14 フラージュ・ボンボン
「……これは単なる独り言だが、今、水の国の王族は、とある少女を血眼になって探しているらしい。王都に向かう途中で攫われたという可哀想な少女だ」
『適性識別装置』の中にできた小さな太陽を興味深そうにまじまじと見つめ、和気あいあいとしている集団から一歩離れたところにいたアニーに、グレゴリーが小さな声で呟いた。
アニーの視線は変わらず楽しげな集団に向けられていたが、グレゴリーの言葉に眉毛が一瞬ピクリと動く。
(やっぱり、ね……)
と、アニーはグレゴリーの呟きを聞いて思った。
ニコラの魔法適性は、明らかに常軌を逸している。
そもそも、乙女に対する価値観が他国と全く異なる土の国や、単純なバトルロワイヤルで乙女を決めている炎の国ならともかく、それ以外の大半の国々において、平民から乙女候補が出るなど基本的にあり得ないのだ。
魔力は血に宿る。そして、平民の血と貴族の血はもはや別物だ。
それらは基本的に交わらず、むしろ世代が継承されていくに従って、どんどんと差が広がっていく……はずだった。
しかも、
それを、水の国の王族たちが見過ごすはずがなかった。
(本当に、あのタイミングでニコラを拾えたのは幸運だったわ)
と、アニーは改めて思っていた。
何も知らない領主が王族への一報と共に慌てて王都に送り出し、王都に住む王族たちの耳に情報が届いて動き出すまでのわずかな時間……。まさに、あの時はそういうタイミングだったのだ。
これからきっと、水の国の王族たちは必死にニコラの情報を集め、あらゆる手段を講じてニコラを手中に収めようとしてくるだろう。
ニコラを
裏の方の対処は、そこらへんが得意なエリックたちに任せるとして……、念のため、今後はできるかぎり水の国には近づかないようにしようと、アニーはニコラたちの和やかな様子を眺めながら考えていた。
⚚ ⚚ ⚚
「さて、ひとまず冒険者協会の用事は終わったとして、今日はこれから服を買いに行くわよー!」
ロイドと私の冒険者登録も無事終わり、建物の外に出る。
まだ冒険者協会で色々な情報を集めたかったなと、後ろ髪を引かれているロイドと私に、サリーが元気よくそう言った。
冒険者協会を出る前、一行は三手に分かれていた。
アニーとヘインズは冒険者協会に残り、これから向かうヴァルティナ山脈の情報を集めるらしい。また、情報収集班であるエリックとエディは、街に戻って古い知り合いを訪ねて行くとのことだった。
残された……というかサリーに捕まったロイドと私は、これからサリーと共に服を買いに行くことになった。
サリーと服を買いに行くのは私だけなのかと思っていたが、これからの旅に必要な皆の服も買う必要ができたため、『荷物運びの手伝い』という名目で丸め込まれたロイドも同行するようだ。
「ふふふ、大丈夫。ロイドちゃんも守備範囲内よ。この機に服を新調しましょう。そう、これはついでよ」と、サリーは上機嫌だ。その一方、ロイドの表情は暗く沈み、二人の後ろをとぼとぼと付いてきていた。
この街は、城門から入ってすぐのエリアは平民の居住区だった。土のブロックが積まれた背の高い建物が密集し、そこかしこに洗濯物のような生活感を思わせる風景が並ぶ。
街の中心に進んでいくと、次に見えるのは市場だった。屋台が数多く並び、野菜や肉、魚、香辛料といった食材が商品として並んでいる。
そこを過ぎると日用品や古着等、武器や薬などを取り扱う店舗のエリアがあり、その先に冒険者協会のような大きな建物が並ぶエリアとなっていた。
そして、さらに奥には、おそらく富裕層向けの商品が並ぶ綺麗な店舗が多くみられ、貴族等の居住区や城へと続いていた。
私はてっきり、冒険者協会から城門の方へ戻り、平民用の古着の店に行くのかと思っていたのだが、「こっちよ」とサリーが足を進めたのは、そちらとは反対側の富裕層向けのエリアだった。
(え? こっち? 場違いなのでは……?)
と、周囲の雰囲気と自分の服装の落差に気後れしながらも、サリーの後について行く。
そうして辿り着いた先は、富裕層向けのお店が並ぶエリアの中でも、さらに大きく豪華なお店の前だった。
店の出入り口に立つ屈強な男性はサリーを見やると、恭しくお辞儀をして扉を開ける。
そのままサリーに促されるようにして、おずおずとお店の中に足を踏み入れたロイドと私にサリーは言った。
「私のフラージュ・ボンボンへようこそ」
三人が通されたのは、VIPルームだった。
私はロイドと一緒に「フラージュ・ボンボン」の応接室で椅子に座り、出されたお茶とお菓子を無心で食べていた。
なんと、サリーはこの豪華なお店『フラージュ・ボンボン』のオーナーだったのだ。
サリーは今、ソファに座る私たちを置いて、自分の部下たちに必要な服の指示を出している。
さすが富裕層向けのお店だけあって、用意されたお茶やお菓子はこれまで食べてきた……と言っても、ノアラークに乗って以降のものがほとんどだけれど、その中でも一番高級そうに見えた。
でも、正直なところ、状況が全然理解できていなくて、味なんて全然しない。もそもそと焼き菓子を口に含みながら、部屋の調度品や奥で忙しそうに動くサリーを眺めていた。
「ふう、お待たせ。二人とも驚いちゃったかしら? 私、実は美容家なの。このお店は、私が理想とする美を追求するために作ったのよ」
部下との話が終わり戻ってきたサリーは私たちの前に座り、お茶を一口飲みながら言った。
彼女はいつもよりイキイキしていて、キラキラと輝いて見える。
「このお店では服だけじゃなく、化粧品や美容に良い食材も取り扱っているの。ノアラークのお風呂に置いてあった石鹸も、ここの商品よ。さて、必要な耐火服の手配はもう済ませたから……ここからが今日のメインイベントね! ロイドちゃんとニコラちゃんの普段着を見繕いましょう!」
サリーがこれまで見たことのないような笑顔で高らかに宣言し、パンパンと良い音で手を叩く。すると、応接室の壁沿いに控えていた女性たちが、私とロイドを取り囲んだ。
女性たちに促されるまま、私たちは布で仕切られた小さな部屋――『試着室』と呼ばれる場所に別々に連れていかれる。
試着室に入って布をシャッと閉められた後は、あっという間に下着以外の服を脱がされ、身体中を巻き尺で計測された。隣の試着室から、「やめてくれ! 自分で脱ぐから……ああ、待って……」というロイドの悲痛な叫び声が聞こえてくる。
私は呆然としながらも、女性たちの容赦ない動きに従うほかなく、されるがままに体を預けていた。身に着けていた下着も取り替えられ、どこからともなく運ばれてくる服に次々と袖を通していく。
着替えが終わると、試着室の布が開かれた。
「あら、やっぱり素敵ねー! ニコラちゃん、とっても似合ってるわよ!」
サリーが目を輝かせて私を見て、黄色い声を上げる。
手を上品に叩きながら、「これよ! これが見たかったのよ!」と、とても上機嫌だ。
さっと目の前に大きな鏡が運ばれてくる。
鏡に映ったのは、まるで自分じゃないような、信じられないくらい可愛らしい姿だった。
細かい刺繍が施された大きな襟の、膝丈ほどのふんわりとした上品なワンピース。白地の生地が、私の明るい肌によく似合っている。
(まるでお姫様みたい……!)
そう思わず口元が緩み、くるくると体を回転させて鏡の中の自分を見つめた。
「ニコラちゃんは色素が薄いから、フレッシュで淡い色味の服が似合うと思ってたのよ。これはお店の商品だから、普段着というよりは少しよそ行きだけど……気に入ってくれたみたいだし、ニコラちゃんの服が仕上がるまでは、ひとまずこれで過ごしましょう!」
サリーは満足そうに微笑むと、「同じサイズで似た雰囲気の服をあと二、三着見繕ってちょうだい。それから普段着の方も超特急で仕上げてね」と部下たちに指示を出していた。
そうしていると、もう一つの試着室の布がシャッと開いた。
そこには、よそ行きの格好をしたロイドが立っている。でも、彼の顔は試着室に連れていかれる前よりもげっそりと疲れたように見えた。
「あらあら、ロイドちゃんもよく似合ってるわよ! そうね、この服はいかにも良いところの坊ちゃんな感じで、これはこれでいいけど……せっかくだから、ロイドちゃんにはもっと遊び心のある服も着てほしいわね。あの服も試してみて!」
サリーはそう言いながら、ロイドの試着室の隣に置かれたラックを指さした。
サリーの指差す先に目を向けたロイドは、ラックに掛けられた大量の服を見て硬直する。
固まったままのロイドを、さっきと同じように女性たちが取り囲み、再び試着室へと連れて行った。
ロイドの悪夢は、まだまだ終わりそうになかった。
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