15 ヴァルティナ山脈の地震調査①

「わあ、すごい! ノアラークの下には今、こんな景色が広がっているんだね……!」


 帝都で急いで情報と必要物資を集めたあと、私たちは炎の国・ヴォルカポネを取り囲むようにそびえる、ヴァルティナ山脈へ向かった。


 ノアラークが炎の国の上空で止まると、操縦室の中心部の床から装置がせり上がるように出現した。その装置にまず驚かされたけど、さらに驚いたのは、その装置が起動して映し出された映像だった。

 そこに映るのは、黒や茶色のごつごつした岩肌が連なる山々、白や灰色の噴煙が吹き上がる様子……それはまさに圧巻というべきヴァルティナ山脈そのものだった。


『【緊急案件】Aランク:炎の国・ヴォルカポネのヴァルティナ山脈における地震調査』


 ヴァルティナ山脈は、炎の国の北から西、そして南にかけて三日月形に広がる世界最大の火山帯で、多くの活火山を有している。黒い岩肌には橙色の亀裂が所々に見え、硫黄の匂いが漂うという話だったけど、映像を見るだけでその荒々しさが伝わってきた。

 

 そもそも炎の国自体、五千年前に始祖の乙女が起こした『破局噴火』という超巨大噴火でできた広大なカルデラ内に築かれた国だ。それ以来、ヴァルティナ山脈は、常に炎の国の発展と共にあった。

 『始祖の乙女』と『破局噴火』の恩恵が国中に広がり、今では国民はその出来事を『神の祝福』と呼んでいるという。そして、毎年、その祝福を記念したお祭りが国中で開催されるらしい。

 

 しかし、最近はそのヴァルティナ山脈で、異変が起きている。

 最初に起きたのは地震だった。数年前から、帝都でも感じられるほどの揺れが起こり始め、だんだんと頻度が増しているという。

 そして、カルデラ湖の干上がり。かつてコバルトブルーに輝いていた湖が、次第に姿を消していったそうだ。

 

 ヴァルティナ山脈には『炎の精霊』が多く住んでいると言われている。

 この異変が自然現象の前兆なのか、それとも精霊たちが関与しているのかを調べてほしい。それが今回の依頼内容だった。


「依頼に当たり、いくつかのポイントでフィールド調査を行いましょう」

 

 操縦室に集まった私たちに向かって、アニーが言った。


「地震やカルデラ湖の干上がりは、多分、噴火の前兆だと思うわ。きっと、依頼を出したヴォルカポネの大臣たちもそのことには気づいているでしょう」


 異変の原因はすでに分かっているようだ。

 けれど、アニーは少し厳しい顔をして話を続ける。

 

「問題はこの国には火山が多すぎること。しかも、それらは密接していて、噴火しようとしている火山が一体どれなのか分からないということだと思うの。いくつか調査ポイントを選んでみたから、各々の専門や特技を生かして場所を特定しましょう」


 アニーはそう言うと「まずはここね」と、映像の中に映る草の国との国境に近い、干上がった湖があった場所を指さした。


 ⚚ ⚚ ⚚


「あら? 思ったより外はそんなに熱くないわね」


 ヴァルティナ山脈に降り立ち、ノアラークの扉を開けた瞬間、流れ込む空気を浴びながらアニーがそう呟くのが聞こえた。念のためにと着ていた耐火服越しに息を吸い込んでみると、微かに硫黄の匂いがする。


 今回、調査の主なメンバーとして外に出るのは、アニーとヘインズに加えて、鉱物に詳しいリック、地理学に詳しいエディ、陸上生物に詳しいテッドの地面系専門トリオ、そしてロイドと私の合計八人だった。

 

 外は過酷な環境であることが予想されていたため、サリーなどは子どもであるロイドと私が外に出ることに難色を示していた。しかし、この調査には、普通の人間の目に見えない精霊を感知できる魔法の適性を持つ者が必須だったため、私たちが出て行く他なかった。


 地面に降り立つと、火山帯の中とは思えないほど周囲の空気は快適だった。

 アニーたちは着ていた耐火服からおもむろに顔を出し、問題がないことを確認すると上着を脱いでいく。

 

 私も周囲に倣って上着を脱いだが、ふと、前方で上着を手に周囲を見ているロイドが目に入った。

 ロイドは真剣な面持ちで、少し表情が険しく見える。


 その様子に少し引っ掛かりを覚えたものの、今はそれより……とロイドから視線を外し、自分が置かれている場所を改めて確認した。


(……言葉にできないけど……なんだか変だな。この場所は、一体何だろう?)

 

 と、私は少し、周囲の環境に対して違和感を覚えていた。

 

 八人は各々に周囲を観察しながら、干上がったという湖を目指して進む。

 そして、ノアラークから少し歩いてたどり着いたところは、確かに水のない窪んだ場所だった。


「地面が割れているし、湖底の砂も随分と乾いている。ここに着くまでにあった周囲の草も枯れていたし、雨不足で干上がった可能性もなくはないが……これは、地下の湧水が枯渇した可能性が高いかな」


 湖だった場所に滑って降り、底に当たる場所の砂を指ですくい上げながらリックは言った。そして、ノアラークから持ってきていた自前の小型スコップを手に持ち、おもむろに地面を掘り始める。

 そんなリックの様子を見つつ、他のメンバーもそれぞれに湖周辺の様子を観察していった。


 「……随分と静かなもんだな。植物も枯れているからか、ネズミといった動物どころか昆虫もいない。隣の山に移ったか、山を下りて行ったのか?」


 エディが、周囲から少し高くなっている場所から周りを見渡しながら言う。


「ああ、いつもだったら、ロイドがいるとぞろぞろ顔を出してくるんだが……鳥も、コウモリも飛んでいないな」


 エディがいるところから少し下の場所で、テッドが空を見上げながらエディの発言に呼応した。


「……おかしい」


 ノアラークから降り立って以来、険しい顔で何やら考えていたロイドがようやく口を開いた。

 ロイドの言葉に、私を含め、周囲にいたメンバー全員がロイドの方を見る。


「……ここには、『精霊』の気配がない。ヴァルティナ山脈には多くの『精霊』が住むと聞いていたけれど、ノアラークから降りてから今に至るまで、『精霊』の気配を一切感じなかった。まだ帝都の中の方が感じていたくらいだ。ニコラは何か感じるか?」


 ロイドに聞かれてはじめて、私は先ほどから感じていた違和感の正体に思い至った。

 そうだ、この場所はきっと『精霊』がいないのだ。


 ロイドに借りていた絵本に書いていた。『精霊』は、『精霊王』と『始祖の乙女』の魔法の残滓から生まれた存在だ。

 この世界には七種類の魔法があって、それぞれに呼応した『精霊』と『精霊王』が存在している。


 彼らは自らの特性に合った国に好んで住み、その国に住む人々に加護を与えているという。だから、程度の差はあれ、全ての人が何らかの魔法の適性を持っているし、普通は自分の住む国の魔法の適性が高くなりやすい。

 『精霊』は基本的には人間の目には見えないが、魔法や魔石を使ったりする時に手助けをしてくれていて、一般的に、『愛すべき隣人』と称されているのだという。


 水の国での生活でも、人間以外の『何か』の存在を日々感じていた。村の近くを流れる川に行ったときは、その気配をいつもより強く感じるほどだった。

 だが、物心ついたころからそうだったから、いつしか、人の気配と混同して気にもならなくなっていた。


 炎の国の帝都に入った時、久しぶりにまたその感覚を覚えた。

 でも、帝都はとても大きな街だし、見たことがないほど多くの人の気配に自分の気分が高まっているせいだと思っていた。

 だが、ロイドの言葉を聞いて、私がずっと感じていたのは『精霊』の気配だったのだと初めて気が付いた。


 そう思い至ると、ロイドの言うようにこの場所は確かに異様だった。

 どこにいても、地面やひとつひとつの木や草にさえ感じていた気配が、まるきりここにはない。


 ふと、遠くの山を見る。視界の先には、連綿と続く山々や、山から噴き出す白や灰色の噴煙が見える。

 しかし、それらは見えている以上に、遠くに感じた。


 それはまるで、世界から取り残されたような感覚で、目に映るすべての物の存在が不確かに感じられる。

 息の詰まるような不安が、襲い掛かってくるようだった。


「私もここには何も感じない……。いつもなら感じる些細な気配も、ここには何もない……」

 

 俯きながら、私はそう言った。すると、ふと、地面にある石や砂が小さく震えているのに気付く。

 自分自身が足元から少し揺れている感覚がして、意識がハッと戻った。


 次の瞬間、ドーーーン!! という轟音と共に、下から突き上げるような大きな揺れが私たちを襲った。

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