40(終) もう一人じゃない
露草は慣れた様子で、きれいな花をさらさらと描いていく。
「あのさ露草、植物画の練習とかしたの?」一子が頬に手を当てる。
「うんにゃ? 家でふつうに花の絵描いてただけにござるよ。栽培日誌つけたり」
その程度のことでこんなに上手くなるものなのだろうか。分からないが露草は絵がうまい。
「露草って美術部だったりした?」
純恋の質問に、何故か手毬が答えた。
「あたしらの学校、美術部なかったんだ。文化部は放送部と吹奏楽部だけ。田舎の学校だったからね」
「そうなんだ。で、ふたりは何部だったの?」
「帰宅部!」と、それを明るく言われても……という返事を手毬が元気いっぱいで答えた。
手毬も、かわいいサボテンの擬人化キャラクターを描いている。純恋もビオラの花を描いた。一方で一子がなにやらペンケースを盾にして立てこもっている。純恋は、一子のペンケースに、以前渡したビオラのしおりが入っていることに気付いた。
「どしたの一子」
「手毬、……一子は、画伯なんだよ」
純恋は一子の数少ない欠点を挙げた。一子は顔をばーっと真っ赤にして、
「だ、だって、絵なんか描いたことないし……」と、ルーズリーフを捨てようとした。それを純恋はぱっと阻止して、ルーズリーフを衆目に晒す。
小学生が描くチューリップが描かれていた。いや、小学生なら花をみてちゃんと描くだろう。一子の描いたチューリップはどう見ても適当に線を引いただけだった。
もはや笑うとか馬鹿にするとかそういう次元でなかった。顔を赤くしている一子に、
「ドンマイ」と純恋は声をかけた。
「ど、ドンマイって純恋がみんなに見せたんじゃん!」
一子はいまにも泣き出しそうな顔でそう言った。そりゃそうだ、このレベルの画伯はちょっと並大抵のものではない。
「美術が選択科目でよかったでござるな」
「まあこういうのは個人差あるから」
なんの慰めにもなっていない。とにかく一子にポスターを描かせるのはやめよう、ということになった。一子以外の三人が話し合って、結局、露草が引き受けてくれた。
「じゃあ、とりあえずポスター制作の目途も立ったし、解散すっか。……そうだ、そろそろこっちも決めないと。部長になりたいやつはいるか?」
五木先生が園芸部の面々にそう訊ねた。
「純恋がいいと思いまーす」一子は画伯暴露の意趣返しとばかりに純恋の背中をばんばん叩いた。純恋はけほけほとむせて、
「もうちょっと考えてきます。やっぱり責任が伴うので」と、答えを保留した。
「高校の部活の部長なんてそんな考え込むほどのもんじゃないぞ」
五木先生はそう言うのだが、しかしそれでも純恋はゆっくり考えてみることにした。
みんなバラバラと解散する。純恋は一子に、
「ビオラのしおり、大事にしてもらえてうれしい」と伝えた。
「……嬉しかった、から」と、一子は首のうしろを掻いた。
アパートに帰ってきて、夕飯をなににしようか考えた。なにかお祝いがしたい。一人でひっそりやるお祝いというのはおかしい話だが、それでもお祝いがしたかった。
冷蔵庫を開けるも大した食材は入っていなかった。冷凍庫に冷凍パスタがあったけれど、これじゃあお祝いもくそもない。
純恋はフジノヤに向かった。菜の花が売られていたので、以前SNSでみた料理を思い出し、乾麺のパスタを買って菜の花のペペロンチーノを作ることにした。
材料がよくわからないので、ペペロンチーノの和えるだけのソースも買った。ワイン代わりにぶどうジュースも買った。
レジを通す前に、ちらりと花屋を見る。特に買おうと思うような花はないが、どれもきれいに咲いていた。それを見ただけでうれしくなった。
会計してアパートに帰ってきて、純恋はパスタをぐつぐつ茹でた。ついでに菜の花もぐつぐつ茹でた。あとはペペロンチーノのソースにからめるだけ。
菜の花のペペロンチーノを食べながらぶどうジュースを飲んだ。春のお祝いにふさわしい夕飯だった。満腹になって、風呂に入ると、またゲジゲジが出た。
園芸部で草むしりしているときにさんざん虫を見ていたので、そんなに嫌だとは思わなかった。一寸の虫にも五分の魂というやつである。ゲジゲジにお湯をかけると、ゲジゲジは慌てて逃げ出した。純恋はもう春なんだな、と改めて認識した。
布団に転がりながら、
「部長、引き受けちゃおうかな」
と、珍しく一人で声を出してつぶやいた。
翌朝学校に向かい、草むしりをしながら、
「部長、引き受けるよ」と純恋は言った。令和無責任女子高生ふたりと一子はハイタッチした。
その日の部活で、露草が描いてきた見事なポスターを一年生の昇降口や一年生の教室の近くに貼り、そのあと菜園計画を立てることになった。
「急がないと、まきどきや植えどきに間に合わないからな。昨年度にみんなでいろいろ話しあったけど、なにかほかに植えたいものはないか?」
純恋はすっと手をあげた。
「イチゴがいいです」
純恋はこのことを、ずっと考えていた。一子の名前は、「なにかの一等賞になれるように」と願って父親がつけたものだという。しかし、園芸部には一等賞はない。
それならイチゴの一子でいいではないか、と純恋はずっと考えていた。いつも履いているスニーカーも真っ赤なのだし。
「いいな、イチゴ。でもシロウトが育ててもおいしくないし地物のイチゴってなると練乳が必須だ。売り物みたいな甘いイチゴは育たないと思ったほうがいいな。プロにはかなわんよ」
五木先生が手帳に「イチゴ」と書き込んだ。
「純恋、」と一子が純恋をちらりと見る。純恋はそれに笑みで返した。
「去年みたいにトウモロコシ植えましょうよ! もう一回焼きトウモロコシ食べたい!」
「サツマイモもいっぱい作ってこっちが先に寄付してしまいましょうぞ」
「よーし決まりだ。それから、フジノヤショッピングセンターの、去年とは別の花壇を頼まれたぞ。それから学校横のフジノヤの店舗のところも頼まれた。花壇計画もせにゃならんな」
「サルビアの紫のやつ植えたいでござる! それからオステオスペルマムも!」
露草が身を乗り出して花壇計画を提案する。それを五木先生が手帳にメモしていく。
「サルビア……って、紫のもあるの?」と、一子。
「うん、昔ながらの赤いサルビアとはちょっと形が違うんだけど」
「……純恋、花にすごく詳しくなったね」
「一年園芸部やってればそりゃね」純恋は一子よりちょっと花に詳しいのが嬉しかった。もちろん知識量では露草や手毬にはかなわない。しかし、着実に知識をつけていっているのが自分でも分かる。それは嬉しいことだ。
部活の時間が終わって、荷物をかついで昇降口に向かう。下足箱に内履きを突っ込み、靴を取り出す。横で一子もおなじことをしている。やっぱり真っ赤なスニーカーだ。
「一子のスニーカー、やっぱり真っ赤なんだね」
「でもスーパー戦隊のレッドよりならイチゴの赤のほうがかわいいかな」
一子はそう言って愉快そうに笑った。
アパートに帰ってきて、部屋の隅に置かれたマーガレットの鉢を見た。順調に花芽を伸ばしている。アネモネとラナンキュラスも、ヒョロヒョロながら葉っぱを生やして、小さい花芽をつけている。そろそろ咲くのかな。純恋はワクワクして鉢を眺めて、もっと日当たりのいいところはないかな、と部屋を見渡した。
太陽からの光の射し込む窓際に鉢を並べる。スマホで何枚も何枚も写真を撮る。
こんなに好きになれるものがあるんだ。そして好きなものが、友達を連れてきてくれた。
純恋は、もう独りぼっちで弁当を食べることはないだろう。(了)
旧校舎のグリーンサム 金澤流都 @kanezya
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