第5話 行方不明事件

 今回の毒物による、殺人未遂事件とは別に、K警察署内では、もう一つ事件が勃発していた。

 一人の女性が行方不明になっていて、K警察署に殺人未遂の捜査本部が立ち上がった翌々日に捜索願が出されたのだった。

 行方不明になったのは、看護婦をしている女性であり、看護婦寮に入っていたまだ新人と言っていいくらいの若い看護婦だった。

 年齢は二十二歳。

「三日前から、看護婦寮に帰っていないんです。彼女がどこかに泊まるとすれば、それは実家に帰る時くらいで、その場合はちゃんと皆に話をしていくことが恒例だったのに、今回は誰も何も聞いていないんです」

 というではないか。

 警察というところは、基本的に捜索願が出されたというだけでは、捜査はしない。

「腰が重い」

 というのもそうなのだが、もし下手に捜索をしても、結果的にそれが失踪でなかったということになれば、時間の無駄だったことになるし、ひょっとすると、何も言わないだけで、旅行に行っていたというだけのことだったりするかも知れないということで、行方不明になった時、明らかに事件性を帯びていることでなければ、捜索をすることはない。

 ただ、今回は、明らかと言えるだけの理由があった、だから、刑事課に行方不明者の捜索依頼があったわけで、その理由として、

「これは、公言してもらっては困ることなので、警察もハッキリとするまでは、極秘にしてもらって、まわりに知られないようにお願いしたいのですが」

 と言って、緘口令を敷いてほしいというほどのことのようだった。

「どういうことでしょう?」

 と警察が聞くと、

「実は、今回の彼女が失踪してすぐくらいから、病院の薬品管理課の方で、少し騒いでいるのを聞いたんですが、実は、薬物棚の中から、青酸カリが持ちだされた可能性があるというんです。もちろん、病院は隠していますけどね。だからウワサでしかないんですが、私は最初、そんなウワサを気にしていなかったんですが、ちょうどそのウワサが出たのと同じタイミングで、彼女が失踪したじゃないですか。私はハットしたんですよ、青酸カリの持ち出し事件と、彼女の失踪に何か毛共通点があるとすれば、これは、犯罪の匂いがすると思ってですね。それで、警察に相談に来たというわけなんです」

 と、捜索願を出しに来た人がいうのであった。

 出しに来た人は複数人いた。同僚であり、同じ寮に住んでいる看護婦仲間だった。

「その人はどういう人なんですか?」

 と、失踪届を受理した人が聴くと、

「名前はそこに書いてあるとおり、中島さくらこさんという人で、二年前に看護学校を卒業して入ってこられたんです。性格的にはそんなに目立つ方ではなく、地味だと言ってもいいかも知れません。勤務態度も真面目で、いつもメモを取っているような仕事熱心なところもあります。もっとも、それくらいでないと、看護婦は務まらないと言ってもいいんでしょうが、いきなり、何も言わずに失踪するタイプではないだけに、同時期に青酸カリがなくなっていたということと考えあわせると、何か裏に犯罪が蠢いているのではないかとも考えられたんです」

 というのだ。

「分かりました。とりあえず受理いたしますので、こちらで吟味してみることにします」

 と受理した人は言ったのを、申請にきた同僚たちは訝しそうに見たが、それ以上は言わなかった。

 彼女たちにも分かっていたのだ、警察は捜索願いだけでは動いてくれない。事件性があるとか、明らかに自殺目的に失踪したということが分かっていない限り、自分から動くことをしないのは分かっていたので、申請者の方が変に警察を煽るようなマネをすれば、相手が却って面倒くさがることは分かっていた。そして結局動いてくれないということになれば、本末転倒である。

 病院の恥になることであり、もしそれが病院側の勘違いだったとすれば、申請者はただではすまないだろう。それを思うと、彼女たちもおのずと慎重になると、かといって、このまま放っておくわけにもいかないのは分かっていた。

 それでも、さすがに病院から青酸カリがなくなっていて。それを病院側が隠蔽しようとしているのだとすれば、これは裏に何か犯罪の匂いを感じないわけにはいかない。

「そんなことはないだろう。申請者が捜査をしてほしくて、そのような戯言を言ってきたのかも知れない」

 という人もいたが、

「この密告が病院側の知るところとなれば、彼女たちの解雇は免れないだろう。そんな危険を犯してまで警察に来てくれたということは、相当の覚悟があったんだろうね、それを戯言として片づけるのは、あまりにもひどいというものではないだろうか?」

 という意見でもあった。

 しかし、自分たちとしても、もしこれが犯罪に絡んでいることであり、この後、重大な犯罪に発展してしまったとすれば、その原因としての失踪事件に絡む青酸カリ喪失事件をウワサではあるとしていたがそれを聞いていたにも関わらず勝手な判断で無視してしまったなどと分かってしまうと、クビにならないまでも、それ以降の自分の立場はないと言っても過言ではないだろう。

 それを思うと、刑事課に話をするのが筋であると考えた届け出を受理した人が、密かに刑事課に相談に行ったのだった。

 ちょうど、殺人未遂事件の捜査本部が立ち上がったばかりで、ほとんどの刑事は何らかの状態で関わっているので、その時残っていたのは、清水警部補だけであった。

 清水刑事に、捜索願を出しに来た看護婦仲間の話をすると、

「それはちょっと放ってはおけないね。実は今刑事課で捜査をしている事件に、毒殺による殺人未遂事件というのがあったんだけど、それに使われた薬品が青酸化合物だというんだ。どこから誰が入手したのかということも含めて、捜査が開始されたばかりなんだけど、今の話を訊くと、そのなくなった青酸カリが使われたということも言えるのではないだろうか? つまり、あまりにもタイミングが良すぎるということだね。ひょっとすると、小名木の事件に関係があるかも知れない。私の方から、それとなく、門倉警部に話しておくよ」

 と、清水警部補は相談にきた捜索願受理者にそういったのだ。

 清水警部補は、K警察署では、刑事時代には、門倉刑事と双璧の第一線の中心人物だった。門倉刑事が、警部補、警部と異例ともいえるスピードで出生していったことで、自分も一年発起し、警部補試験を受け、見事昇進したのだった。

 ひょっとすると、警部に昇進できるだけの実力があるのかも知れないが、それは見送ろうと考えていた。

「門倉警部と肩を並べるというのがおこがましい」

 と言っていたが、刑事課のカリスマとしての門倉警部の立場を作り上げて、自分はナンバーツーでいることが、一番だと考えているのであった。

「門倉さんは本当に素晴らしい人出、第一線にできるだけとどまって自分が捜査するという意気込みは尋常ではなかった。おかげでどれほどの事件が解決に導かれたのかということを考えると、その彼の功績は大きい」

 と清水は言っていたのだ。

「あくまでも、門倉警部の背中を見ながら進んでいくのが、自分の刑事スタイル」

 ということも言っていた。

 そんな清水警部補は、今回の殺人未遂事件には、ほとんど関わっていない。なぜなら、そちらにすべての力を注いでしまうと、それ以降何か別の事件が勃発すれば、対応できないということで、新たな事件が起こった時のために、捜査責任者になりうる人物として、清水警部補を身動きのとりやすい位置に置いていたというわけだ。

 捜査員も数人余剰を持っておいたのも、そのためである、

 今回の話を、門倉警部に持っていった清水警部補だったが、

「そうか、これはちょっと興味深い話だな。ありがとう、教えてくれて。分かったよ、こっちも事を荒立てないように捜査するようにしよう。どちらにしても、青酸カリの出所を調べるという捜査はしっかりしているので、そのうちにその病院にも捜査が及ぶのは間違いない。その時に、病院の責任者がどういう態度を取るか、興味深いものだね」

 と門倉警部は言った。

 今回の事件は、殺人未遂ということもあって、プレス発表はおろか、マスコミにはほとんど漏れていないと言ってもいいだろう。

 知っているマスコミがあっても、彼らがこの件に関して何かを言ってくるということはないだろう。

 一応捜査本部は立ち上がっているので、殺人未遂事件ということなので、情報も少なければ、記事にするほどのことではないと思っているのか、ほとんどこの事件を取り上げた新聞はなかった。

 一部の新聞が書いていたが、地元社会面の、しかもほとんど目立たない部分に、二、三行という程度の記事が書かれているという程度であった。

 そもそも、青酸カリの出所の捜査は行われていて、ただ、その中で病院からなくなった可能性は低いと勝手に考えていた。少なくとも厳重な病院であり、劇薬、毒薬に関しての管理がお粗末であrい、それが犯罪に利用されたなどとなると、どんなに大きな病院であっても、いや大きければ大きいほど、その想像を絶するような影響は計り知れないことになるのではないか?」

 と言われた。

 そんな厳重なところから青酸カリを盗みだすだけの行為をしておきながら、やったことが殺人未遂だというのは、あまりにもリスクが高すぎると思うのだった。

 その病院は、それなりに大きな病院であった。K市の中でも双璧をなすと言ってもいいくらいの総合病院で、入院患者も結構いるようなところなので、一人の看護婦がいなくなったくらいで、大騒ぎすることはないのかも知れない。

 病院が大きくなればなるほど、忙しさも増えていき、一人一人の状況を把握するのは難しいのだろう。

 ただ、それでも、彼女の所属する部署では、そろそろ問題になりかけていた

 さすがに無断欠勤が何日も続けば、問題になるのは当たり前で、

「捜索願くらい出した方がいいのではないか?」

 とナースセンターの方で聞こえてきたので。

「捜索願は、私たちの方で出しておきました。すみません、勝手なことをしました」

 と言って、数人が、看護婦長に断りを入れた。

 普通なら、

「何を勝手なことをしているの、あなたたちのしていることは、食味規定違反になりかねないのよ」

 という叱責を受けてしかるべきだと思っていた。

 叱責を受けた場合はしょうがないから、必死に謝るしかないと覚悟をしていたが、実際には、そこまで叱られることもなく、

「それはしょうがないわね。今回は、無理もないこととして、私の方で片づけておくわ」

 と婦長は言ったが、それを聞いて、

「やっぱり、病院の方で彼女がいなくなったことでの余計な騒ぎにしたくないという何かがあるんでしょうね」

 と彼女たちは話していた。

「やっぱりあの青酸カリがなくなったというウワサは本当だったのかしら?」

 という人がいて、

「それは本当のようよ。だって、普段は冷静さを保っているように見えるけど、薬物保管関係の人たちの顔を見ていると、明らかに顔色が悪くて、何かを必死に隠しているかのように見えるのがその証拠よ。やっぱり毒薬がなくなっているということは、その人たちだけの問題ではなく、病院の存続にも関わることなのかも知れないわね」

 ということをいう人もいた。

「とにかく、彼女が見つからないことにはどうなることでもないので、後は警察に任せるしかないわね。私たちも警察に通報していることを公開したんだから、もう後ろめたい気持ちを持つ必要があるので、ここから先は仕事に邁進していきましょう」

 ということで結論づいたのだった。

 警察が捜査のために、この病院にやってきたのは、それから二日してのことだった。

 病院内、特に醸造部と薬品保管の責任者あたりは、かなりビクビクしていた。警察に一度は挨拶しなければいけないと思うと、それだけで、汗が滲んでくるのが分かる。

 病院という特殊な場所であることもあり、なるべく警察とは関わりたくないと思っている。したがって、警察に対しては、普段から敏感な感情を持っているので、中には、

「警察アレルギー」

 となっている人もいるだろう。

「とにかく、毅然とした態度で臨もう」

 と言って、警察を迎えたのだった。

 だが、警察がやってくる前に病院側で新たな事実が見つかった。なくなったはずの青酸カリが見つかったのだ。もし、監査に入られても、大丈夫であった、実際に見つかったものは戸棚に置かれ、施錠して厳重に保管されている。

「どこにあったんだい?」

 と病院側の責任者がいうと、

「すみません。未使用の戸棚の奥の方にありました。一度探したので、二度と探すつもりはなかったのですが、そこで見つかったんです。最初も厳重に探したつもりだったんですが」

 というと、

「元々、うちの病院は、遺失物があった場合は、二度まで同じところを探すようにしていますからね。しかも数日置いてですね。今のように時間が経てば、気付かなかったところが見えてくるという意味もあってですね」

 と薬品管理の責任者が言った。

「まあ、とりあえず見つかってよかったじゃないか」

 と言って、病院の責任者はそう言って笑ったが、このことがこれから来る警察に対していかに気楽になれるかということであった。

 だが、彼女の捜索願を出しにいった彼女たちには、まだ薬品が見つかったということを知らないので、警察がさくら子が失踪したことを、真剣になって捜査してくれるものだと分かっていたのだ。

 警察が病院を訪れた時、すっかり、病院側では口裏を合わせるところまで済んでいて、警察の来院を、手ぐすね引いて待っていたのだ。

「今回の問題は、あくまでも、一人の看護婦の失踪というだけの問題なので、病院は他人事である」

 というのが前提である。

「委員長、今回は失踪事件の協力ということですので、他には問題ありません」

 と言って報告していた。

 そもそも、青酸カリがなくなっていると騒ぎ出したことが先で、一人の看護婦がその前後で行方不明になっているなどと思ってもいなかった。だから、なくなってしまったということをどのように、保健所にごまかしを入れるかというのが問題だったのだ。

 しかし、ちょうど時を同じくして失踪した看護婦がいるとなると、話は変わってくる。つまり、

「彼女が盗んで姿をくらましているのではないか?」

 という疑惑があったからだった。

 しかし、

「青酸カリは見つかり、彼女だけが行方不明ということであれば、この二つの事件は関係ないということになる」

 ということになり、警察が来るのは彼女のことでだけ捜査するためだと思えばいいので、気も楽になってきた。

 元々、警察が青酸カリの喪失を知っているわけもなかった。敏感に考えすぎだったのだ。きっと、彼女と青酸カリ喪失の時期があまりにもタイミングが同じだったことで、被害妄想が出てしまったのかも知れない。

 それだけ病院というところは、

「叩けば埃の出る身体だ」

 と言っていいのだろう。

 警察の方からやってきたのは、清水警部補とその補佐役の刑事という二人組だった。清水警部補の方はともだく、もう一人の刑事は、

――しょせん、行方不明者の捜査でしかないので、そんなに気合を入れることもない――

 と思っているに違いないと向こうは思っていることだろう。

 実際に、部下の刑事には、

「青酸カリが持ち逃げされた可能性がある」

 ということを言ってはいなかった。

 だから、あくまでも、清水警部補についてきた理由としては、それほど深いものはなかった。

――清水警部補の、背中を見て自分も立派な刑事になるんだ――

 と思っている。

 それだけ清水警部補に執着しているし、

――清水警部補の後継者は自分だ――

 と、自認していた。

 いずれはまわりからもそうみられるようになることが先決だと思っているのであった。だから歩く時も、いつも斜め後ろから清水警部補の顔を見ている。その角度から見る清水警部補が一番好きだったのだ。

 清水警部補の訪問を受けた事務長は、院長からの指示を受けてのことだったので、さすがに警察の訪問ということで緊張はしていたが、今までの経験から考えても、そこまでの覚悟は必要ないだろうと思って臨んだ。

「お忙しいところをすみません、今日お伺いしたのはですね。そちらでナースをされている中島さくら子さんのことで来たんですが、彼女が数日間行方が知れないということは、病院側でも認識されていることですよね?」

 と、清水警部補は切り出した。

「ええ、承知しております。我々も気にはしているんですが、ただ、彼女がいないことで、病院内の医療がひっ迫しているということもあって、そっちの方の手配で手一杯になっておりまして、警察への捜索願もできないままになっておりましたが、どうして彼女が行方不明になっていることをご存じなんですか?」

 と事務長は聞いた。

 これは、最初からの筋書きにあった流れであった。最初から青酸カリ関係のことでなければ、敢えて触れる必要もないので、適当に受け流せばいいという病院側の考えであった。

病院側としても、下手に警察を刺激しないようにしないといけないということは、事務長に言明していた。

「実はお宅のナースの数人が、警察に相談に来られたんですよ。ここは看護婦の寮があるということですね。そこでの仲良しの同期だという子たちが気にしてこられたんです。ということですので、彼女たちを叱らないでやってください。きっと、病院側の忙しさが分かっているので、彼女たちは自主的に警察までわざわざ来てくれたんだと思います。その勇気に免じてですね。そのあたりは穏便に」

 と清水警部補がいうと、

「それはもちろんのことです。本来であれば我々が率先して行う必要があるものを彼女たちが自主的にしてくれたのだから、叱るところか、褒めてあげたいほどですね」

 と、事務長は言った。

 青酸カリが見つかっていなければ、きっと彼女たちが叱られていたことは避けられないのだろうが、見つかった以上、彼女たちを責める大義名分はない。むしろ、褒めてあげていいレベルのことであった。

 事務長の言葉の真意がどこにあるのか、清水警部補はその様子を探っていた。

 それを見ていると、今の言葉に大きなウソはないということを感じ、さらに精神的な余裕まで感じられたことが不思議だった。

――警察に来られると、青酸カリの問題があるので、相当な緊張があるはずなのに、この余裕は何なのだろう?

 と感じた。

「じゃあ、中島さんの失踪について、何か分かっていることがあれば、遠慮なくおっしゃっていただければいいと思っております」

 と、わざと、言葉を砕くように柔らかくして話した。

「中島が最後に勤務に就いたのが、五日前のことでした。夜勤だったのですが、朝、普段通りに勤務を終えたと記憶しています。その日は私も申し送りの時間、一緒にいましたので、夜勤からの報告を話したのは、中島でした。だから余計に覚えているんですよ」

 と事務長がいうと、

「そうですか。じゃあ、その後の勤務はどうなっていたんです?」

 という清水の質問に事務長は、

「その日はもちろん、夜勤明けになりますので、一日はオフですね。そして、それから彼女は二連休を取っていたんです。だから、本来なら昨日が休み明けの初日だったんですが、来なかったのでおかしいなとは思ったのですが、今日も来ていないでしょう? それでやっと何かおかしいということになったわけです。皆も彼女のような几帳面な人が二日も続けて無断欠勤になっているとは思っていませんからね」

 と、答えていた。

「なるほど、それではまだ捜索願というには、時期総称かも知れないですね。何と言っても、病院側は家族ではないのだから、家族の事情やプライベイトにまでは関わっていませんからね。この時期に捜索願を出せば、却っておかしいですよね」

 と、清水刑事がいうと、

「そうなんですよ。このあたりは病院側としても、難しいところで、捜索願を出したがそのとたんに、フラッと帰ってくることもありますよね。そうなると、もし、次に似たようなことがあったら、今度こそ捜索願が出しにくくなる。そのあたりの線引きが難しいのかも知れないですね」

 と事務長は言った。

「分かりますよ。それは事務長さんとしては当然のことだと思います。そう考えると、逆にお友達が捜索願を早急に出したというのが、なぜなんだろうと思えてきますね? それはきっと、友達のことを思ってのことであり、自分の立場に置き換えたら? というところにも考えが及んだのかも知れないですね」

 と清水は言った。

「そうですね。彼女たちのような思春期に近い女の子は、恋人問題なども結構あったりする場合もありますからね。恋は盲目と言いますから。行方不明になったとなると、まず最初に自殺というのが頭をよぎりますよね。傷心の中にどこかに旅行に出て、そのまま死にたくなったとかいう話もよく聞きますからね」

 と、事務長は大げさなたとえ話を始めた。

 これは病院側との話の中で、

「話が失踪のところで停滞してしまえば、中島君が恋愛に悩んでいたかも知れないという話に持っていって、すべての目をそっちに向けるようにするんだ。なるべく薬の話に触れないようにね」

 ということだったからなのだ。

 だが、警察側とすれば、

「自分の立場に置き換えたら」

 という言葉を発することで、相手に無言の圧力を加えていたのだが、いかんせんそこまで気付くことがなかったのは、少し皮肉だったのかも知れない。

「そうですか。分かりました。あと、彼女が何か失踪前にトラブルを抱えていたというようなことを聞いていませんか? 病院内のことでも、それ以外ということでもです」

 と清水は聞いた。

「いいえ、それはありません。病院というところは、場所の特異性もあってか、なるべく人のプライバシーには触れないようにしているので、細かいところは分かりません。そういう意味では捜索願を出してくれた彼女たちの方が詳しいのではないですか? 彼女たちの方で何か言っていませんでしたか? 何しろ捜索願を出しにいってくれたくらいですからね」

 と皮肉にも聞こえる言い方を事務長はした。

 ただ、これはわざと聞こえるようにしたのであって、反応を診たかったからだ。

 だが、その必要もなく、清水は、事務長の話に、あまり不審を抱いているような雰囲気ではなかったのだ。


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