40 しばしの別れ

 青く澄んだ空に、大通りを中心として立ち並ぶ屋台、そして、これまで見たことがないほどの熱気で溢れる人々……。土の国・ロックドロウの首都は、まさに祭りの様相を呈していた。

 人がひしめく大通りに、色鮮やかな白、赤、黄色の衣が入り混じっている。その景色に、思わず目が奪われる。


「あ、ニコラ! こっちですわ」

 

 ハッとして声の方を見ると、大通りの始まり付近で、たくさんの白の衣をまとった集団の中心にララがいた。ララは私を見つけ、満面の笑顔で手を振っている。

 そして、ララが私の方へとやってくると、周りの白い集団も一緒にぞろぞろとついてきた。


「こんなに護衛がいて、ごめんなさいね。今回は、卵の回収を手伝ってくれた地下の方々もお祭りに招待することができたのですが、その分、いつもより少し護衛の数が多くなってしまったんですの」

「ううん。ララはこの国の王女様なんだから仕方ないよ。それよりも、地下に住む人たちをお祭りに招待出来て良かったね」

「ええ、そうなのです! 地下に住む人々を全員とはまいりませんでしたが、それでも大きな一歩なのですわ!」


 ララの瞳が誇らしげに輝いている。

 そして、人混みに時おり混じる青色の衣の方を見て、嬉しそうに目を細めていた。


「さて、時間も限られていることですし、私たちもお祭りに参るとしましょうか」


 こちらを振り向いたララに手を引かれ、私たちは人がごった返す祭りの中心へと繰り出す。

 

 大通りの両側には、多種多様な屋台が軒を連ねていた。見たこともないような、異国の果物が山積みにされた屋台や、串焼きや揚げ物の香ばしい匂いが漂う料理の屋台が、目に飛び込んでくる。

 どれもこれも美味しそうで、どこから手をつけていいかわからない。


「お祭りと言えば、屋台でのお料理ですわね!」


 ララは意気込んでそう言い、屋台のひとつから何かを買い求めた。

 渡されたのは、香ばしい香辛料の香りが漂う串焼きの肉料理だった。


「これは、シーク・カバーブという料理ですわ。土の国のお祭りでは、定番の一品ですの。ニコラもぜひ、召し上がってみてくださいな!」


 そう言われて、ララの手元から串を受け取る。

 香辛料が練り込まれているのか、とてもスパイシーな香りがしている。

 

 ノアラークで、サリーが学んだという同じような料理を何回か食べたことはあるものの、売られているものを食べるのは初めてだった。

 土の国の市井には水の合わないものもあると聞いたが、ララが差し出してくれたものはこれまでも大丈夫だったし心配はないだろう。

 そう思い、ドキドキしながら、一口、かじってみる。


「ん~~~、辛ぁい!」


 舌がピリピリするようだ。カッと一気に顔が、そして飲み込んだ先の胃が熱くなるのを感じる。

 けれど、それらは不快なものではなく、肉の旨味と絶妙に絡み合い、後を引く。

 気が付けば、一口、さらにもう一口と、食べ進めていた。


「ふふふ、お口に合ったようで、よかったですわ」


 横で私の様子をつぶさに見守っていたララが、夢中で食べる姿を見て嬉しそうに微笑んだ。

 

「次は飲み物でもいただきましょうか。それとも、フルーツもいかがかしら?」

 

 と、祭りの中を進んでいきながら、私たちは色々な屋台を回って行った。

 

 ララと一緒にいるのは、本当に楽しかった。

 同年代の女の子だから、というのは勿論だが、それだけではない。妙に落ち着いて大人びていると言われていた私と、あまり変わらないくらいに、精神的に成熟をしているララ。

 水の国にいた時は、他の女子たちと会話を合わせるのにも少し努力が必要だったが、ララにはそんな気遣いは不要だった。


 屋台をひとしきり回った私たちは、祭りの中心地に進む。

 大道芸人が見事なパフォーマンスを披露し、人々が歓声を上げていた。ララもその光景に夢中になっている。

 

(……もう会えなくなるのは、寂しいな)


 ララの横顔を見て、ふと胸が少しだけ苦しくなった。

 彼女と過ごすこのひとときが、とても貴重で、大切だった。そしてもう、終わりが近づいている。


 夕方が近づくにつれ、祭りの喧騒も少し落ち着きを見せていた。

 私たちは大通りから外れて、人もまばらになった道の端のベンチに腰かけている。オレンジ色に染まった空が、私たちの間に、名残惜しい雰囲気をさらに漂わせる。


「……もう明日、出発されるんですのね」


 ララがぽつりと呟いた。彼女の視線は地面に落ち、どこか寂しげだ。

 胸の奥がきゅっと締め付けられる。


「……さよなら、は、言わないですわよ」

 

 ララがそう、名残惜しそうに言う。

 同じ気持ちだった。私だって、もっともっとララと一緒にいたい。


 けれど、それが難しいということもまた、私たちは互いに理解していた。

 だから感情的に引き留めたり、相手を困らせるような我儘を言ったりはしない。


(ただ……さよならという言葉だけは、どうしても言いたくない)


 と、ぐっと唇を噛んで、目の前のララの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「……私たちは、いずれまた、必ず会うのですわ。お互いの夢を叶えて。これはそれまでの、ほんの少しのお別れに過ぎないのです」


 それは自分自身にも、言い聞かせているような声だった。

 ララはキュッと口元を結び、心なしか目が潤んでもいるように見える。

 

 私たちは友達であり、同志だ。

 互いに小さな身に余る大きな夢を持ち、それに向かって進んでいる。

 

 同じように頑張っている仲間がいるから頑張れる。

 ララはきっと、夢を叶えるだろう。

 私も夢を叶えて、胸を張ってララと再会するんだ。


「ニコラ……それまでどうぞ、お元気で。必ず、またお会いしますわよ」

「うん。ララ、ありがとう。いずれ、また」

 

 ……必ず、会おう。

 私たちは静かにそう誓い合った。

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