狼と吸血鬼

ボウガ

第1話

0.亜人の二人。

 今よりずいぶん時代の進んだ未来の話、荒廃した世界―ある廃工場、亜人化手術を受けた人狼の少女と、同じく手術をうけたヴァンパイアの少年が出会う。少女がいう。

「久しぶりだね」

 少年が答える。

「ああ、本当に」


 少年は少女から逃げ続けてきた。少女は、少年を追い続けてきた。


 二人には幼少期にここで過ごした思い出があった。地元の工場で出会い、二人は意気投合し、温かい幼少期をすごした。その暮らしの中で、狼の少女は、ヴァンパイアの少年をよく襲ってからかった。ヴァンパイアの少年は、彼女の野生の力にかなわなくて、常にコウモリになってにげまわっていた。少女の口癖は、

「私たちはみなしごで、貧乏人、スラム育ち、強くなければ生き残れないわ」

 そんな二人だが、少女は少年を温かくみまもっていた。少年は無視も殺せず、人の血を飲む事もきらったためほっておくと死んでしまう。だから少女はときたま狼人間になり、痛みにたえながら少年に血を与えた。


 そのほかの日常生活でも、少年は少女に気押され気味だったが、それでも一度だけ少年は少女に自分の言葉をはっきりといったことがあった。

「僕は、君がすきだ」

少女は、答えた。ニヒルな目で、興味がなさそうに髪をかきあげながら。

「ふぅん、で?あなたとそういう関係になっていい事あるの?あなたとじゃ、まともに生きていける気がしない、あなた弱いもの、私を守れないわ」

 少年は、少女のもとをさったあとに、少女がこっそりにやっとわらい頬を染めていたことをしらずにいる。


 少女はこの数日前に少女の協力者から重要な情報をきいていた。少年が少女と少年にとって大事な人間に実は手をかけたという情報を、だからこそ少女は、少年に会う必要があった。少年か少女のどちらかが死ぬ必要があったのだ。どうすれば彼を救えるのか、どうすれば彼に〝理由〟を与えられるのか、ずっと考えていたのだ。


1.邂逅

 少年と少女がその場所であう12年前のこと。それまで普通の暮らしをしていた地球人類。しかし、突如飛来したUFOと宇宙人は、その国の都市の中央につきささった。もちろん地球は軍隊をだす、そして幾人もの宇宙人が犠牲になるが、宇宙人は抵抗をせず、手を挙げて、交渉をもちかける。宇宙人は粘り強く交渉をつづけ、やがていくつもの贈り物をした。そして、人間と友好関係を築く。裏の交渉もあったというが、表向きにはいつまでも超えられなかった科学の難問をいくつもおしえ、科学と暮らしに利益をもたらした。


2.亜人工場。

 宇宙人がつくった工場で、人を“更なる高次の存在”へ高め、異世界へといざなうための工場だという。そこでいくつもの“亜人”がつくられた。“亜人”とは、人並みはずれた才能をもち、これからくる“地球の災難”“環境の悪化”に適応するための存在だという。冒頭の少年少女もここで生まれた。


3.失敗作。

 亜人工場には失敗作が大量に生まれた。だから反対する人間も多かったしスキャンダルも取り上げられた。それだけではない。アンドロイド工場でも奇妙な事が起きていた。各国で政府に対してアンドロイドが攻撃を仕掛け、一夜にして国を転覆させる現象が多発。さすがに先進国には手を付けなかった。発展途上国を助けろといったり、異論をいうものも、宇宙人を排除すべきというものもいたが、ほとんどは相手にされなかった。その頃人間のほとんどは脳の半分を機械化されていて“害のないドラッグ”を流し込んでいた、その“ドラッグ”は確かに人間の知能を劇的に向上させた、変わりに人々は怠惰になり、高慢になった。宇宙人の知恵や知識は人間を陶酔させた。


4.カリスマ。

 そこで異を唱える存在が生まれた。“エフ”という男で、顔の半分を機械化し、手足を機械化したサイボーグだった。彼は自分の能力は優れたものだといったが、その手にした“強大な力”ゆえ人間性を失ったといい、“力を自制”することを宣言。それが小さなコミュニティで流行し始めると、次第にぽつぽつと、カリスマとして持ち上げられることに、彼は次第に“抵抗”を大胆にし始め、その結果主に機械的改造をした人間や亜人に彼を模倣する人々が現れた。彼の理念は深く支持された。というのも宇宙人のもたらした力はそれまでの世界より一層強い、また別ベクトルの“弱肉強食”を生み出していたから。それでも反抗しない人々がいたのは、その快楽に酔っていたからだ。彼はやがて“エフの一団”を自称し、宇宙人と権力者の不正を暴く抵抗活動を始めた。


5.革命

 冒頭の少年と少女は、ある理由でそのカリスマを訪ねた。彼らはカリスマにすべてを話した。

“私たちは、宇宙人に命じられて、反抗的な有力者を殺す命令をされていた、でもあなたを殺せと命じられて、今、それにとても抵抗がある、私たちは人を簡単に殺せるけど、それは、反対に人からも狙われるおそれがあるかも”

 エフは、大胆にもその少年少女を仲間に加え、腹心にした。彼らがエフを信用した理由はエフも腹を割って、少年少女の自白に対して、自分の真実を話したからだ。その時エフは好意ったのだ。

“君たちは救世主だ、君たちが現れなければ、反乱をやめるつもりだった”


 できうる限りの“自制”をしつつも、二人が加わり完全に“レジスタンス”となった彼らは、世の人々の協力と信頼もあり、やがて、国の中枢にいた宇宙人の首相を暗殺し、英雄となった。だがその戦いで彼らはカリスマ“エフ”を失った。

 

6.逃亡と追跡。

 その後の彼らは英雄として賛美された。だがそれだけではなかった。宇宙人をとらえ、奴隷としろという世論がうまれ、人々はその通りに、すると今度は、権力の欲をもったものが争いをうみ、殺し合いさえ始めた。それに嫌気をさしたレジスタンスは解散し、仲間たちは散り散りになった。そしてヴァンパイア少年と狼少女は離れ離れに、それもそのはずだ。権力への欲をすて、卑しい気持ちから離れよう、エフの志を忘れないようにしようと諭したのは、ヴァンパイア少年だったからだ。仕方なく狼少女はそれに従った。彼の事を愛する気持ちを抑えて、彼が言う通りに、“新しい権力者”達から身を隠して、散り散りに隠れた。



7.対峙。

 亜人の少年少女の二人はそれぞれに命を狙われる荒々しい日々をすごしていたが、二人に“エフ”を名乗るものから連絡がくる、それはたしかにどうやら本物らしいいことがわかった。仲間に調べさせ、それは“エフ”がのこしたAIプログラムで、自分の死後何かあった場合、二人を引き合わせる算段を立てるようにプログラムさせていた。


 沈黙とともに、二人は件の工場で出会った、二人の生まれたち、二人が改造され、出会った“亜人改造工場”で。少年も少女もレジスタンスの仲間に車で案内された。連絡こそとってはいたが、そのメンバーたちとの現実での再会さえも、懐かしいものだった。


 亜人手術を受けた狼の少女と、同じく手術をうけたヴァンパイアの少年。同時に反対の入り口から入り、シンとした廃墟でであう。少女がまず口をあけていう。

「久しぶりだね」

 少年が答える。

「ああ、本当に」

 少年は黙り込みうつむく。少女は、しばらく押し黙っていたが、少年の事を見ると少年が顔を上げ自分をみるまでじっとまち、目が合うとやさしく、困った顏で笑う。少年は少女に応えた。言葉にしなくても、少女の疑問がわかっていたからだ。

「本当に、今まであえなく手ごめん、革命の後日、仲間の……博士にきいたんだ、君に触れれば、君は死ぬ、僕らが革命を起こし、僕らの国の“敵”宇宙人を抹殺した時、彼らは最後のあがきで、僕らに呪いをかけた、その呪いがこれだった、君と僕がふれあえば、君は死に、僕は暴走する、君も気づいているだろう、君の首の後ろにあるインプラントがそれさ、彼らは僕らの抵抗に際して準備をしていた、確かに僕らは最後の戦いで勝ったが、それぞれこれを、埋め込まれていたんだ」

 少女がそれに触る。

「ええ、あなたも」

 少年もそれにさわる。

「君も、きづいていたのか、それだから、僕らは会えなかった」

「ええ、そうね」

 少女は、口元に笑みを浮かべた。そのまま少女は少年に近づく、少年は後ずさりする。

「私は、あなたに会えなくて気が狂った、宇宙人を幾人も殺した」

「知ってる」

「だって、あなたのいない世界に意味なんてないから」

「知って……」

 また一歩少女が近寄り、少年が後ずさりする、少年のすぐ後ろ、足元に花が咲いていた。

「私はずっと求めていたよ、あなたに再び出会うこの時を、私たちを英雄視する人々の声や感性も、広告も、世の革命もどうでもよかった、私は、あなたに……触れたかった、あなたが私を避けるのと同じくらいに」

「避けてなんていない」

「いえ、避けてきた、わかっているでしょう、私は自分の死なんておそれていない、あなたに触れられればそれでいい、それでもあなたは、自分を恥じているように、私から逃げ回った、私の連絡から、なんでなの?」

「それは……」

「あなたは、自分の判断に自信がないのね!?」

 しばらく黙りこくっている少年、少女は、拳銃をとりだし、自分の首にあてた。少年が叫ぶ。

「やめろ!!」

「……どうして?」

「話す、話すから……」

 少年が降参したのはわけがあった。彼女からエフを通して連絡がきたとき、あるデータが保存されていたから、それは少女が首もとにうめこまれた“ある端末”を映して、こんな言葉を放ったからだ。

「これを打ち抜くわよ」


 少年は思い出す、いつもきがつよかった少女、力も強かった少女、はじめてそれに抵抗しようとおもったのが、エフへ憧れたその時だったからだ。そして持ち掛けた。

「人を殺すのをやめないか?命じられたままに生きるのをやめないか?」

 少年は、そのことをくちにした、涙をながして、背中をそむけた。少年がしばらくして、振り向いた瞬間、少女は、そのほほに指をのばした。少年はふりはらいあとずさりする。


「遅いよ」

 その瞬間、背中をとられ、背中にキスをされ、少年は少女に抱きしめられた。少年は彼女に触れられたぬくもりの中に、もはや逃げられないとさとって、少女の腕をだきしめた。少年の後ろの花は二人に踏みにじられていた。

 少女はいった。そして一言二言会話をかわした。しかし、少年はその時、気が動転してその時の会話を一瞬で忘れてしまった。鮮明に記憶に残るのは、少年が少女の気配が薄れるのを気配で感じ、振り返ったとき

「ありがとう」

 と少女が空に浮かんで、透明になっていったこと、そして大粒の涙を流し、消えていった。


 次の瞬間。少年の体は巨大化する。ひとあばれしふたあばれし、街を足蹴にする。人も街も粉々に、そこで、少年と同じレジスタンスのメンバーが少年の目の前にあらわれ、少女の持ち物から、あるものを取り出す。それは見覚えのあるスーツと、見覚えのあるガスマスク。


 そして、少年はとある記憶を思い出す。これまでの記憶、ガスマスク顔を隠し、スーツを着た人間においかけられてきたこと、そして、何度も戦ってきたこと、でも、敵は、自分を殺すことはしなかった。少年が負けて殺されそうになると、すんでのところで、攻撃をやめるのだ。まるであの時―少女と少年がじゃれていた時のように。

 (もしかしてあれは、正体を隠した彼女だったのか、僕と接触できるのに、僕の同意をずっとまっていたのか?)

 正体の知らない敵の、正体を少年は知った。そして、少女が消えるまえに話した言葉―少女との最後の会話を思い出す。その時少年はすでにそのガスマスクの相手の正体にきづいていた。そのぬくもり、力の強さ、匂い。すべてが、ずっと自分の直ぐ傍にあったとしった。

「強くなったね」

 抱きしめられながら、少年は抵抗した。

「ちょっとまって、君は、どうして僕とそんなに……」

「そうだよ、私はずっとあなたの傍にいた、あなたが、すさんだ私の心を受け入れてくれるまで……私はずっと後悔していた、あなたが指摘するまで多くの人を、君のためだとおもってこの手にかけてきたこと、それでも君は、宇宙人たちを倒し、世界を破壊した後も変わらなかった、君が迷っていたのは、自分の死でもない、私の死でもない、自分が世界を破壊すること、自分が人を殺すこと、あの日あなたは、私にそれを気付かせてくれた、そんなあなただから、私はすきになったの、一瞬でいい、抱きしめられたあなたの中で、ずっとあなたとい続けようときめたの、あなたの方が私の数倍強く優しく美しく、正しかった」

 巨大化したヴァンパイアの少年はそこで攻撃をやめた。するすると体は縮こまる、すべてを悟った少年は、ガスマスクとスーツに手を伸ばし、小さくなり縮こまり、いつまでもいつまでも泣いていた。


 ガスマスクを持っていた仲間がかけつけ、いった。

「彼女は、真相をしってもきっとお前を信じていたよ」

 実は、エフを殺したのは少年だった。革命が成し遂げられたあと、エフはエイリアンの首相がもっていた特別なヘッドマウントディスプレイをその手にとった。

「これは……人の心を操る装置だ……」

 そしていったのだ。

「これが、これだけが欲しかった」

 その時、知らず知らずに拳銃をとりだし、少年はエフを撃ち殺したのだ。


 そして少年と少女に埋め込まれた“呪いの端末”の仕組みを少年も少女もしっていた。たとえ、どちらかが生き延びても“触れ合わない”場合には、どちらかが生き延びても、死ぬときに、両方が、自爆するということ。その時の地球の科学では取り除く方法もなかったのだった。少年は少女に追い詰められたとき、コウモリになって逃げることもできた。少女との暮らしと戦いの中で、その技術を身に着けていた。そして少年の手もとには、“あのヘッドマウントディスプレイ”、すべては望むがままにできた。だがそうしなかった。ひとつは、変身しようとするともう一つ距離をとる必要があり、花を潰しただろうし、そもそも少年こそ、あの時には、少女と抱き合う事を望んでいたから。

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狼と吸血鬼 ボウガ @yumieimaru

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