第17話 解呪の後も、好きです王子


「あれはメアリからの告白だった」

「でもアンは私だって気が付いていたんでしょ?」

「気が付いてはいたけれど、直接会っていない限り確実じゃないから。それに、あの告白は本気じゃない事くらい声色で判断できる」

「アンが好きなのはほんとだもん!」

「でも恋人になりたいとは思っていなかったでしょ?」

「ぐっ...」

「ほらね」


アンが鼻で笑ってくる。でも何も言い返せない。確かに、抑えられなくてアンには何度も好きと伝えたけれど、それ以外は全部戯言だったから。だって終わると思ってた。


「それに、返事をして万が一、僕の予想が外れてメリィ以外の誰かと恋人になるなんて嫌だったんだ。けれど、メアリは僕の心にどんどん入ってきた。メアリはきっとメリィだ。でも、もし違ったら?僕はメリィが好きなのに、メアリも想っている。もし二人が別々の人物だったなら僕はなんて不誠実なんだろうって。そう思うと、君の言葉に答えられなかった」

「...アン」



「ーーーだから、煩わせてくれたねと言ったんだ」

「...ひっ」




微かに怒気を纏わせた笑顔に捕らえられた。

先程感じていた恐怖とはまるで違う怖さに戸惑っている。

だって信じられないの。私はずっと、ずっと...


「アンに恨まれているのだと思ってた」


アンが想ってくれたのは嬉しい。

でも分からないの。だって私はアンに酷いことをしたのに。


「どうして?」

「私は貴方に呪いをかけた。そのせいでアンはこの離宮に閉じ込められて独りぼっちになったんだよ。アンはこんなに優しいのに私の力のせいで人々に怯えられてしまった」


彼の瞳を見つめた。あの日こんなに綺麗な瞳を私のエゴで染めてしまったのだ。


「僕は感謝してたよ」


月を背に柔らかく微笑むネムはまるで月の精のようだった。


「だって、あの時メリィは僕を助けてくれたんでしょ?本当に危なかったんだ。君の気配を自身の内から感じて安心した。嬉しかったよ。だから、


助けてくれてありがとうメリィ」




くしゃりとぐしゃぐしゃになった私の顔はきっとひどいに違いない。手で隠さなきゃいけないのに気がつけば我儘な身体はアンに抱きついていた。心の中も顔同様にくしゃくしゃでどう表していいのか分からない。だけど、ただただ温かい。



「好きだよメリッサ。僕の恋人になって」

「うん。私も...私もアンが大好きだよ喜んで...












ーーーーーーーっあ、」



下を見下ろせば大勢の人々がこちらを見上げていた。いつの間にか魔術騎士達も到着していて今にも攻撃を放ってきそうなほど殺気だっている。よく見れば隊長もこちらを静かな顔で見上げていた。何を考えているのか読み取れそうも無い無の表情に冷や汗が止まらない。


「や、や、やっぱりダメだよアン。これじゃあ終わりに出来ない」


首の後ろに回していた手を解いてアンの胸を軽く押した。

私が死んでアンが英雄になってそれでこの物語はハッピーエンドなのに、これじゃあ、めでたしにはならない。


「終わり?」

「だってこのままじゃ、アンまで悪者になっちゃう。そんなの嫌だ」


ほんの刹那でもアンと想いが通じた。これ以上欲張ってはいけないのだ。


「あぁ、大丈夫」

「へ?」

「ちょっと下すよ」


そう言うと、アンは私を抱えていた腕からゆっくりと力を抜いた。けれど、落下することはなく、空中でアンと並び立つかたちとなった。

魔法で何度も飛んでいるのに今はなんだか不安でいっぱいで、アンの右腕にしがみついた。アンはどうするつもりなんだろう、


「メリッサ、見ててね」


そう言うと、アンは自身の左手を前に突き出し掌を上にした。何かを握っているみたい。

それをじっとみつめていれば、指の隙間から光が漏れ出した。


「これ、さっきの...」


この色の光、アンが私目掛けて飛んできた時に握っていた光と同じ。それに、魔力も同様に凄まじいものを感じる。これは一体なんだろう?


「いくよ?」


顔を見上げれば少年のようにアンは無邪気に笑っていた。そして、そんな笑顔とは対照的なほど恐ろしい膨大な魔力の光を空へと放った。

 一直線に打ち上がった光はパーンッと大きな音とともに、上空に大輪の花を咲かせた。


「うわぁ!きれい!!!」


そして花は光の粒となって人々へと降り注いだ。あまりに大きな花であまりに遠くまで光を降らせるものだから、国中にこの光は届いているんじゃないかと思ってしまう。私の森の家にもこの光は届いているのだろうか?


「きれいでしょ?この魔術、引きこもってる間に頑張って完成させたんだよ」

「うん、すごくきれい!アンは本当にすごいね。これは何の魔術なの?」

「これはねぇ僕にとって不都合な記憶をみんなにちょこっとだけ忘れてもらう魔術だよ」

「・・・・・・え?」


 なんだ、そのデタラメな魔術は。

人の記憶を操ることは出来てもこんな広範囲に忘却の術をかけるなんてこと魔女にだって出来やしない。

 もしかして、、、魔女よりよっぽど魔術師の方が恐ろしいんじゃないだろうか...


「これで、魔女が現れたことも僕が引きこもっていたことも、みんな忘れてしまったよ。これなら、僕は君を大切にできる?」

「...アン」

「あ、因みに伯父上には効いてないけどね。それに、おそらく伯父上は君がメアリだって気が付いてる」

「それはまずいんじゃ...」

「大丈夫、大丈夫」

「なにが?!」


隊長は私の正体も、今までも全部覚えてるってことだよね?それって良くないよね?

恐る恐る隊長のいる方を見下ろしてみる。

少し視線を彷徨わせた後、隊長の顔へと焦点を合わせると、ばっちりと目が合った。

隊長は今どんな気持ちなんだろう。

しばらく目が離せないでいると、隊長が右手をゆっくりと動かしこちらへと拳を突き出した。何か術が飛んでくるかもしれない。そう覚悟して体に力を入れた。

その直後、隊長の親指が勢いよく上に向かって跳ね上がった。それと同時に私の肩も大きく跳ねた。あれは.....グッドのハンドサイン。




な、に、、、



「ねぇ、アン。隊長のあのハンドサインどう言う意味かな?」

「歓迎するよってことでしょ」

「歓迎?」

「うん。ほら、あんなに笑って嬉しそうだよ」

「そ、そうなの?良かった?のかな」


もう一度隊長の方を見下ろした。たしかに笑ってる。本当の私を知っても尚拒絶されなかった。そう思うと胸がじわじわと温かくなっていく。

視線をさらに落として自身の足元を見た。...そういえば



「ところで、私が今浮いてるのこの魔術すごいね。こんな魔術があるなんてしらなかった」


何も気にしていなかったけれど、私は今空に浮いている。アンの腕に多少しがみ付いてはいるものの、自身の魔法を使う事なく浮いている。


「これは相当魔力を使うからね。限られた人にしか使いこなせない魔術だよ」

「そうなんだ」

「そうだ、さっきの話の種明かししてあげる」

「種明かし?」

「そう。どうして僕に君の瞳が効かなかったか」

「あ、そうだった。どうして?」

「それはねぇ、僕には耐性があるからね。受け入れるも受け入れないも自由ってこと」

「耐性?」


「うん。だって僕の母は魔女だからね」


「・・・・・・。






えぇぇぇぇぇぇえぇぇぇッッ!!!?」





今夜は満月で、月の光が眩しく感じるほど辺りは暗闇が支配し、明け方はまだ遠いのに、目の前には青空と太陽の様な笑顔が輝いていた。

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解呪のときまで、好きです王子。 むい @muumuumuu

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