13 冒険者協会本部②

「俺は比較的簡単にできそうな依頼も候補に入れていたと思うんだが、どうしてこれらなんだ?」


 アニーが選んだ三つの依頼を確認したグレゴリーは、さも不思議そうな面持ちでアニーに尋ねた。

 確かに、アニーがグレゴリーに差し戻した依頼の中にはBランクの物が少なからずあったように見えたが、アニーが選んだのはすべてAランクの依頼だった。


「……私たちには私たちの旅がある。目的に近いものから選んだ。ただそれだけよ」


 アニーはグレゴリーからの質問に、事も無げにそう返答する。だが、アニーの返事を聞いて、今度はグレゴリーの顔から穏やかさが消えた。


「おまえ、まだ諦めてないのか? あれから……お前たちがサンドラボルトから飛び出して、もう三年になるが……」

「諦めるなんて選択肢、あるわけないわ。まだタイムリミットまで時間はある。それに、ようやく光明を見つけたのだから……」

「光明……?」


 その場に一瞬、張り詰めたような緊張感が走る。

 二人の会話とそれらを聞くエリックたちの雰囲気から、これはきっとあの日の話に関わることだろうと察した。そう、アニーたちにはアニーたちの旅の目的があると言っていたあの日の話。


 でも、その時は具体的なことは教えてもらえなかった。これはきっと私には手に余る難しい内容なのだろうと、それ以降、進んで探りを入れることも特にしてこなかった。

 しかし、ここにきて恐らくそのアニーたちの目的に関わる内容の話になり、聞いていいのかとアニーの様子を窺う。すると、逆にアニーの方から私とロイドの二人に視線を向けてきた。アニーの視線に一拍遅れでグレゴリーが気付く。


「……おいおい、まさかこの子たちか!?」

「そうよ。これは他言無用にしてちょうだい。二人は強い魔法の適性を持っている。だから今日ここに来たの」


 グレゴリーはアニーの言葉を聞いて目を見開く。

 そして天を見上げたかと思うと、椅子の背もたれに深く寄りかかってため息をついた。


「はああああ、分かったよ……。分かった、分かった。確かにお前が選んだ依頼はどれも、がありそうなやつばかりだ。俺はお前たちの意思を尊重する。俺だって、色々思うところはあるしな」


 グレゴリーがそう言うと、張り詰めていた場の空気がふっと軽くなった気がした。


「それならば、この子たちの登録は念のためにここでやろう。と、その前に、お前が選んだ依頼だが、どれから引き受けるんだ?」


 グレゴリーはそう言うと、部屋の入り口付近で控えていた受付嬢に指示を出し、アニーが机の上に広げていた三つの依頼の資料を手に取った。


「……んー、じゃあ、距離的にも近いし、緊急案件ってことだし、この国の依頼から行こうかしらね」


 グレゴリーの発言を聞いて、不機嫌がようやく解かれてきたアニーが早々に決断を下す。


「というか、三件すべてやるとなると、一年……最悪、二年かかると思うのだけど」

「ああ、それは分かっている。期間については特に問題ない。そもそも、これらは全て『Aランク依頼』だからな。依頼者も、ある程度時間がかかることは重々承知で依頼を申し込んでいるはずだ」


 グレゴリーは事も無げにそう言う。

 AランクとかBランクとかが一体どれくらいのものなのか私にはよく分からないが、時間がかかっても問題ないということは、それほど難しい仕事なのだと簡単に想像がついた。前回のスライムのもAランクだったということだし、長丁場になることは間違いないだろう。


「というか、この三件については、依頼達成ごとに追加で報奨金もくれてやるぞ。正直、これらは討伐じゃなくて調査依頼で、脳筋の多い冒険者協会ではお手上げ状態だったから、お前たちが引き受けてくれてありがたい。預かっている依頼金は、ペナルティを差し引いても有り余るくらいだからな」


 グレゴリーがそう言ったところで、先ほど、グレゴリーから何やら指示を受けた受付嬢が丸い球体と紙を持って部屋に入ってきた。

 その球体は、城門で見た装置の小型版のようだ。中には、白いもやもやとした気体が満たされている。


「よし、ペナルティの話はここまでだ。詳細はその紙に記載しているから、後で確認してくれ。次はいよいよ、子どもたちの冒険者登録だな。この『適性識別装置』に手をかざせば、どの魔法に適性があるのかと、おおざっぱだが適性の強さが分かる。あとは名前などの情報をこの用紙に記入して登録完了だ」


 グレゴリーは大まかな登録方法の説明をした後、「じゃあ、お前から行くか」とロイドの方を指さした。

 ロイドはみんなと共にアニーの後ろに立って話を聞いていたが、名前を呼ばれて促されるがまま、適性識別装置が置かれている机の前の椅子に座る。


「さあ、こうやって手をかざして」と言うグレゴリーにさらに促され、ロイドは装置に手をかざした。すると、中に満たされていた白い気体が一瞬のうちに茶色く濁る。

 そして、ギュッと中心に集まったかと思えば、大きな石になった。石は落ちることもなく、そのまま『適性識別装置』の真ん中で浮かび、ゆっくりと回転しているように見える。


「ほほー、こいつは本当に強い適性持ちだな。土魔法の適性持ちだと、砂や石が出る。大体は砂で、石でもせいぜい親指くらいの大きさだが、こいつは俺の握りこぶしくらいあるな。この石の大きさからいって、魔法適性はレベル7くらいか。男としちゃ大したもんだ。」


 装置内に現れた石をまじまじと見ながらグレゴリーは言った。

 ロイドは少し複雑な様子で装置内の回転する石を見つめていたが、すぐに切り替えてそのまま横に置かれた用紙に記入し、グレゴリーに手渡す。それを見て「ロイドか、覚えておこう」とグレゴリーは言った。


「さて次は嬢ちゃんだな」


 そうグレゴリーに言われて、私はロイドと入れ替わって椅子に座った。

 石はとっくに崩れ、装置内にはまた白い靄が満たされている。


 一拍、深呼吸して装置に手をかざした。その瞬間、ぶわっと装置の中の白い気体が一気に膨れ上がり、いつぞやボブとロイドに目つぶし攻撃を仕掛けたときと同じくらいの光が装置からあふれた。

 

 光自体は強く部屋全体を明るく照らしたものの、装置を通しているからか前回と比べてすぐに光は落ち着いた。目に痛みもほぼない。

 ほんの少しの瞬きで眩しさから回復すると、装置の内側には小さな太陽のような光を放つ球が浮いていた。太陽の縁は装置内ギリギリまで届いている。


(わあ、綺麗だなあ……!)


 なんて、のんきに太陽を見つめていたのは私だけだった。

 その場にいた私以外の全員は、そのありえない太陽の出現に、時が止まったかのように硬直していた。グレゴリーもまた唖然とした様子で装置を見やり、やっと声を荒げて言う。


「おいおいおいおい……マジかよ! こりゃ強い適性ってどころの話じゃねぇぞ! 乙女候補か、それを上回るレベルじゃねーか!」

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