27 土魔法の強い適性

「これはまた、すごいことになっているな……」


 シャリフ皇太子の「土魔法の強い適性を持つ子に会いたい」という発言を受けて、アニーとヘインズは渋々といった様子で、シャリフ皇太子とガルドをロイドに引き合わせるため、二人をノアラークに招くことにした。

 どうやってロイドのことを知ったのか、私は不思議に思っていた。けれど、先にノアラークを視認したテッドの一言と、その直後に私自身が目にした光景で、すぐにその理由を悟った。


 私の目に飛び込んできたのは、様々な動物たちがノアラークを取り囲んでいる光景だった。

 ノアラークの上には、飛蝗対策に協力していた鳥たちの大多数が留まり、下には、ここら辺に住んでいるのだろう、サソリなどの昆虫から、トカゲのような爬虫類、さらにはネズミ等の小型動物から、果てはラクダ等の大型動物に至るまで、多種多様な生物が押し寄せていた。


「これまでロイドと一緒に地面に降り立った時も、色々な動物があいつに寄って行っていたが、ここまでの光景は初めてだな。さすがは土の国ってところか」


 テッドが遠い目をしながら呟く。

 ノアラークを取り巻く異様な光景は、一目で周囲から浮いていた。テントのある一帯にいた人々も異変に気付いたのか、ノアラークに集まりだしているのが見える。


「これは、『土の乙女』が生まれる時以上の光景だなあ……」


 地面にいる動物たちをかき分けながら、テッドとヘインズが扉を降ろす。

 上下左右から、中に入ってこようとする動物たちを必死に制止する彼らの横を急いで通りながら、ノアラークの中に乗り込むシャリフ皇太子がそう小さく呟いた。


「良かった、待ってたのよ! 見てよ、この鳥たち! あなたたちが出て行ってから、徐々に集まりだして……もう前方の窓は埋め尽くされて見えないわ、糞をしていくものだからジルが発狂して鳥に殴り込みに行こうとしだすわで、本当に大変だったのよ!」


 やっとの思いでノアラークに戻ると、サリーが一目散に駆け寄ってきた。背後には、操縦室で窓を埋め尽くす鳥たちを茫然と眺める、お留守番組の姿も見える。

 その中には、この騒ぎに目が覚めてしまったのだろう、エリックの姿もあった。


「あれ? シャーリーじゃん。久しぶり」


 アニーの後ろにいたシャリフ皇太子に気付いたエリックが、いつもと同じ軽い口調で言った。

 エリックは、およそ十年ぶりの再会と思えないような態度で言葉を続ける。


「見てよ、これ。あんまり外がうるさいから、起きちゃったんだけどさ……。これ一体、どうなってるの?」

 

「ああ、エリック、久しぶりだね。君は、本当に変わっていないな……。これは、強い土魔法の適性を持つ者の周囲で、特異的に見られる現象だよ。主に、『土の乙女』が生まれる時に見られるものなんだが、この船には『土の乙女』と同等か、それ以上の適性を持った者が乗っているようだね。その者とすぐにでも会って話したいところだけど……とりあえず一度、地上から離れた方がいい。この状況に、周囲の者たちが騒ぎ始めている」


 シャリフ皇太子の言葉に、アニーはハッとした表情で急いでジルに指示を出した。

 ジルは鳥たちによる惨状を目にしたくないようで、殴り込みに行くのを止められた後は、機関室に引きこもっているようだ。

『……了解』というジルの声が操縦室に響いたと思ったら、小さく『あのクソ鳥共、轢き殺してやる……』という物騒な呟きが一緒に聞こえてきたが、その呟きを咎められるものは誰一人としていなかった。


 ノアラークが動き出すと、留まっていた鳥たちは、バサバサと音を立てて飛び去って行った。顕わになった操縦室の窓には、大量の糞がべったりと残されている。

 ジルが機関室から出てくる前に、何とか掃除できないものかと思いながら、私は汚れた窓をぼんやりと眺めてる。

 と、その時、またエリックが、思い出したかのように口を開いた。

 

「てかシャーリー、ここに何しに来たの?」

「君は本当にマイペースだねえ……。さっきも言ったけど、この騒動の原因になった、土魔法の強い適性を持つ子に会いに来たんだよ」


 シャリフ皇太子はエリックにそう説明すると、今度はアニーに顔を向ける。


「アニー、気が進まないのは承知しているんだが、こっちも確かめないといけないことがある。悪いんだけど、その子に会わせてくれるかな?」


 すると、操縦室に集まる人だかりの奥の方から声がした。


「……それって俺のこと?」


 男たちの陰からロイドが姿を現し、シャリフ皇太子の前へ歩み寄っていく。

「……この子かい?」というシャリフ皇太子の質問に、アニーは小さくうなずいた。


 シャリフ皇太子はロイドに軽く挨拶をすると、手で口元を覆いながら、上から下までゆっくりとロイドを観察していく。

 そして、目を伏せたかと思えば、深いため息をつきながら言った。


「これは、非常に不味いな……。せいぜい、逃げた土の乙女かその子供かくらいに考えていたんだが、君は間違いなくだね。しかも、『黒髪』は土の国の特徴でもある。君を人目に付くところに出したら、自分の落とし種だとか言い出す輩が現れて、国が乱れそうだ。一応、念のための確認だけど、土の国と繋がりがあったりするかい?」


「いや……俺は『光の国』出身だから……。ただ、生まれてすぐに両親に捨てられて、物心着く頃には、すでに孤児院で暮らしていた。両親がこの国出身だったかどうかは分からない」


「そうか……。ちなみに、我が国は現在、蝗害を受けて壊滅的な危機に瀕しているわけだけど、何らかしらの形で手助けをしてくれる気はそもそもあるかい?」


 シャリフ皇太子が柔らかい口調でそう尋ねると、ロイドは一瞬目を見開いた。

 今回の依頼の大枠は、私たち全員が共有していたが、「壊滅的な危機」という言葉には驚いたのだろう。

 しかし、何か考え込むような表情を見せた後で、ロイドは視線を落とし、小さな声で答えた。


「俺自身が表に立って魔法を使うようなことは……できればしたくない……」


「……それなら仕方ない。まあ、もし君が逃げた土の乙女の子だったとしても、大問題だしね。我が国とは縁もゆかりもない、たまたま土魔法の強い適性を持って生まれただけの、他国の女子であればと期待したが……。土の乙女たちもいるし、ニコラ嬢の協力も得られたから、戦力としては十分ですらある。君が気に病む必要はないよ」


 シャリフ皇太子が優し口調でそう言いながらロイドを慰めるが、ロイドの表情は晴れない。

「まあ、君も色々あったんだろう。何があったかは知らないが、後は自分の中で折り合いをつけるしかないかな」と、ロイドの頭をポンポンと叩いた。

 

 そして、シャリフ皇太子はロイドから離れると、集団の中心に立ち、周囲に目配せをしながら両手を広げて言った。

 

「さて、ここにいるのは、土の国とは何のゆかりも無さそうなニコラ嬢とロイド君。そして、昔から私を支えてくれているガルドに、気心の知れた、かつての学友たちだけだ。今回の依頼の本題について話を始めようか」

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