第五十九話「群司令4」

 二ヶ月後。いずもの戦闘指揮所に朗報が轟く。

『MasterCream(マスタークリーム)完成。繰り返すMasterCream完成』

 MasterCream(マスタークリーム)略してMCは七瀬雪乃が開発したクリームだ。寄生体にご主人さまと誤認させる臭いを発する。このクリームを肌に塗れば三十分ほど襲われる心配をしなくても済む。

「了解。ようやくここまで来たな――伝えろ。準備は整っている。二時間後に作戦を開始する。藤宮三尉、MCを死守せよ。以上」

『伝えます』

 研究所上空を飛行する哨戒ヘリコプターSH‐60Kのパイロットが応答する。

 通信を終えたわたしは飛行甲板に移動する。飛行甲板に武装した百二十名の海上自衛官が整列している。一斉に敬礼する彼らに一礼したわたしは彼ら一人一人の顔を焼き付ける。彼らは戦闘員ではない。陸自と違って銃を使って戦うことを生業としているのではなく護衛艦の保守・運用そして海上の監視をするプロフェッショナルだ。


 訓練以外では初めて銃を持って戦闘をする。米海軍が誇る海兵隊が敗北したモンスターに勝てる見込みはない。全滅が約束された作戦に志願した彼らに与えられる仕事はモンスターを引き付ける、その一点だけだ。七瀬研究員とMCがヘリに乗って無事飛び立つことができるように足掻く餌が彼らだ。


 CH‐53E、アメリカ海軍および海兵隊が運用する大型輸送ヘリコプター三機に百二十名の海上自衛官が乗り込んだ。MH‐60M、特殊部隊のためにカスタマイズされているブラックホークに警視庁・海自・一般の合同部隊が乗り込む。内訳はSAT一名、SP一名、選抜された海上自衛官四名、クリスの合計七名だ。

 米政府は総理が涼風を手土産にアメリカに来てくださればアメリカが作ったワクチンもしくはクリームなどで大儲けできたのにと嘆きつつも少ない利益ではあるが、メリットのある事柄ゆえにパイロットと航空戦力の支援を決定する。正直助かる。


 いずもから飛び立った編隊にスーパーコブラ六機が合流する。米海軍の編隊だ。ハリス海軍中将の支援だ。今回は独断専行ではなく大統領の許可という大義名分がある。F‐22、戦闘機が四機。日米の編隊の上を通り過ぎていった。

 F‐22は先遣隊としてCH‐53Eの着陸地点を爆撃する任を受けている。


 日米の編隊が研究所まで残り一キロの距離まで接近する。F‐22から小直径爆弾が投下され、飛び立った。空中で鳥のような形に変形して、グライダーと同じように空力で目的地上空まで移動。その後、垂直に落下して目的地を破壊する新型の爆弾だ。目的地から離れた地点から投下できるため、目的地上空で投下する場合と比べれば地上からの攻撃で撃墜されるリスクは低下する。米軍はステルス爆撃機B‐2撃墜の失敗を引きずっている。民間人に配慮したゆえの撃墜だが、失敗は失敗だ。


 小直径爆弾(SDB)がCH‐53Eの着陸地点周辺を爆炎で包み込む。土埃を煙幕代わりに突入する、CH‐53Eが地面から五センチの位置を維持してホバリングを開始。海上自衛官が次々に飛び降り、A班(五十名)は六号棟に雪崩込み。B班(六十一名)はMH‐60Mの着陸予定地、六号棟の正面玄関前で防衛陣形を展開する。二機のCH‐53Eが吐き出しを終えて急上昇。最後の一機、残り四名飛び降りれば二機に続けるというところで邪魔が入った。


 土埃で姿は見えないが、足音が大きくなって、現れた。モンスターだ。モンスターがヘリの搬入口に立つ海上自衛官に飛びつく。秩序を失ったヘリが暴れ牛になって近くにいた海上自衛官を道連れにして大破。炎上する。


 プロペラの破片が腹部に刺さっている隊員が地面を這う。B班に助けを求めるが、モンスターの足に踏み潰された。防衛陣形の最前列にいる隊員の手袋が汗を吸う。雑巾を絞ったかのように吸いきれない汗が手袋から零れ落ちる。ライオットシールドを伝って地面に小さな水溜まりを形成する。


 モンスターの群れと海上自衛官の集団が衝突する。中世の戦争を彷彿とさせる光景だ。モンスターの群れをライオットシールドで抑え込んでいる。


 スーパーコブラ六機がロケット弾と榴弾を大盤振る舞い。B班が抑え込んでいるモンスターの群れを攻撃する。モンスターは畑で取れるのかと思いたくなるほど無限増殖する群れに対して有効打になってはいないが、ないよりはマシだ。時間が経過する毎に周辺の棟からモンスターが集まり、群れが肥大化していく。B班の体力は限界だ。土埃の濃い色が薄れる。


 モンスターの群れをはっきりと視認できるようになったB班の心が軋む。


 ブラックホークが着陸する。クリスとSATの相良拓海さがらたくみ巡査が六号棟に入り、七瀬研究員の救助に向かう。政府は七瀬研究員以外の救助者については可能ならばに留めた。クリスは全員救うつもりだ。

 卑弥呼さま(陛下)の警護を寄生事変以後も続けてきたSPの西森由加にしもりゆか巡査部長と四名の海上自衛官が最後の砦としてブラックホークの警護を開始する。

「相良、はやく戻ってきて」

 SPの口が自己の恐怖と巡査の心配を体現する言葉を自然と呟く。

「撃鉄を起こせ! 友の死を無駄にするな」

 四名の海上自衛官はバディ(89式小銃)のコッキングレバーを引き、薬室に初弾を送り込む。バディを構えた。

 ブラックホークを食い破らんと牙を剥ける群れと相対する。


 クリスと巡査は地下一階の電気室まで一直線に進む。A班が六号棟内のモンスターの注意をひきつけているため、道中で遭遇するモンスターはまばらだ。運悪くボスと鉢合わせしなければ二人でも十分突破ができる。

 電気室に辿り着いた二人を涼風、藤宮――

「そういえば名前を聞いてなかった」

 ふと研究所所長の娘を見た、藤宮が呟いた。

「二ヶ月も一緒だったんだろ?」

 気になったクリスが質問する。

「あだ名は知ってるんだけど。本名が分からない。今まであだ名で呼んでいたから」

「こんな時にする会話じゃないような気がします。それ、あぁわたしは相良拓海巡査です」

「私は神凪小町かんなぎこまち。そっちの傭兵の人は?」

「クリスだ。ヘリまで案内する。自己紹介も終わったことだし行くか」

「あぁ」

「そうだな」

「「うん」」

「そうね」

 ――小町、七瀬の四人が出迎えた。六号棟の正面玄関に向かう。わたしは参加する隊員の無線を聞くことしかできない。無力だ。

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