28 土の国・ロックドロウ
「どこでこの話をしようかと考えていたんだが、ロイド君の存在は正直、渡りに船だったかな。これからの話は、国民に聞かれるとまずい内容だからね」
シャリフ皇太子はそう言いながら、ノアラークの面々が発言に訝しむ様子を確認すると、操縦室の前方へと歩を進めた。そして、操縦席の椅子を回転させて私たちの方を向き、腰を下ろした。
こちらを振り向いたシャリフ皇太子は疲れた様子を隠すことなく、ため息をつき、少し眉を下げ困っているかのようにも見える。
先ほどのテントの中で見た、『シャリフ皇太子』とはまるで別人のようだった。今目の前にいるのは、心から信頼する友人たちにだけ見せる『シャーリー』の姿なのだろう。十年の時がたっても変わらない、彼らとの絶対的な信頼関係がそこに見て取れた。
「一昨年の大雨と、それによる
シャリフ皇太子が重い口を開き、語り始める。
その言葉のひとつひとつが、胸に重くのしかかるようだった。
「まず、初期段階の大量繁殖の危険性に気付かず、放置してしまったこと。そして、気付いた後も、対策を講じるのが遅れてしまったこと。何より、
シャリフ皇太子は、眉間に深いしわを寄せ、いかにも苦々しいといったような表情を浮かべている。シャリフ皇太子から離れ、操縦室の入り口で立っているガルドも、同じように沈痛な面持ちをしていた。
「一昨年の大雨……確かに数百年ぶりの規模ではあったけれど、同じような大雨は過去にも何度か起きている。そして、その記録も確かに残っていた。この国の環境は建国以来、大きく変わっていない。だから過去の大雨でも、程度の差はあれど、確実に蝗害が発生していたはずだ。しかし、大雨の記録だけが残されていて、その後の影響に関する部分は、故意に消されているような形跡があったんだ」
ここまで一息に話したシャリフ皇太子は、小さくため息をついた。
サリーが水の入ったコップを差し出すが、シャリフ皇太子は軽くお礼をしたものの、コップを両手に握りしめ、コップに映る水面に視線を落とす。
「……ひとたび蝗害が発生すれば、国は壊滅的な被害を受ける。飛蝗に荒らされて日常が破壊され、食糧不足が命の危機を招く。そんな状況になれば、限界を迎えた国民が、反乱を起こす可能性だって現実味を帯びてくるだろうね」
シャリフ皇太子の言葉に、私は重く息を呑む。すでに、地上の穀物地帯は飛蝗に荒らされているという。
だが幸いなことに、土の国は地下にも街が築かれていて、そこに地上の作物を備蓄していた。また、地下でもイモなどの農作物を育てていたために、まだ飢餓に瀕する者は出ていなかった。
地上で暮らすのは、首長一族など限られた一部の人間だけで、大多数の国民がそもそも地下で生活していた。そのため、国民の中には、蝗害が発生していることすら知らない者も少なくないという。
「あと、もう一つ俺が引っかかっているのは、この飛蝗の行動に誰かの意思が入っていないかということだ。みんなも知っての通り、
シャリフ皇太子はそう言いながら、自身の肩に止まるキールと、私の頭に止まるイーヨに視線を向けた。
パートナーたちを見て見て、一瞬、シャリフ皇太子の顔が柔らかくほころんだように見えた。でも、それも一瞬のこと。すぐに視線を落とし、また重い口を開く。
「……ちなみに、飛蝗が魔物化し始めているのはもう見たかな? この国以外では知られていないことだけど、人間のパートナーとして意思疎通できる生き物たちは、精霊たちの影響を受けやすく、また魔物化もしやすいんだ。この国ではそれが、周知の事実として知られている」
「……つまり、今回の蝗害には、意図的に過去の蝗害の記録を消して被害の拡大を企てた者と、飛蝗を操って国を危機的状況に陥れている者がいるってこと?」
話を大人しく聞いていたエリックが、シャリフ皇太子に向かってそう問いかけた。シャリフ皇太子はその言葉に、下唇を噛みしめながら静かに
「その通りだよ。過去の記録は、首都の宮殿で厳重に保管されている。そして、飛蝗などの空を飛ぶ生き物と心を通わせることができるのは、主に首長一族と、一部のその他族長一族のみだ。彼らは全員、地上のオアシスで暮らしている。それらが同一人物によるものなのか、それとも別々の者によるものなのか、現時点では判断できない。ただ少なくとも、首長一族かその関係者が、今回の蝗害に関与していると見て間違いないだろう」
「でも、首長一族はこの国のトップだよね? 蝗害なんて、下手すれば国が滅んでしまうようなことを起こす動機があるかな?」
エリックが疑問を口にすると、シャリフ皇太子は小さく息を吐きながら答える。
「もっともな疑問だ。まあ、一番可能性がありそうなのは、後継者争いかな。この国は、基本的に長子相続だけど、俺は五番目だったが上の四人を蹴落として皇太子になった。ちなみに王子は俺を入れて十二人いるよ」
「うへぇ……そんなに兄弟いんのか。んじゃあ、その、上の四人が一番疑わしいってことか?」
兄弟の人数を聞いて、思わずといった様子でエディが言った。
学生時代から、シャリフ皇太子と特に仲が良かったというエリックやテッドは、この事情にも考えが及んでいたのか、やはりといったような複雑な表情をしている。
「いや、その内の一人はガルドだから、実質三人だね。ただ、疑わしいのは上の四人に限らず、ガルド以外の全員かな。俺たちはほとんどが異母兄弟で、基本的にあまり仲が良くはない。蝗害対策は今、俺に一任されているから、もし失敗したら俺は皇太子の地位を剥奪されるだろうね」
「上の三人は、自分を蹴落として皇太子になったシャーリーを恨んで、皇太子の地位を奪いたいのかもしれないし、下の七人も、シャーリーがいなくなれば自分にチャンスが回ってくる可能性があるって感じか?」
「この国は、本当に複雑な事情を抱えているわねぇ……」
シャーリーの一族や土の国の内情を知り、皆、思い思いに言葉を発しはじめる。
それらすべての言葉には、皇太子の地位にあるにもかかわらず、身内であっても気を許せる人間が数えるほどしかいない、シャリフ皇太子を気の毒に思う気持ちが込められていた。
「蝗害の記録を消したのと、飛蝗を操っているのが別々だった場合はさらに複雑だな……」
「記録に関しては、宮殿に出入りできる立場の者であれば、誰でも可能性はあるからね。と言っても、宮殿に出入りできるのは、首長一族ならびにその他の族長一族と、商人と……。あとは、数は少ないけど、国外の出身で宮殿で働いている者くらいかな」
「土の乙女たちはどうなの? 乙女なら、首長や族長の一族でなくても、宮殿への出入りが許されていそうだけど……」
アニーがそう問いかけた。土の乙女のことを聞かれて、一瞬、シャリフ皇太子の表情が曇る。
そして、少し答えに戸惑うように視線を動かし、後ろめたそうな様子でアニーの問いに答えた。
「……彼女たちは確かに地上に住んでいるが、オアシスでは暮らしていない。砂漠にある村で、ひっそりと共同生活を送っているんだ。彼女たちのパートナーは、例外なく『オオトカゲ』だから、この件には無関係だと思っているが……。正直なところ、一番、蝗害を起こす動機があるのは、おそらく彼女たちだろう」
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