旧校舎の友達

平中なごん

一 旧校舎での出会い

 わたしは小学校5年生の春、家庭の都合で東京から母の実家のある地方の村へと引っ越した。


 けっこうな田舎だったけど、その頃はまだ今ほど過疎化は進んでおらず、それなりの人口もいて、一学年一クラスぐらいの小さな規模だけれども小学校も普通にあった。


 当然、村の住民となったわたしもその小学校へ通うこととなったのであるが、ずっと都会暮らしだったわたしはクラスで浮いた存在となってしまった。


 いや、いじめを受けたとか、仲間はずれにされたとかいう深刻なレベルのものではない……でも、ただでさえ見知らぬ土地な上に生活スタイルとかもいろいろ違うし、なんだか田舎の学校にはなかなか馴染めず、友達と呼べるような親しい子もずっとできなかったのである。


 だから、お昼休みや授業の合間の休み時間、友達のいないわたしはとても暇だった。


 こんな時、本好きな人間ならずっと寡黙に読書をして過ごし、やがては勉強できる子になってヒエラルキーの上部にのしあがるんだろうけど、わたしはそんなタイプでもなかったので、とにかく時間をただただ持て余していた。


 校庭に出て、隅からみんなのするドッジボールや鬼ごっこを眺めていても、誰もわたしを誘ってはくれない……。


 あまりにも退屈だったので、わたしは独り、学校の敷地内を散策…というか探検をして過ごすことにした。


 もっと子供の数が多かった頃の名残りなのか? 全校児童の数の割に学校の敷地は意外と広い。


 また、数年前に鉄筋コンクリート造りの新校舎に変わったらしく、その背後には取り壊されずに残った木造の旧校舎の一部がいまだに建っていた。


 戦前からのものらしく、ずいぶんと古い建物だったがまったく不気味さはなく、その時代を知らないはずなのに、なぜかなんだか懐かしいような気もする……わたしは一目見て、その旧校舎に強い興味を抱いた。


 今は物置として使われているみたいで、入口には特に鍵もかかってはいない……昼休み、いつものように学校探検をしていたわたしは、早速その校舎内も見て回ることにした。


 木と漆喰の壁で囲まれた建物内を満たす、ちょっぴり埃っぽい澱んだ生暖かい空気……まさに空き家へ入った時のあの感覚だ。


 大気の流れはなく、少し息苦しいような気もするが、廊下に並ぶ大きなガラス戸から差し込む穏やかな陽の光で、冷たさやカビ臭さというようなものは微塵も感じられない。


 そのノスタルジー香る校舎の中を独り占めしているかのような優越感に浸りながら、わたしは得意げになってあちこち歩き回った。


 朝ドラとか昭和の時代を描いたドラマに迷い込んだみたいで、ただ徘徊してるだけでもとても楽しい。


 だが、そんなワクワクした気分でギシギシ床の鳴る廊下を進み、ある教室(…だった部屋)を覗いた時のことだった。


「わ…!」


 わたしは思わず短い悲鳴をあげてしまった。


 開け放たれた引戸から中を見てみると、今は使われていない木の机やら椅子やらが積み上げられた前のスペースに、一人の少女がちょこんと立っていたのだ。


 歳はわたしと同じくらい。髪はおかっぱで、服装は今っぽくないというか、なんだか〝ちびまる子ちゃん〟が着ているような、ちょっと古めかしい昭和なファッションをしているが……まあ、田舎町の小学生なら、まだそんな子もいるんだろう。


 と、そんなことより、自分以外誰もいないと思っていたのに、まさか他にも人がいたとは……。


「……ご、ごめんなさい! 他に誰もいないと思ってたから……」


 驚きにしばし呆然と固まった後、わたしは別に悪いことしたわけでもないのに、言い訳でもするかのように慌てて謝る。


「あなたも一人なの?」


 だが、その子の方は驚くこともなく、ぼんやりとした眼でわたしを見つめると、淡々とした口調でそう尋ねてくる。


「う、うん……一人だよ」


「じゃあさ、一緒に遊ぼうよ! 何して遊ぶ?」


 呆気にとられたままわたしが素直に答えると、彼女はパっと顔色を明るくして今度は遊びに誘ってきた。


「……え!? う、うん。別にいいけど……」


 突然のことに、終始その子のペースに乗せられて、わたしは考える間もなく頷いてしまう。


「じゃ、何して遊ぶ?」


「え、ええと…」


「じゃ、鬼ごっこ! あなたが鬼ね!」


 そして、自分から訊いておきながら勝手にそう決めてしまうと、その子はわたしの脇を走り抜けて、さっさと廊下を逃げ始めた。


「……あ! ちょ、ちょっと待って! ……んもう! ねえ! 待ってよう!」


 こうして、わたしはなし崩し的に、見知らぬその女の子と旧校舎で鬼ごっこをして遊ぶこととなったのだった。


「ほらほら、こっちだよお!」


「ええいもう! 待てーっ!」


 ガタガタ軋む古い木造の廊下を、素早く逃げ回る女の子を追ってわたしも全力で走る……予想外に始まった鬼ごっこではあったが、それは思いのほかに楽しかった。


 そういえば、こうして他の子と遊ぶのは、転校してきて以来初めてだったかもしれない……。


「鬼さんこちら! 手の鳴る方へ!」


「待てーっ! ……ハァ……ハァ……にしても足早いな……」


 そんな感じに楽しく遊んでいたわたし達であったが、その時、キーンコーンカーンコーン…と、昼休みの終わりを告げる予鈴が外から響いてきた。


「……あ! 授業始まっちゃう! わたし行くねー! あなたも急いだ方がいいよー!」


 追いかけていた女の子の背中にそう声をかけると、わたしは慌てて踵を返し、新校舎の方へと急ぐ。


「……あれ? いつの間に……」


 そのまま旧校舎を走り出る際、ちょっと気になって後を振り向いてみたが、その時にはもう、どこか別の出入り口から外へ出たのか? すでに女の子の姿は見えなくなっていた。


 これが、わたしとその子との初めての出会いである。

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