16 ヴァルティナ山脈の地震調査②
「……? 何か、地面の下の方で……何かがむこうに向かって、動いている……?」
地面に手をついて体をかがめた状態で、私は地面を見つめながらそう呟いた。
強い地震で動けなくなり、自然と地面に意識を向けていたからだろうか。地表のはるか下、奥の奥、そのまた奥の方で、何かが炎の国中心部へ移動しているような感覚がしたのだ。
「……もしかしたら、ニコラが感じたのは地中深くのマグマかもね。それなら、さっきの地震はマグマの移動によるものなのでしょう。むこうっていうのは……炎の国中心部の、つまり『城』の方向かしら。そっちの方に動いたのであれば、噴火が起こるのはここからもっと炎の国の中心に近い火山かしらね……」
アニーが、地震がだんだん収まっていくのを確認しながら立ち上がり、私のつぶやきを拾ってそう言った。
「いったん、ここを離れて、もう少し別の角度から調査してみましょう」
アニーの声に、湖の底で作業していたリックも急いで合流した。
私たちはノアラークに乗り込み、さらに調査すべく別のポイントへと向かった。
⚚ ⚚ ⚚
「この壁、帯みたいな模様がたくさん入っていてすごいね」
翌日、私たちはヴァルティナ山脈の中でも外側、草の国との国境近くに移動していた。
そこには、五千年前の『破局噴火』によってできたという広大なカルデラがあった。
私はそのカルデラの淵に立ち、そびえ立つ壁の断面を眺めていた。
この壁は『破局噴火』の際に降り注いだ火山灰や溶岩が層となって固まり、形成されたものらしい。そう、先ほどのポイントでは、干上がった湖の底でスコップを片手に地面を掘っていたリックが教えてくれた。
そのリックは今、壁の正面ギリギリに立ち、顔に布を当てて息を掛けないように注意しながら、興奮気味に模様を観察している。
「ああ、キラキラと輝いて何て美しい……。手に取ってじっくり観察したい……。いや、しかし、ここは歴史的にも重要な資料だから、不必要に手を加えるのは……」などと、壁に向かってぶつぶつ呟いている。
そんな一人で騒がしいニックを横目に、私は反対側にいるエディの姿を見た。
エディは顎に手を当て、静かに壁の模様を観察している。
「……この国も、一筋縄ではいかないらしい」
少しして、ずっと無言で壁を観察していたエディが、逡巡を終えたのかため息をつきながら、壁から視線を外してそう呟いた。エディの表情は暗く、何やら状況は思わしくないのだろうと私は察した。
そしてふと後ろを振り返ると、私から少し離れたところにアニーがいた。アニーは地面に手をつき、目を閉じて額に汗をにじませながら、何かに意識を集中している。
やがてアニーの顔の緊張がフッと緩み、瞼がゆっくりと開かれた。彼女は、隣に立って様子を見守っていたヘインズに、険しい面持ちで目配せをする。
さらにその二人の奥、私たちがいるところから離れたところで、ロイドが一人でこれまた険しい顔をさせながら城のある方向を静かに見つめていた。
ロイドの様子に、地面から手を離して立ち上がったアニーとヘインズも遠くから注意を払う。
いつの間にか、カルデラ壁の前にいたはずのエディも私たちの近くにやってきていた。
アニーはそれぞれに視線を配る。みんな、自分の仕事はすでに終わったようだった。
「……一度、ノアラークに戻って情報を整理しましょう」
ノアラークの操縦室に全員が集まった。
アニーやエディ、そしてロイドの表情は相変わらず硬く、険しいままだ。その様子を察してか、集まった全員を包む雰囲気も重く感じる。
「さて、今回の依頼について、ひとまずみんなの意見をまとめましょう」
アニーが口を開いた。その声もいつになく慎重だ。
アニーはまず、エディに向かって話しかける。
「エディ、あなたカルデラ壁を熱心に見ていたけれど、何か分かったかしら?」
「ああ。アニー、お前たちが冒険者協会で調べた情報によると、このカルデラは五千年前に『始祖の乙女』が起こした『破局噴火』でできたという話だったな。そして、今の皇帝一族が国を統一した時にも噴火し、その時に城の後ろのカルデラができたと……。つまり、この土地で起きた噴火は
「ええ、確かにそういう話だったわ」
エディはアニーの返事に少し間を取る。そして少しして、意を決したように言葉を続けた。
「……この土地は、少なくとも
エディの発言を受けて、操縦室の空気が凍りついたように感じた。
私はエディの言葉を頭の中で反芻しながら、全員の表情を窺った。誰もが事態の重大さを察しているようだ。
「……先ほどのアニーの言葉が本当だとしたら、あいだの一回が、故意に歴史上から消されているということになる。どういった目的で歴史から葬り去られたのかは現時点では分からないが、その消された一回の謎が、今回の依頼に深く関わっているように俺は感じる」
「そう……ありがとう。次に私の方だけど、地面の広範囲に電気を流して調べてみたけれど、やはり、カルデラ内の地下十キロ以深にマグマと思わしき物質の存在を確認したわ。さらに、さっきロイドとも少し話したのだけれど、炎の精霊たちも国の中心部により集まっているようだということだったわ……」
その場にまた沈黙が訪れた。
アニーやエディ、それにロイドの話を聞いて、おそらく、私を含めたこの場にいる全員の脳裏に最悪のシナリオが浮かぶ。
集まった時よりも、さらに重く息苦しい雰囲気がこの場を包んでいた。だれもが思っていることはあるものの、言葉が出ない。
体感的に、果てしなく長い時間を過ごしているような不思議な感覚だった。が、ついにアニーが静寂を破る。
「……つまり、今までの話を総合すると、炎の国での破局噴火は単発ではなく周期的である可能性があり、地震やカルデラ湖の枯渇は次回の破局噴火の予兆である可能性が高く、その破局噴火には国全土の炎の精霊たちが関与している可能性がある。と、いうことね……。この仮説が正しかった場合の、被害規模を考えただけでめまいがするわ……」
これほどの重大内容で半端なことはできないからと、アニーはエディに至急、カルデラ壁の年代調査をするよう指示した。
「どんなに早くても一週間はかかる」ということで、結果が出るまでのあいだは、全員、ノアラークで待機となった。
私は光魔法の勉強をしても良かったのだが、手を動かしていないと色々と考えてしまいそうだったので、みんなの疲れた体をひたすら治療することにした。
他のみんなはというと、破局噴火を想定した人や動物たちの避難計画を立てていたり、経済的損失の見積もりと復興計画を作成していたりと、落ち着かない様子で自身の専門性を破局噴火の対策に発揮していたようだ。
おかげで、患者はいつもより多く、あっという間に時間が過ぎていった。
そして、一週間が過ぎようとしていた頃、ついにエディが自室から姿を現した。
その一報を聞きつけたのか、ベルで呼ばれる前に全員が操縦室に集合していく。
操縦室に入ると、隅でアニーと話しているエディの姿が目に入った。その姿はいつもと違い、明らかに疲れ切っているように見えた。
髪も乱れ、服も少しだらしなく、無精ひげまで生えている。夜を徹して作業していたのだろうと容易に想像がついた。
全員が揃ったのを確認すると、エディは調査結果を報告した。
「やはり、この地での破局噴火は三回だった。最初の破局噴火は
ここまで話して、エディは一瞬口を閉じた。
想像していた中でも、おそらく最悪のシナリオだった。皆が目を伏せ、続くエディの言葉に心の準備をしはじめる。
少しして、エディも覚悟を決めたのか、ようやく重たい口を開いた。
「これらの破局噴火はすべて同一のものであり、およそ
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