死んだ私を棄てたい

あばら🦴

死んだ私を棄てたい

 ワンルームマンションに帰ってきた私は、おもむろに部屋の電気を付けて、壁にかけた時計を見上げました。


(今はえぇっと……夜十時半。また今日もこの時間の帰宅になったか)


 スーツから着替える気力も無かった私は一旦ベッドに腰掛けました。

 だけれど二秒して、想定していたより硬く、そして高い座り心地に気付いて立ち上がり、驚きのまま座っていた場所に目を移しました。

 よく見れば赤い掛け布団が盛り上がっています。

 くっきりと分かるわけではありませんが、その盛り上がり方を見るに大人の人間が一人入っているようです。修学旅行の時に同じ部屋だったクラスメイトが、掛け布団を被って仰向けで寝ている時の盛り上がりに似ていました。


(誰か居るのか……?)


 警察に通報しようとしましたが、疲れているのに警察の対応なんてしたくありません。明日も仕事なのです。

 なのでフライパンというかりそめの武器を取って、頭であろう方から掛け布団をひっぺがしました。

 そこには、紛うことなき、いつも鏡で見る私そのものが寝ておりました。

 あまりの光景に私は足がすくみました。他でもない私の顔が、私の瞳で、虚ろに天井を見上げています。


「うわ、わ、わぁ、わ!」


 どうすればいいか分からず、ゆっくり後ずさりすれば、うっかりそこにあると忘れていた小さな机に後ろから脚がぶつかって、背中から盛大に倒れてしまいました。


 恐る恐る調べてみましたら、結論から言うとそれは死体でした。誰が全裸でここに置いたのか、どうして心臓が止まっていたのか、そもそもなぜ私のコピーのような死体があるのか、分かりませんがともかく私の肉体の死体です。

 警察に通報するべきかどうか悩みましたが、辞めておきました。というより発覚が嫌なのです。きっと多くの時間を取られてしまいますから。


 ──────


 私の死体は、突然表れたくせに、突然消えてくれません。

 しかし一週間も放置していたらどこか独特な匂いがしてきました。これが俗に言う腐乱臭なのかもしれません。ひょっとしたらマンションの他の住人が警察に通報して、逮捕というケースも有り得ます。

 その場合死体遺棄罪になるのでしょうか。ですが私が私の死体を放棄したって被害者も加害者も私になるわけでありましてつまり自害よろしく私が自分で勝手にやったに他ならない事象にあたりますから罪に問われるのも不当なのではありませんか。

 しかし私の主張が聞き入れてもらえない可能性だってありますし、そもそもの話、誰かに主張をしなければいけない状況になんてしたくありません。

 ぽっと出の死体ごときに時間を奪われるいわれは無いのです。


 ──────


 嫌な顔をされながら二日間の有給を受け取った私は、その有給の一日目の深夜に車を走らせて人気の無い山道にやってきました。

 森の色が濃くなってきた頃合いを見て下車しまして、そして車から、私の死体を入れたスーツケース、電動のコードレスミキサー、ノコギリ、ハンマー、スコップ、ライトを持ち出しまして、車の横に並べました。

 そうしましたら、まず穴を掘りました。この場合は二メートル以上掘らなければ野生動物に掘り返されるらしいのですが、適当にやります。いつか露出してDNA鑑定されようとも、私は生きているわけでありまして、DNAの鑑定が間違っているという風に仕立てあげれば、私に対しての騒ぎも最小に治まると思います。

 検察による鑑定がどのように行われるかも知らない私でありますから、浅はかな思惑とは自分でも分かっていますが、しかし実際、何が出来ましょうか。こんな真実は見破れやしないでしょう。

 ただ一つの場合を除いて。まるっきり私の死体であると分かってしまえば話は別です。

 なので外見を想像出来ないくらい解体バラすのは必要だったのです。


 横一メートル、縦も一メートル、深さ五十センチくらいでしょうか。この時点でデスクワークの私は肩で息をしていましたが、まだやることはあります。

 スーツケースから私の死体を取り出し、冷たく重いそれを土の上に寝かせました。続いてノコギリを手に取ると、左の膝の甲に押し当てて、鶏肉を思い出しながら前後にスライドしていきました。


「うがああああああああっ!!!」


 苦悶に満ちた私の声が暗い森にこだましました。

 いきなりだったものですから、私は驚いてノコギリを手放して、尻もちをついてしまいました。

 はっ、はっ、はっ、と精神を落ち着かせるべく拙い呼吸をする頃には、もう私の死体は声を挙げなくなっています。


(こいつ、喋るのか!)


 と思い、心臓の位置にあたる胸に耳を乗せても音はしませんし、冷たいままで、やはりただの死体です。

 しかしこう叫ばれてはたまったものではありません。深夜だろうが、誰が通りがかるか予想がつかないのです。私自身、誰も予想がつかないことをしていまして、この時間にたまたま誰かが山道を歩いてきた方が、まだ現実的なのです。

 私は上着を脱ぎ、私の死体の口元を開け、咥えるように巻き付かせました。

 そして、喉から切ることにしたのです。


 悪戦苦闘の末、ようやく胴体と頭を切り離せました。首元の背骨はたいへん切りにくかったのですが、時間と根気で成し遂げました。

 切っている間中、私の死体は叫んでいましたが、その声は広がることが無く、手放しに安心もできないのですが、きっとバレずに済んだかと思います。

 切り離した瞬間に生首は叫ばなくなりましたが、この私そのものである顔が重要なのです。


 まず、ハンマーで頭頂部を殴りつけました。首元の背骨とはワケが違い、想像以上に硬いらしいです。


(これは長丁場になるぞ)


 と覚悟を決め、何度も、何度も、何度も、殴りつければ、僅かにですが赤黒い中におそらく脳が露出しました。そこを起点にして、今度はノコギリで開いていきました。

 それはまるでモーセが大海を割ったかのように、私の生首は頭頂部から割れ、冷たく硬い血が溢れてきまして、私はやっとこさ脳みそを取り出しました。

 そしてライトの灯りを頼りに目玉もくり抜き、共にミキサーの中に入れ、ミキサーを起動しました。ぐちゃぐちゃになってるのを待っている間、私はハンマーで私の顔面をぐちゃぐちゃになるまで殴りつけました。特に歯型という単語が刑事ドラマでよく出てくるので、そこは念入りに潰しました。

 そうして共にぐちゃぐちゃぐちゃになった肉塊二つを穴の中に放りました。

 なぜ脳みそまでぐちゃぐちゃにしたかについては、バレないためなのももちろんですが、ただ怖かったのです。これさえも私と同じものであるなら、私は、私の方がニセモノなんじゃないかという疑念が湧き出てくることを予感しまして、有耶無耶にしたのです。


 まだ夜が明けないことを祈りながら四肢を解体し、穴に放りました。

 そしてお腹もかっぴらきまして、臓器を取り出しました。


(せっかくなら売ればよかったな)


 と知り合いの買い手など居ないのに、非現実的なことを考えましたのは、脳を誤魔化すかもしれませんし、小慣れた余裕かもしれません。

 臓器からでも私そのものだと断定される方法があるのかは分かりませんが、念には念をと全てミキサーでシェイクすることにしまして、なにぶん量が多いものですから、待ち時間を潰すために何かを持ってくれば良かったなどと考えながら、私は胴体部分に残った臓器が無いか調べました。

 すると、中から血にまみれた絵本が見つかりました。


(絵本……?)


 めくってみましたが、血の赤黒さに全ページが塗りたくられています。ほんのわずかに絵柄が見えますが、文字が読めなくなっていて、内容を把握することは難しいです。

 しかしきっと重要なものではありません。

 私はこれをどう処分するか考えを巡らせました。

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死んだ私を棄てたい あばら🦴 @boroborou

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