25 シャリフ皇太子
「……結構、思い切り良くいったわね。これは想像以上だったわ」
アニーがそんなことを呟く。彼女の視線の先には、私の放った
周りのみんなも、私の魔法の規模に圧倒されているみたいで、言葉を失っている。それどころか、眼下に
私は大きく抉れた地面を見ながら、この妙な、重い雰囲気をどうしたものかと考える。
そんな時、また「ピィーーーー!」という、甲高い音が遠くから聞こえたと思えば、先ほどまで飛蝗の集団に果敢に飛び込んでいた鳥たちが隊列を整えて、首都のあるオアシスの手前の、開けたエリアに飛んでいくのが見えた。
その内の、先頭を飛んでいた一羽が集団から外れて、こちらに向かってまっすぐに飛んでくる。
こちらへ飛んできた鳥は、タカだった。
タカは私たちの頭上を数回旋回したかと思うと、甲板で下を覗き込むような、四つん這いの態勢をとっていたテッドへ飛んでいき、彼の肩にスッと降り立った。
テッドは一拍置いた後、ゆっくりと膝立ちで上半身を起こし、肩に止まったままのタカに自らの腕を差す。タカは差し出された腕に大人しく移動し、たまに小首をかしげながらテッドと見つめ合っていた。
「お前、キールか! 随分と立派になったもんだ!」
テッドは満面の笑みを浮かべてそう言いながら、キールと呼ばれるタカの羽を手の甲で優しくなでた。
キールは、テッドの言葉に答えるように「ピィ」と鳴いて、嬉しそうに羽を広げる。
「このタカ、知り合いなの?」
私は思わず訪ねたが、テッドはキールを撫でるのに夢中で、私の声には気付かなかったみたいだ。
「キールは、私たちのお迎え係かしらね。少し合流予定地点からズレるけれど……指定された場所は、今や飛蝗の海の中だし、他の鳥たちが飛んでいったあちらの方に、きっとシャリフ皇太子はいるんでしょうね」
アニーがテッドとキールをチラリと見た後、もうだいぶ小さな姿になっている、鳥たちの集団が向かっている方向を眺めながらそう言った。
「よーし、キール。シャーリーの元に案内してくれるか!」
ひとしきりキールを愛でたあと、テッドはそう言って立ち上がり、キールが留まっていた腕を、勢いよく空に向かって押し出した。
キールはその勢いに乗ってテッドの手を離れ、大きく羽ばたいて空へと舞い上がる。
「ジル! このタカはシャリフ皇太子の案内係よ。ついて行ってちょうだい!」
『了解』
ジルの声が周りに響く。
すると、ノアラークがゆっくりと動き出した。
鳥たちが飛んでいった方向とノアラークの間を旋回していたキールは、ノアラークが自分の方に動き始めたのを確認すると、体を
鳥たちが向かって行った方向へと進むキールに従い、ノアラークもゆっくりとその後を追う。
下を見れば、蠢く黒き悪魔たちは最初の頃のような勢いは消えたまま、ノアラークが頭上をゆっくり通過するのを見守っているようだった。
その様子は不気味なほど静かだった。
⚓︎ ⚓︎ ⚓︎
飛蝗たちの群れから少し離れた場所。背後に首都のオアシスを望む、開けた砂漠地帯に、シャリフ皇太子率いる一団は陣を張っていた。
キールに導かれるまま、私たちはいくつかの簡易テントが居並ぶエリアに到着した。そこから少し離れた場所に、ノアラークは停泊する。
ひとまず、今回の依頼の主要メンバーである、アニーとヘインズ、テッド、そして私の四人で、シャリフ皇太子への
外に出た瞬間、砂漠の日差しが肌を刺すように照り付ける。
眩しさに思わず目を細めた私は、サリーが見繕ってくれた、帽子と薄手のありがたさを実感した。炎の国・ヴォルカポネよりもさらに熱いこの場所では、服装選びが特に重要なのだと思わざるを得ない。
汗が一気に噴き出してきて、私は帽子のつばを深く下げた。
ここに来る前、ノアラークが先ほどまでいた場所を振り返ると、相変わらず、黒く蠢く飛蝗の群れが目に入った。
あの場所は、私たちがいるこの場所よりも、少し低い地形になっているようで、飛蝗たちは斜面の底にたむろする影のように見えた。
すでにノアラークの外で待機していた、案内役の男性に連れられ、私たちはいくつかあるテントの中でも、ひときわ大きく豪華なテントへと向かった。
道中、鳥たちがサボテンにとまり、用意された水や、果物をついばみながら、羽を休めているのが見える。その中には、先ほどのキールの姿もあった。
たどり着いた一番大きなテントの中は、不思議と涼しかった。
少し歩いただけにも関わらず、慣れない環境に消耗していたので、涼しい屋内にホッと一息つく。
軽く息を整えつつ、案内されるままに、テントの奥の方へと進んで行く。
そこで待っていたのは、今回の依頼主、シャリフ皇太子その人だった。
私は緊張を感じつつ、どんな話となるのか身構えたが、彼の口から出てきた言葉は、予想をはるかに超えて軽いものだった。
「アニー、久しぶりだね! 学園以来だから実に十年ぶりだが、君はますます美しくなったね。こんな美しい君に再会できたことを、神に感謝しなければ……。そうそう、この度は、私の依頼を受けてくれてありがとう。ヘインズにテッドも、また会えてよかった。エリックは元気にしているかい?」
その軽妙な調子に、アニーが小さくため息をつくのが聞こえた。
「……シャーリー、あなた、皇太子になったのに全然変わらないのね……。エリックも元気よ。外の飛蝗たちのことなどまだ知らずに、きっと今頃スヤスヤ寝ているわ」
「相変わらずの昼夜逆転だね! はは、僕だけじゃない、みんなも全然変わらないよ! いや本当に、あの頃の記憶が、昨日のことのように蘇ってくるなあ」
彼は懐かしそうに、眼を細めながら笑った。旧友たちとの久しぶりの再会に、シャリフ皇太子はみんなの元に歩み寄り、一人一人と言葉を交わしていく。
少しして、シャリフ皇太子は旧友たちとの視線から、一段下にいる私の存在に気が付いた。
「ん? 知らないお嬢さんがいるね……。はじめまして、私はシャリフ・イル・ブーンディー。この土の国・ロックドロウの首長一族の一員にして、次期首長たる皇太子を務めている。可憐なお嬢さん、君の名前を伺ってもいいかな?」
そう言いながら、彼は私の前で膝をつき、私の手を取ってその甲にキスをした。
目の前で繰り広げられる、まるで絵本の中の王子様のような振る舞いに、私はどう対応していいか分からず、固まってしまう。
ちらりとアニーを見ると、彼女は頭を押さえて「やれやれ」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「……ニコラといいます……はじめまして」
「ニコラというんだね、素敵な名前だ。これから、どうぞよろしくね。……それで、君のような可愛いお嬢さんが大人たちに交じってここにいるということは、もしかして先ほどの魔法を使ったのは、この子だったりするのかい?」
シャリフ皇太子は
普通は、わたしのような子どもが、あの規模の爆発を起こしただなんて思わないだろう。しかし、私がこの場にいる意味を察した、シャリフ皇太子の柔軟さと洞察力の鋭さに私は圧倒される。
「……ええ、そうよ。あれはこのニコラが放った、
アニーがそう答えると、シャリフ皇太子の視線が再び私に向けられる。
「それはすごいね! 我が国にも、魔力の高い『土の乙女』たちがたくさんいて、何度か彼女たちの魔法も見たことがあるが、規模がまるで違うよ! ニコラ嬢の助けがあれば、あの忌々しい悪魔どもをようやく一掃できそうだ」
シャリフ皇太子の口は、素直に私を称賛する言葉を述べていたが、私を見つめる目は、口から出てくる言葉とは裏腹に、鋭く私を射抜いていた。
その目は猛禽類のような獰猛さを秘めているようで……そして、炎の国で何度も向けられたものと、同じものだった。
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