第6話 ただ一人の友
エレノアはかつて知りたる魔術師の迷宮の第一階層を足早に歩く。
ここには何度も来ているので、道筋は体が覚えている。
隠者のローブの前部分をしっかり締め、エレノアは魔術師の迷宮の入り口に向けて歩みを進める。
何組かの冒険者パーティーとすれ違ったが、誰もエレノアに声をかけない。
ヨルムはエレノアの左隣を歩いている。
「そのローブは認識阻害の能力が付与されているからね。デフォルトで発動されているのよ」
ヨルムが隠者のローブの能力を説明する。
なるほど、だから誰もエレノアのことを見向きもしないのかとエレノアは納得した。
エレノアたちは魔術師の迷宮からついに帰還した。
久しぶりの陽の光にエレノアは目を細める。
ついさっきまで薄暗い迷宮にいたので、陽の光は目に痛いほどだ。
「かー三百年ぶりのシャバの空気は美味しいね」
にこりと秀麗な顔に笑顔を浮かべ、ヨルムはエレノアを上目遣いで見る。
ヨルムは両手を天に向けて広げ、大きく深呼吸をする。
たしかにとエレノアは思う。
湿った、カビ臭い迷宮の空気とは段違いだとエレノアは思う。
エレノアもヨルムに習い、深呼吸し、外の空気を堪能した。
太陽の位置からエレノアは今が正午過ぎだと推測する。さらに頰にあたる空気から初冬だと考える。
迷宮にもぐったのが春先なので、やはり半年が過ぎているということか。
エレノアは時間の経過に焦りを覚える。
エレノアの心中には気がかりなことがある。
それはただ一人の友人で没落した今でもエレノアの家で働いてくれているメイドのセイラのことだ。
セイラはエレノアと同じ十九歳で、没落し地位、名誉、財産、屋敷のすべてを失ったエレノアの元に唯一残ったのが、セイラであった。
セイラはただのメイドではなく、エレノアの幼馴染であり、親友であった。
セイラのことが気がかりになりすぎたエレノアは今にも駆けだそうとしている。
そのエレノアの手をヨルムは握る。
「そんなに気になるなら、私が転移の魔法を使ってあげようか?」
ヨルムはエレノアに尋ねる。
「転移魔法が使えるのか?」
転移魔法という単語を聞き、エレノアは素直に驚愕の表情となる。
転移魔法はかねりの高難度魔法で、使用できる魔術師は数えるほどだと言われている。
「ふふん、うちを誰だと思っているんだい。この蛇の魔女と謳われたヨルムンガンド様だよ」
自信満々にヨルムは平らな胸をのけぞらせる。
人に見られると面倒だからとヨルムはエレノアの手を引き、路地裏に行く。
薄暗い路地裏でヨルムは低い音律の呪文を唱える。エレノアの手を握るヨルムの手に力がこもる。
手を離さないでね。体が触れあっているものだけが転移できるからね。手を離しちゃうと次元の狭間に落ちてしまうから気をつけてね。
その声はエレノアの頭の中に響く。
エレノアはこくりと頷く。ヨルムの手をみずから握りなおす。
その直後、エレノアたちの足元に複雑な文様の魔法陣が刻まれる。その瞬間、エレノアたちは目を開けていられないほどの光に包まれる。
エレノアがまぶたを開けるとそこには見慣れた景色がある。
エレノアの自宅の家屋であった。小さく、古い家であったが、そこは懐かしい場所であった。
エレノアはヨルムの手を離し、自宅に入る。
家の中はほこりっぽく、人の気配をまるで感じない。生活の雰囲気が消えている。
「セイラ、セイラはどこだ?」
狭い家なので捜索はすぐに終わる。それでもエレノアは諦めきれずに家の中を探し回る。ただただただほこりか舞うだけであった。
「お姉さん、その人はここにはいないよ。この家はおそらく空き家になっている。私の
ヨルムの言葉を聞いたあと、エレノアは部屋の片隅に置かれていたブラシをもってくる。
ヨルムはそのブラシを受け取ると両手で持つ。
まぶたを半分閉じ、ヨルムは精神を集中させる。
「ナーガの名において、かの者の居場所をしめせ」
ヨルムの手のひらに置かれたブラシがわずかに光る。そのすぐ後、ブラシは粉々に砕けた。
「場所がわかったよ。その人は王都ギルガメシュの東北部にいるね」
ヨルムはエレノアにそう教える。
エレノアは記憶の倉庫を探る。
たしか王都の北部はいわゆる歓楽街だったはずだ。
エレノアとヨルムは入ったばかりの自宅をあとにした。
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