55 死に寄り添う、生
ヴェルディエを含めた草の国の一行は聖域での規則等を告げると、承諾したニコラたちに向かって何やら呪文を唱えて、早々に聖域から立ち去って行った。
一行の姿が、木々に埋もれて見えなくなる。
音も次第に遠ざかって、そのうち聞こえなくなり、その場に静寂が流れる。と、止まっていた時が再開したかのように、一斉にため息が漏れた。
「ぷはあ! まさか、女王自ら私たちのことを見に来るとは思わなかったわ……」
それまでの張り詰めていた空気が、一気に解放される。
「驚いた」と口々に語り合い、肩や首を鳴らしたり、大きく伸びをする姿がそこかしこに見られた。
「あの人ら、用件だけ言って、さっさと帰って行ったな。よほど、その
一息ついたところで、エディが言った。
遠目に見える、魔物のものと思しき死骸。ここにいる間、草の国の人々は、それを決して視界に入れようとしなかった。
この美しく澄んだ聖域に、確かにそれは、あってはならない異物のように映る。
「てか、私たちに何か魔法をかけていったわね。大方、行動を監視する魔法か、制限する魔法でしょうけど」
アニーが自分の体を確認している。
ベルカナから告げられた規則にアニーが承諾の意を伝えると、彼女は何か呪文を唱え、その瞬間、その場にいた全員とノアラークの下に魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。
ノアラークの中には、滅多に外に出ないジルと、完全夜型人間のエリックがいたが、彼らにももれなく何かの魔法がかけられたことだろう。
ただ、魔法陣はすぐに消え、今も特に体調の変化はないようだ。
「王族しか立ち入りできないというのは本当なんでしょうけど……思いっきり釘を刺されたわねえ」
体調のチェックを終えたところ、サリーの言葉に釣られてふと視線を上げる。
その先には、「湖の中に入れないなんて、ひどい。せっかく、聖域の生態調査をしようと思っていたのに……」と、ガックリ肩を下げる動物好きな面々の姿があった。
「まあ、僕たち雷は国の人間は、向こうにとっては要注意人物だろうしね」
「「それは、違いない」」
その場にわっと笑いが起きた。
この悪気のなさそうな皆の様子を見るに、草の国の人々の対応は正しかったと言わざるを得ないだろう。現に、まだノアラークに乗って日の浅いニコラですら、これまでに皆のやらかしを幾度となく見てきているのだから。
「まあ、時間をかけたくないってことに関しては互いに一致しているようだし、さっさと依頼に取り掛かりましょうか」
アニーの言葉に、その場にいた全員が死骸の方に視線を向ける。
そして、やれやれといった雰囲気で、その死骸の元へと向かって行った。
歩を進めるたびに、少しずつ死骸の全容が見えてくる。
全身が紫がかった黒色だったこともあり、最初はよく分からなかった。
けれど、近づいてみれば、うずくまったような体勢のそれには、体を巻くほどの長い尻尾に鋭い爪、そして一対の羽のようなものがあるように見える。
子細に気付くたびに、頭の中の何かが呼び起こされるように、チカチカと痛む気がした。
「おい……これ、もしかして……というか、どう見ても『ドラゴン』じゃないか?」
周りから、そう言葉が上がりはじめる。
ゆっくりだった皆の足取りが、少し興奮したように早くなっていった。
もつれそうになる足を押して、遅れまいと一緒にそれの元へと向かう。
……私、この子のことを知っているような、気がする。
そう虚ろな頭で確信したのは、目と鼻の先にまでそれと近づいた時だった。
少しずつ感じていた頭の痛みは抑えきれないほどにまで強くなっていて、どこからか流れてくる寂しさや悲しみのような感情に胸が締め付けられ、心がかき乱される。
……これは、ちょっと無理かも……。
そう、ふらつく頭で考えていた時、それのすぐそばに、何かがあるのに気が付いた。
それの頭の方に立ち、興奮気味に見上げる皆の輪からふらふらと離れ、何かがある尾の方に向かう。
ズキッ……ズキッ……。
ああ……頭が痛い。けれど、何かが、私を呼んでいる気がする。何かが……あそこに、ある。
ついには足を引きづるようになって、それでも尾の方に向かうニコラにロイドが気付いた。
「ニコラ! おい、大丈夫か!?」
駆け寄ってきたロイドに、肩を支えられる。
そこでようやく、皆が異変に気が付いた。
慌ててこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「ロイド……あそこに、何かあるの。お願い……私、もう……ちょっと、無理」
そう言って、ニコラは耐えられずに意識を手放してしまった。
力が抜け、倒れそうになる体を支える。
そして、言われた方向に視線を送ったロイドが目にしたのは、死骸の足元に隠れるように包まれていた、人間の赤子ほどの大きさの卵だった。
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