ニ 旧校舎の思い出
「──あ、また会えたね!」
その翌日も気になって旧校舎へ行ってみると、やはり女の子は昨日と同じ教室の中にいた。
「今日も一緒に遊ぼう?」
「うん。遊ぼう!」
昨日と違いすでに顔見知りなので、今度は面食らうことはなく、遊びの誘いにもわたしは笑顔で頷く。
「じゃ、今日はかくれんぼね! まずはあなたが鬼だよ?」
「……え? ああもう! 勝手なんだからあ……じゃあ数えるよ? いーち、にーい、さーん、しーい、ごぉーお…」
そうしてこの日もわたし達は楽しくかくれんぼをして遊び、それ以降、わたしはお昼休みに旧校舎へ行くと、その子とよく遊ぶようになった。
お昼休みばかりでなく、放課後の夕陽に染まる旧校舎の中で、辺りが薄暗くなるまで遊ぶこともあった。
「そういえば自己紹介してなかったね。あたし、
その子の名前は〝小夜ちゃん〟といった。名字は聞いていないのでいまだにわからない。
そんな下の名前くらいしか知らない仲だったが、小夜ちゃんと遊ぶのはとても楽しかった……。
お互いひとりぼっちで遊び相手に飢えていたためなのか? 妙に馬があったのだ。
それに、小夜ちゃんと接することで、わたしも同年代の子と接する能力を徐々に磨いてゆき、やがてクラスメイト達とも打ち解けられるようになった。
なんてことはない。わたしもクラスメイト達もお互いに、見知らぬ土地の者に対して抱く無意識の警戒感から、不要な心の壁を無駄に作っていただけだったのである。
ただ、一つだけ腑に落ちないたこともある……同じ学校に通ってるはずなのに、小夜ちゃんと会うのはいつも旧校舎の中ばかりで、それ以外の場所ではなぜか見かけることすらなかったのは子供ながらに不思議だった。
ともかくも、そうして小夜ちゃんと旧校舎で遊ぶようになってから一年が経ち、わたしは六年生になった……。
その頃になると、わたしにも仲の良いクラスメイトの友達ができて、旧校舎へ行くこともめっきり少なくなった。
すると必然的に小夜ちゃんと会うことも減ってゆき、そのまま小学校を卒業して中学へ進むと、彼女との交流も完全になくなってしまった。
そして、長い時が経ち、高校を卒業して東京の大学へ進学したわたしは、就職も東京でしたためにあの村ともずいぶんと疎遠になった。
だが、そんなある日のこと……。
「──ああ、由美子! 久しぶり。どうしたの? 突然」
急に、小学校から高校までずっと同じだった女友達から何十年ぶりかで電話があった。
「いやね、わたし達の通ってた小学校が閉校になるみたいでさ。その記念式典をやるみたいなのよ。で、同窓会もかねてみんな集まるっていうんだけど、あんたも久しぶりに帰ってこない?」
彼女からの電話は、そんな母校の閉校記念式典兼同窓会のお誘いだった。
あの村もずいぶんと過疎化が進み、子供の数が減少したことでついに小学校も廃校となったらしい……。
「そっかあ……そうだね。それじゃあ、わたしも行こうかなあ……」
久々に聞く旧友の声に、なんだかとても懐かしい気分になったわたしは、久々に村へ帰ってみることにした。
何年か前に祖父母も亡くなり、母も同県内のもっと大きな町へ移ってしまったので、まったくあの村へ近づく機会もなくなってしまっていた……行くのはほんと何年ぶりになるのだろうか?
「──おう! 久しぶり!」
「……あ! 帰って来たんだね!」
何時間も電車に揺られて村へ着くと、若干古めかしくなった鉄筋コンクリートの母校の前には、大勢の老人達に混じって幾つかの懐かしい顔が見えた。
「お久しぶり。なんかタイムスリップしたみたいだねえ……」
わたしは同級生達に挨拶すると、周囲の山と田んぼに囲まれた景色をぐるっと見渡す。
村は、昔とぜんぜん変わっていなかった……過疎化が進んだという話だが、景色は小学生の頃のままである。
このノスタルジー溢れる日本の原風景を見られただけでも、わたしは来てよかったと思った。
それから村長やら卒業生代表やらが思い出話をステージ上でのたまう、厳かな閉校記念式典が紅白幕のかけられた体育館で行われた後、同じ会場に長机を並べての些細な立食パーティーが行われた。
「……そういえば、あの子は来てないのかな?」
わいわいと同窓生達が歓談するその酒宴の場で、わたしはふと、すっかり忘れてしまっていた〝小夜ちゃん〟のことを思い出した。
あの子もこの小学校に通っていたのだから、今日来ていても不思議ではない。
だが、同い歳くらいの女性の顔を片っ端から確認していっても、参列者の中にそれらしき子はまったく見当たらない……まあ、大人になってるからずいぶん雰囲気も変わっているだろうが、それでも小夜ちゃんだったらなんとなくわかると思うんだが……。
「……ん? 誰か探してるの?」
キョロキョロしているわたしに気づき、となりにいた由美子が尋ねてきた。
「うん。昔よく遊んでた友達をね……あ、ねえ、小夜ちゃんって子知らない? わたし達と同じくらいの学年だと思うんだけど」
その質問に、なんとなく答えたわたしであるが、せっかくだし、彼女にも確認してみることにした。
そういえば、小夜ちゃんが何年生だったのかをわたしは知らない。なぜかそんな話はしなかったのだ……少なくとも同じ学年ならクラス一緒のはずなので、一つ上か下の可能性が高いと思うのだが……。
「さよちゃん? さあ、いたかな? そんな子。わたしは知らないけど……」
あまり期待はしていなかったが、由美子もやっぱり小夜ちゃんのことは知らないみたいである。
思えば由美子をはじめ、クラスの友達に小夜ちゃんの話をしたのもこれが初めてかもしれない……反対に小夜ちゃんのことを他の友達から聞いたことも一度としてない……。
学年が違うとはいえ、一学年一クラスの小さな学校だ。誰かしら知っている方が自然ではないだろうか……?
「あ、そうだ! 先生に訊いてみたら? 先生なら知ってるかもしれないよ?」
わたしが困ったような顔をしていると、少し離れた場所に立つ初老の男性の方を指差し、由美子がそんな提案をしてきた。
それは、わたし達のクラスの担任をしていた先生である。無論、この記念式典には、生徒ばかりでなく教師陣も出席できる人は来ているのだ。
「あ、そうだね。確かに先生ならわかるかも……」
由美子の思いつきにもっともだと思ったわたしは、さっそくその先生の方へと足を向けた。
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