10 光魔法③
「とんだ無様な姿を見せてしまったね。まさか初級も初級のライトの魔法が、あんなに危険だったとは……」
少しして、私の『目潰し魔法』から完全に回復したボブが、思い出しながらしみじみとそう言った。ふう、と落ち着いた様子で椅子に座り、優雅にお茶を嗜んでいる。
罪悪感があったものの、「いやしかし、ライトの魔法があんな風になるなんて、貴重な経験だった!」などと、ボブは少し興奮しているようにも見える。大丈夫そうで良かった。一方、横に座るロイドは、まだ時折目を伏せ瞼越しに目をさすっている。
「私が上手くコントロールできなかったせいで、二人に迷惑をかけてごめんなさい……」
いまだ私の魔法の余韻の残る二人に、しょんぼりと肩を落として謝る。
『実践魔法・入門』を確認すると、ライト《明かりよ灯れ》の魔法は普通、指先が少し眩しく光るくらいらしい。先程のように目潰しできるほどの強さなんて当然なく、あの規模の魔法になってしまった原因は、自分の未熟さゆえに他ならなかった。
「いやいや、ニコラが謝ることではないよ。我々の想定が甘かっただけだ。光魔法に強い適性があること、昨日魔法を知覚したばかりで、コントロールの方法を知らなかったこと、魔力を指に一点集中したこと。今考えてみると、魔法があのように暴発してしまっても全く不思議ではない。だから、ニコラが気にする必要は全くないんだよ」
ボブはそう優しく語り掛ける。横にいるロイドも、目が合わないものの、うんうんとボブの発言に同意しているようだった。
「ただ、これからの魔法の勉強は少し考えなくてはいけないね。ニコラを普通の枠で考えるのは難しそうだ」
そう言うと、ボブは口元に手をやり真面目な様子で状況を分析しだした。
「普通であれば『ライト』の魔法から徐々にステップアップしていくところなんだけど、ニコラの適性を考えると、もう少し上の段階から始めてみてもいいかもしれない。あと、並行して魔力操作も訓練する必要があると思う。そこでだ、僕にこの二つの条件を満たすいい案があるのだけれど……」
ボブはそう言うと、チラリとこちらの様子を窺った。そして少し意味ありげに間を持たせた後、今度は完全に好奇心に支配されているような顔を見せた。嫌な予感がよぎる。
しかし、ボブはこちらの様子を気にすることもなく、ニヤリと笑って言った。
「どうだろう、このノアラークでこり治療専門の治癒師にならないかい?」
こり治療専門の治癒師とはいったい何だろう?と、いまいちピンとこなかった。
その様子に気付いたのか、ボブはさらに詳細を説明してくれる。
「ノアラークに乗っている連中は、これまでの人生で多くの時間を机にかじりついてきたからね。みんなまだ世間一般的に若い部類にもかかわらず、慢性的な肩こり、首こり、腰痛持ちだ。もちろん僕もね。そこで僕は、ニコラに我々のこり専門の治癒師になることを提案する」
ボブはそう言うと、拳を胸の前で握りしめ、急にガタリと音を立てて立ち上がった。
まるで演説かのような雰囲気に、私は若干引き気味になる。
「も、もちろんこれはニコラにとってもメリットの大きい話だよ!? こり治療といった筋肉等の緊張を取るような魔法は、ライトの魔法よりも難しいが、他の治療系の光魔法よりかは簡単だ。そして、体の一部のみが対象のため、魔力操作の訓練にもなる。実験台はこの船にゴロゴロ転がっているから練習し放題だし、しかもこの魔法はもし失敗してしまっても、基本的に命にかかわるものではない……」
こちらの様子に、慌てて説明を重ねる姿がますます怪しく見える。
ただ、聞く内容自体は確かにメリットも多そうではある。
「そう、まさに一石二鳥! いや、それでみんなはニコラに感謝し、覚えめでたく好感度が上がることは間違いないから、一石三鳥の素晴らしいアイディアだよ!」
ボブはだんだん鼻息荒く過熱していき、両手を大きく広げ、目を輝かせてそう言った。
あまりの圧に、出会ってから何度目かの硬直をしてしまった私だったが、横にいるロイドのこれまた何度目かのため息が聞こえた気がした。
⚓︎ ⚓︎ ⚓︎
「いや、素晴らしい……本当に、素晴らしい……ニコラが来てくれて本当に良かった……」
ボブからこり専門の治癒師にならないかという提案を受けてから四日たった昼食後の午後、医務室を訪れたベンは光魔法で私のこり治療を受けながら、しみじみと噛みしめるようにそう言った。
提案を受けた後、私は早速、こり治療の光魔法の訓練に取り組みはじめていた。
こり治療に必要な、筋肉や骨などといった人体構造の簡単な勉強から始まり、光魔法を手から放出しつつ両手のひらほどの大きさに抑えるための魔力訓練や、こりをほぐすような治療のイメージトレーニングと実践を、この三日間、休む暇もなくひたすら行っていた。
というのも、最初はボブやロイドで練習させてもらっていただけだったのが、どこからか話を聞きつけた実験体たちが、我も我もと練習に押しかけてきたからだ。
おかげで、最初は全身を覆うような範囲で魔法を発現してしまい、「昨夜は体が元気すぎて眠れなかった。この調子だとあと三日くらいは寝ずに活動できそうで怖い……」と言われていた私の治療も、適切な箇所に適切な治療を行えるくらいにみるみる上達していった。
この数日分かったことだが、みんなの体は本当にバキバキだった。
金属のように凝り固まった筋肉に、あまり凝っていないロイドや自分のものと比較して「全然違う」と驚く。と同時に、自分の光魔法でそれらがほぐれていく様子を見るのが、だんだんと楽しくなってきていた。
「もう、ニコラのいない生活には戻れない」と言い残して、満足げに医務室を出ていったベンを見送る。
部屋に戻り、次の患者を迎えるために片づけをして場所を整える。すると、少し離れた場所で様子を見ていたボブが声をかけてきた。
「こり治療はもう完璧だね。こんなに早く習得するなんて、ニコラには光魔法への強い適性だけでなく治療のセンスもあるようだ」
パチパチパチと上品に手を叩きながら、こちらに向かって近づいてくる。
「もう治癒師と名乗って問題ないよ。これからは無料ではなく、治療に対して対価をもらうようにするといい。治癒師としてはまだまだひよっこだから、お菓子とかお小遣いとかその程度にはなるだろうけど……、何にせよ、対価をもらうということが君の精神面と技術面での成長をさらに促すことになる」
ボブはそう言いながら、「おめでとう」と微笑んで手を差し出した。自分の頑張りが認められたことがうれしくて、はにかみながら「ありがとうございます」とボブに返す。手を握り返すと、本当に一人前だと認められたようで背筋が伸びる思いだった。
と、急に部屋の隅の方からジリリリリ!! という音が鳴り響いた。ビクッ! と大きく肩を揺らして音の出る方向を見る。
「ああ、これは何か連絡事項がある時に鳴るものでね……。初めて聞いたかな? これくらいの音じゃないと、僕たちは集中していると気が付かないものだから、ビックリさせてしまったね。この音は操縦室に集合の合図だ。まあ、きっとそろそろ目的地である炎の国に着くのだろう。僕たちも準備をして操縦室に向かおうか」
そう言われ、私は喜びも程々にボブと共に操縦室へと向かった。
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