ビニール傘~side彼~

夏の終わりにやってきた大型の台風が明け方にこのあたりを直撃するニュースが流れる


勤務先のカラオケ店も本社から臨時休業の指示が出た


残ってたスタッフ3人とバタバタと店を締め急いで駅まで向かうが時すでに遅し、僕の使うモノレールは運休を決めていた


「はぁ」


とため息をつくと


「帰れない?」


と心配そうにこちらを覗く見慣れた姿があった

JRでも帰れない事はなかったのに何故だがとっさに


「帰れないみたいです」


と呟いた自分がいた

僕よりはるかに背が低くい彼女はその呟きに心配そうな顔して視線を落とした


「まぁでも何とかなりますから」


と続けて返す


「でも…」


台風が近づき強くなる雨足を心配したのか何か考えている


「私の家隣駅だから良かったら来る?明日まで雨宿りしていいよ」


僕は知っていた。彼女が隣の駅に住んでることも、こんな時に他人を放っておけない性格であることも


長い列をつくるタクシー乗り場を見つめながら何か考えるふりをして彼女からそう声をかけられるのを待っていた


「でも悪いし」


心にもないことを口にしながら彼女をみおろすと


「大丈夫だよ、気ままな一人暮らしだし明日は土曜で本業も休みだから」


それも知ってる。


「うーんじゃぁお言葉に甘えて」


自分でも吹き出したくなるような小芝居をうって

電車に揺られ一つ先の駅を降りると随分風も強くなっていた


急遽お邪魔する手前何か買っていこうと提案しコンビニによる


2人とも折りたたみ傘しかないことに気づきこの風では心もとないし壊れても惜しくないようビニール傘を買うことを提案した


選んだお菓子や飲み物を抱え傘売り場にたどり着く1本買うか…2本買うか…僕は少し賭けのつもりで1本だけ傘を手に取り


「ここのお代は払います」


とレジに向かう

彼女は何も言わずにいつもの歳上のお姉さんの顔でついてきた


ロータリーで傘を開き彼女の頭の上に差し出すと

ごく自然に距離を縮めて2人で歩き出す


ビニール傘越しにビルの明かりがキラキラと反射して僕の肩の下を歩く彼女を照らした


それを見た僕の胸にあの日の彼女が浮かんで思わず


「ねぇ…」


と声をかけたが雨音にかき消されてそれ以上が続かなかった


あの日の彼女がずっと僕の頭の片隅から離れない事に改めて気づいた


彼女との時間を作りたかったのもそのためだった


その全てを何となく悟られては行けない気がして僕はなるべく無表情で、何を考えてるのか分からない、何も考えていないような若者を演じた


10分ほど歩くと彼女の住むアパートに着いた


たわいもない会話を続けながら彼女の歳と同じくらいだというアパートの一室の扉を開く


木のカーテンをじゃらんとくぐると確かに古い部屋なのにそれを全く感じさせない空間が広がっていてそのらしさに僕は思わず頬が緩んでいた


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雨の海を泳ぐ僕ら 朝霧ゆめ @lovestoryfactory

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