椎名有紗 7月

 なんとタイミングの悪い。

 先生も、もう少し待ってくれてもいいじゃないか。

 控え室へ駆け戻りながら、私は心の奥底で愚痴っていた。


 けれども、もしかしたらあそこが限界だったかもしれない。

 あれ以上くっついていたら、バレていたかもしれない。

 「ちょっと大胆だったかなー」

 誰にも聞こえないように一人で呟く。

 うん、いきなり抱きつくなんてかなり大胆だ。

 でも、自分の勇気のご褒美にはそれぐらいしてやってもいいだろう。

 今日の発表会は素晴らしい出来だった。

 生まれてこの方、こんなに素晴らしい演奏ができたと思ったことはなかった。

 だって。




 「好きな人が聞いてくれてたんだもん、ね」




 一人で勝手に呟いて、一人で勝手に真っ赤になる。

 窓の外は眩しいほどの快晴だ。

 まるで、あの体育祭の日みたい。

 佐倉の顔を思い出しながら、私はそんなことを考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拍動プレスティシモ 織部羽兎 @Chiaroscuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ