第7話 無くした時間
ヨルムの索敵能力でセイラの居場所はわかった。
王都の北西部に位置するタハミーネ地区である。そこは王都ギルガメシュ随一の歓楽街であった。
何故そのようなところにセイラはいるのだろうか。疑問が頭の中を駆けめぐるが、当然答えはでない。
「ヨルム、転移魔法でいけないか?」
エレノアはヨルムに尋ねる。
ヨルムは首を左右に振る。
「エレノアが行ったことがないところには行けないわ」
ヨルムは答えた。
仕方なくエレノアは大通りに出て、辻馬車に乗り込む。
女二人でタハミーネ地区に行きたいと御者につたえると、あからさまに訝しげな顔をされた。だが、金を支払うと御者は静かに頷き、馬車を走らせる。
エレノアははやる気持ちをあさえながら、だまって車窓を眺めていた。そんなエレノアの手をヨルムは柔らかく握る。ヨルムに触れられると不思議とおちつくエレノアであった。
おおよそ一時間ほどで辻馬車はタハミーネ地区に到着した。
そこは頬にふれる空気がほかとは違うとおもわせる場所であった。どこか生温かく、鼻につく匂いがする。それは女たちの化粧と香水の匂いだと思われた。
派手なドレスを着た女たちが道行く男たちに声をかけている。その男たちはだらしない顔で女たちを値踏みしていた。
エレノアはヨルムに導かれ、その生命反応があるという場所を目指す。
「あの……よかったらよっていきませんか?」
それは消えそうな声だった。
その声に聞き覚えがある。
高く、耳に心地よい声はたしかにセイラのものだ。
よっぱらいの一人が路地裏に立つ女性をじろじろと眺めている。
エレノアはその間にわってはいる。
「なんだてめえは」
男が文句を言う。その男を
エレノアはその声の人物を見つめる。
それは間違いなくエレノアの知るセイラであった。
亜麻色の髪は方まで伸びている。それは否応なくエレノアが魔術師の迷宮で行方不明になってからの時間経過を証明していた。丸顔に大きな瞳はやはりセイラだ。似合わない派手な化粧をしている。男が好みそうな胸元が大きく開いたドレスを着ている。
「え、エレノア様……」
エレノアの顔を見たセイラはぼろぼろと涙を流す。派手な化粧はあっという間に崩れていく。
「どうしてこんな場所にいる?」
エレノアは小柄セイラの細い肩をつかむ。自分のほうにひきよせ、抱きしめた。鼻がいたいほどの甘酸っぱい香水の香りがする。
「い、痛いです」
セイラは涙を流しながら、笑顔になる。
ここでは話しにくいとセイラが言うので近くの酒場に入る。
エレノアは果実水をセイラも同じものを頼む。ヨルムは冷えたエール酒と炒った豆を注文した。
セイラは運ばれてきたレモンやオレンジが浮かぶ液体を一口ごくりと飲み、語りだした。
魔術師の迷宮でエレノアが行方不明になったことを知ったセイラは冒険者ギルドに捜索依頼をだした。その依頼を引き受けたのは金獅子パーティであった。
それを聞いたエレノアは思わずどんっとテーブルを叩く。店主が怪訝な目でエレノアを見る。捜索の結果は当然のように「見つからない」である。
彼らがエレノアをはめたのだから、真剣に捜索するはずがない。
それにエレノアは魔術師の迷宮の最下層にいたのだから、並の冒険者には見つけられるはずがない。
そして金獅子は捜索の依頼料として莫大な金額をセイラに要求した。
その依頼料をはらえなかったセイラは金獅子パーティの一人竜騎士のレオンの紹介でとある店で働くことになった。その店とはいわゆる体を売る店であった。
その話を聞き、エレノアは拳を握りしめ、血が出るほど唇を噛んだ。
その竜騎士レオンに体を買われたこともあるというのを聞いたとき、エレノアは彼らに対する殺意を明確にした。
「奴ら、必ず皆殺しにしてやる」
目を充血させ、エレノアは言葉を吐き出す。
「だが、どうやって?」
いたって冷静にヨルムは言う。ぽりぽりと煎り豆をかじっている。
セイラの話では金獅子は解散し、その団員たちはそれぞれ栄職についているという。
このバベル王国にいるのは竜騎士レオンだけである。
彼はこの国の近衛騎士団長に就任したのだという。
おそらく嗜虐趣味のある王族貴族、豪商たちにとりいり、出世したのだろうとエレノアは推測した。自分の前の犠牲者がその対価であろうとも考えた。
「やはり君は生きていたのだね」
エレノアに声をかける男がいた。
銀色の髪をした長身の優男であった。その声音はあきらかに軽薄そうである。
エレノアはこの人物を知っている。
金獅子と並び立つ実力者たちのパーティー星竜の一人トリスタンであった。
これまた軽薄そうな笑顔をエレノアに向ける。
「どうだい、僕がその舞台を整えてあげようか」
ふふふっ微笑を浮かべ、トリスタンはエレノアに提案した。
没落令嬢は冒険を配信し、成り上がる。迷宮に取り残されたエレノアはアミュレットにとりついた精霊と出会う。迷宮脱出から始まる復讐物語。 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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