17 登城命令
「はあ? 城から登城命令が出ているって、なんで?」
エディによるカルデラ壁の年代調査の結果が出てから、およそ一週間が経った頃、アニーの元に、冒険者協会のグレゴリーから火急の知らせとともに、登城命令を知らせる書類が届いた。
アニーは調査結果が出てすぐ、カルデラ壁のあったエリアから帝都に移動しつつ、『Aランク:ヴァルティナ山脈の地震調査』の報告書を一晩でまとめ上げ、グレゴリーへ早々に提出していた。
ノアラークに戻ってくるやいなや丸一日以上眠りこけていたが、それだけの労力を注ぎ込んだ調査がやっと終わったと、気分爽快ご機嫌だった矢先のことだ。アニーの表情が、知らせを受けて一気に崩れる。
アニーは手元に届いた知らせや、同封されていた登城命令に目を通すや否や、ヘインズやエリックを引き連れて冒険者協会に飛び込んで行った。
冒険者協会の三階にある協会長の部屋のドアを勢い良く開け、挨拶もなしに声を荒げてグレゴリーの方を睨みつける。
「ねえ! 登城命令って、いったいどういうことなの!? 私は今回の調査結果を、丁寧かつ詳細に報告書にしたためて、あとは悠々と依頼完了手続きを待つつもりだったのだけれど……どうして城に登城しなければいけないのよ!?」
アニーが来るのを予想してたのであろう。
グレゴリーはお茶とお菓子を準備して待ち構えていたが、アニーはそんなことお構いなしと、そのまま部屋に押し入り詰め寄っていく。
「落ち着け! アニー、待て待て、そう落ち着いて! お前の用件は分かっているが、どうどう、さあ椅子に座って? いい子だ、このお茶を飲んで落ち着くんだ。そうそう、いいぞ」
アニーたちのことを幼い頃から知っていると言っていたグレゴリーは流石、こういう時のアニーの扱いを熟知しているようだった。
興奮して捲し立てようとしてくるアニーを宥め、椅子に座らせ、お茶を飲ませて落ち着かせることに成功する。
アニーを後ろから追ってきたヘインズとエリックは、おそらく初めてではないであろうグレゴリーの華麗な対処に、目配せで軽く謝罪と感謝の意を表していた。遅れて二人の分のお茶とお菓子が部屋に届く。
全員が椅子に座り、お茶を口にして少し落ち着いたところでグレゴリーがため息交じりに口を開いた。
「……はあ、何でって言われてもなあ。アニーから一昨日、報告書を受け取った後、中身を確認して急を要する事態だと察した俺は、そのままの足で、依頼主である大臣たちに報告しに行ったんだ。大臣たちも、報告書を読んで目を丸くしていたさ。それで、急いで皇帝陛下に報告するってんで、俺は帰されたんだが……今朝、何の前触れもなくいきなり城から使いの者が来たかと思えば、まさにアニーたちに登城命令が出されていたというわけさ。つまり、俺もよくわからん」
グレゴリーが、どうしようもないといった雰囲気でそう言う。
組んでいた両腕を手のひらを上にして左右に開き、首を傾かせながら、自分にも理解できないとばかりの態度だった。
そして、自身の目の前に置かれたカップに手を伸ばし、お茶をすすりながら言葉を続ける。
「ただ、報告した内容が内容だったからなあ。念のため、報告者であるアニーたちを呼んで、内容に間違いないか詳細含めて確認しようとしているのかもしれんし、噴火の対策としてお前たちに、直接、追加で依頼をしたいのかもしれん」
「~~~そうにしてもよ! 代表者として私と、追加でせいぜい調査者として名前を記載した、エディくらいに登城命令が出るならまだしも、
登城命令が出たこと自体もそうだが、ロイドとニコラを含めて全員で来いという内容が予想外だったのか、いつも比較的冷静なアニーにしては珍しく慌てた様子だ。
さらに、話しながら途中でいろいろな可能性に行き当たっているのか、アニーの中で疑念がどんどん膨らんでいっているようでもある。
「まあ、落ち着けって。今のとこの情報じゃ、ニコラがらみなのか何とも言えん。この登城命令は皇帝陛下から出ている、かなり権限の強いものだから、
グレゴリーは、アニーが握りしめていた登城命令を改めて確認すると、そうアドバイスした。
登城命令には『明日の朝、冒険者協会の前に迎えをよこす』と書かれていた。
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結局、城にはお留守番のジルを除いて、全員が登城することになった。
「あなたたちは別に、登城する必要はないんじゃない……?」と、そもそも調査にも参加していなかったメンバーがアニーにそう言われていたが、「他国の城内部に入れる貴重な機会を奪うなんて、そんな後生な……!」と、全員、城行きを
アニーたちが冒険者協会からノアラークに戻ってきた後、操縦室で真剣な面持ちで皆に報告していたアニーだったが、「本当に!? やったー!!」という一部の歓びの声に
まあ、どうせ行くしかないんだし、考えても仕方ないし、準備だけしといてあとはもういいや! という、諦めの境地に至ったようにも見えた。
登城命令を最初に受け取ったときの深刻な雰囲気とは、がらりと雰囲気が変わっていく。
他国の城へ入れることに何人かが浮ついて話していたり、調査中に待ちきれずに思いのまましたためた、破局噴火関連の提言書を一応持参するかと準備する者がいたり、本人たちにとってはいたって真面目な話で持ちきりだった。
翌朝、城からの馬車は、約束の時間の少し前にすでに、冒険者協会の前で待機していた。
私を含め、ノアラークでお留守番をしているジル以外の全員が、次々と馬車に乗り込んでいく。
一応、心配して顔を出してくれたグレゴリーだったが、昨日のアニーの様子から打て代わり、まるで遠足気分の私たちを目にして呆れたように笑っていた。
「そうだな、どんな状況でも、自分たちの都合のいいように行動する。転んでもただでは起きん。それがお前たちだったな。存分に城の見学を楽しんでくると良い」
グレゴリーはそう言うと、出発の合図に馬たちが嘶き進みだす中、姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
冒険者協会を後にした私たちは庶民の生活圏を抜け、さらに富裕層や貴族たちの生活圏を通り、城へと向かっていた。
貴族たちの屋敷が並ぶエリアを通り過ぎると、次はいよいよ城の敷地にさしかかるということだったが、意外と城は街から離れたところにあった。
街と城の間には開けた土地があり、朝にもかかわらず、既に兵隊たちの訓練が始まっているようだ。馬車の中からも整然と並ぶ隊列が見え、訓練に伴う音や声が響いている。
城の前に構えられた門をくぐり、辿りついたのは貴族用の入り口だった。
「くそっ、どこもかしこも耳ざといわね……」というアニーのつぶやきが聞こえてくる。
「アンナ様ですね。この度は皇城まで、ようこそお越しいただきました。登城命令書を拝見いたします。……確かに、ではこちらへどうぞ」
入口で対応してくれた男性はそう言うと、城の中へと一行を案内した。
城の内部は、いかにも強大な権力を持った一族が己の権力を示すがごとく、美しく貴重な調度品に溢れた豪華な作りであった。
床はふかふかの絨毯で覆われ、壁は繊細な模様の壁紙が張られ、天井にまで重厚な絵が描かれている。
何も知識のない私から見ても、ここは歴史的に需要な芸術品に溢れた空間だと、否応なしに理解して緊張してしまうほどだ。
この歴史的に貴重な数々の作品を目の前にして、何人もが目を輝かせ、感動に震えているのが見える。
壁際に置かれた一つ一つの調度品を穴が開くほど堪能し、徐々に集団から遅れていく一部に注意を払いながら、男性は私たちを城の奥へ奥へと案内していった。
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VALKYRIA ー始祖の乙女と七つの国ー となりのOL @haijannu
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