マグマに籠る

脳細胞0.0001個・らのもん

【読み切り】マグマに籠る

 目を覚ました時、僕は氷山に埋もれていた。それもただの氷山ではない。僕が一体となっていたものは、厳密には「氷山に覆われた戦艦」だ。船体は損傷が激しいものの、損壊した部分を氷塊で無理やり補強することで走行できていた。そして、僕の意志で氷漬けになった戦艦を動かしつつ、本能に従って眼前の「火山島」を目指す。しかし、何故その火山に心が惹かれるのか見当もつかなかった。

 だが、あの火山ーー正確には火口内ーーに何千年もの間、君が待ってることは確かであった。つまり、氷山戦艦に成り果てた僕は、この火山島に辿り着くために何千年も大海を彷徨っていたのである。


 マグマに籠る君に、もう一度会うために。


 目的を果たすために鈍重な戦艦を動かそうとした時、船首に複数の強烈な熱と衝撃が突き刺さった。咄嗟に0時の方向に視線を向けると編隊を組んだ戦闘機が、さらには両舷から駆逐艦が接近している。駆逐艦から静かに閃光が列になって放たれ、不気味な静寂を挟んだ後、付近に20メートルほどの水柱が乱立する。僕の船体と氷塊は確実に崩壊しつつあったが、意識はひたすら火山島だけに向いていた。船体を傾けつつ、砲弾とミサイルの嵐を駆け抜ける。

 しかし、それでも絶望は終わらない。上空から一本の鋭利な音をまとって、冷徹な悪魔が頭上に肉薄した。直後に衝撃と熱に包まれ、大空に投げ出される。そして、四肢の感覚が消えて意識が遠のき、だんだんと死が近づいてくる中、古の走馬灯が脳裏に映った。

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 生死の狭間で、僕と君は、もともと一つの島国だった事を思い出した。長い年月を共に過ごした幸せな記憶がシャボン玉を吹くように次々と蘇ってくる。一緒に草原を駆け巡ったり、夜通し天の川を眺めたり、山に登って山菜を探したりする時間が永遠に続くと信じていた。

 でも、地球が温暖化する過程で僕は氷河と共に海に落ち、遂に僕らの幸せは終焉を迎えたのだ。それから悠久の時が流れ、孤独に襲われた彼女は火山に変貌してマグマに籠り、僕は大海を漂流しつつ幽霊船ーー砲撃や魚雷を受けて大破した戦艦ーーと融合し、君を探したのである。

 一瞬のようで長く感じた走馬灯が消えた後、彼女との再会を果たせないと悟った。そして、せめて最期だけでもと、眼下の火山島を見つめて、願いが叶わぬ無力感と、君との甘い時間の記憶を取り戻した満足感を抱きつつ、人生に終止符を打とうと決心した。

 しかし、僕の打つべき終止符は「今」ではなかったようだ。眼下の火口から静かに閃光が放たれた瞬間、上空で太陽よりも暖かい温もりに包まれた。そして今、積乱雲と黒煙が混ざった天空下で、僕らは世紀を超えた再会を果たす。


「久しぶり」


 マグマよりも強烈な輝きを含んだ瞳で見つめる君が、間違いなく目の前にいたのだ。どこか懐かしい感覚と沢山の感情が溢れ出る。涙を巻き上げつつ、互いの額を優しく触れ合わせる。ああ、何を語ろう。僕は必死に思いを巡らせたが、直後に海面に叩きつけれた。

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 どれくらい眠っていたのだろうか、見当もつかない。漆黒と冷気に満ちた深海で囁き声がする。その聴き覚えのある声を聞いて、目をそっと開くと、柔らかなマグマの輝きが、瞳孔に優しく入り込んできた。


「おはよう、やっと起きたね」


 君が両手で僕の視線をゆっくりと持ち上げた。目の前の状況が夢なのか現かすら理解できなかったが、どうでもいい。そして、この海底火山の中から何千年もの時間がかかろうとも、もう一度、二人で新たな未来を創ろう。そう強く願った。


 君と共に、マグマに籠って。



©️2023 らのもん

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