39 祈りの乙女像

「それで、ニコラを遠ざけてまでしたい話というのは、一体何かしら?」


 大人たちだけが残されたノアラークの操縦室で、ニコラを見送ったシャリフ皇太子にアニーが問いかけた。

 片手を上げて和やかに送り出したシャリフ皇太子の後ろ姿が一瞬固まり、ゆっくりとその手を下ろしていく。


「……アニー、君は昔から本当に鋭いね。まあ、今日から市井で祭りがあるのも本当だし、ララがニコラ嬢に会いたがっていたのも本当だよ。ただ……そうだね。ニコラ嬢の保護者たる君たちには、伝えなくてはいけない情報が確かにあるかな」


 そう言って振り向いたシャリフ皇太子の表情からは、先ほどまでの穏やかさはもう消えていた。

 彼は操縦室の中央に進み、ガルドが用意した椅子に腰を下ろす。そして、和やかに挨拶を交わしていたはずの旧友たちと改めて向かい合う。


「あの日、西の塔に我々を案内した後、いつの間にか姿を消したシャールカだが……彼女が過去の蝗害こうがいの記録を消した犯人で、ほぼ間違いないことが分かった。それどころか、彼女はナターシャをそそのかして、今回の蝗害を発生させた可能性すら浮上している」


 そう言うと、シャリフ皇太子はふところに手を入れ、何かを取り出してアニーに差し出した。

 差し出された物を、アニーはいぶかしみつつも受け取り、視線を落とす。

 それは、片手に納まるほどの大きさの、土で出来た塑像そぞうのようなものだった。


「……シャーリー、これ、どこで手に入れたの?」


 二人のやりとりを黙って見ていたエリックが、横から口をはさんだ。

 エリックの隣にいたエディも、アニーの手の中の塑像を捉えて手で頭を押さえ、深いため息をついている。

 

「さすが、裏に詳しいエリックとエディは、既に知っていたか。これは、ナターシャ王女が住んでいた、西の塔の本棚の奥にあったものだよ。ナターシャと直接接触できるのは父上と世話係のみだったから、おそらく、シャールカが持ち込んだものだろうね」

「……シャールカっていうのは確か、アニーたちの話では、水の国出身だったか?」

「その通りだよ。エディ」

「なるほどねぇ。ああ、きな臭いなぁ」


 三人はそう言い合うと、何かに通じたかのように口を閉ざして黙り込む。

 だが、彼ら以外の周囲にいる人間は、状況を理解できずにいるようだ。


「……ちょっと。三人で納得していないで、私たちにも分かるように説明してくれるかしら?」


 業を煮やしたアニーが口を開く。

 渋い表情をしていたエリック、エディ、シャリフ皇太子の三人は、置いてきぼりになっていた周囲の視線に気付き、しまったという表情を見せ、話し出した。


「ここ数年、裏社会では、とある組織の活動が各国で散見されるようになったんだよ。乙女信仰の『過激派』と呼ばれる連中でね。この像は、その過激派に所属する者が持っているとされる、『祈りの乙女像』と呼ばれるものだよ」

 

「乙女を頂点にいただく奴らは、現在の各国の、王族による統治に反抗している。『世界の創世の祖である始祖の乙女、そして、その後継者である現乙女たちが国を統治すべき』というのが連中の主張だ」


「……特に我が国は、他国と比べても乙女の地位が低く、扱いも良いものではないから、彼らの標的となることが多くてね。我々の方でも調査していたところ、この過激派連中の拠点が、にあるということが、最近分かったんだ」


 最後のシャリフ皇太子の言葉に、エディが「ああ、俺たちが持っている情報とも一致しているな」と頷く。

 

「……ということは、シャールカはその過激派の一員で、今回の蝗害も、彼らの活動によるものだったということかしら?」

 

「恐らくは。シャールカも消えたし、彼女を世話係に推薦した人物も行方不明だ。素性も全てデタラメだったし、何もかもが完全に後手に回った形だが、この像が出てきた以上、彼らが我が国のかなり深くまで入り込んでいるのは、間違いないだろう。……頭が痛いよ」


 そう言ってうな垂れるシャリフ皇太子の肩を、エリックがポンポンと軽く叩く。

 一方、アニーは三人から視線を外して、改めて手の中に納まる像を見た。

 

 小さいけれども、細かい意匠が施された乙女の像。

 両手を胸の前で組み、薄っすらと開いた目がどこか神秘的だ。その目を見つめていると、思わず引き寄せられそうになる。


「この像も、持っていると何だか心がざわつくというか……あまり良くない感じがするわね」

「そうか。我々には何も感じなかったが、この像もまた特別なのかもしれないね。ありがとう、少し調べてみるよ」


 シャリフ皇太子は像をアニーから受け取ると、再び懐にしまい込んだ。


「……水の国では今、王族たちがニコラのことを血眼になって探しているわ。それも、もしかして、その過激派が少なからず関わっているのかしら?」

 

「さあ、どうだろうね。水の国の王族たちはかなりプライドが高くて、他国に情報が漏れることを何より嫌う。過激派のことも、国の汚点として、意図的に情報を攪乱させているくらいだ。水の国で今、一体何が起こっているのかは分からないが……まあ、近寄らないに越したことはないだろうね」

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