンビニ……あ、まさか?」

「そう!そのまさか!今日はお弁当作って来た!……はい!」


そう言ってカバンから弁当箱を取り出し、駿に渡す。

受け取った駿の足は止まり、じっと弁当を見つめていた。


「……一応確認だけど、冷凍惣菜の詰め合わせじゃないよな?」

「失礼な!今日のは冷凍惣菜は1個も……1個だけだ!」


きんぴらだけは冷凍惣菜だった。

続けて何を作ったのか言おうと思ったら駿に止められた。


「中には手作りの──」

「まて!中身は言わなくて良い!楽しみにしたいから!……それにしてもマジかー、睦が俺の為に弁当を……めっちゃ嬉しくて涙出そうだ」

「喜んで貰えて嬉しいよ、多分味は大丈夫だと思うけど、もし美味しくなかったら残していいからな」

「何言ってんだ!睦の初弁当だぞ、勿体なくて残せるか!全部俺が食う!」

「無理して腹壊すなよー」

「大丈夫だって、毎日鍛えてるんだから。……あ、もしかして夏明けから練習してたのってコレか?」

「そう!少しずつだけどやっとそれなりのレパートリーになってきたからさ、そろそろ良いかなって。明日も明後日も、毎日作ってやるからな!」


それを聞いた駿は立ち止まり、俺の両肩を掴んだ。


「え?どうした?」

「結婚しよう!」


「え?はい、そのつもりですけど……?」


思わずキョトンとしてしまった。

駿は今更何を言っているんだ、元々そういう話のはずなんだけど、混乱しているのか?

そう思っていると俺を強く抱き締めてきた。


「俺は世界一の幸せ者だ、もう死んでも良い」

「いや死なれると困るんだけど」

「それはそうだな、じゃあ睦が死ぬまでは死なない」

「それなら俺は駿が死ぬまでは死ねないなあ」

「だな、死ぬ時は一緒が良いな」


「なあ駿、桃園の誓いって知ってるか?三国志の逸話でさ、生まれた時は違っても死ぬ時は一緒、って誓った人たちがいるんだけど」

「へー、そんなのあるんだ、良いね、そういうの。じゃあ、俺と睦でとうべん……じゃなくて弁当の誓いだな!」

「名前は大分アレだけど、誓おうか」

「おう!」


2人で腕をがっしりと組んで誓った。

その桃園の誓い、結局果たされなかったわけだけど、良いじゃないか。そういう気分なんだから。


◇◆◇


いつものグループとお昼ご飯、お弁当を食べ始める。

うん、あきらかな失敗作は無さそうだ。

ちょっと卵焼きの味加減とハンバーグの油が気になったくらいで、冷める事も考慮しないとなー、と反省する。

他に気になる所は量かな、多いのか少ないのか。


食べ終わる頃、駿が教室にやってきた。

俺の座る菜々果ちゃんたちの女子グループ席まで来て


「お弁当ごちそうさまでした!美味しかった!」


と弁当箱を返してくれた。


「うん、ありがと。量はどうだった?多すぎなかった?」


「ああ、量は丁度良かった。弁当は本当に美味しかった、ハンバーグもウィンナーも卵焼きも、毎日でも食べたいと思うくらい旨かった」

「良かった、明日も楽しみにしててね」

「楽しみにしてる、それじゃ」


そう言って駿は戻っていった。

その後は菜々果ちゃんたちから質問攻めにあった、答える俺は只の惚気で、聞いてて楽しいのかなーなんて思う、凄いなーとか羨ましいとか、楽しそうなんで良いんだけど。

後で菜々果ちゃんが言うには俺は終始ニコニコデレデレしてて、幸せいっぱいな顔をしていたらしい。


◇◆◇



毎日お弁当を作り、毎日駿がお昼に弁当箱を返しにきて、感想を言ってくれる。

そんな幸せな日が続くある朝。


「なあ、イブの日に一緒に出掛けないか?あ、泊まりじゃないです、ホテルの予約はとっくに一杯で取れなかった」

「その日はちゃーんと空けてあるから大丈夫、夜はどうするの?」

「良かった、夜は俺の家かな、そんでクリスマスは家族で過ごすって事で」

「そうだね、クリスマスは家族一緒でも良いかな、女になって始めてのクリスマスだし」


「それともうひとつ、年末にさ、泊まりで旅行に行きたいんだけど、良いかな?」

「年末?それは年越しって事?」

「そう年越し」

「流石にそれは直ぐには返事出来ないかな、親に聞いてみる」

「……そっか、泊まりだし急には難しいよな、うん、お願い」


年末に駿と2人きりで旅行かあ……親には心配されるだろうけど、行きたいなあ。


◇◆◇


女の子になって約半年、その内、駿と付き合い始めて約5ヶ月、随分と女の子っぽくなってきたんじゃないだろうか。

仕草や姿勢も女の子らしく、自然に可愛く見えるように心がけていたのが意識しなくてもそうなってきている。

もう会話なんか言葉遣いも女の子らしくなってきているし、駿との会話でもそうなっている事が多い気がする。

可愛く綺麗で駿の隣に居たいからこそなんだけど。


だけどそうしていると、なんだか"俺"と言うのも少しずつ違和感というか、可愛く綺麗にしているのに"俺"と言う似合わない言葉遣いを他人に見られる事が少し恥ずかしくある事を感じ始めている。

格好良い女が"俺"というならまだしも、可愛い綺麗系な自分だと似合わない気がする。


かと言って駿に対して急に"私"というのも変だしなあ、とも思う、特別感があるとも言ってくれたし。

思考ではまだ"俺"なんだけど、どうしたものか。



そんな事を考えていた時期のある土曜の夜中。

事を終え、いつものようにおしゃべりの最中に駿はこんな事を言い出した。


「最近、睦が男の時の夢を見るんだよ」

「ふーん、どんな夢?」


男の時の俺かあ、今じゃ夢だともう女の姿になっているなあ。

……まさか、男の俺が良いとか言い出さないだろうな。


「先に断っておくんだけど、俺は今とても幸せだし、睦を心から愛してる。そして贅沢なわがままとして夢を見た感想を聞いてほしいんだけど」

「……」

「また男の睦とも遊びたいとも思ってるんだなって。無理な事はわかってるけど、小学校からずっと一緒に遊んできたからな、やっぱりそういうのも懐かしく感じるっていうか」


「……駿は俺に男に戻って欲しいのか?」


「ごめん、そういう意味じゃないんだ、ただ懐かしく感じた、それだけ。今も最高に幸せなのにさらに欲を出して無茶を言ってるってだけだから、睦は今のままで良いし、何も気にしなくて良いから。睦、愛しているのは今のお前なんだ」

「うん……」


そう言って俺を優しく抱きしめてくれた、だけど俺の心にはモヤモヤがずっと残ったままだった。



その日、俺は夢を見た。


目の前に男の姿の俺と、女の姿の私がいて、何か言い合っているようだった。

女の私の顔ははっきりと分かるのに男の俺の顔はモザイクがかかったようによく見えない。


男の顔が思い出せない、それほどに女に染まってしまっていたのか。


そういえば最近“俺“から“私”へ変えようかと思っていたところだった。

つまりそれは深層心理の自意識でもそうなってきているという事なんだろうか、そしてそれを受け入れている自分がいる。


そこへ駿のさっきの言葉が刺さった。


「男の俺と遊びたい」その言葉はどうしようもなく、今にして思えば女の自分を否定されたように感じていたように思う。

実際には駿はそんなつもりで言ってないと言ってくれたけど、そう思ったのは事実で、心ではそう言う思いがあったと言う事だ、


そしてだからこそ、こんな夢を見てしまったのだろう。

顔も忘れてしまうほど女に染まった私に男の俺が出てきて、言い争う、そんな事が。


「駿が求めているのは俺だ!」


そんな言葉が聞こえ、そちらを見やると女の私が崩れ落ちていた。


そして、まるで自分の身体が男になったような感覚に染まっていく。


嫌だ!!


男に戻りたくない!!


もし男に戻ってしまったら、駿に対する気持ちも変わってしまうだろう。

今までのような距離感で隣に、恋人同士じゃなくなるなんて嫌だ、その気持ちに変化があるなんて受け入れられない。


それに、駿の気持ちだって男に戻ってしまったらきっと変わってしまう。

前のように男として親友だけの関係なんか自分には耐えられない。

それに他の女と付き合うなんて、考えただけでも目の前が真っ暗になりそうになる。

これからもずっと駿に愛されたいし、ずっと隣で、一生を添い遂げたい。


そのためには、女じゃないとダメなんだ。


俺は……いや、私は女だ!女で居たい!




目が覚め、勢い良く身体を起こす。

髪を、胸を、股間を確認し、自分の性別が女である事に安堵する。


一息ついて気付けば全身から汗をかいていて、まるで悪夢を見ていたように気分が悪い。

どんな夢を見ていたかは思い出せない、だけど自分が女である事を安心していた。


汗を流す為にシャワーを浴びる。

やっぱり、駿のあの言葉がきっかけで男になる夢でも見たのだろうか。

それなら確かに悪夢だ、もう私は男に戻る気なんてない、いや、戻りたくない。


部屋に戻ると目を覚ました駿が布団から身体を起こした所だった。


「おはよう、駿」

「おはよー、睦、ふぁぁあ」

「顔洗ってきなよ」

「そうする」


今日はパンツルックで動きやすい格好にしよう。

昨日の駿の言葉は、あれは最近私たちに親友成分が足りないからかもしれない。

だから今日は、親友らしくアクティブな遊びをしようと思う。


「パンツルックなんて珍しいね、それも可愛い」

「今日はちょっとアクティブな遊びがしたいなって思って、だから私に気を使わずに遊べるとこ言ってみようよ」


「お?……そうだな……久々にボーリングでもするか」

「あ、いいねえ、私は一年ぶりくらいかな」

「俺も去年一緒に行ったきりだ」


その日はボーリングに行って、はしゃいで、楽しく遊んだ。

そして遊んでいる最中は駿も男の時のような接し方をしてくれて、意図は伝わったみたいだ。


当然"私"に変わった事に気付いてると思う、何も言わないのは駿なりの気遣いだろう。

"私"への変化、これはケジメだ。

もう男への未練は捨てた、だから"俺"も止める。そういう意志。


でも忘れちゃいけないのは、私たちは親友で恋人、普通の恋人同士とは違う。

だから男の時のような気安さや付き合いも忘れないようにしていかなければいけないと思う。


◇◆◇


イブの日、私たちはスカイタワーという展望台に来ていて、街を見下ろし、夜景を眺めている。

クリスマスという事もあって、ネオンとライトが綺麗で1人ならずっと眺めていられそうだ。


2人で街を見ながらおしゃべりし、少しの間が空き、どちらともなくお互いに見つめ合う。


「この夜景が霞むくらい綺麗で可愛い睦、愛してるよ」

「嬉しい。……駿だって格好良くて逞しい、私の愛する人だよ」


「ありがとう。……睦、クリスマスプレゼントがあるんだ、貰ってくれるか?」

「うん。私も渡したいものがあるんだ、貰ってくれる?」

「もちろん」


駿からはスマートウォッチをプレゼントされた。

そして私はマフラーをプレゼント。


駿はそのままマフラーを着けてくれて、よく似合う姿を自撮りして、私と一緒に夜景をバックに2人で記念に写真を何枚も撮った。


一通りの後、見つめ合って抱き締めあう。


抱き締めあう行為、私はこれは本当に好きで。

好きな人、愛する人の温もりを、感触を、匂いを、吐息を、自分の肌で、耳で、鼻で、5感全てで感じる事が出来る。

それだけじゃない、愛する人に包まれて、心も身体も熱くなり、安心出来て、自分の居場所を再確認出来る。

抱き締め会える人がいる事の幸せを感じて、全てを委ねてしまいたくなる。

気分がどんどん盛り上がって、多幸感に包まれて、より強く求めてしまう。


ずっと抱きしめ合っていたい、そう思ってしまうほどにこの行為が好き。

特に裸で抱き合うのが堪らない。


だけどここは外だから、そこまでは出来ない。

その後はキスをして、自宅に帰り、一緒にイブの熱い夜を過ごした。


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ひとまずはこれで番外編は終わりになります。

まだまだ書けるとは思いますが新作が煮詰まっててそちらを優先したいです。

恋人編にお付き合いいただきありがとうございました。

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