三 旧校舎の再会

「先生! お久しぶりです」


「おお! 君達か。よく憶えてるよ。元気にしてたかね?」


 挨拶をすると記憶力のよい人だったらしく、わたし達のことがすぐにわかったらしい。


「先生、小夜ちゃんって子のこと知りませんか? わたし達より一つ上か下の学年だったと思うんですが……おかっぱの子で、なんかちびまる子ちゃんみたいな昭和っぽい服装してて…」


 わたしはさっそく、思いつく限りの情報を伝え、小夜ちゃんのことを先生にも尋ねてみた。


 この先生なら、確かに小夜ちゃんのことも憶えいるかもしれない……。


「さよちゃん? いやあ、僕は知らないなあ……君らの世代だと、ちびまる子ちゃんみたいな服装ってのは珍しいし、それなら憶えてると思うんだけど……」


 だが、やはり先生も知らないと首を横に振る……かに思われたのだが。


「……ん? 小夜ちゃん? いやちょっと待てよ……」


 先生は不意に眉をひそめると、持っていた分厚い本をパラパラと捲り出す。


「先生、なんですかそれ?」


「ああ、この小学校の学校史だよ。閉校記念に出されたものだ……ほら、これだ」


 由美子が尋ねると、先生はそう言って、その本の開いたページをわたし達にも見えるようにする。


「ずいぶん昔の写真ですね……」


 覗き込むと、それは白黒の古めかしい写真だった。


 旧校舎の昇降口前と思しき場所に、制服姿の子供達が二列に並んで写っており、どうやら卒業式の記念写真のようだ。


「じつは僕もこの学校の卒業生でね。これはドンピシャじゃないんだけどその頃、昭和20年代後半のものだ……」


「……あっ! これ!」


 先生のそんな説明を聞きながらその写真を眺めていると、わたしはあることに気づいた……その写真の右上には欠席者を合成で入れる楕円形の丸があったのだが、その中に写っていた女の子は、なんと、まさかの小夜ちゃんだったのだ。


「小夜ちゃんですよ! この子が小夜ちゃんです!」


「そうか……やっぱりなあ……」


 驚いてわたしが声をあげると、先生は悲しいような淋しいような、なんともいえない表情を浮かべている。


「でも、なんでこんな古い写真に小夜ちゃんが……?」


「僕は直接知ってるわけじゃなく、伝わってる話に聞いただけなんだけどね……その子は生まれつき体の弱い子で、卒業式間際に学校で倒れるとそのまま亡くなってしまったらしいんだ……その子の名前が確か〝小夜〟ちゃん」


 わたしの呟きを拾い、先生がさらに驚くべき情報を追加する。


「…え!? え、だってわたし、ずっと小夜ちゃんと遊んで……」


「そうか……その子はみんなと遊びたくて、まだこの学校に残っていたんだな……いや、先生が子供の頃にも、小夜ちゃんの幽霊が出るってウワサになったことがあるんだよ。新校舎が建って、旧校舎が使われなくなってからはそんな目撃談も聞かなくなったけどね……」


 唖然とするわたしに、先生は何かを察したのか、穏やかな微笑みを湛えながら加えてそんな思い出話も語って聞かせてくれる。


「小夜ちゃん……もしかして今でもあそこに……由美子ごめん、わたし、ちょっと行くとこがあるから!」


 話を聞く内に、薄れていた小夜ちゃんとの楽しい思い出が鮮やかに蘇ってくると、わたしはいてもたってもいられなくなって、気づけば体育館を駆け出していた。


 行き先はもちろん、新校舎の裏側……いまも残っている旧校舎である。


 なんでもその歴史的価値から県の登録文化財になったらしく、それが幸いしてか現在も取り壊されずにいる。


 廃校後は新校舎と合わせ、村の郷土資料館や学校をモチーフにしたホテルとかレストランなどの観光施設として活用する計画があるという。


「…ハァ……ハァ……ここも、ぜんぜん変わらないな……」


 息急く走って旧校舎へたどり着くと、古ぼけた木造校舎も昔のままの姿を止めている。


 現状はまだ倉庫として使われているみたいで、あの頃出入りしていた引戸に鍵はかかっていない……さすがにガタガタと建て付けの悪くなった戸を力任せに押し開き、ギイギイ鳴る木造の廊下をわたしはあの教室へと走る。


 こうしてこの廊下を駆け抜けて行くと、小夜ちゃんと鬼ごっこした時の記憶がフラッシュバックの如く蘇ってくる……。


 わたしは、先生の話を聞いてすべてを理解した……なぜ、小夜ちゃんとは旧校舎でしか会えなかったのかも……なぜ、いつも彼女は独りでここにいたのかも……。


「…ハァ……ハァ……」


 やがて、あの教室の前に至った私は、ふと不安になってその足を止める。


 そして、あがった息を整えながら気持ちを落ち着かせると、おそるおそるその教室の中を開いた引戸から覗いてみる……。


 ……いた! 


 小夜ちゃんはまだそこにいた! あの日と寸分違わぬ姿で、独り静かにそこに立っている……。


「小夜ちゃん!」


 ノスタルジーと謝罪の気持ち、それに嬉しさも合わさったような、なんとも複雑で言い表すことのできない感情……込み上げてくるものに目頭を熱くしながら、彼女の名前を叫んでわたしは教室へと足を踏み入れる。


「ごめん! ずっとここで待っててくれたんだね! …グスン……なのにわたし、あなたのことをすっかり忘れて……」


 罪悪感に駆られたわたしは涙を堪えながら、開口一番、彼女に近づくと謝罪の言葉を述べる。


 ……でも、大人になったわたしのことを小夜ちゃんはわかるだろうか?


 いや、それ以前にこんなに長い時が経ってしまったのだ。わたしの方こそ忘れられてしまっているかもしれない……。


「……あ、また会えたね! 今日も一緒に遊ぼう?」


 だが、わたしを見た小夜ちゃんは屈託なく笑顔を浮かべると、あの頃と変わらぬ調子でわたしを遊びに誘った。


                  (旧校舎の友達 了)

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旧校舎の友達 平中なごん @HiranakaNagon

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