第9話 不倫の大団円
その後、ひなたは不倫をすることになる。その不倫相手は、近所のコンビニの店長だった。いつも買い物はスーパーに行くのだが、そのスーパーがちょうど店内改装ということで、数日間休むことになり、近くに他のスーパーもないことでコンビニに寄ったのだが、ちょうどその時に接客してくれた店長に、ひなたは、一目惚れをしたのだった。
実際には好みの男性だったわけではないが、どこか、高校時代に付き合っていた先生に似たところがあった。先生との付き合いは悲惨な形になって別れたわけではないので、ひなたの心の中で、
「嫌な体験」
というイメージで残ったわけではなかった。
最初の頃は、トラウマのような印象もあったが、時間が経つにつれて薄れていき、譲二と知り合ってからは、トラウマがあることも、ウソではないかと思っていたのだ。
しかも、知り合ったコンビニの店長と話をしていると、
「私ね、趣味で小説を書いているんですよ」
というではないか、
ひなたも、最近は小説を書くことを控えてきたが、元々、
「小説というものは、気持ちに余裕がなければできないことだ」
という思いと、逆に、
「あまり余裕がありすぎても、油断や遊びの部分が出てきて、気持ちが旺盛にはならない。小説は気持ちが旺盛でなければできるものではない。なぜなら、小説を書くということは、持続や継続ができなえれば、書くことができないものだからだ」
と感じていた。
つまり、この店長は、気持ちに完全な余裕があるわけではないが、小説を書きたいという旺盛な気持ちを抱くことができるほどの余裕はあるということであった。
そのことを感じたひなたは。店長に大いに興味を持った。
「私も、以前小説を書きたいと思って、学生時代にいくつか書いたことがあるんですよ」
というと、店長は大いに喜んで、
「そうなんですね、、一度読んでみたいものですね」
と興奮気味に話してくれた。
「ええ、読んでもらいたいです。ただ、今まであまり人に見てもらったことがなかったので。恥ずかしいです」
と、その時少しわざとらしいあざとさを見せてみたが、そのことに気づいたのか、店長は、
「僕の作品も見てほしいですね。僕は自信があるわけではないんですが、とにかく人に読んでもらいたいという気持ちは結構強いんですよ」
と言ったうえで、さらに、
「でも、今まで誰にも見せたことがないんです。奥さんのように、同じような気持ちを抱いておられる方に一番最初に読んでもらえると思うと、光栄に感じます」
と、店長は続けた。
ひなたはそれを聞いて。さらに嬉しくなり、気持ちとしては有頂天になっていた。趣味が合う人がこんな身近にいたという思いと、久しぶりに男性と話をしたという感動が、興奮となって、胸の高鳴りを誘発しているようだった。
結婚、三年目のことで、最初は新婚夫婦を地でいっていると思っていたが、いつのまにかそこに仮面が存在することを感じると、相手が男性ではないという意識が芽生えた。
「結婚すれば、男性ではなく、旦那という特殊な性別になる」
と感じたのだ。
もう、抱き合っていても興奮はしてこない。夜のセックスも惰性でしかなかった。そのうちに億劫になってきて、相手も同じように興奮からではなく、義務感と惰性でしか自分を抱いていないと思うと、結婚生活はセックスだけではないと思うのだが、セックスというのが結婚生活のバロメーターのようなものだと思うとひなたは、旦那を男性として見ることができなくなってしまったことを感じるのだった。
そのうちにLINEを交換したりして、連絡を取るようになった。相手の店長にも奥さんがいるので、お互いに必要最低限のことしかやり取りをしない。それでも、お互いに仮面夫婦のようで、店長の奥さんも、譲二も、お互いの伴侶のスマホを、そこまで気にしている様子もなかった。それが、さらに相手に対して感じる嫌気だった。
店長が見せてくれた小説は恋愛小説で、それを見ていると、そこに出てくる主人公が自分と重なっているのを見て、少しビックリした。
彼女は、大恋愛の末に結婚したのだが、結婚したとたん、旦那に飽きを見出したために、自分が今まで、井の中の蛙だったことに気づいた。
彼女は気分転換のために、パートに出たのだが、そのパート先の店長に恋をしたのだった。どうやら、その店長を自分と重ねているようだった。そこまで分かれば、店長のことだから、この話を愛欲物語にはしないだろうと思った。話に多少の無理があっても、自分で楽しむ分には勝手なので、そこから先は妄想を膨らませた話になるであろう。
ということは、相手の女性も悲惨な目に遭うことはないはずだ。もし、彼女が悲惨になるということは、小説の中の店長もただで済むわけにはいかない。少々無理な話にするのであれば、せめて、二人は運命共同体であるべきだ。そうでなければ、小説としての体裁は整っておらず、最低限のルールすら守られていないということになるだろう。
それを思うと、ひなたは、その話を安心して読むことができた。
そのお話は一気に一日で読むことができた。小説を読みながら、店長の顔を思い浮かべながら、主人公を自分に当て嵌めていた。完全なハッピーエンドというわけにはいかなかったが、悲惨でもなかった。そのあたりは、店長なりに体裁を整えたのだろう。
今まで、あまり恋愛小説など読んだことのなかった、ひなたは、それが恋愛小説なのだと感じた。
恋愛小説というものは、塵埃よりも、愛欲系の方が多く、純愛になると、少女漫画っぽい気がして、あまり好きではなかった。
子供の頃に少女漫画を読んでみたが、同じ作者が純愛ものも書くし、愛欲ものも書く。同じ作家の絵なので、愛欲のようなリアルな話から、純愛を見てしまうと、そのキャラクターが却って気持ち悪く見えてしまう。
少女漫画で、愛欲の絵のタッチというと、男性モノでいえば、ハードボイルドな劇画調をイメージさせる。劇画調の画質での純愛はかなりの無理があり、見ていて疲れるだけだった。
そのうちに、本当の純愛というものが分からなくなり、自分が普通に恋愛をできない体質になってしまいそうで、それが怖かったのだ。
店長の小説を読んで、改めて、マンガと違って、小説の方がリアルであり、想像力を掻き立てるものだということを理解できた気がした。
「なかなか面白い小説でしたね。店長さんが恋愛小説をお書きになるとは、ちょっと想像できませんでした」
というと、
「そうですか? 私は大学の頃から小説を書くようになって、最初はファンタジーのようなものを書いていたんです。でも、あまりにも子供っぽいし、猫も杓子もファンタジーという感じがいいじゃないですか。ライトノベルというんでしょうか? そこに少し飽き飽きした部分もあったので、ファンタジーは、一年くらいでやめました。その代わりに書き始めたのが、ミステリーだったんですが、これも、なかなかトリックとストーリーが結び付かなかったんです。そもそも、トリックの主なものは、もうとっくの昔に出尽くしていて、あとはストーリーを含めたバリエーションなんです。つまり、最初に、トリックとバリエーションによるストーリーというのは、一体なんです。そうでなければ、ミステリーは成立しないのではないかと思ってですね」
と店長は説明してくれた。
「私も、大学時代に喫茶店でアルバイトをしたことがあったんですが、その時に、そのお店が昭和のレトロさのある店だったので、昭和初期の探偵小説を結構読んだんですが、それで少しミステリーを書いてみたことがありました。あの頃はストーリーとトリックがセットになっていて、それが許される時代背景だったんですよ。トリックも今のように科学が発展していなかったので、いろいろ使えたんですよね。でも、今はアリバイトリックなども、防犯カメラや、車だったらボイスレコーダーがあったり、死体損壊トリックなどでは、指紋や身体の特徴さえ消せばよかったのに、今ではDNA鑑定というものがあるので、被害者を特定することは、昔に比べれば結構容易になったりしていますからね」
と、、ひなたは言った。
ひなたは、喫茶店でバイトをするようになって、絵画よりの小説の方に興味を持った。ただ、絵画をしていた時の、遠近感であったり、バランス感覚のようなものが、小説にも生かせることに気が付いた。特にミステリー系では、ストーリーとトリックの関係など、バランスや遠近感に通じるものがあると思ったのだ。
その時に、一緒に感じたのが匂いに関する話で、自作小説の中で、結構好きな話の中には、匂いを絡めた話も多く。店長には、その手の小説を読んでもらいたいと感じたのだった。
今から思えば、小説は現在夫になっている療治の考えに似ている課のようで、
「その場限り」
と言われるような作風で、いわゆる、
「質より量」
と言った感じで、思い付きのまま書くことが多かった。
好きなトリックや題材は、惜しげもなく何度も使うのだが、自分の作品でのことなので、盗作ということもない、そういう意味で、喫茶店や匂いというシチュエーションがよく出てきたり、まだ社会人というものを知らないことで、登場人物の設定は、大学生以下の話が多かった。
自然と青春小説もどきのようなものになるのだが、その手の小説は結構あったりする。ただ、その設定の基本になっているのは、
「大人の探偵を助手として補佐する少年」
というどこかで聞いたような話ではあった。
だが、その小説の元になっている話は、昭和初期の頃で、すでに、著作権も切れているような昔の作品なので、問題になることもない。
もっとも、プロの作品として、本屋に置くわけでもないので、そこまで気にする必要もないのだろうが、一応は茶策兼に引っかかったり、当さ熊谷のことには気を付けている。そもそも、ノンフィクションを小説と認めたくないほど、オリジナリティこそが小説なのだと思っているのだから、気に掛けるのも当然である。
そんな小説の中で、思い出すのが匂いの中でも、トリックとして使った。
「甘い香りと悪臭が混ざれば、さらに気持ち悪く、人を近づけない」
というものであった、人が近づかないことで、アリバイトリックを完成させようと思った作品だったが、今でも、
「よく考えたものだ」
と感じた。
そのトリックは、トリックとしては、根幹部分なのだが、話としては、どちらかというと、隠そうとしていた。そこが小説としてのテクニックのようなもので、ある意味、ミステリーの醍醐味だと思っていた。
「トリックというのは、実はすでにそのほとんどが出尽くしていて、後はそのバリエーションが問題なんだ」
ということが言われている。
その作品はmそれを地で行っているような作品だったのだ。
その先品は、同じく小説を書いていた、付き合っている当時の譲二も褒めてくれた。
「なかなか面白い作品だね。ミステリーとしても面白いし、どこか恋愛小説にも感じるし、読者にいろいろな想像をさせる作品だよ」
といってくれた。
「そうなの? 恋愛小説という感覚はあまりなかったわ」
と、ひなたがいうと、
「それは、作者だからそう思うのかも知れないね。読者目線で見ると、恋愛小説の部分もあって、そこがm料理でいう隠し味のようになっていて、そこが読んでいて、小説の膨らみのようなものに感じられるんだ」
といっていた。
あの小説は、浮気をする人が出てきて、その嫉妬のための殺人事件というミステリー―だったが、それをまさか、恋愛小説と解釈するとは思わなかった。
「恋愛小説というものには、普通の恋愛、つまり純愛という話もあれば、不倫や嫉妬などのようなドロドロしたものが渦巻く、愛欲と呼ばれるものがあるんだよ。愛欲だって立派な恋愛小説のジャンルになるのさ。意外と売れている恋愛小説というのは、こういう愛欲経過も知れない。純愛というと、今流行りのラノベ系の小説に多く、特に、ティーンエイジャーと呼ばれる年齢に多く、愛欲は大人の小説と呼ばれるように、若い人でも、二十代後半くらいがよく読む小説なんじゃないかな? ひなたの感情からすると、本当は愛欲の方が書きたいんじゃないかと思うんだけど、ひなたの場合は、経験からしか書けない性格のようなので、どこまで書けるかが注目だね」
といっていた。
あの言葉は皮肉だった気がした。確かに彼の言うと落ち、自分の経験からしか書けないひなただったので、当時はなかなか書き始めても、完結させられるだけの技量はなかったと思う。そもそも、プロットの時点で挫折するのではないかと思われたからだ。
そういう意味もあって、ひなたは、
「私には恋愛小説というのを書くのは難しい」
と感じていたのだ。
その思いは今でも変わっていない。店長が小説を書いていると聞いた時、久しぶりに小説を書いていた頃のこと思い出せて新鮮な気がした。大学生の頃は、
「卒業してからしばらくして、一度やめたとしても、再度小説を書きたくなることもあるだろう。その時は恋愛小説を書いていたい」
と思ったのは、愛欲のことを思ったからだろう。
まるで、自分が将来、不倫をすることを予言していたようだ。
不倫相手というのは、さすがに考えてしまう。最初は、旦那に対しての不振不満から生まれたものなので、衝動的に、
「不倫をしたい」
と思ったから、目の前に現れた人を不倫相手に選んだだけだと思っていたが、実際はそうでもなかった。
まだまだ、新婚に近い頃で、不倫してしまったことに後悔するかも知れないとも頭の中で分かっていて、それでも不倫の相手をと考えた時、そんなに安直に決めるわけもないだろう。
バレてしまえば、人生が終わりであることは分かっている。そうなれば、できることなら自分と相性が合う人がいいだろう。見た目で身体の相性が合うのは分からない。ただ、少なくとも身体の相性が合わないと不倫をしても意味がないと思った。
「だけど、一回くらいであれば」
という思いがあり、合わなければ、相手も分かるはずなので、合わないことを理由に別れることも可能なはずだ。
だとすれば、最初の感情としては、性格的な相性が合う人を求めるのが心情である。
そのためには、同じ趣味を持っている人を選ぶのは当たり前だ。不倫というただでさえ後ろ向きの関係で、そこに会話もなければ、最初から悲惨が見えているようで、何が楽しいというのか。
気まずい相手を自らで選ぶ必要などないのだ。それだけ不倫相手を探すというのは、基本的に誰にも知られてはいけないという意味で、自由なのである。この言い方は適切ではないかも知れないが。自由な相手を探すのだから、ある意味気は楽である。
そう思っていると、きっと、ひなたの目には、コンビニの店長に対して、
「この人も、寂しい家庭の中にいるのかも知れない」
と感じた。
どこで感じたのかというと、それは、店長の雰囲気が、
「旦那に似ている」
と感じたところからである。
前から見た時と、横から見た時、そして、後ろから見た時と、それぞれで佇まいに違いを感じる。
これは、ひなたが旦那に対して、結婚してから、感じたことだった。結婚前には決して感じたことのないこの感覚が、結婚前には分からなかったことだという意識があったのだ。その時思わず、
「それぞれの顔をデッサンしてみたい」
と思った。
大学に入って小説を書くようになったその前後に始めたデッサン、その感覚を思い出した。店長の顔を前から、横から、そして後ろからと描いた時のデッサンで、どのような濃淡が描けるかということと、描く顔が見る方向によって大きさが微妙に違っている気がする。それが、距離感とバランスの違いであり。同一人物で、デッサンの特徴をすべて網羅できるようなサンプルが、店長の表情に現れているのを見ると、
「不倫の相手とS手ふさわしいのではないだろうか?」
と感じたのではないかと、思うのだった。
その時はまったくの無意識で、感じたことすら忘れてしまったかのように感じたが、ひなたにとって、明らかに誰でもいいわけではなかったはずだと思うと、次第に思い出せたような気がした。
「他に不倫をする人はどうなのだろうか?」
と思った。
自分の不倫相手である、店長は、どういう気持ちでひなたと不倫をしようと考えたのだろうか?
ひなたが、店長のことを気にしているのを感じ、好かれているという意識を持ってしまい、家庭で感じることのできなくなった、
「女性から好かれる」
という、忘れかけていた快感を思い出したことで、ひなたのことを好きになったのではないかというのが、一番の思いであった。
ひなたは、
「それなら、それでもいい」
と思う。
その感情が、実は人との恋愛のそもそものスタートだからと思うからである。
ひなたは、そのうちに、譲二の様子が今度は気になってきた。それまでは、自分のことしか考えられず、不倫に走ってしまったことで、後ろめたさもあるからか、旦那を正面から見るどころか。横眼にも見ることができなくなっていたのに、なぜ、今になって旦那が気になってきたのかというと、旦那が自分を見る目というものが分かってきた気がしたからだ。
最初は、旦那もひなたと同じように、まったく視線を合わせようとはしていなかったが、最近では、ひなたへの視線を感じるようになった。それは、今までに感じたことのないような視線で、今まできにしていなかった相手が気になるほどの視線なので、目力によるものなのだろうと思うのだった。
その視線は、何か助けを求めるような視線だった。
そういえば、ひなたが一番最初に、不倫相手に感じた視線と同じような気がしたのだ。
「この視線をどう解釈したらいいのだろう?」
と、ひなかは感じた。
今のひなたの旦那への視線、。
「私を見ないでよ」
という恫喝にも似た感覚だった。
それは、ひなたの中に、
「私をこんな風にしたのは、あなたのせいよ。あなたに責任があるんだから、私を見るなんて許されない」
という理屈である。
あくまでも、自分中心の考えであって、旦那へのリスペクトなど、まったく存在しない。すべての原因が旦那にあると思わないと、逆に自分の不倫を正当化できないという考えであり、それを旦那が感じれば、きっと旦那だって、自分と同じように不倫に走るかも知れないと思った。
それはそれでいいと思った。
同じように不倫をしてくれれば、こっちだって、不倫への言い訳になるわけだから、すべて、状況的には自分のプラスになると思ったのだ。
ただ、それは状況という意味でだけで、精神的にはまったく違う。
すべてが相手との間の優劣であったり、立場関係によるものではないか・果たして夫婦関係を営んでいる中で、このままこんな関係でいいのだろうかとも思う。
しかし、今のまま別れるということになれば、明らかに自分は不倫をしているわけだから、相手と離婚はできるかも知れないが。離婚をしてから、慰謝料を請求などされてしまうと、とても払っていけるだけの算段はない。路頭に迷うも同じことである。
不倫相手が独身で結婚してくれるならば話は別だが、相手も既婚者。結婚などできるはずもない。それどころか、離婚して慰謝料を払っている女を、誰が貰ってくれるというのか、最初から爆弾を抱えて、墓場に突っ込むようなものではないか。
どんなに愛している相手であったとしても、結婚はありえないことだろう。
そんなことを考えていると、自分がしでかしてしまった不倫は後悔でしかないような気もしてきた。もし、離婚ということになれば、相手がどう感じるか。
普通であれば、
「旦那と離婚が近いということで、自分たちの関係がバレれば、自分にも慰謝料請求がくるのは当然のことで、自分もこの女と一緒に破滅の道に入り込んでしまうかも知れない」
と感じるだろう。
そうなると、一刻も早く、相手から離れ化ければいけない。相手は今、自分の旦那との交渉などで、いっぱいいっぱいであろう。そう考えると、別れるなら今が一番いいに違いない。
そう考えると、不倫はぎこちなくなり、お互いに気まずく、すれ違いが多くなる。別れるなら早い方がいい。旦那に気づかれる前にである。
気付かれてしまい、証拠でも握られてしまうと終わりだ。いかに、円満に不倫を終わらせるかということになるだろう。
こういう話を、店長の小説で見たことがあった。店長の経験からなのかどうかは分からないが、今旦那がひなたに対して助けを求めている視線を送っているような気がするというところまでは事実であり、その先の話は、ひなたが、店長の小説を読んで、想像したことであった。
「店長が引き際について考えているということが、この小説を見ていて分かることだった」
と感じたが、果たしてその通りなのか、何とも言えないところであった。
ただ、不倫の場合は、
「必ず、最後は訪れる。消滅するか、形を変えるかは別問題であるが……」
と感じていた。
そもそも、自分は不倫には向いていないように思っていたのに、こうやって不倫をしてしまうのは、過去の記憶が重なってくるからなのかも知れない。甘い臭いや、芸術に誘われることで、自分の感情が煽られて、不倫をしてしまうと、それが旦那にも分かるようで、旦那も、
「自分もしていいんだ」
と思うようだ、
そんな香りを、ひなた自身が醸し出しているのかも知れない。不倫をするメカニズムのようなものが、ひなたの中に備わっているのが感じられた。
ひなたは、旦那が浮気をしていても、それで咎めるつもりはない。自分がしてるのだから当然であるが、怒る資格がないだとかいうレベルの問題ではないのだ。
旦那は、ひなたが不倫をやめれば戻ってくる。そのことも分かっているような気がした。ひなたは、店長にいかに言えば、不倫を終わらせてくれるのかを考えた。
「そうだ。店長をしているくらいだからな」
と思って、店長に直接話に言った。
「私、あなたとの不倫、やめます」
というと、
「そういうことだい?」
と店長が少しビビっているかのように顔色が真っ青だったが、それを見て。言葉だけで大丈夫だと感じた。
「私、高校時代、高値の女王様と呼ばれていたのよ。店長で大丈夫かしら?」
というと、店長は、顔色が元に戻り、
「そうなんだ。私は、これでも、ドンファンと言われていたんだよ。君以外にもたくさんの女がいるので、お互い様だね」
と言った、
もちろん、どこまでが本当なのか分からない。お互いに機会をうかがっていたのだろうか?
出会うべくして出会った相手だったが、別れの時が少しでもずれれば、悲惨な結果になったかも知れない。お互いに別れを切り出すタイミングだったのかも知れないが、切り出した方が女だったというのも、正解だったに違いない。
「高値の女王様」
何とも、意味深なあだ名であろうか……。
( 完 )
高値の女王様 森本 晃次 @kakku
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