第六十話「藤宮葵3」

「う、ぁ。いたいい、うて、おれ、うて」

 特攻服を羽織っているボスが部下を引き連れて立ち塞がる。モンスターによって埋め尽くされている廊下。正面玄関まで続くそこを突破する以外に脱出する手立てはない。ボスが上半身だけになった海上自衛官の髪を鷲掴みにして掲げている。殺してくれと懇願する隊員を撃つべきだが、撃つことができなかった。


 ボスの口から人工生命体が這い出て、隊員の体内に入った。

 ほんの数秒でモンスターに変貌した隊員。人工生命体も進化するらしい。人間と違って桁違いのスピードで進化した人工生命体が隊員の口から出て、元の体に戻った。


 あっという間にボスの部下になった隊員が走る。巡査がMP5を構えた。9ミリ弾が隊員の眉間を貫いた。

 ボスが自分の左頬をぺちぺちと叩いて、かかってこいやと挑発する。


 巡査は何度か一対一を好むボスと出会ったことがある。たぶん左頬を殴ることができたらおまえの勝ち? だよな。そう認識した巡査は銃をしまって拳を構えた。

 力なく倒れた隊員の屍を踏み越えて巡査がボスに急接近。左フックを放つ。ひらりと避けたボスがボディブローでお返しをする。間一髪食らうことはなかったが、防弾チョッキが裂けた。少し掠った程度でこの威力だ。

 もしも直撃していれば、巨大ザメに横っ腹を噛みちぎられた人みたいな状態になってたか? と考えた巡査から血の気が引く。


 ボスの部下たちは一対一を邪魔するつもりはないようだが、黙って観戦するつもりもないみたいだ。俺たちも混ぜろ! とクリームを塗っていない私とクリスに喧嘩を挑む。抗争の始まりだ。釘バットや鉄パイプで襲い来るモンスターたちを撃って、斬って、爆破して次々に屠っていく私とクリス。クリスが唐突に口を開いた。


「どうしてクリームを塗らなかったんだ?」

「奴らもバカじゃない。さすがに殺されそうになればご主人さまでも敵認定する」

 鈍い音が響く。私は音のする方に視線を向けた。左頬を殴られたボスと装甲を殴ったせいで骨にひびが入った手をぶんぶんする巡査が映った。

「反則!! 反則だぁあああ」

 ボスが右頬が残ってるぜと言いたげに自分の右頬をぺちぺちする。満身創痍の巡査。思わず叫んでしまった巡査を絶望が支配する。

「腕。貸して」

 私は膝を曲げて、金属バットの横振りを回避する。前へ小さく飛び、一回転して転がっていた腕を掴み上げ、投げた。腕の甲がボスの右頬に激突する。

「選手交代。お互い様だろ」

 両頬を殴られたボスは卑怯者めーそう心で私を罵りつつも、負けは負けだししゃーないか。部下に道を空けるように命じた。

「いちいちムカつくな。こいつ」

 巡査の眉がひくひく動いている。ボスの口から這い出た人工生命体が床に寝転がる。踏み潰すなり撃つなり好きにしていいよ。まぁできないだろうけど。そう言いたげに挑発している。

「えい」

 七瀬研究員が人工生命体を踏み潰した。モンスターがキョロキョロとお互いを見る。ご主人さまが仲間殺したけど、どうする? と相談しているようだ。

「道を空けろって命令が無効になるって知ってる、よね?」

「知ってる」

「……ダッシュ! ダッシュダッシュ!!」

 クリスの叫びにも似た大声に体を突き動かされた面々が全力疾走する。

「サイコパスじゃねぇか!」

「いやーそれほどでも」

「褒めてねぇよ! 常軌を逸した行動はやめてください。命がいくつあっても足りません」

 正面玄関から飛び出した私たちに向かってSP(巡査部長)が叫ぶ。

「相良! 伏せて」

 巡査部長がブラックホークに飛び乗ってM134通称ミニガンのスイッチ(トリガー)を引いた。毎分四千発の弾丸を発射するモンスターがモンスターの体を穴だらけにする。巡査部長はモンスターの集団をたった一人で抑え込んでいる快感に打ち震えている。

「ひゅー火力信者になりそうだぜ」

「来る。集中しろ」

 巡査部長を羨ましそうに見ていた海上自衛官を仲間が咎める。

 B班が崩れた。塞き止めていた群れが一気に溢れ、ブラックホークを襲う。指向性散弾、陸上自衛隊が使う地雷だ。起爆すると数百の金属球を前方に放出する。危ない地雷が複数個整頓して収められているリュックを前側に背負って、三名の海上自衛官が突撃する。残りの一名はブラックホークに走った。

 群れに飛び込んだ隊員のリュックが爆発する。隊員を粉々にした指向性散弾がモンスターの体を千切り取り群れの動きを鈍らせる。


 巡査部長の後ろ側、左側のドアに設置されているミニガンに飛びついた隊員がスイッチを引く。弾丸がB班ともどもモンスターの体を分解する。

 体の上を無数の弾丸が風を切って飛んでいくという異常すぎる状況で、匍匐前進をする一行がブラックホークの右側のドアから搭乗する。体中に穴が空きスカスカになった。盾として使えない仲間を押しのけて進み、今度は自分が押しのけられる番になってを繰り返してモンスターがミニガンの目前までやってきた。ミニガンを引っ剥がしたモンスターが力尽きた。


 巡査部長がホルスターから拳銃を素早く抜いて発砲する。邪魔だてする巡査部長に掴みかかろうとするモンスターの眉間に風穴が開く。ブラックホークが、強制搭乗するべく足掻くモンスターの魔の手から逃れようと奮闘する。


 上昇するブラックホーク。

 モンスターがジャンプしてブラックホークのタイヤを掴む。そして暴れる。ブラックホークがゆっくり回転を始めた。モンスターを野放しにすれば操縦不能になる。私は支えになる物を掴んで、右手にある9ミリ拳銃の引き金を引き絞った。


 モンスターが落下する。

「止ま、れ!」

 パイロットが操縦桿を小刻みに動かしてヘリの姿勢を取り戻そうと躍起になっている。墜落すれば全滅だ。すべてが無意味になる。パイロットの操縦技術に未来が委ねられた。危機を脱したブラックホークが研究所を離れて、いずもの飛行甲板に着艦する。七瀬研究員とクリームを出迎えた総理が薄く笑みを浮かべた。





 韓国。日本大使館。テレビ中継。

「ただいまより小山総理大臣による記者会見を行います」

 日本が開発したMasterCream(マスタークリーム)。開発者の七瀬研究員が実戦で効力を証明したクリームに関する重要な発表を総理がするということもあり会見場は熱狂に包まれている。テレビ越しにも伝わってくるほど会場のボルテージは高い。

 日本大使館の周りの路上は大衆と取材許可証を入手できなかったマスコミ関係者で溢れかえっている。警備に奔走する警察に交じって、各国の諜報機関に所属する人らしき人物の姿がある。

「まず、この場をお借りして寄生爆発の被害にあわれた方々にお見舞い申し上げます。そして我が国の移民受け入れに応じてくださった世界の国々の方に心より感謝申し上げます。四日前、七瀬雪乃研究員がMasterCream(マスタークリーム)の開発に成功しました。研究員自らモンスターと対峙し襲われないことを証明したMasterCream(マスタークリーム)を量産する力は今の日本にはありません。モンスターから世界をそして日本を救うために製造方法をすべて公開します」

 進行役が質問がある方は? そう質問して次へ進めようとする前に記者団が立ち上がった。口々に自己主張する記者を制することができない総理のテレビ映りは悪い。英語、フランス語、日本語、韓国語が入れ混じって聞き取れない総理。俺は聖徳太子じゃない! と叫びたい気持ちを押し殺して会見を続行する、総理の様子をホテルの一室にいる私たちは見ている。双葉、涼風と一緒だ。


 二年後。アメリカ、ネブラスカ州グランド・アイランド。自然豊かな土地の一角にある牧場を米政府が買い取って、村を作った。村人はアメリカ国籍を所得した藤宮、涼風、双葉の三人を除けば全員、FBIが用意した隣人だ。特殊訓練を受けている。

 元日本人の移民は七千万人。仕事を奪われるなど様々な要因でいまだに五千万人の元日本人は国籍がない状態だ。国連の管理下に置かれている。日本人の未来は繋がったが、国は例外だった。日本列島はモンスターが自然消滅するまで封鎖することになり、それに伴って日本は国として認められなくなった。国が消えて日本という言葉と歴史、その二つだけが残った。

 国を取り戻す野望を抱いていた元総理は野望をゴミ箱に放り投げて、密かに隠し持っていた金の延べ棒百キロ分を売却して作ったドル札でぶいぶい言わせている。

「いってきます」

 村の入り口。ようこそ、日本人村へと書かれている看板前に私が立っている。

「いってらっしゃい」

 心配を裏側に隠した涼風と双葉が私を送り出した。

 私は日本列島の伊良湖岬いらこみさきに旅行に出かける。国連が封鎖している場所だ。それなりの協力者がいなければ辿り着く前に捕まる。ハリス海軍中将、今は軍をやめて穏やかに暮らしている一般人が海軍の友達に話をつけてくれた。十五分だけ立ち入りを許された私は護衛のクリスと相良拓海を引き連れて海から砂浜に上陸。伊良湖岬の高台に墓を作って、墓にドッグタグをかけた。腕時計とドロップ(飴)を置く。飴を一粒もらった私は話し始めた。

   

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