第2話 第一の事件
そんな夏の蒸し暑さの残る、夜も後半に差し掛かった九時過ぎのことだった。うどんを食べているところに、通報が入ってきた。
「F県警から入電中、K警察祖管内の錦町にて、男性が苦しみ出したという連絡、通報者によると、通報者の自宅で数人で食事をしていると、そのうちの一人が急に苦しみ出したということで、救急車を手配した模様。直ちに現場に急行し、被害者の搬送先を確認せよ」
という入電だった。
「よし、それじゃあ、済まないが君、現場に急行してくれないか? 俺はここで連絡係をする。他の刑事と連絡を取って、被害者の病院を確認するから、まずは、現場に急行してくれ」
と、桜井刑事は、隅田刑事に現場急行を命令した。
「分かりました。やはりうどんを食べていると、入電があるというのは、本当だったんですね?」
と一口、うどんを食べてから、隅田刑事は刑事課を飛び出していった。
桜井刑事は、まずは刑事課長に連絡を入れ、刑事課長に状況と、現場に隅田刑事を向かわせたということを連絡した。
「そうか、他の連中と確認が取れれば、後は、手分けして現場と病院に詰めることができるように。君の方で手配してくれ。そして分かったことがあったら、私に連絡を入れてくれ。私もこれから、本部に向かう」
と刑事課長がいうので、
「分かりました。皆に連絡を取ってみます」
と、とりあえず、全員にLINEを一斉に送った。
もちろん、LINEで伝えられる文字数も限られているので、電話で話さなければいけないだろうが、とりあえずはまだ何も分かっていないだけに、連絡を入れてくれるように通知するだけだった。
先ほどの通報内容を聴いて判断すると、どうやら通報者と被害者、そして他に何人いたか分からないが、少なくとも二人以上で会食中、一人が苦しみ出したということで、救急車の手配と警察に連絡を入れたということだった。
そもそも、苦しみ出したのが、何かの事件性があるのかも分からないので、あまり大げさにはできないが、警察にも連絡をしてきたということは、苦しみ方が尋常ではなかったということだろう。
「まさか、毒殺なのか?」
と考えたが、急に苦しみ出すような毒薬というのは、そう簡単に手に入れることは普通の人では不可能に近い。
そもそも、そんなに簡単に毒薬が手に入るような世界だったら、警察がどれだけあったって、足りるものかというものである。
さすがに毒殺というのは考えすぎではないだろうか。
苦しみ出した人には何かの既往症化何かがあって、食あたりでも起こしたのかも知れない。食あたりであれば、食べたものを苦しみながら吐き出すこともあるだろう。刑事と言っても人間だから、桜井刑事も、
「なるべく大げさな事件にならなければいいのにな」
と考えてしまった。
そのうちに、一人の刑事から電話があった。その刑事は、桜井の同期で、柏木刑事と言った。
彼は桜井とは対照的に、活発な性格であったが、どこか古臭い考えがあるようで、よく言えば熱血漢であり、悪くいえば、猪突猛進というところであろうか。
ただ、彼が急に何かに閃くことがあるようで、そのきっかけを誰かが与えたことで解決した事件も今までに何度もあった。
柏木刑事は、そういう意味では、最後に美味しいところを持っていくという何か幸運の星の元に生まれたのではないかと思えるような性格で、ただ、それでも他の人から恨まれたりは決してしない。
羨ましがられることはあるだろうが、それは彼が刑事課の中でも一番真面目だというところから来ているのだろう。
猪突猛進で、熱血漢というのは、そういう真面目な性格の裏返しではないかと、刑事課の皆には分かっているようだ。
それだけ、分かりやすい性格という意味もあるのだろうが、彼のような刑事が一人くらいいる方が、刑事課らしいのではないかと、刑事課長は思っていた。
最初に連絡をしてきたのが、柏木刑事というのも、何となく分かっていたような気がした。
「桜井君、どうしたんだい?」
と電話口でいつものような大げさに興奮しているかのような声が響いていた。
「ああ、皆に一斉に連絡したんだけど、事情が分からないので、一応、隅田君がいたので行ってもらったんだけど、どうやら、一人の男性が食事中に苦しみ出して救急車で搬送するという通報だったようなんだ。普通なら救急車だけなんだろうが、通報してくるというのは何か普通じゃなかったんだろうと思って、皆に連絡したんだよ」
というと、
「現場は?」
「錦町なんだ」
というと、
「俺は、隣の街にいるので、すぐに行ける。行ってみるよ」
というので、詳しい住所を教えたので、駆けつけてくれるということだった。
それから少しして数人から連絡があったので、急行をお願いした。皆快く了解してくれたのが嬉しかった。
まず現地に到着したのは、やはり隅田刑事が一番だった。すぐに、最寄りの交番から巡査も駆けつけてきたが、中では、救急車を待ちながら、一人はすでに倒れて痙攣していて。他に二人がいて、それぞれ、怯えて何もできないようだった。
隅田刑事がその部屋に駆け付けた時は。被害者は虫の息のようだった。
――なるほど、これなら慌てて警察に連絡するのも分かる気がする――
というのは、明らかにおかしいと感じたのは、被害者が吐血したようで、あたりに血が飛び散っていて、傍から見ても、その時がどれほど恐怖の光景だったのかということが分かったかのようだった。
隅田刑事はさすがに、絶句して、すぐに声を掛けられる様子ではなかった。被害者は、意識が混とんとしているようで、それでもたまに急に引き付けのようなものを起こして、少し痙攣を繰り返しているようなので、虫の息ではあるが、まだ生きてはいるようだった。
しかし、刑事といえども、新米の隅田刑事には何もできない。とりあえず救急車が来るまで待つしかないのだが、駆けつけてきた巡査に、
「お疲れ様です。K警察刑事課の隅田です。
と言って名乗り、相手の警官も、
「ご苦労さまです。私は最寄りの交番の長谷川巡査です。よろしくお願いします」
と言って、敬礼をした。
年齢的には隅田刑事よりも少し年上ではないだろうか。それを見ると、
――どうして警官なんかやってるんだろう。俺みたいに刑事課への転属を願い出れば、これたかも知れないのに――
と勝手に想像していた。
しかし、巡査の中には、交番勤務の方が市民と触れ合うことができて、それだけで嬉しいという思いに浸っている人がいて、そのままずっと交番勤務をしている人もいるという話を訊いたが、隅田刑事にはその理屈が分からなかった。
「何のために、警察に入ったんだ?」
と考えたが、確かに警察というところは縦割り社会で、そもそもが公務員なので、会社のように役職以外でも、階級というものに縛られる。
会社のように、何もなくとも、年功序列で出世できるわけではなく、ノンキャリアと呼ばれる自分たちのような、その他大勢は、出世したとしても、警視長以上はないのである。
と言っても、そこまで行けるのは、相当稀な例であり、普通の警察官がいけるとして、少々頑張っても、警部どまりというところであろうか。
テレビドラマなどで、下済みを重ねた叩き上げと呼ばれる警部が、事件を解決していくのを爽快な気持ちで見ていたのを思い出すと、
「警部も悪くないな」
と思うが、やはりそこで終わりというのは、少し寂しい気がした。
しかも、警察組織は昇進するのに、必ず試験がいる。(キャリア組はいらないようだが)
試験に合格しなければ、いくら手柄を立てたとしても、上級警察官にはなれないのだ。それは悪いことではないと思うのだが、刑事畑に来れば、その宿命から逃れられないのは当然であり、そう考えていると、警察に入るのは、この宿命を甘んじて受け入れるという覚悟で皆入ってきていると思っていた。
「警察というところは、野心がなければ、務まらないところなんだ」
と考えていたが、それにしては、理不尽なことと、形式的なことのギャップが大きいようだ。
――やはりテレビドラマの影響なのか?
と考えてしまうほどなので、警官をしている連中が出世を望まない風潮というのも分からなくもない気がしていた。
しかも警察組織というのは、警視正から上が国家公務員で、そこから下が地方公務員ということになる。
ということは、警部まで行ったとしても、しょせんは地方公務員、やはりキャリアとノンキャリアでは相当な違いがあるということであろう。
それでも、今刑事課にいる人たちは、何とか一つでも上に行こうと頑張っていることであろう。
「上が分かっていても、努力する気持ちに変わりはない。少なくとも目指す上があるのだから」
と言っている人もいた。
ただ、中には昇進への意欲をほとんど持っていない警察官もいる。やはりそこは、テレビドラマでの警部という立場が相当格好良くイメージに残っているからだろう。
普通に見るとダサいと思われるような警部であっても、演じる俳優。役柄によってはかなりの格好良さが演出される。やはり第一線での一番の主役は警部や警部補なのであろう。
刑事ということであれば、どうしても、捜査をするにしても、上の意向には逆らえない。特に捜査本部の決定であれば、警部であっても、逆らうことはできないだろう。
隅田刑事が現場に到着して少ししてから救急車がやってきた。被害者を救急車に運び込んで、急いで病院に向かったが、隅田刑事の目から見ても、
――これは危ない――
と、ハッキリと分かっていた。
それは刑事の勘でもあるが、その時の状態を見る限り、現場で何が起こったのか、正直分からないところが気になった。
まずは、他の二人から話を訊かなければいけないのだろうが、救急車には、一人が乗り込んでいったために、残ったのは一人だった。
「君はここに残っていてくれないか? 警察も呼んでいるわけだし、事情も聴かれると思うんだ。事情聴取になれば、俺より君の方がいいだろう。病院に行って彼の話をするのは俺の方がいいかも知れないとも思うしね」
と、救急車に乗り込む人間と、残って警察に説明する人間の手筈はできていたのだ。
救急車が出て行こうとした時、ちょうど、柏木刑事が到着していた。警察側も二手に別れることにしたが、病院について行くのは隅田刑事で、柏木は、残った人に事情を訊く役になった。
「じゃあ、後で報告の時に」
と言って、隅田刑事は救急車を追いかけて。病院に向かった。
残った男性と、柏木刑事は、少し気まずい雰囲気になった。柏木刑事は今到着したばかりで、まったく事情を知らないわけだし、残された男の方も、このような惨状の後で、一人にならずに済んだことはよかったのだろうが、一緒に残ったのが刑事だということで、対応に苦慮しそうに思い、かなりの緊張があるようだった。
「すみません、私はK警察の柏木というものですが、少しお話を伺えますか?」
と言って、形式的な警察手帳の提示を行い、メモの用意を取った。
「警察に通報されたのは、あなたですか?」
と聞くと、
「ええ、私です」
「ちなみに今日ここにおられたのは、今運ばれた方とあなたと、付き添って行かれた方の三人ですかね?」
と訊かれて、
「ええ、そうです」
と男が答えると、
「ちなみにこのお部屋は誰のお部屋だったんですか?」
と言われた男は、
「今救急車で運ばれた男性の部屋です。今日は久しぶりに三人が揃ったので、食事をしながら酒でも飲もうという話になったんです」
と言って、十畳くらいの広さがあるだろうか、部屋お中央のテーブルの上に、出前でも取ったのか、ピザや弁当などのおつまみになりそうなものが置かれていて、缶ビールの飲んだ後の缶が、そこらへんに転がっていた。
片づける様子がなかったのを見て、
「現場保存ということで、散らかったままにされているんですか?」
と柏木が聞くと、
「ええ、そうですね。それに、彼の吐血の痕が、どうにも気持ち悪くて」
というのを聞いて、
「それは分かります」
と、さらに惨状を見て、こみあげてきた吐き気を我慢しているようだった。
「ところfr、それぞれの身元を教えていただけますか?」
と言われた彼は、
「ええ、僕たちは、大学時代からの友人で、今救急車で運ばれたこの部屋の住人が、松本裕也と言います。そして、一緒に彼に付き添っていったのは、梅崎達夫といい、そして私が小山田哲彦といいます。年齢は皆三十二歳になります、大学は地元のF学園大学の理学部出身です」
ということだった。
「じゃあ、三人は、大学時代に知り合ってからなので、もう十年以上のお付き合いになるんですね?」
と柏木に聞かれて、
「ええ、そうです。腐れ縁というやつでしょうか?」
と言って、小山田は苦笑していた。
「ところで、今日は何の集まりだったんですか?」
と言われて、
「今日は梅崎君の誕生日のパーティを細々とやっていたんですよ」
と小山田がいうと、
「いつも、松本さんの部屋に集まるんですか?」
と柏木は聞いた。
「ええ、そうですね。ここが集まるには位置的にも、部屋の規模からいってもちょうどいいんですよ。防音関係も一番充実しているので、それほど気にすることもないからですね」
と小山田がいうのを聞いて、柏木は再度、テーブルの上を見た。
気になったのは料理で、気になったというよりも、違和感があるというべきなのか、その理由を探ろうと、テーブルの上を凝視した。
前述のように、一見して分かるのが、デリバリーのピザ、そして、同じくデリバリーのお弁当やおつまみ関係、そこに手作りを思わせるつまみとして、チャーハンが用意されていた。
それぞれが少しずつ中途半端に残っている。一番残っているのは手作りのチャーハンだった。
そして気になったのは、そのチャーハンの食べ方が汚かったからだ。皿からこぼれて、テーブルの上に散乱している。汚く感じたのは、このチャーハンの散乱だったのだ。
「このチャーハンは、誰が作ったんですか?」
と言われて、
「作ったのは、梅崎でした。彼は調理をするのが大好きで、いつも、デリバリーを取りながら、梅崎の料理も一緒に食べていたんです」
と小山田は言った。
「ひょっとしてですが、このテーブルの様子から見ると、松本さんが苦しみ出したのは、このチャーハンを食べた後のことですか?」
と柏木が聞くと、
「ええ、そうです。基本的には、皆の共通の大好物はピザなので、しかも、ビールと一番合うのがピザだという共通の認識があったので、一番最初に皆がピザを食べていました。その次には、梅崎の作るチャーハンなんですが、これを好きなのが、運ばれて行った松本だったんです。ピザばかり食べていると、確かにおいしいんですが、彼は大食漢のくせに、同じ料理を続けて食べることが苦手なようなんです。すぐに飽きるとか言ってね。だから、この日もすぐにチャーハンに乗り換えました」
と小山田がいうと、
「じゃあ、このチャーハンを食べたのは、松本さんだけということですか?」
と言われた小山田は、
「いいえ、私も少しだけ食べました」
とそこまでいうと、柏木はスマホを取り出して、目の前のテーブルの上を撮影した。
「何か、松本さんに、アレルギーのようなものがあるということはないですか?」
と念のために聞いてみた、
だが、それがすぐに愚問であることが分かったので、返事は決まっていた。
「いいえ、知っている限りでは知りません。自分たちは結構長い付き合いなので、アレルギーや好き嫌いの話は最初にしています。その中で松本には、決まった好き嫌いや、ましてやアレルギーはなかったと思います。ただ、彼はさっきも言ったように大食漢なんだけど、すぐに飽食になるので、いろいろなものを少しずつ食べていくのが癖でした」
という小山田の話に、
「うんうん」
と黙って頷く柏木だった。
「じゃあ、松本さんが苦しみだした時のことを教えてください」
と、柏木が続けると、
「ええ、まず最初にこの部屋にやってきたのは、梅崎だったんです。梅崎は私たちのグループの中で、何かをしようとすると、最初にそれを発案するのが彼だったんです。だから、自分たちの中で勝手に彼を、言い方は悪いけど、首謀者という認識でいるんですよ。それだけ行動的なのだと思います。だから、今日も最初に来て、待っていたようです。そして、その後で私が来たのですが、その時には、デリバリーのピザも、ほか弁も来ていたようだったので、梅崎がチャーハンを作っていて、松本はゲームを探していました」
と小山田がいうと、
「ゲームですか?」
と、柏木が聞いた。
「ええ、そうです。そんなに珍しいことではないと思うのですが、いつも三人で集まった時は、まずゲームから始めるんです。というか、ずっとゲームをしているという感じでしょうか?」
「なるほど、ゲームをしたいという意識があるから、食事はゲームをしながらでもできるような、デリバリーが中心だと思っていいのかな?」
という柏木に、
「そういうことです。これは私たちだけではないと思いますよ。それに、松本の部屋にはゲームのソフトもたくさんあって、いつも夜を徹して遊んだりするので、最後は疲れて寝落ちするのが、恒例になっているんですよ。そのために、片づけが適当になってしまってですね。だから、集まりがある時は、皆が集まる前に、一度ゲームを揃えておく必要があるということです」
という小山田に対して、
「松本さんは几帳面なんですか?」
と、柏木は聞いてみた。
「そうですね、松本は私たちの中でも、几帳面な方ですからね。ただこれは私たちの中ではという但し書きがあつきますが」
と言って、小山田は苦笑いをしていた。
「皆さんの中で一番几帳面なのは、松本さんだとして、次には誰なんですか?」
と聞かれた瞬間、少し考えた小山田だったが、
「それは私になるかも知れませんね。と言っても、私も結構ずぼらなので、几帳面というわけでは結構ないのでお恥ずかしいですが、でも、梅崎が一番ちゃらんぽらんだというのは少し違うかも知れないですね」
と言った、
「それはどういうことで?」
と柏木が聞いたが、
「梅崎はさっきも言ったように、我々の中では一番先に何かを提案する首謀者のような感じなので、見た目はどっしりしているような感じなんです。だから、我々の中で一番口数が少ないのも梅崎だし、いつも何かをしようと言い出しがするんだけど、それ以外はあまり表に出てくることはない。首謀者としての責任を負いたくないという感覚が身に染みているのかも知れませんね」
と小山田は言った。
――小山田という男は、どうも、梅崎に関しては、あまりいいイメージを持っていないのかも知れないな。どうも言葉の節々に辛辣さが感じられる――
と柏木は感じたのだ。
「松本さんはどうですか?」
と訊かれて、
「松本君は、そうですね、ある意味従順というか、純粋というか、私たちの中では、これも言い方は悪いかも知れませんが、都合のいい感じのタイプと言えばいいのかな? この部屋の提供もそうだし、梅崎が最初に何かをしようと言い出した時、それに合わせて最初に行動させられるのは松本君でした。でも、彼はそれを嫌がっている素振りがあまり見えないので、梅崎もそれを知ってか知らずか、よく都合よく利用するんです。大学の頃なんか、女の子をナンパしに行こうということになった時、最初に言い出すのは梅崎で、それを最初に実践するのが松本君でした。松本君に最初に行かせて、その次に行くのが私だったんです。それを見ていてうまくいきそうになったら、最後に梅崎がやってくるという感じでしょうか?」
という小山田の話を訊いて、
―この三人の力関係がいまいち分からない。小山田は、梅崎のことを呼び捨てにしているが、松本のことを君付けしている。それだけ梅崎が嫌いだということなのだろうか? それにしても、松本という人物にどう感じているのか分からない。話を訊いている限りでは、気の毒に思いながらも、軽蔑しているようにも感じる。そもそも、三人の力関係を小山田自身がどう考えているのか、今の話では分かるように話しているつもりでいるように見えるが、結局のところ分からない。そこまでうまく誘導しているのだろうか?
と、柏木は考えてしまった。
そういう会話をしているところで、柏木刑事に連絡が入った。電話をしてきたのは、病院に付き添って行った隅田刑事からで、内容は、松本の容態についてだった。
「松下さんの命には別条はないということです、どうやら、毒物を盛られたのは間違いないようで、致死量五達していなかったのがよかったと医者も言っていました。どうやら青酸系の毒物のようなんですが、鑑識の結果でしか分からないと思います。それだけ松下さんの体内には残っていなかったということだからですね。それで松下さんは、しばらく入院になるそうです。二、三日は面会もできないということで、事情聴取はそれからになるかと思います。とりあえず、鑑識に来てもらった方がいいかと思います。私はもう少しこちらで様子を見てみます」
と言って、連絡してきた。
「梅崎さんはどうされるんですか?」
と柏木刑事が訊くと、
「梅崎さんも、もう少しここにいるとのことです。私の今の報告もとりあえずの報告なので、また事情が分かったら、ご連絡します」
ということであった、
「よし分かった。桜井刑事には私の方から連絡を入れておくし、鑑識にも手配は済んでいるので、君も今日は適当な時間で引き揚げてくれても結構だよ」
と言って、隅田刑事をねぎらった。
考えてみれば、隅田刑事は出張から帰ってきたばかりだったので、疲れてもいるだろう。もしこれが殺人事件ということになると話は変わってくるかも知れないが、とりあえず、状況は落ち着いているので、ここはひとまず、柏木が自分でこの場を取り仕切ればいいだけだと思うのだった。
ただ、毒を服用しているということなので、尋常ではない。自殺なのか、殺人未遂なのか、それとも何かの事故なのか、そのあたりが難しいところだろうと、柏木刑事は感じていた。
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